第1章(2) ガール・ミーツ・ガール
カシスがエンジェル級のステージ裏で待機していると、前のステージを終えた機動少女がこちらへ戻って来た。
擦れ違ったところで、目が合う。
つい先程まで真顔だった彼女は、カシスの顔を見るなり、にこやかに笑って、
「頑張って下さいね、カシス先輩」
「ありがと」
「ふふっ、いいえ」
軽く手を振って、振り返らずに去って行く。
カシスがそう思っているだけなのかもしれないけど、嫌な笑顔だと感じた。
クーネルやプチヴェールのそれとは違って、馬鹿にされているような気がする。
少し、むっとしたけれど、後輩の後ろ姿はさっさと消えてしまって、気持ちのやり場はどこにも無くなる。居たところでぶつけるわけにも行かないし、結局は自分の胸の内に納めるしかなかった。
嫌な気持ちは忘れよう。アイドルは笑顔が大事。笑顔、笑顔。
小緑の言葉を思い出しながら、深呼吸をする。
ただ、笑顔って苦手なんだよな。
楽しいわけでもないのに笑ってみせるのは、必要だとは分かっていても、カシスにとってイマイチしっくりと来ないのだった。
「蜜柑ちゃんって本当、不器用だよね」
性格腹黒い癖に、見た目は実年齢の十一歳にすら達していない幼女の言葉が蘇る。
「カシスさん、そろそろ出番です。スタンバイして下さい」
「はい」
スタッフの言葉を聞いて、カシスは立ち上がり、舞台袖のところまで移動する。
とりあえず今は自分に出来ることをしよう。ミス無く踊って、上手い歌を披露すること。それが大前提だ。
幾ら良い笑顔が作れたって、ダンスと歌が不出来じゃ話にならない。
『続きましては、ボーイッシュさと、パワーに溢れたダンスと歌が魅力! 機動少女カシスの登場です!』
一度深呼吸をしてから、カシスはステージへと足を踏み出す。
舞台袖から出て観客の目に触れる瞬間は、一年経った今でも緊張する。周囲の温度が変わり、全身の神経の先まで電流が一瞬で駆け抜けるような感覚。
張り詰めた熱っぽい空気を肌に感じながら、カシスは観客に向けて精一杯の笑顔を作り、手を振りながらステージの中央へと進む。観客席は一番下のエンジェル級なのもあって、全体の半分が埋まっている程度。いつもと同じくらいだった。拍手はまばら。
ステージの中央に立って、カシスは観客の方へと向き直る。
意識して視界にウィンドウを呼び出す。カシスに保存されているメモリーの中から『マイク』を選択し、手の平の中に情報体を出現させる。
マイクの電源をオンにして、深呼吸をしてから、
「今日はライブに来てくれてありがとう! 是非、アタシの歌をエネルギーにして行って下さい!」
無難な一言。もっと格好良いことが言えたらいいな、と思うこともあるけれど、色々考えた末に結局はいつもこういう台詞になってしまう。
「曲は……『ライジング』!」
リハーサル通り、そう言ったところで曲がかかり始める。
ミスの無いように。自分の全力を出し切って。
曲に合わせて、カシスは歌い始める。
踊ってステージを移動する中で、観客に目をやる。
反応は、いつも通りだった。
会場は大して盛り上がる気配も無い。熱気は全くと言っていい程、感じられない。
エンジェル級のステージだから、とは言えない。プチヴェールやクーネルのように、実際にそこから人気を伸ばして次のレベルになった機動少女がいるのだ。
――ステージの空気、いつまで経っても慣れないな。
観客との間に感じる温度差。
歌い始めた時から、身体の熱は上がって行くのに、その声が観客に響いてないことを知って、心はどんどんと冷えて行く。
一年の間、何度もステージに立ったけれど、一向に馴染まない。
ここは今、自身のステージであるはずなのに、ここには自分の居場所が無いと感じてしまう。
ステージの空気が、辛くて、苦しくて、重い。
途中で音程を外して、ダンスの手順を間違えて、空気が更に重くなる。
一曲の四分間が何倍にも引き伸ばされて感じる。とても長い。
そうして、ようやく一曲目が終了する。
まばらな拍手が聞こえる。観客席を後にする人達の背中が見えて、胸がジクリと痛む。
あと半分。歌う曲はもう一つある。
