命は軽い
命が重い? はっ! そんなわけないだろう。命は軽い、軽すぎるほどに軽い。
だからこそ人は死に、人は人を殺す。
重みがあるなら、軽々しく殺そうとは思わないし、あっさりと死ぬこともないだろう?
命は軽い……ゆえに人は人を殺し、死にゆく生き物なんだ。
そんなことも分からないとは……愚かとしかいいようがないぜ――正義のヒーロー君?
――だから君は殺したのか! たくさんの人々を――。
そうだよ、悪い? 命が重かったら、さすがに俺でも罪悪感が募る。けど俺の胸にはそんな感情巣食っちゃいない。
分かるかい? 重みがないから思いがない。
結論。人の命は軽い。
――むちゃくちゃだそんなの。理屈になっていない――。
おいおいヒーローともあろうものが理屈で動くのかい? 感情で動くべきだと思うけどなヒーローなら。
――……私は信念に従って動いている。だから君を見過ごせない。……見過ごすことができない――。
……あぁ、そっか感情で動いた結果、今俺と会話しているわけか。そいつは気づかなかったな。
で、どうする正義のヒーロー君? 俺を殺すか? 俺は別にかまわないぜ。俺も人間だから等しく命は軽いからな。
悪人よろしく命乞いなんて無様な真似はしねえから、そこだけは安心してくれていいぜ?
――君は……なんでこんな真似をしたんだ。分からないわけじゃないだろう? 私がどう動くか、君なら分かったはずだ――。
分かるわけねえだろ。
忘れたか、俺のセリフ。俺の命も軽い、だから重みがない、思いがない。
……人の気持ちなんざ分からねえよ。なんせ俺には思いがないからな。
――そうか……一つ聞いていいか?――。
お好きにどうぞ。
――何でこんな真似をした?――。
……人の命は軽い。けど俺が軽々しく殺せない人間がいたら、そいつの命は俺にとって重いってことだ。
そうなったらさ、俺にも思いが芽生えるんじゃないかって思った。だから殺した。
俺は俺の感情を、思いを、知るために人を殺した。しいていうならそれが大量虐殺をした理由かな?
――そうか……そんなことのために殺したのか……やはり私は君を殺さねばならないようだ。君一人の命と市民の命を天秤にかけるなら、後者を選ぶ。善人よろしく一人の命のためにみんなの命を危険に晒す真似は私はしない。君の理由が納得できるものであるならば見逃してもよかったが、そんな身勝手な理由では納得できないし、見逃せない。だから私は君を殺す。正義の下にひれ伏せ……――。
それがお前の選択か。いいぜ、かかってこいよ。俺は俺の思いを知るためにお前を殺す。悪の名の下に絶望しろ!
俺は――私は――お前を――君を――殺す!
――バカじゃないのか君は……本当にバカだ――
あっれ、おかしいなぁ。殺すつもりだったのにそのはずだったのに……なぁ。
――何で君は私を殺すっていったじゃないか! 何で何で止めるんだよぉ!――。
知るかよ。手が勝手に……止まったん……だよ。俺にとってお前の命は……重いってことだったんだろうな。ははっ、最後に思いを知れてよかったぜ。
――バカか、君は。君が本気で私を殺しに来たなら、躊躇なく君を殺せたのに。これじゃ……あんまりじゃないか……残酷な男だ君は。……私も殺してくれたらよかったのに、そうすれば君と一緒に死ねたのに。ひどいよ、私がバカみたいじゃないか。――。
さすがヒーロー、見事な一撃だぜ。寸分の狂いもなく、……急所を貫いていや……がる。喜べよヒーロー、お前は大量殺人鬼を殺したんだぜ。これから先に俺に殺されるはずだった市民を救ったんだ。ヒーローが悪人を思って泣くなよな。
――私にとっては君の命が重いんだ。でも私はヒーローだから君一人のために市民を見殺しになんてできなかった。ごめん、君は私を殺さなかったのに、私は君を殺してしまった。悪人だからという理由で殺してしまった。私が感情で動くヒーローだったら、変わったのかな?――。
……知るかボケ…………。
――ねぇ、好きだったよ。私は君が好きだった。だから私の手で君を殺せたことは不幸中の幸いだったよ――。
…………。
――遅かっ……!?――
好きだぜ俺も……多分、だから殺せなかった。でもお前が俺を思うなら……俺はお前のためにお前を殺す。
――ありが……とう。これで私も君と同じところに……いける。さようなら――。
また、会おうぜ。……地獄でな。
ヒーローと悪人は折り重なるように死んでいた。手は固く繋がれていて、二人の思いの深さを物語っているようだった。
滑稽だと思わないかい? 結局彼らはヒーローにも悪人にもなりきれない半端者だったんだ。死んで当たり前。
命が軽い? はっ、愚かしい考えだよ。
命に重いも軽いもない。
――命はただそこにあるだけ、尽きるだけ。
――二人を生み出した神である僕が言うんだから、間違いのない信憑性のある情報さ。
さて次は誰と誰で遊ぼうかな?
僕はおもちゃ箱をひっくり返して、人形を漁った。
外ではサイレンの音が鳴り響いている。
現実にはヒーローなんていない。
なぜなら僕が生きているからね。