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 彼はため息をついた。

 視線の先、顔を真っ赤にした少女が居る。思いの丈を伝えるわけでもなく、また伝えられたわけでもない彼女は、手のひらよりも少し大きな物体と悪戦苦闘している。その様子は甘酸っぱいとかそういう雰囲気は全くなく、どちらかと言うと滑稽。

 少女の手の中、1911はピッタリとチャンバーを閉じ、スライドする気配はない。少女はそのスライド後端を親指と握りこんだ人差し指とで挟んで、腕を真っすぐ下に伸ばした状態。さっきから唸り声が聞こえてきていたが、もう力が入らないのか、その声は小さい。かれこれ10分はこのままだ。

 当たり前と言えば当たり前の話だが。1911のスライドを、碌に訓練していないこの少女が引くというのは無理があった。チラリと机の上に残されたままのLCRに目を向けたが、それを顧みる様子は彼女には見られなかった。大きくて重いオートよりも、小さくて軽いリボルバーの方が明らかに彼女に適当だったが。

 「なぁ、諦めてこっちにしようぜ。言ったろ?45の反動は強いって。スライドも引けないんじゃ反動で額を割りかねない」

 彼女はこちらをちらりと見たが、やはり諦める気はないらしい。深呼吸をして、また1911と格闘し始めた。

 それでも銃口を下に向けたままなのは、彼がきつく言い含めたからか、あるいは偶々か。

 1911は良い銃だが、癖が強い。彼女に使いこなせるとは思わなかった。

 「一旦寄越せ」

 「ヤダ」

 「ヤダじゃない。別に諦めろとは言わねぇよ。ただ、そのままじゃ筋トレから始めることになるぜ?ならジムに行け」

 彼女はキッとこちらを睨む。凄んでいるつもりなのかもしれないが、正直迫力がない。

 「寄越せ。やり方がなってない。それと、まがりなりにも俺が教えてるんだから指示に従え。危ない」

 シューティングレンジではインストラクターの命令が絶対だ。命に係わる。肝心の弾はまだ箱を開けてすらいなかったが。

 彼女はしぶしぶといった様子でその手にあるものをこちらに渡そうとして、途中で銃口の向きに気づいたのか、慌てて持ち変える。まぁ、ぎりぎり及第点だろう。

 受け取った1911を見て、マガジンが刺さってないことを確認。スライドを引いてチャンバーを確認。入っていない。セーフティを解除し、ハンマーに親指を添え、右に銃口を向けたまま引き金を引く。そっと親指から力を抜き、ハンマーを戻した。

 その一連の様子を、まるで手品でも見ているかのように見ていた少女。ちょっと勢いがなくなった彼女を笑ってしまわないように、セーフティを掛ける。疲れてしまったのか、彼女の口数が少ないのは行幸だった。

 「あー、まず引き方な。お前の引き方で引けるのは力が強い奴だけだ。大体、1911は別にスライドが固い銃じゃない。もっと固い銃なんかもあるしな。少ない力で引くにはそれなりの方法がある」

 PPKなんかがいい例だな、と思ったが口には出さない。大体、1911を持ち歩くのは彼女には無理だろう。1911でもデトニクスなんかもっとスライドが重いぞ、と言ったら彼女はどんな顔をするのだろうか。

 考えながらも、彼は銃口を下に向くようにしたまま、1911を体の右側から左側へと向け、その状態で体の前に。そのスライド後ろ半分ほどをすべて包むようにして左手を掛ける。随分と力を入れていたようで、まだスライドに彼女の体温が残っていた。

 「スライドを摘まむな。四本の指先、手の付け根。これで挟め」実際に何度か離したり掴んだりして見せる。

 スライドを掴んだまま、右手を離す。

 「いいか?左手は固定しろ。空中に釘で打ったみたいにな。脇を閉める。この位置で固定だ」脇を閉め、腕に力を入れる。

 「んでもってだ、右手で殴る」

 「……殴る?」

 「ぶん殴れ」彼は握りこぶしで殴るような素振りを見せる。「スライドを握って、斜め下にいる誰かをぶん殴るようにな」

 実際にやって見せる。しかし、彼女はピンとこないようだ。やらせて見せてからの方が良かったか、とも思ったものの、諦める。何時だって説明という行為は内容の10%程しか伝わらないものだ。

