②
彼はまたため息をついた。あの少女はどうやら本格的に射撃を始めたいらしい。別にだからどうだと言う訳ではないが、習いたいなら自分ではなく周りの大人に頼めばいいのにと思わずにいられない。
特にあの日迎えに来ていた女性とかはどうだろうか。確認したわけではないが、多分銃を持っていたと思う。まぁ、その分他の仕事が減るので悪い話ではないのだが。
雇われの身としては、上司の意向には逆らえない。どういう訳か、普段通りの仕事よりもこちらが優先らしい。
だから今必要な機材などを書き出したわけだが。どうも、ここで手に入るものだけでは揃わなさそうだ。射撃クラブだけあって、一通りの弾丸やオイルなども取り扱っているが、ここで全部手に入るわけではない。イヤープロテクトとシューティンググラス、ガンケース、バッグ、ボアクリーナー、洗浄剤と油、マット等。練習用にバルク弾も買っておいた方が良いし、ダミーカートもあった方が良い。マガジンも必要かもしれないし、鍵付きのガンセーフも必須だろう。アモ缶も必要だろう。少し悩んだが、ホルスターも付け加えておく。
女の子が射撃を始めるというのは実のところ珍しい話でも何でもないが、そういう場合は家族なり親戚なり恋人なりが教えることが多い。それ以上になると、つまり競技を始めたりと言うことになれば話も変わってくるが。
だからその辺は向こうが勝手にそろえるものだと思っていたが……。驚くべきことに、向こうから「買い物に付き合ってくれ」と申し出が来た。仕方がないので、行きつけの銃器店に連絡を取って、取り寄せてもらった。こういう時、恩を売ったことのある友人と言うのは便利だ。すぐにいろいろと集めてくれた。向こうがここで合流したいというので事務所で待つ。
よって、今に至る、と言いたいところだが。
少女の手の中の物を見る。微笑している彼女は少し誇らしげだ。
「買っちゃった」そういって、銃を見せてくる彼女。コルトムスタングの、ポケットライトだ。昨日のXPSとは違う。具体的には、フレームがアルミニウム製だ。1オンスぐらい重い。だが。
「いいんじゃないか?」好きな銃を使うのは悪いことではない。結局、その銃に命を懸けることになっても後悔しないか、ということなのだから。
ただ、彼女は買った箱のまま持ってきていたようで、中にセーフティマニュアルとワイヤーロックが入っていた。丁度いいから、説明してしまおうかとも思う。
「買い物に先に行っておこうかとも思ったが……セーフティとケーブルの使い方について教えておこうか」
「ケーブル?」
「箱の中に入っていただろう?」
「え?……えぇ、多分」彼女は鞄に突っ込んだ空き箱から、自転車のワイヤーキーを小さくしたようなものを取り出した。
「それは保管するときに使う物で、ケーブルロックと言う。単純に安全にするってだけじゃなく、一目で安全だとわかるようにする意味合いもある。何十年も前のライフルが見つかって、おもむろに引き金を引いたら、なんて話はよくあるしな」彼はそう言いながら、受け取ったマスタングのセーフティを解除。スライドを引き、親指でスライドストップを掛ける。銃がホールドオープンの状態になった。セーフティを掛ける。
「この状態が一番安全だ。で、ここから動かないように、エジェクションポートからマガジンウェルを通して、それを輪にしてロックする」彼は手慣れた手つきでロックする。インストラクターの仕事もしているのだ、嫌でも慣れる。因みに、もっと嫌でもっと慣れるのは、マガジンの弾込め作業だ。彼女はその様子を見て、銃を受け取った。
彼女はいったんロックを外し、スライドをリリース。一瞬、彼女を止めようかと思が。セーフティを解除し、左手でハンマーをぎゅっと摘まみ、トリガーに指を掛け、引く。デコックして、そのまま左手でスライドを挟み、あっさり彼と同じ動作をして見せ、少しまごついたが、ケーブルでロックした。
「……驚いた。練習したのか」
彼女は微笑んだ。「まさか、単に買いたいから買ったと思ってた?」彼女はちょっと誇らしげだ。
彼は両手を上げ、首を振った。「降参だ、まさかここまでできるようになってくるとは思わなかった」彼女はわざと怒った顔を作って、唇を尖らせた。
