6-48 時の揺り籠③
親夫婦との会食を終えて、用意された客室で休む一家。
「今日は、義父さんと義母さんに会いに来てよかったよ。たくさん話ができたし、これから少しずつ歩み寄っていければいいよな?」
「とても悔しいですが、同意ですね。つーちゃんがあんなにも楽しそうでしたから」
会食と言ってもアットホームで、テーブルマナーとか難しい事は無礼講で子供がスプーンでモリモリ食べているのを周囲は微笑ましそうに見ていた。
「わんわん……むにゃむにゃ」
部屋の中には広めの子供プールのようなベッドが置かれていて、そこには子供と柴犬一家が寝ていた。子供は親犬たちに寄り添われていて温かそうだ。
子犬たちは子供の寝返りで潰されないように、そこの中に専用のベッドが置かれていて2匹が仲良くくっ付いて寝ていた。
「あんなに懐くなんてな……うちも犬を飼ったほうがいいのかな? 司のためにも」
「あの子たちにとってはつーちゃんが特別なのでしょうね。以前からヴォルフとルーヴは知ってますけど、私には主従って感じの対応でした。でも、つーちゃんのことは自分の子供か兄弟の様に思ってくれていそうです」
母親は幸せそうに柴犬たちと眠る我が子を見ながら、今日の出来事に想いを馳せた。
動物との触れ合いは情操教育に良いと聞くが、今までは自分たちの生活が精いっぱいで動物を飼うことができていなかった。
それが今日は思わぬ形で実現して、さらに子供が柴犬たちと交流で他者への友情や愛情の意識を芽生えさせ始めている。
もちろん、交流には良い事ばかりではないだろう。
双方に力加減が必要だし、万が一噛まれて嫌いになってしまうかもしれない。
しかし、それは親が傍で注意すればいいこと、それ以上にこの交流には余りある恩恵があるのを実感する。
「悔しいですが、兎神には一本取られました。まさか、つーちゃんを子犬に引き合わせて友達にさせるという手段をとるとは思いもよりませんでした」
「アレって仕組まれたことだったんだ……でも、アレがきっかけで義父さんと話ができたのは事実だろう? 結果としては双方によかったんじゃないか?」
「兎神には私が幼い頃からお世話になっていますが、彼は所謂天才ですね。すべてが完璧すぎて逆に何を考えているのかわからないタイプです。今日も恐らくこうなることを想定して動いていたのでしょう、恐るべき相手です」
「君は考えすぎだって、それだけ俺たちの事を考えてくれているってことじゃないのか?」
楽観的な父親に対して、母親は警戒を緩めることはなかった。
「わんわん、一緒にいこ?」
次の日、子供がぽよぽよと歩いて行く後を賢く追従していく柴犬一家。
今朝に至っては、いち早く起きた子犬たちが遊び相手を求めて、まだ寝ている子供にじゃれついて起こして、両親が起きた時には仲良く遊んでいたというハプニングが発生。
それを見て焦った両親だったが、子供がちゃんと言いつけを守って優しく丁寧に子犬たちと触れ合っている姿を見て胸を撫で下ろした。
その後は、これは本当にうちの子って天才かも? とか親バカ全開な思考に発展したのはご愛敬だろう。
「おはようございます。朝食の準備ができておりますので、皆さまはお席にどうぞ」
食堂に入ると、オレンジ色のメイドが朝食の準備をしていた。
すでに親夫婦は席について紅茶を飲んでいるようだった。
「おはよう、早速だが、今日は会ってほしい人たちがいるので予定を都合してほしい」
「ええ、長くならなければ構いませんが、どなたでしょうか?」
「何、わしの古い友人というやつだ。気の良いやつなので問題はないだろう」
それ以上聞くまえに朝食が運ばれてきたので話は中座になってしまったようだ。
「やぁ、こんにちは。この子が司君かな? 初めまして、私は武神巌という、よろしく」
大きくてごつごつした手で優しく子供と握手をする大男。
「あなた、自分だけではなく、私たちもご紹介くださいね?」
「お、おう、すまん。こちらが私の妻と息子。あと、妻が抱いているのが生まれたばかりの娘だ。司君とは末永くよろしくお願いしたい」
隣の女性から冷たい視線を向けられて大男が急いで取り繕っている。
「初めまして、武神凛と申します。こちらが息子の宗司、この子が舞です。司ちゃんよろしくね」
「宗司といいます、よろしくお願いします」
何というか、子供に会いに来た感が凄い一行であったが、不思議と悪い気がしない。
その後は双方で挨拶を交わして、各人が思い思いに談笑を始めた。
「あーあー」
「う? うー?」
赤ちゃんが手を伸ばすが、子供がどうしていいのかわからずにいると、
「あら、舞ちゃんったら積極的ね。司ちゃん、優しく握手してくれますか?」
「あい、あくしゅー」
赤ちゃんを抱いた女性が助け舟を出してくれた。
子犬たちと遊ぶのと同じように、子供が恐る恐る手を指しだすと赤ちゃんはその指をキュッと握る。そして、赤ちゃんはにっこり笑顔になった。
「あわあわ、わんわんも?」
しかし、それを見ていた子犬たちは自分たちも構ってほしいと子供に突撃。
親犬たちもそれに追従して、子供はもみくちゃ状態になってしまった。
「あらあら、司ちゃんはモテモテね」
その光景を見て、くすくすと笑う女性はとても楽しそうな表情だった。