 「あとな、ハンマーは起こしてやれ。これだけでだいぶ変わる」

 これ以上は説明しても覚えてくれないだろうから、銃のスライドを持つ手を右手に変えて、銃の向きを反対にし、彼女の前に差し出した。

 「右手でグリップを握れ」

 彼女はおずおずとグリップを握る。1911のグリップは比較的握りやすい。彼女の手でも、ギリギリ掴めていた。

 彼はスライドを掴む力を強くする。

 「押してみな。動かないだろ?お前ぐらいの力じゃ動きはしない」

 彼女は悔しそうに頷いた。力が弱くても当たり前なのだから、悔しがる必要は無かろうと思ったが顔には出さない。

 何となく、彼女の気分を害しそうな気がしたのだ。

 「押すな、力むな、迷うな。殴れ。分かるか?」

 「うん」

 「やってみろ」

 彼女は短く息を吐き、一気にグリップを握りこんだ手で殴った。

 ビクともしなかったスライドは、半分ほど動いた。彼女は驚いた様子で何回も殴る。スライドが動き切るようになるまで、少しもかからなかった。

 彼女自身驚いた様子で、言うまで繰り返すのを止めなかった。ショートリコイルでグリップもスライドもつかみやすい1911は、実は結構スライドさせやすい方だ。今度は彼女にスライドの方を持たせる。

 後ろに回り込み、彼女の体の前に手を回してグリップを握る。

 図らずも抱きしめるような形になった。小さくて、とても大型拳銃が見合うような躰ではない。頭からその印象を追い出し、彼女に語り掛ける。

 「いいか、脇を閉めて、スライドを固く握れ。動かすな。分かったか?」

 「やってる」

 彼は一気にグリップを動かす。一瞬ぐらついたものの、彼女はスライドを離さなかった。

 ホールドオープンの位置まで開いた状態。耐えきれなかったようで、彼女は直ぐにスライドを離した。

 涼しい金属音が鳴り響いた。

 腕の下で、少女は一瞬身を竦ませた。

 その時初めて、彼女の息がかなり上がっていることに気が付く。疲れたのなら言ってほしい、とも思うが。

 彼女はまだ練習したがっていたが、切り上げて銃を片付ける。正直、もう時間だ。余り待たせると彼女を迎えに来るはずの人が可哀そうだ。

 LCR、1911、あとついでに用意しておいたその他諸々。1911しか使わなかったが。

 事務所に入る。偶にゲストが止まったりするため、コテージに近い。ロビーを通って事務所の奥へ。1911とLCRを元の場所に戻しておく。弾は使わなかったので、取り合えず自分の机の上へ。

 彼女を自分の机の前のソファに座らせる。彼は壁際の冷蔵庫まで歩いて行って、アイスティーを取り出し、棚からコップを二つ取って戻った。

 姿勢良く彼女は座っている。コップを置いてアイスティーを注ぐと、初めてそれに気が付いたような反応をしてから、彼女は口をつけた。大分、疲れているようだ。

 「まず、全体として、だ」彼は切り出す。彼女は射撃までできなかったことがやや不満そうだったが、大人しく聞いている。

 「やっぱりリボルバーにするつもりはないか?その方がずっと楽なんだが」

 「1911がいい」

 1911は確かに良い銃だというのは既に言ったが、初心者向けかというと。10人に聞けば4人は頷くだろうが、その初心者が幼さの残る少女だと聞けば間違いなく意見を取り下げるだろう。45ACPは反動が強い。強すぎるほどに。

 1911に対するこの執着は一体、何が原因なのだろうか。否、心当たりはあった。

 一度だけ、彼女の前で使ったことがあった。十中八九それが原因なのだろうが、だからと言って向いていない銃を使うべきではない。

 仕方がないので、そのの銃を見せておこうか、と思う。目の前の少女は強情だし、比較的手段を択ばない人間ではあるが、理屈が通じないわけではない。使えないとわかったら諦めてくれるだろう。