きっと、帰って直ぐに銃を買って、練習したのだろう。一週間も経ってないことを考えると、相当練習したのだろう。誇るだけのことはある。
「実は、何て我儘な娘っ子なんだと思ってた。申し訳ない」彼がおどけて謝ると、「許す」と偉そうな声。冗談の応酬が出来るいい子だ。
「で、だ。今日は買い物ってことで良かったんだよな」
「うん」
と言っても、平日の午後。学校から直接来たのだろうが、もう夕方に近い。彼女の家がどこかは知らないが、早めに返した方が良いのだろう。
「今日は保護者は?」
彼女はドアの外を指さした。またあの女性だった。というか、意識しないと気付けないのだが一体彼女は何者なんだろうか。
「じゃあ、彼女の車に?」ちょっと遠慮したい気がした。
「いえ、そちらの車に乗らせていただければ。直接店の方に車を回しますので」
「あぁ、そう。じゃあこっちだ」彼は駐車場の方へ行く。数字の上では6人乗れるピックアップだが、快適に乗れるのは二人までだ。三人目は窮屈な後部座席に乗ることになる。
これ以上大きいと不便になるギリギリのサイズ。荷台にはシェルが付いている。GMCだ。先に行って、鍵を開け、ドアを二つ開けておく。左側に回って、運転席に乗り込んだ。
彼女は迷うことなく助手席へ。女性は助手席のドアを閉めてから、後ろの席へ。シートベルトを着けたのを確認して、エンジンを掛ける。一瞬、自分が喫煙者だったら辛かったのではないだろうかと思ったが、吸っていないので考えるのはやめた。
道路に出る。他の車は全く見えない。
「ここから5マイルぐらいの銃器店は知り合いがやっていてね。色々取り寄せてもらった。良い奴だよ。オーセージリコイルって店なんだけど、大丈夫?」
「わかりました。連絡しておきます」彼女はそう答えた。
微妙な沈黙。
「今日買うのは、プロテクションとメンテナンス用品、保管用品だけど、何か質問はある?」
「プロテクションっていうのは?」
「シューティンググラスで目を守って、イヤープロテクトで耳を守る。耳栓とヘッドフォンみたいなのとがある。良い奴だと銃声だけ消して、会話とかはできるようになってる」
「ふーん」
「実際、これを軽く見ると難聴になる。サプレッサーとかは実際その為って面が大きいからな」
「サイレンサー?」
「いや、音は小さく出来ても消えない。それに、マスタングには付かないよ」
「持ってる?」
「俺が?まあ、いくつかはな。22LRのやつ、5.56NATOのやつ、308ウィンチェスターのやつ……そういえばライフルにしか使わないな」
「どうして?」
「どうしてかな」彼は首をひねった。「まず、サイトの関係だな。サプレッサーをつけるようなピストルはそれに特化したカスタムになる。正直、ピストルのためにそうするのはあまり気が進まない。ライフルならハンティングの時にうってつけだし、サプレッサーをつけるのに特殊な加工は余り要らない」
「カスタムしたりするの?」
「一応な。興味あるのか?」
彼女は頷いた。まぁ、そういう年頃だろうか。
「カスタムと言っても色々ある。まずパーツを変える事だな。といってもムスタングにはそんなに選択肢はないから、特注になるかもしれないが。セーフティを大きくしたり、グリップパネルを変えたり、サイトを変えたり。そんなところか。あと、文字とか絵を彫り込んだりすることもあるし、セレーションを増やして掴みやすくしたり、逆に角を削って引っ掛かりを無くしたりもする。ステンレスだから、仕上げを変えたりは余りしないかな」
彼女は分かったようなわかっていないような顔で頷いた。
「変えなきゃいけないことってのは余り少ない。勿論、使う用途が変わったらカスタムを変える必要があるが、CCWとして買った銃をCCWとして使う限り、ノーマルで十分ってことが多い。格好いいカスタムでも、実のところ性能は上がってないか、寧ろ下がっているということはまあまあある。ピストルだと得にな。コンペティションになるとかなり影響してくるのは否定しない。あー、そうだな」
彼はハンドルを左手で保持して、背中からXDMを取った。「こいつにはマニュアルセーフティがないから、絶対にトリガーガードに指を近づけるなよ?」
