2話:掴みそこねちゃった
2話:掴みそこねちゃった
それは一瞬の出来事だった。
特に生徒から人気があった訳でもない教師が教壇で名簿を開いた瞬間に、教壇ごと教師が弾け飛んだ。
教壇の前の席に座っていた生徒は、その光景に悲鳴をあげたが、次第に別の恐怖が襲う。
何故ならば、教壇があった場所には、いつの間にか扉が存在していた。
その扉は、非常にシンプルだった。
彫刻家が地獄や天国を想像して作ったような複雑な門でもなく、白色の片開き戸だった。
それは『ダンッ』という音と共に、勢いよく手前側に開くと、手の形をした黒い影が飛び出し、教室にいた生徒全員を連れ去って扉が閉まった。
……僕だけを残して
「ちょっと!!」
人間は自分の頭で理解が追いつかなくなった時パニックになるというが、僕の頭は冷静だった。
これは、異世界行けるんじゃね? って考えが頭の中に渦巻く。
そう考えれば考えるほど、居ても立ってもいられず、扉に駆け寄る。
「僕もそっちに連れて行け!」
そうして僕は、扉のノブを捻り勢いよく押し開けて中に入っていった。
結果、肉片になった教師以外、教室には誰もいなくなった。
扉を潜ると、中は目を開けていられないほどの光が溢れていた。
たまらず目を瞑ったら何かに掴まれ、遊園地のジェットコースターに乗っているかのような勢いで、何かに腰の辺りを引っ張られた。
引っ張られる感覚も無くなり、うっすらと目を開けてみる。
先ほどのような強烈な光は無かった。そこは上下左右が白で覆われた世界だった。
距離感は判らなかった。ただ空間の境が見えずどこまでも歩いて行けそうだった。
(定番のやつかな?こりゃ本当に異世界行けんじゃね? やっべ、夢叶ったか!?)
そんなことを思いながら、
(いるのは誰かな~女神かな~? それとも爺さんの神様かな?)
と人を探して歩いてみる。
床は、歩くごとに足が埋まり、まるで体育の時に使う、ぶ厚くて柔らかいマットの上のようだった。
壁と天井は残念ながら触れなかった。
色々胸に溢れる気持ちに期待しつつ歩いていると、声をかけられる。
「こっちじゃ、こっち! 早く来るのじゃ!」
喋りこそ爺さんだが、声は女の子のようだった。
その声の方向へ顔を向けるとそこには、1人の小学校中学年くらいの女の子が立っていた。
しばらく見とれていると
「早く来るのじゃー!!」
扉に入った後のように、ものすごい勢いで何かに引っ張られた。
「いてて、なんですか?」
年もわからないし、女神だったらまずいからとりあえず丁寧な言葉を使う。
「お前は、我が掴み損ねたのに、どうしてわざわざ自分で来たのじゃ?」
覗きこんでくる幼女。
髪の毛は銀髪で瞳は青かった。
睫毛長いな! って睫毛も銀色だった。どうやら地毛らしい。
目は大きく、薄い唇は仄かに桃色て、成長がものすごく楽しみです。
ロリコンじゃないけど、俺もしかしたらロリコンかも? なんて危険思想を抱いて我に返る。
いかんいかん!
「それよりも、あなたは?」
「ふむ、しょうがないの、我はアイリス。この世界【エアレイド】で女神をやっておる。
お前以外の者は我の力で、とある国の召還の間へ送ってきた。
まぁ、ギブアンドテイクってやつじゃ」
エアレイド……ふむ、聞いたことない。
僕の勉強不足でもし外国だったらショックだけど。
実は山奥で集団で黒魔術研究してて、呼び出したら日本の高校生キターなんて展開は斬新だけどさ。
それでも僕はやっぱり異世界に行きたいよ!
それにしても、やっぱり異世界転移といったら女神様だよね!
定番だと呼び出すのに力は貸すけど、戻るのには力を貸してくれないんだよね。
魔王を倒せば、女神から神託が下されるとかいって王族は騙してくるし……
この女神様はどうなのかな?
それはさておき自己紹介だ。
「僕はアキといいます。高校1年生です。
先ほどの答えですが、僕がこの世界に来たかったからです」
「どういうことじゃ?」
「僕は、ファンタジーが大好きなんです。
僕の住んでいた世界には無い物だから! 冒険、お金を落とすモンスターに精霊や魔法に伝説の勇者や魔王に憧れをずっと抱いてきました。
そんな体験できそうなチャンスを逃せるわけないじゃないですか!」
畜生、もっと語りたいけど興奮しすぎて思考がさっきからついて来ないよ!
あーせめて鞄を持ってくるべきだったんだ! あの中にあるノートを見せればこの女神様にだって僕の熱意は伝わるはずなんだ!
「我がここに無理やり引っ張り込まねば、死んでもおかしくなかったのじゃぞ?」
「可能性に賭けたんですよ。あの世界で行き続けるよりよっぽど良い」
「ふふ、おもしろい奴じゃ。
お前を少し覗かしてもらったが、どうやら思い描くものがあるようじゃの。
我はお前が少し気に入った。お前にだけ特別に我が力を分けてやろう」
お、『覗かせてもらった』なんて、さすが女神様、あんまり僕の中身を観られるのは嫌だけど定番だね。
それより、だ! 【力】くれるって! チート街道まっしぐらですか? 難易度ベリーイージーですか? 悪くない!悪くない!
「おおチート展開ですね! 定番だけど良い流れだ!」
おっと、心の声が溢れちまったぜ
「それは、よくわからないのじゃが?
