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赤色連盟  作者: 久彌アサ
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「え?」

 思わず僕も疑問の声を口にしてしまう。二人して疑問符を飛ばしてしまい、膠着状態に陥る。少女の背後には、華やかに装飾された洋風の開け放された部屋も見える。テラスも備え付けられており、絵本でしか見たことのない空間が広がっている。そんな空間の中、僕と少女は見つめ合ったままだ。全体的に色素の薄い少女は、白いワンピースを身に纏い、裾の華奢なレースから覗く足は驚くほどに細い。何か喋ろうにも何を喋ればいいのか分からない。完全に頭が機能を停止していた。そんな気まずい空気を破ったのは、わふ!という先程の犬の鳴き声。その声に我に返った僕は、目的を思い出す。

「あ!その犬!本持ってなかった?」

「ホン?」

「そう!これくらいの分厚い……」

「あ!ちょっと待って」

 そう言うと少女は犬を残し、どこかに消える。せめて、犬も一緒に連れて行ってほしかった。今度は犬と見つめあい過ごすこと五分。(本当は一分も経っていないと思うのだけれど、仕方ない。僕にとってはそれくらいの時間が経過したように思えた。それ程過酷だったのだ。分かってほしい)犬がとがった三角の耳をピクつかせたかと思えば、少女が探していた本を片手に戻ってきた。その本を受け取る。

「モフが咥えてきて何かなって思ってたの」

「もふ?」

「うん、この子の名前。もふもふしてるでしょ?だからモフ」

 そう犬を抱えながら微笑む少女。犬も少女の腕の中で、尻尾をフリフリし嬉しそうだ。よく見てみれば、確かに犬は柔らかそうなクルクルとした巻き毛で全身を覆われている。触れば心地良いだろう。……僕は絶対に触らないけれど。

 少女から受け取った本は若干湿り気を帯びている。犬が口に咥えていたのだから仕方ないと思いつつも、そのままカバンに戻す気にもなれず、持ったままでいると、少女が一歩僕に近づき、

「ね、それ何?」

本を指さし尋ねてくる。

「なにって……、藤堂藍凪の最新刊、だけど」

「とうどう…あおなぎ?」

 本当に分からない、という顔で首を傾げる少女。結構有名になってきたと思ったんだけどな。まだ知らない人もいるか。

「藤堂藍凪。最近人気なんだけど。目立った賞は取ってないから、一般的じゃないかもしれないけど、なんていうか!そう、面白いんだ!」

「面白い?」

「うん!最高だよ!読んでみる?あ。これはまだ読んでないから貸せないけど。家にあるのだったら……」

「ヨム?」

「そう」

 少女はしぱしぱ目を瞬き、本と僕とを交互に見つめている。対して僕は先程から微妙にかみ合わない少女とのやり取りに疑問を持ち、ひとつのあり得ない仮説を立てる。もしかして彼女は。

「ね、もしかして字が読めないの?」

「字?」

「そう、これ。この字を藤堂藍凪って読むんだ」

 少女の前に表紙を持ち出し、そこに金色で印字された作者名を指さす。すると、少し困ったように笑って少女は一言「知らない」と答えた。まさか、とは思ったけれど。そんなことあるなんて思ってなかった。よく考えたら僕と同じくらいの年齢のはずなのに、少女のことを学校で見かけたことはない。

 僕の町では大半が中学を出れば高校まで地元の学校に通う。高校は偏差値も割と高い方で、地元外からも多数入学者がいる。地元中学で推薦が受けられる為、ほとんどがそれに便乗するわけだ。勿論、もっと高みを目指して、地元を離れる者もいるけれど。目の前の少女は学校では勿論のこと、その他の場所でも今まで出会ったことすらなかった。確か五年前に引っ越して来たのは中年の夫婦だけだと聞いていたのだけれど。驚いて硬直していると、少女が僕のシャツの袖を引っ張る。

「面白いの、知りたい」

 大きな瞳が一瞬輝いて見えた。初めて他人の知識欲を垣間見た気がする。その思いには答えなければいけない、そんな気がした。

「言葉は、わかるんだよね?」

「うん。分かる。言ってること分かる」

「じゃあ、読んであげよっか……?」

 初対面の男に言われたら不審がられると思ったので、なるべく柔らかく聞いてみる。少女は途端に笑顔を浮かべ、

「うん!」

その場で飛び跳ねて喜んだ。いきなりのジャンプに犬が驚いたのか、少女の腕を飛び出しヒマワリ畑に消える。

「あ!モフ、……行っちゃった」

「仲良いんだね」

「うん。モフはね、わたしのお友達なの」

「そっか」

「うん!」

 二人して犬、……モフが消えていった方向を眺める。またあの穴から外へ出て行ったのだろう。程なくして、大切なことに気づく。

「あ!ごめん。そういえば勝手に入ったりして。どうしてもこの本を取り返したくて。ぼ、僕は高木葵。一五歳」

「いいの。今お母さんもお父さんも丁度いないし。わたしはね、有原日向ありはらひなた。同じ一五歳。」

 自己紹介の後、何となく二人して顔を見合わせ笑ってしまう。はっきりいって僕は女子が苦手だ。高校でも話したことのある女子は両手で足りるほどしかいない。極めて親しい、となれば残念ながらゼロだ。みんな学校生活を送るうえで必要だから話している。ただ、それだけの関係だ。そんな苦手に思う同世代の女子だけれど、どうしてだろう。今目の前にいる少女――日向に対しては苦手意識を感じない。

「ね!葵、早く読んで読んで!」

「う、うん」

 日向にせかされ、二人で庭に面したテラスに腰を下ろす。日向は待ちきれないとばかりに、僕の持つ本を覗き込み、足をリズムカルに揺らしている。今にも鼻歌でも歌ってしまいそうだ。と、そこまでは良かったけれど、僕は重大な過ちに気づく。藤堂藍凪の本は確かに面白い。ただ、初めて本を読む人には如何なものか、という内容なのだ。

「葵?」

 一向にページをめくろうとしない僕を不審に思ったのだろう。日向が顔を上げる。

「あ、ごめん、日向。ちょっとこの本じゃないほうがいいかしれない」

「え?なんでなんで?」

「いや、ちょっと、なんていうか。……そう!これよりも面白い本があるから、そっちを読むよ!」

「もっと面白いの?」

「うん!きっとそっちの方が日向も楽しいと思うんだ」

「本当?だったらそっちが良いな」

 日向も納得してくれたようで、安堵のため息を漏らす。

「とりあえず、今日は持ってないから、また明日持ってきてもいい?」

「明日?」

 日向は不思議そうに僕を見つめる。そうされて初めて気づく。初対面の男から明日の約束をされても困惑するに決まっている。自分の不用意な言葉に固まっていると。

「明日も……来てくれるの?」

 予想外の言葉を日向が口にする。

「う、うん……。日向が、よければ……だけど」

「嬉しい!」

 体中から喜びを表現する日向。その瞳が、その笑顔が、輝いて見える。途端、顔まで血が上って来るのが分かる。やばい、絶対顔が赤い。

「葵?」

「ふあっ、日向。近い近い!」

 僕を心配したのだろう日向が、距離を詰めて顔を見つめてくる。日向の瞳に僕が映る程の距離に、思わず声が裏返ってしまう。

「じゃあ本は明日ね。今日はわたし葵の話が聞きたいな。いろいろ知りたい。聞かせて?」

「う、うん。良いよ。何から話そうか――」

 そうして他愛ない話を日が暮れるまで、日向と楽しんだ。

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