彼女に手渡す。「それで、変えてあるのはフロントサイトだけだ。若干小さい奴にして、細かく狙えるようにした。でもそれだけだな。それでタクティカル系なら十分にコンペティションで戦える。精密射撃になると少々きつくなるがな」
「ライフルは?」
僕は微笑んだ。
「ARならそれこそ、一生かけてもいじり足りないぐらいに楽しめる。でも、ライフルはやらないんじゃないのか?」
「……やるかもしれない」
賭けてもいいが、彼女はライフル射撃にも手を出すだろう。時間の問題だ。
「たまにとんでもないことする奴がいるがな。モール・ニンジャってやつだ。やっぱりやりすぎると元の形の方がよかったってことになる」
「なるほど」
「今から行く店は店は小さいが、カスタムパーツの生産とかがメインだから、研究用にもそういうパーツは多い。見せてもらうか?」
「うーん、終わってからでいい」
「そうだな」
音楽でもかけようかと思ったが、彼女はどうも気分が良さそうなので何もしないことにした。
あと少しで着くからと言うこともある。
予想通り、あっという間についた。こじんまりした店に、大きな倉庫兼工房。砂利を敷いた駐車場。周りは林がぽつぽつとあるだけで、あとは草原だ。
駐車場に車は二台ほどしかなかった。多分、従業員のだろう。
車を止めると、女性が機敏に降りて少女のためにドアを開けた。SPみたいだな、と思いながらエンジンを切る。
外に出ると、友人がドアを開けて出てきた。
顎髭のある50代の男。
「景気はどうだい、兄弟」顎髭のが仏頂面で聞いてきた。
「ニュースぐらい見てるだろう」車のキーを掛けながら彼は肩を竦める。
「随分と可愛いのを連れているからいいもんだと思ったがね」顎髭がにやりと笑う。
「客だ」
「へえぇ」顎髭をいじるのをやめて、男は少女に笑いかけた。「お名前、何て言うんだ?」
少女は黙ったまま男から視線を逸らした。
「嫌われたな、だから髭を剃れと言ってるのに」
「髭は関係ないだろぉ」ぶつくさ言いながら男は店内に戻る。彼も続いた。
店内にはずらりと銃が並べられていた。ハンティング用は一つもなく、全てがタクティカルかコンペティションモデル。少女も入ってきたが、特にそれに気づいた様子はない。女性の方は少し反応していたが。何者だ?こいつ。
顎髭の方は全くそれに注意を向けず、カウンターの上に7組程のグリップパネルと、大きめのバッグを置いた。それからホルスターを三つ。
「まずだな、整備用品はまあ、見なくてもいいだろう。レミントンの奴と、380のロッドだ。イヤープロテクションなんだが、その子のなら電子式はお勧めしないな」
「なんでだ?」
「ちょっと重さがな」
「どうだ?」彼は少女に聞いてみる。
「貴方の意見は?」
「……この髭男と同意見だが、もう一つ言うと例え重さがそこまで気にならなくとも、軽い方があるならそれにするべきだろう。集中を妨げるような要因はない方が良い」
「じゃあ、軽い方で」
顎髭は微笑んで三つほど候補をカウンターの上に出した。
「ま、特に性能が変わったりしないがね」彼は苦笑いをする。「耐久性とか、多少は違うんだろうが……値段も似たり寄ったりだからなぁ」
彼女は一つ選んだが、判断基準は誰にもわからなかった。多分、彼女にも分からないだろう。違いがほぼ無いのだから。
打って変わって、彼女はシューティンググラスはかなり時間をかけていた。その辺は別にインストラクターとしての知識が役に立ったりはしないので、好きに選ばせる。まともな値段をしているものなら、性能が大きく変わったりはしない。それよりは顔の形に会うかどうかだ。
「後なんかあったか?」
「ダミーカート」
「あぁ、いくらでもあるよ」彼はブリスターパックに入ったものを出してきた。これしかないようだ。在庫の数が多いのだろう。買ってもほとんど使わないものだからだ。
「あとは……そうだな、マガジンローダーなんかも」彼は頷いて、バッグの中にそれを突っ込んだ。全部で100ドルちょっと。
少女にホルスターを三つ渡して、比べてみてもらうが、そもそも彼女のベルトにつけられるようなものは一つしかなかった。