「拍手ありがとう! 二曲目は『元気の果実』!」
長い四分間が、また始まる。
機動少女は汗を流さない。情報体で出来た仮想の身体であるから、二曲ぶっ続けで歌って踊ろうとも、肉体的疲労は一切無い。
しかし、精神は人間のままだ。情報体で居た時に蓄積された精神的疲労は、本体にも反映される。
ステージを終え、情報体を解除した蜜柑は、深くため息を吐いた。
疲れた。楽屋で休もう。
ヘッドセットを外し、大きく伸びをする。それからコクピットカプセルから出たところで、
「蜜柑ちゃん!」
組ちゃんがコクピットルームの中に入って来た。
「あ、組ちゃん……」
お世辞にも良いとは言えないライブの出来をどう報告したらいいものかを考えていると、組ちゃんは近くまでやって来て、小声で言う。
「ごめんね。コクピットから出た直後で悪いんだけど、すぐに実機で出撃して貰いたくて」
「まさか、女神が出たの?」
「ええ。つい先程……栃木上空にエンジェル級が一体。観測班の出した計算で、ちょうど時間が空いてて、一番速く現場に行けるのが蜜柑ちゃんってことで。……このまま行けそう? もし疲れてるようだったら、他の子に代わって貰ってもいいんだけど――」
「いや、大丈夫。行くよ」
栃木県は地元だし。ステージで溜まった暗い気持ちを払拭するには丁度良い。
そもそも機動少女は女神と戦う為の兵器であって、アイドルとしてステージに立つのは、あくまでフェイスドライブのエネルギーを得る為の営業活動に過ぎない。
戦ってこその機動少女だ。
「分かったわ。そうしたら、詳しいことは機体に搭乗してから話すから、地下三階の一番格納庫に向かってくれる? 私は外の緊急用指揮車に乗って準備するから」
「了解。カシスはもう来てるの?」
「さっき連絡して、地下ルートで送って貰ってるから、もう着いてるはずよ」
蜜柑は組ちゃんと別れて、人にぶつからないよう気を付けながら廊下を走る。エレベーターに乗って、地下まで降りる。
天井まで二十メートル以上ある広い空間に出て、格納庫の番号を見ながら走って行くと、男性スタッフが手を振って場所を知らせてくれる。
「佐々野蜜柑さんですね?」
「はい!」
「こっちです! カシスの起動準備はもう既に出来てます!」
「ありがとうございます」
一番格納庫の扉を潜って中に入ると、格納庫奥から続く線路のレール上に大きな台車が待機していて、そこに見慣れたオレンジ色の機動少女が横たわっていた。
第十一世代型機動少女、型番MG11J-43、機体名称『カシス』。オレンジ色の髪とボディーカラー、それから頭に付けた鉢巻がトレードマークの、全長十六.八メートルの機体だ。
蜜柑は台車の梯子を上ってカシスの上を移動し、既にハッチを開けられていた、腹部のコクピットの中に身体を滑り込ませる。
ベルトでパイロットスーツを座席に固定し、手元のコンソールを操作してコクピットハッチを閉じる。続いて、座席の上にあるヘッドセットを降ろす。
パイロットスーツを通じて、カシスの機体を構成するナノマシンとリンク開始。
ヘッドセットに覆われて暗くなった視界にウィンドウが表示される。
『当機パイロット、佐々野蜜柑の搭乗を確認』
『ナノマシンシンクロ率、八十六.三パーセント――正常値』
『カシス起動可能。フルダイブを開始しますか?』
――フルダイブ、開始。
心の中で唱えると同時に、意識が飛んで、視界が暗くなる。
閉じていた瞼を開く。
映ったのは格納庫の照明が灯った天井。
『佐々野蜜柑さん、こちらの通信が聞こえますか』
男性スタッフの通信が直接脳に届く。
「はい、聞こえます。カシス、起動しました」
『こちらでも確認しました。スタッフの退避は既に完了済みです。台車の固定ボルトを解除しますので、続いて機体を起き上がらせて下さい』
「了解」
『固定ボルト、解除』
大きな金属音がして、ウィンドウに表示されていた『行動不可』の赤文字が、『行動可能』という緑文字に切り替わる。
蜜柑は上半身をゆっくりと起き上がらせる。周囲に人が居ないことを確認しながら、足を格納庫の床に置き、立ち上がる。
