第1章(3) ソラシオンの秘密
あれからレベル関係なく出されていた支援要請はすぐに解除され、組ちゃん曰く今回戦った女神について支部の関係者から事情聴取があるらしく、カシスは東京支部へ向かうこととなった。
おそらく、後で組ちゃんからも叱られるだろう。
――心配掛けちゃったなぁ。実際、ソラシオンが来なかったら撃墜されていた可能性が高いし。
帰ったらちゃんと謝ろう、と心に誓う。
それはそうと。
カシスはちらりと横を見やる。
ある程度エネルギーが回復し、ヴァーチャルアーマーを展開し直したソラシオンが、カシスのスピードに合わせて飛行していた。
彼女は本来、東京支部へと機体を移送する途中だったのだ。
「よかったら、一緒に行きませんか」とアタシから誘ったのだが、今は少し反省している。
何故ならソラシオンは、誘いに対し、気が進まず、困ったような表情をしたからだ。
それから少し考えるような顔をして、彼女はまた、ふんわりとした笑顔で「はい、是非ご一緒させて下さい」と答えて今に至る。
一緒に戦ったからと言って、少し馴れ馴れし過ぎたかもしれない。
まだアタシ達は初対面なのだ。
それでも、カシスはソラシオンと仲良くなりたいと思った。
同じエンジェル級で、なのにあんなに凄い戦闘技術を持っていて。それに彼女はこれから東京で活動するのだ。決して今日一度きりの出会いというわけではないだろう。
「あの……ソラシオンさんは」
「え? あっ、はい」
「歳とかって幾つなんですか?」
「今年で十七です。僕、去年一度オーディションに落っこちてるので」
「ってことは、同い年ですね。アタシも今年で十七なんですよ。一年も活動してるのに、まだエンジェル級なんですけどね……あはは」
「じゃあ、今日から僕の先輩になるわけですね。よろしくお願いします、カシスさん」
丁寧な受け答えをするソラシオン。
カシスはそれが何だか嫌だな、と思った。間に壁があるみたいで、どうにもしっくり来ない。
「あー、その、同い年なら……もう敬語とかは別に使わなくてもいいよ。同じエンジェル級だしさ」
ソラシオンはまた少し、困ったような顔をする。
「でも……。僕はまだ機動少女を始めて一ヶ月ですし」
「そうかもしれないけどさ、アタシの前ではいいよ、別に。せっかく同い年で、機動少女パイロットで、こうして会ったんだしさ。先輩後輩とかも関係なく、これから仲良く出来たらなって思うんだけど」
彼女の大きな瞳がアタシを映す。
考えているのか、少しの間があって、
「……うん。ありがとう、カシス」
「おう、これからよろしくな。ソラシオン」
アタシが言うと、彼女はとても柔らかく、ふわっと笑ってみせる。
カシスには何となく、そんなソラシオンの瞳が、どこか少し、寂しげに見えた。
けれど、カシスがそう思っただけで、彼女はあくまでマシュマロのようにふわふわの微笑みを浮かべている。
出会ったばかりのカシスには、気にはなっても、それ以上踏み込むことは出来なかった。
エンジェルフォース社の東京支部に着くまでの間、そんなに長い時間では無かったが、カシスはソラシオンと話をした。
一番気になっていたのは、戦闘時の目を見張るような動きであり、機動少女になる前に何か戦闘術でも学んでいたのかと尋ねると、
「近所に機動少女の元パイロットだった人が居てね。小学生の頃から、その人に弟子入りして教わってたんだ。二十年近く前になるんだけど、カシスは機動少女マグナって知ってる?」
「マグナ!? 元トップアイドルじゃないか! そうか、道理で……」
機動少女マグナは二○五十年代から二○六十年代に掛けて全国で活躍した、トップアイドルの一人だ。ソラシオンと同じで、二丁の銃を用いた戦闘を得意としていた。
「ほら、機動少女のパイロットって、外見が歳をとらないってよく言うじゃない?」
「身体の中に入れたナノマシンが細胞を活性化させてるんじゃないかって話があるな」
医学的に証明はされていない。ただ、そうとしか思えない程外見が若過ぎる女性を何人か、カシスも知っている。
「そうそう。でね、マグナのパイロットも――真射さんって言うんだけど、その人も五十代なのに容姿が未だに二十代にしか見えないんだよ」
話している間のソラシオンは、とても楽しそうにしていた。
