プロローグ 空色の機動少女
全長十六.八メートルの巨大な少女が、大きく開けた滑走路の上に立ち、青い空を見上げていた。
その日の青森県北部にある清澄市の辺りは天気が良く、空には雲一つ無い、爽やかに澄んだ青が広がっている。
さあっと吹き抜けた風に、少女の髪が揺れた。サイズに反してきめ細かく透き通るような白い肌に、澄んだ青に溶けそうな『空色』の髪。それを頭の左右両側で括って、ツインテールにしている。
巨大な身体を包むのは、同じ空色に染められた金属の鎧。しかしながらそれは重厚さを感じさせると同時に、女性らしさを強調させるような華やかさも持ち合わせ、ドレスのようなデザインをしていた。
太陽の光が眩しくて、少女は手の平で視界から太陽を覆い隠す。それでも空を見上げるのを止めない。
少女はとても不思議な気分だった。昨日はいよいよだとワクワクしたり、これから先の不安だったりでなかなか眠れなかったけれど、いざ今日という日を迎えてみると、何だか少し寂しくもあり、逆に心は凄く落ち着いていた。
いずれにしても、この空もしばらく見れなくなる。
そう思うと、何とも言えない複雑な気持ちになるのだ。
「ソラ」
少女は通信で名前を呼ばれて、振り返る。
「恵さん」
今日まで青森支部でお世話になったプロデューサーであり、昔からずっと見守ってくれていた女性――斎田恵さん。
彼女は頭にインカムを付けて、少女の足元へと歩いて来る。
「もう少しで時間よ。準備は出来た?」
「はい。大丈夫です」
「その割には、ちょっと不安そうな顔をしているように見えるけれど?」
「あ……」
恵さんを見ると、とても優しげな表情をしていた。娘を見る母親のような。
胸がきゅっと締め付けられて、ちょっと泣きそうになる。
少女はこれまで何度も、彼女のそんな優しい顔に救われて来た。
「まあ、ちょっと……その……」
「……一人で行くんだものね。向こうには紗知ちゃんしか知っている人がいないわけだし」
「はい……」
「だから、別にそんな覚悟を決めるようなことをしなくてもいいのよ」
「え?」
少女は瞳を瞬かせる。
恵さんは優しく笑って、
「距離は離れるかもしれないけど、別に一人ぼっちになるわけじゃないんだから。困ったことがあったらいつでも電話で相談してくれていいし、それでも駄目なら青森に帰って来ればいいのよ。ここには私だって、あなたのお父さんお母さんだっている。あなたの故郷なんだから、気兼ねすることなんて何も無いのよ?」
少女は顔を上げて、少し離れた所でこちらを見守っている父さんと母さんの姿を見た。恵さんと同じ優しい笑顔だった。
両親だけじゃない。気付けば、ほんの一ヶ月だけど、お世話になった整備士の人達やパイロットの子達も集まっている。
「ソラー!」
「頑張って来いよー!」
「結局あんたの正体を暴いてやれなかったけど、次帰って来た時は覚悟しなさいよ!」
パイロットの子達とは、もっと親しくしたかった。それが難しいことだとは分かっていても。
けれど、今は凄く嬉しい。
少女はそこでようやく笑うことが出来た。
「うん、その笑顔よ。それがあれば、向こうに行っても大丈夫」
「ありがとう、恵さん。僕、頑張って来ます」
「ええ、トップアイドルになるのを期待して待ってるからね!」
ぐっとガッツポーズをしてみせる恵さん。
少女は苦笑いを返す。
「あ、あはは……」
「ちょっと、気合いが足りないわよソラ。そこはしっかり、もちろんです、とか返さないと。アイリーンみたいな機動少女のトップアイドルになるのが夢なんでしょ!」
その通りだ。
少女は頷き、はっきりと答える。
「はい、そうです。機動少女のトップになって、皆を笑顔にするのが僕の夢です」
恵さんは、ふっと微笑んだ。
「よろしい」
と、そこで管制室から通信が入る。
『出発の時間です。機動少女ソラシオンに飛行許可が降りました。いつでもどうぞ』
「――だそうよ。今度こそ準備は出来た?」
恵さんの言葉に、再びしっかりと頷いてみせ、
「はい。もう心配ありません」
第十一世代型機動少女、型番MG11J-89、機体名称『ソラシオン』は顔を上げる。
見送りに来てくれた人達に手を振って、それからもう一度、恵さんを見る。
「それじゃあ、恵さん」
「うん」
「お元気で」
「ソラも。向こうで良い出会いがあるといいわね」
「はい」
重力制御をして機体が浮き上がり、地面から足が離れる。
ソラはゆっくりと上に飛翔し、上空数十メートルの位置で一度静止してから、視界に現れたマーカーで目的地――東京の方向を確認する。
十年前からずっと胸に抱き続けて来た夢。
今、自分はそのスタートラインに立っている。
ここから始まるのだ。
「行ってらっしゃい、ソラ」
恵さんのその言葉を背に受けて。
「機動少女ソラシオン、行って来ます!」
一人の機動少女が今、旅立つ。