蜜柑の五感は今、全長十六.八メートルの機体と一体化していた。手を何度か握って開いて、感覚を確かめる。
それから、スタッフに呼び掛ける。
「ヴァーチャルアーマーを展開します」
『了解。どうぞ』
機動少女は通常時、外部装甲も含め、一切の装備を持っておらず、パイロットが着るスーツのような外見をしている。
では、どうやって対女神用に武装するのかと言えば、その方法は機動少女がステージに立つ時の衣装を着るのと同じ。
機体のメモリーに記録されている情報体を作り出し、『纏う』。
フェイスドライブから抽出されたエネルギーが光の粒子となって、カシスの全身を覆って行く。
光の粒子はドレスを模した金属の装甲に変化し、身体に装着される。武器も同様。
但し、カシスの場合は、武器は装甲と一体化した固定武装のみなのだが。
そうして五秒も掛からず、カシスは完全武装を終える。
「ヴァーチャルアーマー、展開完了しました」
『了解。山本組子プロデューサーから通信が入ってるので、繋ぎます』
「はい、お願いします」
視界に新しいウィンドウが表示されて、組ちゃんの顔が表示される。
『カシス、準備は出来てる?』
「うん、ヴァーチャルアーマーも展開済みだよ」
『じゃあ、急いでカタパルトに。敵の詳細は戦闘地域に向かいながら説明するわ』
「了解」
通信が男性スタッフに切り替わる。
『カタパルトは第一格納庫を出たら、右に折れて、奥に進んだ所にあります。射出枠線の中に入ったら、オートモードに移行して下さい』
蜜柑は指示通りに歩いて、カタパルトまで移動する。
足元にある四角の射出枠線の中に入り、ウィンドウに表示された『カタパルトシステムとリンク。オートモードに移行しますか?』という問いに頷く。
カタパルトシステムが起動して、身体がふわりと浮き上がる。
カタパルトの先にある射出口の隔壁が開く。
男性スタッフが言う。
『カシスとカタパルトシステムのリンクを確認。準備はよろしいですか?』
「はい、行けます!」
『了解。それではご武運を。出撃のカウントを開始します。十、九、八、七、六、五、四、三、二、一――射出!』
身体に急激なベクトルが掛かり、射出口の中に突入する。
そのまま高速で通路を飛行し、外へと飛び出す。
上には青い大空が広がり、下には東京の街並みと機動少女のライブドームが映る。
視界にマーカーとウィンドウが表示され、戦場への行き先を示してくれる。
カタパルトシステムのオートモードが解除され、重力制御による通常飛行に映ったところで、組ちゃんと通信が繋がった。
『カシス、そうしたらマーカー通りに移動を開始して。敵の詳細を説明するわ』
機動少女はフェイスドライブにより、重力や空気抵抗といった機体周囲の情報を制御することが出来る為、一番下のエンジェル級機動少女であっても、飛行速度はマッハを超える。
カシスは会場を出てからおよそ四分程で、栃木の上空に到達した。
『カシス、スピードを落として。女神との距離、一万を切ったわ。もう見えて来るはずよ』
アイカメラのズームを起動し、レーダーと合わせて、敵の姿を捉える。
白い外装に覆われ、四肢の先端が槍のごとく尖った細い機体が、ゆっくりと飛行していた。全長はカシスよりやや大きい二十メートル程。
今から半世紀以上前、2013年にギリシャに現れて以降、世界中に次々と出現するようになった女性型の無人機動兵器『女神』。その目的は謎に包まれ、街を破壊することもあれば、上空に停滞したまま、こちらが攻撃するまで何もして来ないこともある。
いずれにしても、人口密度の高い地域へ向けて移動して来ることは確かだった。
今回現れた個体識別名は『ホワイトランサー』。カシスはこれまで、何度か同じタイプの女神と交戦した経験があった。
「組ちゃん、攻撃許可を」
『了解。許可します』
女神との距離が次第に縮まって行く中、カシスは心を落ち着かせる。
敵は一体。これまで何度も戦ったことがある相手。
落ち着いて敵の攻撃を見極めて、出来た隙を逃さず、ボディーに一撃を叩き込むイメージを、頭の中で作り上げる。あのタイプは装甲が厚くないから、クリーンヒットすれば一撃で仕留められるはずだ。