先程どこか寂しげに見えたのは、アタシの気のせいだったのかもしれない。
『こちら東京支部の管制室。機動少女カシスとソラシオン、応答願います』
やがて通信が入り、ソラシオンとの会話は一時中断となる。
「すぐに着いちゃったな」
「そうだね」
管制室からの指示では、ソラシオンもカシスと同じ整備十班の格納庫に入って欲しいとのことだった。
支部の滑走路に着陸したところで、彼女が言う。
「あの……カシス」
「ん?」
横を見やる。彼女は何か言いたそうな表情を浮かべていた。
まただ。また少し、寂しそうに見えた。
しかし、彼女はなかなか先を言わない。
「どうした?」
「ううん、何でもない。ごめんね」
ソラシオンは首をふるふると横に振って、笑ってみせる。
その表情から、彼女が何を思っているのかは伺えない。
ただ、アタシの仲良くなりたいという気持ちは変わらない。だから。
「またな、ソラシオン。続きの話は機体を降りてからにしよう」
「うん、またね」
彼女はそう言って、小さく手を振った。
整備十班の格納庫に入り、指示通りの場所に機体を寝かせ、フルダイブを解除して、蜜柑はコクピットから出る。
整備十班の班長である遠咲豊さんが「よう、蜜柑。お帰り」と声を掛けて来た。艶やかな長い黒髪と、カチューシャで前髪を上げたことで見えるおでこが印象的な女性だ。
「ただいま。豊さん」
「大変だったな、今回の戦闘。映像見てたぞ」
「すいません……機体の右肩をやられてしまいました」
情報体を解除した今、カシスの右肩には女神に槍で貫かれた際の傷が戻ってしまっている。
「気にしなくていいよ。むしろ、あれだけの戦闘で、この程度で済んだのが奇跡さ。ただ蜜柑、幾らなんでもあれは無茶し過ぎだ。たまたま助けが来てくれたから良かったものの、危うく死ぬところだったぞ」
「はい、反省してます……」
「まあ、とにかくパイロットが無事で何より」
豊さんが笑って、わしわしと蜜柑の頭を撫でる。
「ちょっ……豊さん、アタシの髪が短いからって撫で方乱暴! 女の子ですよ、女の子!」
「分かってんなら髪伸ばせば良いじゃん? 普通に似合うと思うけどね、アタイは」
と、カシスの肩の傷を調べていた整備十班のクルーである綿沼さんが「えー、私は反対ッスよ、班長ー」と口を開く。
「蜜柑ちゃんはベリーショートヘアーだから格好可愛いんスよ」
「そうかねー? アタイはちょっと現状、ボーイッシュというより男らし過ぎる気がするんだよね」
「それは中身の問題ッス。これからっスよこれから」
親指でトントンと胸を指しながら言う。綿沼さんは『心の問題』と言いたいらしい。
いずれにしても、やっぱり男っぽいのか、アタシ……。
「蜜柑ちゃんおかえりー!」
同じく整備クルーの画才さんが整備道具セット片手に手を振りながらこちらにやって来る。鼻歌なんぞを奏でていた。
ちなみに、画才さんや綿沼さん含め、整備十班のメンバーは全員女性である。
「ただいま、画才さん。何か凄く機嫌良さそうですね」
「あっ、分かるぅー? ふふっ、次の同人誌即売会で描くネタ決まっちゃったからさぁ!」
艶々とした表情で言う画才さん。この人の趣味は漫画を描くことで、主に機動少女を題材にした百合モノを得意とする。よく作品を見せて貰うのだが、普通に絵が上手く、しかもやたら面白いので、いっそのこと漫画家にでもなればいいんじゃないかと思うのだが、そう言うと「趣味で描くから良いんじゃない!」と彼女は力説して来る。
根本的に機動少女の整備という仕事が好きであるらしく、その中で得た機動少女の知識やパイロットの性格をリアリティとして作品に反映することで、クオリティが上がるのだとか。
画才さんが露骨に訊いて欲しそうな顔をしていたので、
「今度は誰と誰のカップリングを描くんですか?」
「ふふん、よくぞ訊いてくれたわ蜜柑ちゃん! ついに来たのよ、あなたの時代が!」
「え」
嫌な予感しかしない。
画才さんは、ばっと人体可動の限界に挑戦するかのような力強くも優美なポーズを取りながら言う。
「次の題材はズバリ、ソラシオン×カシス本よ! ちなみにカシスが受け!」
「ぎゃあぁぁぁ!」
蜜柑は頭を抱えた。読みたくねぇ! 画才さんの絵が上手いだけに!
