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第七章「終幕」

 午後八時半。警視庁は共栄高校で起こった毒殺事件の犯人として同校二年生の国木田彩奈を任意同行し、数時間後に裁判所から逮捕令状が発行されると同時に正式な逮捕に踏み切った。また翌日、再捜査の結果二週間前に発生した黒野豊子の轢き逃げ事件に対する容疑も固まった事からそちらの逮捕状も発行され、この一件に関しても国木田彩奈は再逮捕される事となった。

 逮捕後、警察の事情聴取に対し彩奈は当初呆然自失の状態だったが、警察の本格的な捜査で次々と明確な物的証拠が発見され始めた事からついに観念したのか、ポツポツと二つの事件への関与を認める供述をし始めた。それによると、二週間前の黒野豊子の轢き逃げは意図的なものではなく、あくまでも過失による事故だという事であった。

「……あの日は……前の日に徹夜で課題を終わらせた反動で睡眠不足で……ほとんど居眠り運転みたいな感じになってしまっていたんです……」

 所轄署の取調室で斎藤が対峙する中、彩奈は小さな声でそう言った。

「それで事故を起こした」

「気づいたら……目の前にお婆さんがいて……とても避けられなくて……」

「なぜそこで逃げたんだ? 逃げなければこんな事にはならなかったはずだ」

「だって……怖くて……捕まると思ったら急に怖くなって……気がついたら、無我夢中で逃げていました……まさか、自転車の事故で相手が死ぬなんて……」

 彩奈は手を握りしめながら振り絞るように言う。

「そこで君はコンタクトレンズを落とした」

「左目のコンタクトレンズでした……。気づいたのは……家に帰って落ち着いてからでした……。でも……今さら拾いに行くわけにもいかなくて……。だから……一週間前に槙島君がそれを持っているって言ってきたときは、本当にびっくりしました」

「……改めて確認するが、君はさっきの尋問で槙島に好意を抱いていたと言ったが、本当の所はどうなんだ?」

 この問いに対し、彩奈は少し俯いた後こう言った。

「……私は……槙島君なんか好きでも何でもありません。そもそも、一週間前に声をかけられるまでは名前しか知らない人でした。好きって言ったのは……単に疑われないようにするためだけです」

「例の手紙も、ラブレターではなかった?」

「はい……。『一週間前に君がした事を知っている。この後校舎裏で話がしたい。拒否したらどうなるかわかっているね?』と書かれていました……。私は……従うしかありませんでした」

「そして、君は手紙の指示通りに校舎裏へ行った?」

「そうです……。そこで、例のケースに入った私のコンタクトレンズを見せられました。槙島君は……警察に言わない事を引き換えに、私を脅迫してきたんです……」

「脅迫内容は?」

 そう言われて、彩奈は唇をかんだ。

「……ひとまず口止め料として二万円。でも……彼の目は、どう見てもそれで脅迫を終わらせる気じゃありませんでした……。このままだと、ずっと彼の言いなりになると思ってでも、警察に言うわけにもいかなくて……それで私は……」

「槙島を殺す事にした、と」

 はっきり言われて、彩奈は無言で頷く。

「……体力じゃ絶対に勝てないのはわかっていたから……毒で殺す事にしました。それで……松北君が彼にいじめられているって噂を聞いていたから……化学準備室から水酸化ナトリウムを盗んで、バレンタインのチョコに紛れて殺そうとしたんです。そうすれば、少なくとも何日かは松北君に疑いが向くと思って……」

「わざわざ化学準備室の毒を使ったのは、いじめられていて動機があった松北君に罪を着せるためか。いじめていた槙島はもちろん悪いが……そのいじめの被害者にさらに殺人の罪を擦り付けようとしていた君も相当悪辣だぞ」

 そう言われて、彩奈は反論できずに唇を噛む。

「仕方……なかったんです! 私には……他にどうしようもありませんでした。どうすればよかったっていうんですか! 私は……どうしたら……」

「……自分の事ばかりだな」

 斎藤は小さく呟いた。

「な……何ですか……」

「自分の事しか考えていないなと言ったんだ。そもそも、ここに至っても君は人としてしなくてはならない事をしていない。その時点で、君に同情の余地は全くない」

「何を言って……」

「被害者、もしくはその遺族への謝罪だよ。さっきから聞いていたら君は自分の事ばかりで、被害者の事なんかまったく考えていない。事故は確かに不可抗力だったんだろうが、それならそれでなぜ被害者遺族への謝罪の言葉が一切ないんだ!」