距離が三千メートルを切ったところで、白い女神が動き出す。胸の前に交差していた両腕を左右に広げて、真っ直ぐにこちらへと突撃して来る。
カシスは構えて、それを迎え打つ。
女神が槍のような右腕を繰り出して来る。肘から先が伸縮し、カシスを刺し貫こうとする。
カシスは左手の甲でその一撃の方向を逸らしてかわす。そのまま懐に飛び込んで、右の拳を放った。
カシスの武装は、両手両足の装甲と一体化したエネルギー射出機構。拳にフェイスドライブから放出されるエネルギーを集中し射出することによって、大きな威力を生み出す。
女神が左腕でカシスの拳を受け止める。
「はあぁっ!」
その瞬間、カシスはもう一つの武装を使用する。エネルギー射出機構と同じく両腕両足の装甲と一体化したエネルギーチャージ機構。
杭状になっている弾頭『チャージングパイル』が右腕装甲の中に押し込まれ、拳にフルチャージ一発分のエネルギーが上乗せされる。
二倍の威力となった拳の一撃が、女神の左腕を砕いて破壊した。
それを受けて近付くのは危険と判断したのか、女神は急速後退してカシスとの距離を開ける。
カシスの右腕のダクトが開いて、排熱が行われる。同時にウィンドウが開いて、右腕チャージ機構のリロード時間を表示。一回のチャージ攻撃につき六十七秒。
――次の一撃で仕留める。
カシスは左拳を握り締め、女神との距離を詰めようとする。
しかし、その時だった。
「ラァァァ――」
「え……!?」
人間の女性が発するような高い声がした。
組ちゃんの声じゃない。脳内に通信で送られて来るものではない。
外部からカシスの耳に聞こえて来るものだった。
カシスは息を飲む。機動少女は呼吸をしないが、無意識で同じような仕草をしてしまう程に緊張が走る。
「ラァァァ――」
目の前に位置しているカシスには分かっていた。誰がその声を発しているのか。
声を出しているのは、女神だった。
いや、これは。
『どうしたの、カシス? 何かあったの?』
組ちゃんが訊いて来る。
「女神が……歌ってる」
カシスには、そう聴こえた。
『女神が歌う!? そんなわけ……えっ!?』
「どうしたの、組ちゃん?」
『戦闘空域に時空震反応多数! 気を付けてカシス、何かおかしい! こんな反応今まで見たこと無い!』
女神は変わらず歌い続けている。
異変はすぐにカシスの目に見える形で現れる。
周囲の空間に次々と歪みが起こり始めていた。まるで女神の歌に共鳴しているようにも見える。
何かの攻撃なのかと思い、カシスはエネルギーフィールドを周囲に展開する。
が、それが攻撃では無いことを直後に知ることとなる。
実際は攻撃よりもずっと恐ろしかった。
空間の歪みの中から、次々とホワイトランサーと同タイプの女神が出現したのだ。
その数、ざっと見回しただけでも二十体以上。
「嘘……だろ……?」
背筋に寒気が走る。カシスのシステムではなく、人間として直感的に危険を察知する。
これはヤバい。トラブルだ。本来起こらないはずのことが、今目の前で起きている。
取り囲まれないよう、全力で後退し、距離を取る。
カシスは叫んだ。
「組ちゃん! 女神が複数体現れた! 凄い数だ! これは一機じゃ倒せない!」
『わ、分かってる! こちらでも確認してるわ。カシスは一端、退きなさい! 逃げるのよ!』
「逃げる……。でも、このまま逃げて大丈夫なの? 周囲の一般人の避難状況は!?」
『今、こっちで状況を本部に報告中。まだ時間は掛かるけど、ただ、カシス一機じゃ押さえられない。こっちでも関東全域にレベル関係なくスクランブル掛けてるから、五分以内には機動少女の増援を向かわせられるわ』
「五分!?」
五分、という数字が頭の中で反芻される。
数十体の女神はカシスが後退するのに合わせて、ゆっくりと移動し始めている。
本当に逃げていいのか。逃げたら追って来るんじゃないか。スピードを上げれば上げるだけ、向こうも速く動こうとするんじゃないか。
そうしたら、五分の間に市街地の上空まで到達されてしまう。まだ避難が終わっていない地域にだって。
「駄目だ……退けない」
『カシス!? 何を言ってるの!?』