「ふはは! 嬉しい悲鳴ってやつね蜜柑ちゃん! 大丈夫、蜜柑ちゃん本人が読んでも納得してくれるような、素敵な百合に仕上げてみせるわ! そして機動少女本の新たなカップリング、名付けて『ソラシス』の礎を築いてみせる!」
「築かないで! というか、何そのカップリング!?」
「え、何? カシスの方が攻めだと言いたいわけ? 駄目よ! カシスは受けだからこそ映えるの! ここだけは絶対に譲れないわ!」
「違う、そういうことじゃない! 何でソラシオンとカシスのカップリングになるのかって訊いてんの!」
「何でって……ねぇ?」
画才さんは豊さんや綿沼さんと顔を見合わせる。
豊さんが楽しそうに言う。
「今回さ、まあ偶然なんだけど、ライブ会場に来てたテレビTKがカシスの出撃を見て、カメラポッドを飛ばしてたんだよ」
カメラポッドは自立飛行と遠隔操作が可能な撮影機器だ。もともとは機動少女の戦闘状況をリアルタイムで映して、的確な指示を送る為にエンジェルフォース社によって開発されたものだが、その後機動少女の活躍を人々に広く知らせ、フェイスドライブの出力を上げる目的で、テレビ局にも提供されるようになった。
「じゃあ、豊さん達が見た戦闘映像ってのは……」
「ああ、テレビTKから貰ったやつなんだよ。で、一番最初の戦闘から、女神の増援が来て、それからソラシオンの助けが来て――」
「まさか……」
「カシスがソラシオンをお姫様抱っこするところまで、全部映ってたよ」
「うあぁぁぁ!」
何てこった。あの時の何とも言えない恥ずかしさが何倍にもなって蘇って来て、顔面を押さえてその場にうずくまる蜜柑。
「いやぁ、今回の戦闘は絶対ニュースになるね。ソラシオンもカシスも大活躍だったし、あのお姫様抱っこは絵になるからねぇ」
「ニュース!? 嘘だ! なりませんよ! アタシはエンジェル級だし!」
「いや、なるッスね」
「なるなる。観ててキュンキュンしたしね」
頷き合う綿沼さんと画才さん。
「なりたくない! 誰かならないと言って!」
「じゃあ、皆に訊いてみるッスか」
綿沼さんがトランシーバーの電源を入れて、
『はーい、整備十班全員にしつもーん!』と格納庫のスピーカーから声を響かせる。
『今日のカシスとソラシオンコンビの戦闘、ニュースになると思う人ー!』
「「「はーい!」」」
整備十班のメンバー全員、満場一致で手と声を上げて答える。
「いやあぁぁぁ!」
蜜柑だけが悲鳴を上げることとなった。
豊さんが笑う。
「まあ、良いじゃないか。今回の戦闘、何だかんだでカシスも良い活躍してたと思うし。特にソラシオンが来てからは動きのキレが凄かったぞ」
綿沼さんも頷いて、
「うんうん、気合い入ってたッスね。格好良かったッスよ。主にお姫様抱っこが」
「結局そこに集約されるんじゃないですか!」
声を張り上げる蜜柑の肩が、ポンポンと優しく叩かれる。
振り向くと、画才さんが綺麗な白い歯を見せつつ爽やかに微笑み、ぐっと親指を立て、
「ブレイク来るよ、ソラシス」
「別にそっち方面でブレイクしたいわけじゃない!」
と、後から格納庫に入って来てカシスの隣に寝かされていたソラシオンが、たった今フルダイブ解除のシークエンスを終えたらしく、コクピットハッチを開けるのが見えた。
「……あっ! ソラシオンのパイロットが出て来るみたいですね。アタシ、ちょっと挨拶して来ます」
テレビ局に撮られてしまったことはひとまず後で悩むとして、パイロットとしても顔合わせしておこうと思い、ソラシオンの方へ向かおうとすると、豊さんは「あー」と複雑そうな表情を浮かべる。
「挨拶か……。どうなんだろうな……」
「え? それってどういう……」
見れば、綿沼さんも画才さんも「うーん」と似たような反応。一体何だというのか。
ソラシオンのコクピットから、パイロットが姿を現す。
蜜柑と違って、出て来たパイロットは頭にフルフェイスのヘルメットを被っていた。
パイロットはソラシオンの近くに居た整備クルーの街頭さんに丁寧に頭を下げてから、ゆっくりとこちらに歩いて来る。
近くで見て気付いたが、ヘルメットのシールドはスモーク仕様になっており、顔を覗くことは出来ない。
蜜柑は戸惑いつつも、彼女の前に立ち、声を掛けた。
「えっと、改めて挨拶するよ。アタシ、カシスのパイロットをやっている佐々野蜜柑。これからよろしくな」
「……」
握手をしようと手を差し出すと、彼女は足を止めた。
無言で蜜柑の顔を見つめ、それから差し出した手に視線を移す。
しばらく沈黙が続く。彼女は何かを考えているようだった。
