⑥
「葵、気持ち悪い」
翌日、町唯一の高校に登校した僕に発せられた第一声は、親友の鋭い言葉だった。僕が教室に入るや否や、僕の元にやって来て毒づく。
「悪かったね、気持ち悪くて」
「いやいやいや、そういう意味でなく。なんで今日お前そんなに機嫌いいわけ?いつも、眠たそうな顔してギリギリにやって来るのに。特に月曜日」
「うん、まぁ、その」
自分の机に学校指定のスクールバックをかけながら、歯切れ悪く答える。そんな僕に何かを察したのか、親友が勢いよく肩を揺さぶってくる。
「女子か、女子なんだな!抜け駆け禁止!」
「うあぁぁぁあ、ちょ、揺さぶるな……」
小学校から一緒の僕の親友、吉崎彰浩。地毛で茶髪、見た目こそチャラチャラしているけれど、実際は実直ないい奴だ。まぁ、いい奴過ぎて……といういかにもな典型例だったりもする。僕は一人っ子だけれど、確か三つ上の結構美人なお姉さんがいたはず。
「あ!」
「?」
思わず声を上げてしまう。彰浩は驚いた様子で、肩に置いた手を離し見つめてくる。その手をとり、
「彰浩、お姉さんいたよね。お姉さんに高校の時の制服貸してもらえないかな」
と、告白したところ親友の顔から表情が消えた。
「葵、悪いことは言わない。今ならまだ引き返せる」
「違うよ!」
明らかに勘違いをした親友に思わず声を張り上げてしまい、クラスの視線を集める羽目になってしまう。クラスのみんなに愛想笑いをして、彰浩をかがませる。もう少し身長縮め。
「昨日、ほらあの幽霊屋敷あるだろ?」
「あぁ、団地の方にある屋敷だろ?結構マジな感じの」
「マジって……、とにかくそこで色々あって、日向っていう僕たちと同い年の女の子と出会ってさ」
「……おぅ」
「でさ、その日向がさ、学校行ったことないって言ってて」
「マジ?」
「うん、そうみたいで。何か理由があると思うんだ。だから制服だけでも、と思ったんだけど」
「……そっか」
二人してしゃがみこんで話していると、担任の先生が教室に入って来たらしく、続々と自分の席に着き始めるなか、彰浩は中々席に着こうとしない。
「葵、その日向って子、かわいい?」
「……うん、まぁ、かわいいと思う……けど」
純粋にそう思う。クラスのどの女子よりもかわいいと僕は思っている。
「よし!分かった!葵の為に俺がひと肌脱いでやるよ!」
バッと立ち上がる彰浩。俺に任せとけ!という良い笑顔だが、後ろで担任の香坂先生が額に青筋を浮かべている。
「吉崎、誰もお前の全裸なんて見たくないんだから、早く席つけー」
「ひっでぇよ、香坂ちゃん!」
「先生だ」
パシンと出席簿で彰浩の後頭部を叩く先生。いつものやりとりにクラス中が笑いに包まれる。大人しい僕とは対照的に、彰浩はクラスの人気者だ。どうして親友なのか全くもって謎だ、よく言われる。席に帰り際にこちらを向いた彰浩が口パクで『任せろ』と言ったのが見えて、なんとなくニヤリとしてしまった。
親友は今日も頼もしい。