「少なくともここで相手を牽制しとかないと、こいつらが何をするか分からない。アタシはここに残らなきゃ駄目だ。そうでしょ?」
『一機じゃ無理よ! もし一斉に攻撃されでもしたら……!」
一溜まりもないだろう。
正直、カシスは怖かった。本音を言えば、今すぐにも逃げたかった。身体が震えている。
それでも。
「分かってるよ、組ちゃん。だけど――」
カシスは女神から視線を逸らさず、両の拳を握る。
「アタシは、機動少女なんだ」
女神の脅威から人々を守る為に、佐々野蜜柑は機動少女パイロットになった。
『駄目よカシス! 絶対に一人で戦っちゃ駄目!』
組ちゃんが声を張り上げる。
「分かってる。まともに戦えるとは思ってない。出来るだけ時間を稼ぐ」
こうして通信を行っている間にも、カシスは少しずつ後退して、女神の軍勢との距離を保っているわけだが、敵は今のところゆっくりと付いて来ているだけで仕掛けて来る様子は無い。
既に右腕のリロードは完了し、チャージングパイルは装甲外へと引き出されている。
要は、増援が到着するまでの間、この均衡状態が保てればいい。退かないとは行っても、あくまで牽制するだけ。
頼むからこのまま何事も無く、動かないでくれ。
「っ……!」
しかし、願いもむなしく、数十体の女神達は一斉に加速し、カシスへと向かって来る。
明確な戦闘意思だ。
「うおぉぉぉ――ッ!」
カシスは全速力で上空へ向けて退避しながら、肉薄して来た女神を迎撃すべく蹴りを放った。
敵胴体へのインパクトの瞬間、チャージ機構で威力を二倍へと引き上げ、そのまま左足を振り抜いて真っ二つにへし折り、破壊する。
「やるしかない!」
五分間、何としても凌いでみせる。
機動少女ソラシオンが戦闘支援の要請を受けたのは、東京へと向かう途中、関東の空域に入ったところでのことだった。
「これは……!?」
出現したウィンドウの内容を目で追う。
栃木県上空で想定外の事態が発生。エンジェル級の女神が増援を多数呼び出し、掃討に当たっていた機動少女が一機、危機に陥っているらしい。
清澄支部を出た直後から通信を繋げていた、プロデューサーの積木紗知さんが言う。
『あっちゃあ、運が良いのか悪いのか……。レベル関係なく関東全域にスクランブル掛けてるみたいだけど、おそらく一番早く向かえるのは――』
「僕、ですね?」
『そういうことになるわね。関東に来て早々申し訳ないんだけど、お願い出来るかしら』
「もちろんです。一刻も早く援護しないと」
頷き、マーカーを更新して、進行方向を栃木の戦闘空域へと変える。
機体を最大加速。
『とはいえ、ソラだってまだエンジェル級なんだから、無理はしちゃ駄目よ。事態が事態だし。とりあえず、ピンチになってる機動少女……ええと、カシスっていうらしいわね。その子の安全を確保することを優先して、あとは高レベルの機動少女達が到着するのを待ちましょう』
「了解です。積木さん、武装展開の許可を!」
『許可するわ』
ソラシオンはメモリーの中から情報体データをダウンロードし、両手を広げる。
光の粒子が渦を巻き、両手に収束してゆく。
女神三体の伸縮する腕――槍による連続攻撃を避けて、カシスは左拳をその内の一体に捻じ込む。
ボディーに拳がめり込んだ瞬間、チャージ機構を解放し、女神の装甲に亀裂を走らせ爆発させる。
これで四体目。リロード中のチャージングパイルは三本。
落ち着く暇も無く、女神が左右から襲い来る。カシスは更に上空へと逃げる。
無我夢中で戦っていた為、あれからどのくらい時間が経過しているのか分からない。左足のリロードは既に完了しているから、少なくとも六十七秒以上は経過しているはずだが。
「組ちゃん!」
『聞こえているわ、どうしたの!?』
「援護の機動少女はあとどのくらい掛かりそう!?」
『大丈夫。すぐに到着するわ。東京に機体移送中だった機動少女が要請に応えて――』
と、カシスのスピードに追い付いて来た女神が腕を構え、槍を突き出して来る。
「くっ!?」
それを胴体ギリギリのところで掴んで止める。
左足のチャージ機構は、他の一つでもリロードし終わるまでまだ温存したい。ここは単純に蹴り飛ばして、距離を取る。