 左足を上げ、右ひざの上に乗せる。裾を持ち上げてアンクルホルスターから件の銃を取り出す。キンバー製の3インチモデル。

 「これがあの時の銃。いいか?いくつか問題点がある。まず」マガジンをリリース、スライドを引く。

 小気味良い音を立てて45ACPが弾き出される。テーブルの上を伝って彼女の方まで転がっていった。慌てて、それを捕まえた彼女がそれをしげしげと見つめる。わざわざ渡す手間が省けていいかと思い、口を開く。

 「それが45コルトオート。大きいだろ?」彼女の細い指がそれを掴んでいると、余計に大きく見える。「お前には無理だ……と、頭ごなしに否定するつもりはない。重い銃で反動を抑えれば、撃てなくはないだろうな。コンペティションにも、一定数ガンウーマンがいるもんだ。そのかわり……」

 彼は事務所の背面に飾られている銃の内、間延びしたような銃を指さした。1911のコンペティションモデル。ダットサイトまでついている。5インチちょっとのバレルの先に、更に一インチ半ほどのコンペンセーターがつき、他にもありとあらゆるパーツがカスタムされている様だった。手元のキンバーの二倍ぐらい大きい。1911でも全く違う。

 「欲しいのはCCWコンシールドキャリーウェポンだろう?別にコンペじゃない。とすると、必然的に小さい銃になる。小さいと45ACPだとリコイルが大きくなって、スライドも重くなる」

 試しにとキンバーを彼女に渡してみる。ガバメントモデルの1911は引けそうだったのに、このキンバーはビクともしない。

 「別に、1911が駄目ってわけじゃない、ただ、色々違うやつもあるから、それを見てから決めろって言いたいんだ」

 「どうして」

 「ん?」

 「じゃあどうして、貴方はそれを使ってるの?」

 僕は微笑んだ。質問が的を射ていなかったからではない。逆だ。

 「もう一丁持っているから」彼は背中に手を回す。出した手にはまた別の銃が握られていた。黒いフレームに、シルバーのスライド。「これはXDMの、5.25インチモデル。弾は9㎜だ」こちらも同じように弾を抜き、手渡してみる。時計を見た。後15分ほど。

 「俺としては実用を考えるのなら9㎜だな」

 「……なら、この小さいのも9㎜にすれば?」

 中々鋭い娘だ。

 「キンバーのはマガジンが一列の奴だ。シングルスタックってやつだな。9㎜でも45でも、入るのは一発ぐらいしか違わない。なら、威力の方を優先する」弾を抜きながら説明する。出てきたのは7発。9㎜でも、いいとこ8発だろう。

 「じゃあXDMはと言うとだな、45のダブルスタックは太すぎて握りにくい。慣れの問題と言えばそれまでだが、9㎜のダブルスタックぐらいが俺には一番しっくり来る」

 彼女が口を開きかけたので、それを制するように続ける。「君が欲しいのはCCW出来て……まぁ、体にぴったりとつけて運ぶのは難しいだろうから鞄にでも入れるんだろうが、取り合えず小さくて軽いこと、使えることの二点だ」

 彼女もそこに異論はないのか、頷いた。流石に、小さい女の子に威力が大きいからと言って45口径の拳銃を勧めることはできない。

 「まずサイズ。バレルが3インチ位の大きさだな。重さ。このキンバーは25オンスだ。自販機のペットボトル1.5本分ぐらいの重さだ。毎日運べるか?難しいだろう」

 「出来るかもしれない」

 「出来ないかもしれない。これに、弾8発分加わる。合計ペットボトルの水二本分か?」

 ついに彼女は黙り込んだ。左足に銃を吊っていたら、外したときに真っすぐ歩けなくなったなんて言う笑い話もある。彼も、レンジでなければ普通XDMは持ち歩かない。銃の携帯には、意外と体力がいる。

