1-3 灰色の男と屋敷の執事長と
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「…ふう」
手紙を読み終わり、椅子の背もたれに身体を預ける。考えることが多すぎて、自分の頭の処理能力を超えている気がする。まぁ、なんとかなるか。人、これを問題の先送りという。
机の上にあるハンドベルを手に取り、鳴らす。ハンドベルの音を聞きつけて、すぐに書斎のドアがノックされる。ベルを鳴らして、ノックまで30秒たってない。ベルで呼べばすぐ来るとか、相変わらずどういうシステムになっているのか、この屋敷の七不思議の一つだ。
「入っていいぞ」
「失礼します。ご用はなんでございますか。司坊ちゃん」
ドアを開けて入ってきたのは執事服を着た40台くらいの男、所作は洗練されており、動きに無駄がない。外見は清涼感にあふれているが、目元は笑っておらず、眼光だけは無駄に鋭く、やや冷たい印象を受ける。身長185㎝とでかく、身体も鍛えており、筋肉質で肩幅も広い。しかし、黒い服のせいか、全体的に細くスタイリッシュに見える。外見だけなら、ザ・パーフェクト執事って感じだ。
「…兎神、いい加減、坊ちゃんはやめてくれ」
俺は、苦笑しながら答えた。もう18にもなるのに坊ちゃんはないだろう。生まれた頃から面倒をかけている身としてはあまり強く言えないのだが。彼の名前は、兎神。この屋敷の管理全般を担当している執事長だ。
「申し訳ありません。私からすれば、幼少の頃から司坊ちゃんのお世話をさせて頂いておりますので、呼びなれた習慣というものはなかなか修正しにくいものです」
「まぁ、いい。祖父からの手紙を読んだ。祖父の仕事を引き継ぐことと、お前たちをよろしく頼むと書いてあった。話を聞かせてくれるか? 」
「ご説明の前に、坊ちゃん。1つだけお答えをお願いします。すべてを話せば、坊ちゃんは後戻りができなくなります。かの地を調べていくうち、きっと辛いこともたくさんあるでしょう。取り返しのつかない怪我を負うかもしれません。我々はとても心配です」
「そして、我々はみな、坊ちゃんのことが大好きでございます。そして、坊ちゃんを危険にさらしてまで、我々は生き延びたいとは思ってはおりません。それが我々全員の総意でございます。もし、すべてを知ろうとするならば、絶対に死なない覚悟をもって頂きたい」
「それでも、かの地を、すべてを、知る『覚悟』はおありですか? 」
兎神の眼がスッと細くなり、急に周囲の温度が5度くらい下がったように感じる。飢えた大型肉食獣を目の前にしているような、そんな錯覚を受けた。息が詰まり、つばがうまく呑み込めない。
(くそじじいめ、なにが俺に任せるだ。これは試されてるのは俺のほうじゃねぇか。いいだろう、じじいの思惑に乗ってやる。どうせ、最初から見捨てるなんて選択肢はないんだからな。今までみんなに世話になった恩を見なかったことなんかにできるかよ)
「俺は、やるよ。じじいのあとを継ぐ。お前らは今も昔も俺の家族だ。家族を見捨てて、自分だけのうのうと生きていくくらいなら、死んだほうがマシだ」
「……立派になられましたな。わかりました」
そういうと、兎神が2回手をたたく。すぐにノックがして2人の女性が書斎に入ってくる。片方は屋敷の掃除全般を、片方は料理や備品管理をしている女性だ。歩く音もなくスルスルと兎神の隣までくると一礼して、その場に控える。
「司様、今この時をもって、我ら兎神の一族は、あなた様を主としてお仕え致します。この身が朽ちるその日まで、あなた様だけのために存在し、御身へのあらゆる厄災を打ち払う刀となりましょう」
「…お、おう。頼んだ」
3人がド真面目な顔をして、そんな物騒なこというものだから、俺のほうこそ目を白黒させてしまった。