そう思考を巡らせた次の瞬間。
「なっ……!?」
カシスは右肩を槍で貫かれていた。
カシスが腕を掴んで押さえ込んでいる女神によるものでは無い。その背後に隠れるように接近していたもう一体の女神が、仲間の腹部ごと刺し貫いたのだ。
なんて恐ろしい真似をするのか。総毛立つ感覚に襲われる。
そうして生まれた一瞬の隙。
更にもう一体の女神が、カシスの背後を取っていた。
「しまった……!」
気付かなかった。いつの間に。
背後の女神が腕を構えて、突撃して来る。
すぐさま振り向いて迎撃しようとするが、右肩を貫かれているせいで身動きが取れない。
咄嗟に目の前の女神を蹴り飛ばして槍を抜こうとするが、遅い。
背後の女神が突き出した槍との距離は、既に十メートルを切っている。
駄目だ、間に合わない――
腹部を貫かれた。
カシスが、女神に、ではない。
カシスの背後に迫っていた女神が、彼方から飛んで来た閃光に貫かれたのだ。
思考が追い付くよりも先に、再び飛んで来た閃光がカシスの肩を抉っていた女神を撃ち抜き破壊する。
肩から槍が抜けたところで、組ちゃんが何度もこちらに呼び掛けていたことに気付く。
『カシス! 応答してカシス! 大丈夫!? カシス!』
「あ、ああ、何とか。生きてる」
『良かった。間一髪だったけど、さっき言ってた機動少女が助けに来てくれたわ』
「そうか、援護が……」
レーダーに反応。が、驚くことにまだ距離は一万四千メートル。
にも関わらず、何て正確な射撃だろうか、と思う。
機体の自由を取り戻して、周囲の女神を警戒しているのだが、こちらに近付いて来ない。というより、来たくても来れないのだろう。
遠距離から放たれている牽制射撃が、女神の注意を引き付けている為だ。一発一発が女神の胴体を正確に捉えている為、回避に専念せざるを得ないようだった。中には避け切れず、撃墜されている機体もいる。
カシスは肩の破損箇所に対し、情報体による応急処置システムを起動しながら、組ちゃんに尋ねる。
「組ちゃん、援護に来てくれた機動少女って、一体誰なんだ……? レベルは?」
相当な高レベルの機動少女ではないのか。
『エンジェル級よ』
「エンジェル級!?」
『ええ……私も驚いてるわ。清澄支部所属、第十一世代型機動少女ソラシオン。信じられないけど……デビューしてまだ一ヶ月の新人よ』
「ソラシオン……!」
小緑が言っていた機動少女。
やがて、いつか映像で観た時そのままの、背景の青空に溶けそうな空色の髪とボディーカラーをした美少女が、戦場に突っ込んで来る。
ツインテールに結んだ髪を風にはためかせ、両手には重厚なエネルギーライフル。精密射撃用のスコープウィンドウを顔の前に展開して、交互にトリガーを引いて攻撃を行っている。
通信が繋がった。
「カシスさん、無事ですか!? こちら型番MG11J-89、機動少女ソラシオン! これより貴女の援護に入ります!」
「は、はい! 援護感謝します」
「ただ、こちらもエンジェル級ですので、戦闘継続可能時間があまり長くありません。出来れば連携して戦闘を行いたいと思うのですが、いかがでしょうか」
「え? あ、はい。そうして頂けると、こちらとしても助かりますが……」
「では――」
ソラシオンが外部音声の聞こえる至近距離まで、こちらへ近付いて来る。スコープウィンドウを小さく縮めて、表情を見せた。
「僕はこの通り、射撃武器中心です。なので、カシスさんの背後を守りつつ、カシスさんに近付いて来る女神を片っ端から撃ち落として行こうと思います。カシスさんは近接武装のようですから、僕に構わず近くの女神の懐に潜り込んで仕留めて下さい。背中は必ず守ります」
ふんわりとした笑顔を見せるソラシオンに、戦闘中であることを一瞬忘れてしまいそうになる。
不思議な魅力のある笑顔だった。
こちらの張り詰めた気を和ませてくれるような、安心感を覚える。
と、彼女のライフルを持った手が動き、カシスの肩越しに接近して来ていた女神を撃ち抜く。
「あ、ありがとう」
――って、本当に気を抜いてどうするアタシ!