 「もっといい選択肢は他にもある。そうだな、俺が知っている限りだと、.25ACP、38ACP、9㎜がオートで使えるし、38スペシャルなんかもリボルバーでは王道だ。22LRのリボルバーなら、それこそ明日買って明後日から使える。まぁ、自衛用なら22LRは勧められないが」

 「どうして?」

 「威力が低いことと、製造不良が多くてジャムが起きやすいことの二つだ」

 「具体的に、オートならどんな銃がいいの?」

 背面の棚に目を向ける。高級射撃クラブの事務所だけあって、銃の種類が多い。彼はそのうちのいくつかに目を向ける。

 「オートが良いのか?」

 「うん」

 「理由は?」

 「…………」

 彼女自身、余りわかってないみたいだ。

 「……まあいい。ちょっと待て、いくつか見繕ってみる。ただ、オートの銃で一番問題なのは、メンテナンスだ。少なくとも週に一度ぐらいは面倒を見る必要がある。マガジンに弾を入れっぱなしだと、いざというときに作動不良を起こす。だから……」

 喋りながらトレーを手に持ち、先ほど目を付けた銃を入れていく。

 彼女はその様子をじっと見ていた。

 リボルバーは入れていない。強引なようでいて、ちゃんと話を聞いている彼だ。

 「……リボルバーならメンテナンスは要らないと言ってもいい。ちゃんとまともな環境に保管してあれば、それこそ数十年放置したってすぐ使える……」時間は、あと10分ぐらいだろうか。ベレッタのピコとボブキャット、コルトムスタング、グロッグの所でかなり迷って、380のサブコンパクト。一瞬ルガーのマークⅣを入れようかと思ったが、戻す。この銃は、精度はピカイチだが、整備が死ぬほど難しい。代わりと言っては何だが、LCPの380を入れる。「……オートは分解して、汚れを拭いて、油を差すことが必要になる。更に10年に一度ぐらいは完全分解をして整備する必要が出てくる……」

 初心者に銃を勧める、と言うのは非常に難しい。最悪、相手の将来の可能性を潰すことになる。

 M&Pを取って戻る。ワルサーは正直、整備が面倒くさいので避けた。

 六丁の銃を前に、彼女は違いが分からない、と言うような顔をしていた。

 「別に今選べって言っているんじゃない。薦めるとしたらこの辺だな、と言うだけだ」

 彼女はそれぞれ触って確かめている。

 「一番軽いのは……こいつか。ルガーLCP、380ACP。ただこいつはちょっとな……」

 ざっと眺めて、ため息をつく。鞄に入れて運ぶのなら、何かカバーか何かをつけない限りはマニュアルセーフティが必須だ。ただ、それがついている銃は限られる。コンパクトピストル、あるいはポケットピストルと言われる銃は、大抵安全機能が少ない。

 「俺のおすすめはこれだな。コルトマスタングXSP。38口径でマガジンは6発入る。フレームはポリマーだから軽い。弾を入れても、まあ缶ジュース一本分といった所か」

 缶ジュース一本、という言葉に彼女が目を輝かせる。

 「SIGもあるが……ちょっと重い。1.5倍ぐらいか」

 「良いね、これ」

 「使ってる弾種が380ACP。かなり撃ちやすい。威力はまぁ、十分だろう」

 彼はもう一つの方を取り出した。ベレッタボブキャット。彼はラッチを回し、バレルを開けて見せた。

 「ベレッタボブキャットはこんな風に重心を跳ね上げられる。ここに弾を入れて、ハンマーをコックすれば撃てる。スライドを引かなくてもいいってわけだ。弾は25ACP。380ACPよりは威力が弱いが、近距離なら十分に殺傷力がある」彼はバレルを戻して、彼女の方に其二丁を渡す。「32ACP、38ACPのトムキャットってのもある。ちょっと重いけどな」

 「……考えさせて」

 「ああ。そろそろ時間だろうしな」

 「うん?あぁ」彼女は彼女の背後のドアを見る。

 どうやって音を立てずに入ったのか、迎えに来たらしい女性が立っていた。


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