「っ! そ……それは……」

 斎藤は大きく首を振った。

「そんな事だから、いじめの被害者に自分の罪を着せるなんて自分本位な事ができてしまうんだ。君はまず、その自分勝手な考え方を反省するべきだと私は思うがね」

 そう言われて、彩奈は何か反論しようと口をパクパクさせたが、斎藤の正論を砕けるだけの言葉が出なかったらしく、その場で机に突っ伏すと再び泣き出してしまったのだった……。


 さて、時間を少し戻して二月十四日午後八時半。国木田彩奈がパトカーで連行されていくのを、榊原と瑞穂は共栄高校の校門からジッと眺めていた。

「ひとまず、終わったな」

「終わりましたねぇ……。依頼を受けてから五時間くらいで解決なんて、相変わらず先生は先生ですね。しかも、自転車の轢き逃げ事故と覗きまで解決しちゃうなんて……」

「何とでも言ったらいいが、いじめの相談が行きつくところまで行ってしまったな。これからどうなる事やら……」

「実際、どうなるんですか?」

「まぁ、少なくともこれで槙島のやっていたいじめとそれを学校側がもみ消していた事実は明るみに出るはず。そうなったら学校側もただでは済まないだろう。いじめに関しては法の介入が行われるはずだ。しばらく大変になるのは間違いない」

「はぁ。学校にとってはとんだバレンタインのプレゼントですね」

「いい機会だ。たまりにたまった悪い膿をこの際全部出してしまった方がいい」

 と、そこへ容疑が晴れた松北が校舎から姿を見せた。

「あの……深町さんに榊原さん。今回はありがとうございました。僕の容疑を晴らしてくれて……」

「いや、これも仕事だ。気にする必要はない」

 榊原は淡々とそう言った。

「それよりも、これからが大変だぞ。おそらく、警察のいじめ問題専門の部署が本格的な捜査を始めるはずだ。この高校もかなりの激震に見舞われるだろうし、いじめの被害者である君にもおそらく取り調べがある。君の本来の依頼目的であるいじめの解決に関してはまだまだ始まったばかりという事だ。まぁ、私から一つ言える事があるとすれば……昨日みたいに安易に命を捨てるような事だけはしない事だ」

 その言葉に、松北は小さく、しかし力強く頷いた。

「はい。今回の事件で目が覚めました。命は……なくなったらもう二度と戻ってこない。なくしたら取り返しがつかない事になってしまう。国木田先輩のやった事を見て、そんな当たり前の事を改めて実感したんです。だから……僕はもう逃げません。簡単に命を捨てるような事だけは、もう絶対にしたくない。それをやったら、国木田先輩と同じところまで堕ちてしまう気がするから……」

「……そうかね」

 榊原はそう言葉を返した。だが、その短い言葉の中にすべてが込められていた。

「では、今日はこれで。何か困った事があったら、遠慮なくわたしか瑞穂ちゃんに相談してほしい。私たち自身も協力は惜しまないし、それでも心配なら私の知り合いの信頼できる弁護士を紹介できる。忘れないでほしいのは……君は一人じゃないという事だ。君の味方は大勢いる。だから、負けそうになったら声をかけてくれ。それが今回私から君に請求するこの事件を解決した依頼料だ。構わないかね?」

「……ありがとうございます」

 松北はもう一度深々と頭を下げた。それを見届けると、榊原と瑞穂は校舎を後にした。

「あの様子なら大丈夫だろう。あの子ならきっと乗り越えられる。そんな気がするね」

「先生も粋な事言うんですね。依頼料がもしもの時に助けを求める事なんて」

「まぁ、今日はバレンタインだからな。こんな粋なプレゼントがあったっていいだろう」

「そうですねぇ……。あ、そうだ」

 そういうと、瑞穂は荷物から何か取り出して榊原に渡した。

「本当はもっと早く渡すつもりだったんですけど……いつもお世話になっているお礼です!」

 それは、小さな箱に入ったチョコレートだった。

「……このタイミングでかね」

「言うまでもありませんけど、義理チョコですよ」

「それはそうだろう、むしろ本命だったら大問題だ」

「相変わらず先生は冷静ですねぇ。ま、これからもよろしくお願いします!」

「……勝手にしなさい」

 そう言ってチョコを受け取るとポケットに手を突っ込む榊原に、瑞穂はニッコリと笑みを浮かべたのであった。

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