まあ良い、お前が望む力は何じゃ?」
キター! もうやっぱりコレでしょ! クラス転移っていって僕が思い描いていた【力】それは……
「転送です。異世界から元の世界に飛ばせるくらいの」
「ふむ、まあ良い。お前が全部やれば済む話じゃしの。転送の力をやろう。
だが、制限を付けさせてもらう。なあに簡単なことじゃから心配せんでいいぞ」
「ありがとうございます!」
まあ、簡単じゃなかったんだけどね。そのくらい我慢するさ。
「他に欲しい力はあるのか?」
えっ!? もっとくれるのか! 女神様素敵すぎる! 僕もうロリコンでいいよ!
でも、さっきのとは違いコレが許可されれば本気でチートになるのは間違いない。
でも、無理かもしれないしな……いうのはタダだし、ええい!ままよ!
「略奪と偽装に隠蔽……後は言語理解が欲しいです」
どやっ! どうなるんや! 教えて女神様!
「ふむ、なかなかに考えているようじゃな。まあ良い、次で最後じゃ、最後に欲しい力は?」
ふぁーーーー! まだくれるんですか? 明日閉店する店よりサービス良すぎですよ!
折角だから、さっきは遠慮していわなかった【力】をいっちゃうもんね!
「ヘルプのような力が欲しいです。わからない事を調べられる力が」
「う~む、そうじゃの……何がいいかの……お前は普段どうやって物を調べているのじゃ?」
「このスマホの辞書アプリで調べてますけど」
「ふむ、では我がお前の持っているスマホという媒体に、分体で憑依しよう。我がわからないことは調べてもわからんからの」
なんと、女神様自ら協力してくださるのですか! 神様って至れり尽くせりなんですね!
今度、神社にいったら賽銭奮発するよ!
だがしかし、スマホにはひとつ問題があるんだよね……
「アイリス様、このスマホは電池で動いており、電池が切れたら使えなくなってしまうのです」
「ちょっと我に貸してみるのじゃ」
「どうぞ」
「ふむ、ではこうしよう」
アイリスの手の中で僕のスマホが光り輝く。
光がなくなると、アイリスの手にはアイリスが乗っていた。
見たとおり手のひらサイズの……
「アイリス様?」
「うまくいったのじゃ。この我の分体である【手のひらアイリス様】をお前にやろう」
「えっ?僕のスマホは?」
「見た目は変わったが機能は全部受け継いでおるから、心配は無用じゃ。
さらに、さっきいってた電池切れの心配もないぞ、手のひらアイリス様はご飯を食べれば永久的に動くからの」
「それでしたら、ありがたく頂きます」
「よろしくなのじゃー」
「よろしくおねがいしますね」
すげーよ女神様、食事するスマホなんて聞いたことないよ。
声は高くなったけど普通に会話できるし、何でも知ってるって、この世界で一番需要あるかもしれないね。
そんな小さいアイリスは僕に飛びつき、肩によじ登ってくる。
肩の上に腰を下ろすと「わるくないのじゃ」といっていた。
最高なのじゃ! これは僕の言葉だけど。
「さて、準備はできたじゃろ、もう行くのか?」
「行く前に自分のステータスみたいのを確認したいのですが……」
「ふむ、ではわかりやすくお前にだけ見えるようにしてやろう。ほれっ」
アイリスが指先を僕に向けたかと思うと、自分の頭の上に、ゴシック体で名前が出た。
緑色で【アキ】と書かれている。更に下には緑色のバーが延びる。自分の命だろう、いわゆるHPだ。
ゲーム使用の異世界キター!って内心では興奮しっぱなしだった。
ふと、バーの横に▽があったので目線を向け念じると
名前:アキ
年齢:16歳
ステータス
体力:Lv 1
魔力:Lv 0
攻撃:Lv 1
防御:Lv 1
敏捷:Lv 1
超能力:転送・略奪
能力:言語理解・偽装・隠蔽・環境適応
魔法:なし
称号:女神の友
パラメータはチートではなかったが、力はしっかり授かっていた。
この世界ではステータスはLvで表示されるようだ。その前に僕、雑魚すぎるだろ……
運動も喧嘩もしてこなかったからな。しょうがない!
魔力もあるのか、Lv0だから使えないけど、魔法があるってことだよね? 楽しくなりそうだ!
称号か、これも何か効果でたら嬉しいな。後で、ちびっ子アイリスに聞こう。
それにしても、女神の友ね、可愛いところあるじゃないのさ。
とりあえず、現状も把握したし、そろそろ行きますかね。
「ありがとうございます。アイリス様は僕のこと友達と思ってくれているんですね。嬉しいです」
「ま、まあよいじゃろ。あと、我のことはアイリスでよいぞ……」
顔を真っ赤にしそっぽを向きながら呟くアイリスは可愛く思わず頭を撫でる。
「ひゃあ、おいっ、こらっ、子供扱いするでない!
うー、こらぁ、もおーだめじゃ!」
「おっと、ゴメンね可愛すぎたから思わず撫でちゃったよ。改めてこれからよろしく頼むよアイリス」
「まあ許すのじゃ。ではお前のクラスメイトが召還された場所へ送ろう」
「では、またねアイリス」
「うむ、またなのじゃ」
アイリスは僕に手をかざした瞬間、光に包まれた僕はクラスメイトがいる空間へワープした。
あ、弾け飛んだ先生がどうなったか聞くの忘れたよ……まあいいや、僕がいじめられてても見てみぬ振りしたし、僕も同じことをするだけさ。