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6-38 遭い入れないものとの遭遇

 紅い目。


 司が知る限り、これと同じ物を持っていたのは例の魔獣である。

 それは、知能は無く、死ぬまで衝動のままに暴れるだけの厄介な生き物だった。


 しかし、目の前にいる男は、見た目は完全に人間のソレで目だけが紅いという異様さだ。


「司さん、アレはやばいです。宗司兄と同等か、それに近いレベルです」


 舞が男から視線を外さずに司へ伝える。

 よく見れば、舞の顔には冷や汗が浮かんでいる。

 それ程までに自分との力量差があるのがわかったのだろう。


 舞が言う事も問題だが、司はまずルーヴを確認した。

 身体の所々に血が滲んでいて、今にも倒れそうにふらふらとしているが、リリに支えられて辛うじて立っている状態だ。良い状況とは言えない。


 次に源の様子を。

 見たこともないほどに憎しみの形相をしている。

 恨み骨髄といった印象で、明らかに冷静さを欠いている。


 さらに言えば、相手は単体でルーヴが追いつめられるほどの戦闘力があり、ヴォルフが攻めきれずにいる実力者ということか。


「恐らく、こちらで戦えるのはヴォルフだけ……怪我1、子供2、戦力外3ってところか」


 戦況は極めて悪いと言っても過言ではない。


「あなたは、面白い波長を持っていますね」


 突然、男が声をかけた。

 男の視線は1人に固定されていて、司は目が合った瞬間ゾッとした。

 纏わりつくような、それでいて内面を探ってくるかのような、粘着質で不快な感覚。


 そんな状況で弾かれる様に飛び出した者がいた。

 不意打ちで殴りかかるが、ヴォルフの攻撃を回避している輩に早々当たるものではない。


「おやおや、これまた随分と死にぞこないの登場ですね。それに、その楽しい視線を向けられるのも久しぶりなのですが、お知り合いでしたか?」


「うるさいわ! お前はわしを覚えておらんかもしれんが、わしはお前への恨みを片時も忘れたことはない」


 何が源をそこまで言わしめるのか。


「ふむ、そこまで熱心な獲物を逃がした記憶はないのですけれど……はて」


 臨戦態勢に囲まれているのに、考え事をする素振りを見せるのは余裕の表れか。


「まぁ、記憶にないので考えてもわかりませんね。それよりも、私はそちらの方に興味があります。その波長は、どこかで見た記憶が……」


 しかし、それもすぐに飽きたように視線を司に戻して、ゆっくりと歩き出す。


「それ以上、近づくな!」


 男が司に近づこうとしたのを見て、ヴォルフが爪で切りかかるが最低限の動作で回避されていた。


 そして、司たちはその場を動けないまま男の様子を窺っている。

 ヴォルフの手に負えないような怪物に対して、迂闊に動いて刺激することができないからだ。


「……思い出しました。あのわけのわからない神域、あそこの雰囲気に似てますね。そう言えば、神域を調べに行ったあの女は何も報告せず、今どこでサボっているのか」


 調べに行ったあの女という単語を聞いて、ほんの僅かに反応してしまった司。

 その反応を男は見逃さなかった。


「その反応は、何かを、知っているようですね? どうやら、ゆっくりとお話を聞く必要があるようです」


 口の形が三日月の様に裂けて、男が気持ち悪い笑顔で嗤う。


「そんなことはさせん!」「させません!」


「!? ま、待て! 舞! ダメだ!」


 弾かれたように源が、舞が男に襲い掛かった。

 舞の手には、いつの間にか旋棍が握られており、全力攻撃をするつもりらしい。


 ヴォルフの攻撃同様に避けるかと思ったが、予想外にも男は何もしなかった。

 無防備な身体に源の拳が、舞の打撃が突き刺さるが、男は微動もしない。


「化け物め!」


 源と舞が波状攻撃を繰り出すが、男は避けるつもりもないようだった。

 源は兎も角、舞の打撃は普通の人間なら骨が砕けてもおかしくないほどの攻撃力がある。

 それらを叩き込まれても何も感じていないというのは異常だ。


 しかし、舞の表情を見る限り、手ごたえはあるのだろう。


「痛みを……感じていない?」


 それは、舞と宗司から報告があった魔獣のソレ。

 腕を破壊しても痛みに怯むことなく振り回して攻撃してくるという、常軌を逸した特性。

 だが、ヴォルフの攻撃は全て回避しようとしているのが謎だ。


「あなたたちに、用はありません」


 一振り。


 たった一撃、腕を振るっただけで2人の身体が宙を舞った。


「舞!」「舞さん!」「じいちゃん!」


 源と舞が左右に吹き飛んで、地面を転がった。

 味方が近すぎて同士打ちになることを恐れてヴォルフが引いていたのが仇になった。

 すぐさま状態を確認しに行きたいが、目の前の男がそれを許してくれるとは思えない。


「さて、邪魔者はいなくなりましたので、話を聞きましょうかね」


 完全に接近され、すでに相手の間合いの中、司は覚悟を決めた。

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