何となく、彼女を見やる。彼女は、ソラシオンとパーソナルカラーと同じ、空色のパイロットスーツを着ていた。ヘルメットも同じ色だ。背丈は蜜柑とちょうど同じ、百六十八センチくらい。パイロットスーツのおかげで分かりやすいが、スタイルはかなり良い。胸はCカップくらいで、手足や腰は蜜柑よりも細かった。
彼女はやがて、ぺこりと頭を下げると、蜜柑と握手を交わす。
しかし、言葉は無かった。
握手を終えた後、彼女はそのまま蜜柑の横を通り過ぎて、格納庫の出入り口へと向かおうとする。
「あっ、待ってくれ。名前は……?」
蜜柑が言うと、彼女は顔だけ振り向かせてもう一度頭を下げ、答えぬまま去って行ってしまう。
一体どうしてしまったのか。機体を降りる前は普通に話をしていたのに。
蜜柑が彼女の後ろ姿を見つめつまま立ち尽くしていると、豊さんがいつの間にか隣に立っており、言った。
「今度からさ、アタイ達十班がソラシオンの整備を受け持つことになったんだ。……で、清澄支部でソラシオンのプロデューサーやってた人から事前に聞かされてたことがあってさ」
豊さんの顔を見る。彼女は続ける。
「どうしても公には出来ないんだけど、ソラシオンのパイロットには特殊な事情があって、素性を一切明かせないんだと。パイロットスーツ姿の時は一切話せないんだそうだよ。声を聞かれるのもマズいとかで」
「事情って一体……」
「それはアタイも聞かされてない。ただ、向こうの整備班長にも頼まれた。『素性を明かせないだけで、とても良い子だからどうか面倒をみてあげて欲しい』ってさ」
蜜柑は、ソラシオンが見せたどこか寂しげそうな表情を思い出す。
そうか、だから……。
『何て言ったらいいのか……ただ、喋れないなりにちゃんと挨拶したって思うわよ』
積木さんからの通信に対し、心の中で「はい」と答えるソラシオンのパイロット。
喋れない状況下でプロデューサーと意思疎通を行う為に開発して貰ったアプリ『ハートライター』により、パイロットが伝えたいと思った考えが、通信先の積木さんには文字として表示されている。
そう、仕方のないことなのだ。自分が機動少女としてやって行く為には、素性を明かすことは出来ない。
ただ、分かってはいてもやはり辛い。
本当はあの場で佐々野さんに「ごめんね」と謝りたかった。けれどパイロットスーツ姿では、その一言すら口にするわけにはいかない。
『そこの通路を進んで建物の外に出たら、右に曲がって。そのまま真っ直ぐ進んだ先に、車があるから』
パイロットは積木さんの案内通りに進んで、黒色のワンボックスカーを見つける。車体後部の扉が開いており、積木さんがそこから顔を覗かせて手を振っていた。
「こっちよ」
パイロットは頷いて、車の中に入る。
扉が閉まったのを確認してから、パイロットは『身体偽装を解除しますか?』と視界に表示されたウィンドウに対し、はいと答える。
パイロットスーツを覆っていた情報体が消失する。手首と足首、それから腰回りの圧縮されていた質量は元に戻り、膨らみを見せていた胸とお尻は小さくなる。
ソラシオンのシステムとのリンクを切断し、パイロットはヘルメットを外した。
ヘルメットの下にあったのは、少年の顔だった。
十七歳の少年――星川蓮太郎は、深く息を吐く。
積木さんは言い辛そうに、
「蓮ちゃん。その……ごめんなさいね。こういう場合のことをちゃんと考えていなかった。今度美衣子に、ヘルメットにボイスチェンジャーを付けて貰うよう、頼んでおくから」
暗い顔をする彼女に、蓮太郎は笑ってみせる。
「いえ、大丈夫です。積木さんや博士にはもう十分にお世話になってますから、気にしないで下さい」
「でも、カシスと知り合いになったんでしょう?」
「こうなるって、覚悟してたことですから」
ボイスチェンジャーを作って貰って、この男以外の何物でもない声が偽装出来るようになったとしても、カシスに――佐々野さんに素顔を明かすことは出来ない。
ソラシオンのパイロットが男だという情報がどこからか漏洩してしまったら、トップアイドルを目指すことは難しくなる。
中身が男である機動少女なんて、前例が一度も無い。残念ながら女装が似合うような体型も、顔立ちもしていない。
男の機動少女パイロットだなんて、とても明かせない。
「それに、あんな態度を取ってしまいましたから。次会った時も仲良くしてくれるかどうか」
「そう、ね……」
次に会った時、一体どんな態度を取ればいいだろう。
蓮太郎はその日、ずっと考え続けていた。