「こんなところだ。後欲しいものがあるか?」少女に聞くが、とうに会話についていくのを諦めたらしい彼女は首を振った。
女性が会計を済ませる。彼はそれから、顎髭が出してきた7組のグリップパネルに目を向けた。ダイヤモンド調のシンプルな木製パネル、レーザーサイトが乗ったパネル、ピンク色のパネル、複雑な木目のパネル、カーボン調のタクティカルな雰囲気のパネル、左右一体のゴムのパネル、白い象牙のようなパネル。7組だ。彼女に見せると、迷わずにダイヤモンド調のパネルを手に取った。
言いセンスだ。偏見で申し訳ないが、ピンクを選ぶのではないかと思っていた。良い、悪いではなく、自分と違うというだけだが。
女性が払おうとするのを制して、カードを出す。顎髭が面白そうな面白い顔をしている。
「良いんだ?」
「お祝いみたいなもんだよ」
「あの、お気を使われなくても」女性が言い募るが、にやにや顔の顎髭がさっさと手続きをしてしまった。
「何々?先行投資?」
「んなわけあるか。随分と行儀の良い客だからな」
正直に言えば、楽な仕事の割合が増えて難しい仕事の割合が減っているから、ともいえる。接客業にとって、行儀のいい客というのは金払いのいい客よりも有難い。彼女はしばらく驚いた顔をしていたが、小さくありがとうと言って、頭を下げた。
にやにや顔だった顎髭は少女の純粋さに面食らったのか、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。素直な奴というのは、強い。下手に捻くれている奴というのは、素直な奴には太刀打ちできないものだ。
「あぁ、そうそう、ここってガンスミシングとかもやってたよな」
「それが本業だ」
「この子のマスタングをカスタムするならどうする?」
「カスタム、ねぇ」
顎髭は棚からいくつかの1911を取り出した。
「まず、スライドストップの軸をフレームと面一にすることだな。これは外れがない。デメリットはゼロ」彼はスライドストップの裏側を見せた。
「こうすれば引っ掛かりが少なくなる。重心に近いから、影響は粗ない。重量は変わらないな」彼はそのあと、銃口を上に向けた。「銃口は覗いちゃいけないんだが、まあ見てくれ。こういう風に銃口を内ぐりすると傷がついても命中精度が変わりずらくなる」更に彼は別の1911を持って、エジェクションポートを見せた。「こういう風にチャンバーに溝を掘ると表面積が増えて冷却効率が上がる」
「上がらないと思うんだけどなぁ」
「上がるんだよ、理論的に」余り信頼できない。「大体お前、フルーティングに賛成したことがないな」
「正直な。汚れやすくなる、掃除しにくくなる、強度が下がる、耐久性も下がる」
「そうかぁ?重量当たりで言えば寧ろ上がるし、冷却が早ければ耐久性も上がるはずだぜ」
「うーん……チャンバーは無垢のままにするべきだと思うけどな」
「まあいい、あとはスライドトップを平らに削るってのもある。これはうまくやれば重量が下がる。セレーションを入れれば反射防止にもなるしな」
ムスタングのスライドトップはもともとざらざらした表面処理だ。
「あとはまぁ、単に角を丸めて取っ掛かりを無くしたりだな」
「まずは撃てるようになってからだろうけどな」
「あぁ。もし嬢ちゃんがリコイルを完璧にコントロールできるのなら銃口近くのスライドとかもいろいろいじれるんだが、あまり先っぽをいじりすぎると撃った時の跳ね上がりが大きくなる。ま、俺からもサービスするか」
顎髭はカウンターの下からマガジンを二つ取り出してバッグの中に突っ込んだ。
「行儀の良い客だから?」彼は茶化した。
「先行投資だな、俺は」顎髭は返した。
またここで買い物をしろ、という明確な意思表明だ。あからさますぎて嫌味がない。
素直ってのは、結構強い。
結局、彼女たちには迎えが来て、帰っていった。彼女がホルスターに拳銃を入れて帰りたがっていたが、許可しなかった。流石に危なすぎる。
「……で、何だい?彼らは」
「色々あってな、うちにとって上客ってわけだ」彼は返す。
「それだけってこたぁないだろう?」
「こっち側には何もないさ」
「向こうにはある、と?」
「さあな」