「いいえ。それじゃあ、他の機動少女が来るまで頑張りましょう」
ソラシオンがまるでダンスを始めるように回転しながら、エネルギーライフルを器用に動かして、女神を射撃して行く。
女神が四方八方から囲むように迫って来る。まだ二桁以上、相当な数が残っている。
しかし、先程までと異なり、心はとても落ち着いていた。
援護が来たからか。それともソラシオンの不思議な笑顔のせいか。
拳を握り締め、前方に捉えた女神へと突っ込む。両手両足のチャージングパイルは全てリロード済み。
伸びた槍を左拳で弾き飛ばし、威力二倍の右拳を難なく叩き込んで倒すことに成功する。
敵機体が爆発して、カシスの視界が見えにくくなった隙を狙い、他の女神が槍を突き出して来る。
カシスはそれを見切っていた。最低限の動きで回避し、がら空きになったボディーに拳を入れる。
余裕があるなら、チャージングパイルを使う必要は無い。両手の拳でラッシュを喰らわせ、最後に回し蹴りで打ち砕く。
よし、上手く行っている。このまま他の味方が来るまで、一体でも多く削れれば。
そうして、後方のソラシオンを見やって、カシスは目を奪われた。
美しくも壮絶な光景がそこにあった。
空色の機動少女には、全くと言っていい程に動きの乱れが無く。
舞うようにエネルギーライフルを持った腕を複雑に動かしながら、次々と女神を撃墜して行く。
女神がソラシオンの存在を危険と判断したらしく、数にものを言わせて群がって来ているが、彼女は揺るがず、近くまで踏み込んで来た女神に対しては蹴りを入れ、肘鉄を放つ。
それからライフルの異なる機能であるらしく、銃口の先から光の刃を伸ばして、至近距離の女神を叩き斬る。
「凄い……」
とても同じエンジェル級の機動少女の動きとは思えない。
テレビ越しにトップアイドルクラスの機動少女を見ているかのような。
カシスは、ぐっと拳を握り締める。
――アタシも負けていられない。アタシだって、機動少女なのだ。
ソラシオンに言われた通り、近くにいる女神に肉薄して、拳を振るって行く。
そうして気付けば、女神の数は一桁まで激減し、残り八体となっていた。
行ける。全て倒し切れる。
残っていたチャージングパイルを使い切り一体を破壊。そのままの勢いでもう一体の懐に飛び込み、連撃によってボディーを砕く。
ソラシオンの方を見れば、三体をライフルで撃墜している。
残すは三体。カシスは右腕のチャージングパイルがリロードを終えたと同時に、その内の一体に接近戦を挑む。
カシスのフェイスドライブのエネルギー供給率は既に限界を超えており、残された攻撃力はこのチャージングパイル一発分。
女神が繰り出した槍の連撃に当たらないよう、最大限の注意を払いながら、懐に潜り込み拳を振り被る。
「これで!」
拳がボディーにクリーンヒットすると同時に、チャージングパイルを炸裂させ、女神を破砕する。
ソラシオンもライフルの先端から伸ばしたエネルギーの刃で、女神を両断する。
あとの一体はソラシオンが撃ち落としてくれれば――
が、しかし。
「カシスさん! すみません、エネルギーを使い過ぎました! あとの一体、お願い出来ますか!?」
「え? まさかそっちもですか!?」
「ひ、ひょっとしてカシスさんもエネルギー切れ寸前ですか?」
「す、すいません! あまりに順調だったから、残りエネルギーのことを考えて無くて!」
残っていた女神が、カシスとソラシオンから距離を取る。
そしてあろうことか、
「ラァァァ――」
周囲に高い声を響かせ、再び歌い始めた。
「マズい!」
「女神が……歌……!?」
「あれをさせちゃ駄目です! また増援を呼ぶ気です!」
「増援を?」
ソラシオンは思案するような表情をしてから、
「あの歌を続けさせたら、増援が現れるんですね?」
「ああ、何とか止めないと……!」
「分かりました。だったら、僕が倒します」
「けど、エネルギーがもう残って無いんじゃ……」
「機体に残っている全エネルギーを使います。カシスさん!」
「は、はい!」
突如真剣な表情を向けられて、カシスは思わず声が上ずってしまう。
「攻撃後に機体を拾って下さい! お願いします!」
「ひ、拾うって!?」
どういうことなのかと戸惑っている間に、ソラシオンは目の前に情報体による巨大なロングバレルを作り出す。
ソラシオンはライフルの先端をロングバレルに接続すると、バレルを変形、展開させる。
視界のウィンドウに情報が流れる。
『ブルーシューティングスター、スタンバイ』
『バインドレール、射出可能』
スコープウィンドウでターゲットロックした女神に向けて、二本の光のレール『バインドレール』を射出する。
女神は危険を察知したらしく、歌い続けながらもバインドレールに触れないように避ける。
――逃がさない。
ソラシオンはバインドレールの方向を操作し、女神を追うように曲げる。
『ターゲットロック』
バインドレールを女神に突き刺し、空間上に縫い止め、拘束する。
『エネルギー残量、危険域に突入。直ちに攻撃を中止して下さい』
警告を無視して、ソラシオンは射撃シークエンスを進める。
機体の全エネルギーを使用し、可能な限りの最高速、最高威力に設定。
『エネルギーフルチャージ開始。チャージ完了まで、五秒』
『カウント五、四、三、二、一、ゼロ』
『ブルーシューティングスター、射撃可能』
ソラシオンはライフルのトリガーを引く。
「シュートッ!」
ロングバレルから発射されたエネルギー弾が、機動少女の動体視力を持ってしても捉えられない速さで光のレール上を駆け抜け、女神の胴体を撃ち抜いた。
女神が爆発を起こし、粉々になる。
カシスは思わず、声を上げる。
「やった……!」
と同時に、ソラシオンの手に持っていたライフルとロングバレルに罅が入り、砕けて光の粒子に戻ってしまった。それは彼女の身体を覆っていたヴァーチャルアーマーも同様で、素体だけの姿となって落っこちて行く。
もはや情報体どころか、飛行状態を維持するエネルギーすら残って無いのだろう。
カシスは慌てて飛んで行き、ソラシオンを拾い上げる。
彼女はふんわりとした笑顔で言った。
「拾って下さってありがとうございます。助かりました」
「いや、どちらかと言うと、助けて貰ったのはこっちなんだけど……」
ソラシオンが助けに来てくれなかったら、今頃アタシはどうなっていたことか。
それにしても。
緊張が抜けて、気分が落ち着いて来たカシスは、自身がソラシオンをいわゆる『お姫様抱っこ』している状態だということに気付く。
しかも、腕の中に居るのは相当な美少女。いや、全長十五メートル以上の巨大ロボットだけど。
「どうしました?」
「ああ、いや……何でもないです」
ソラシオンが大きな瞳をぱちくりさせて、小首を傾げる。
――お姫様抱っこって、する側も結構気恥ずかしいもんなんだな。
その後、ソラシオンのエネルギーが回復し、飛行可能になるまでの間、カシスはなかなか彼女と目を合わせらないのだった。




