よくあるはなし。
ずるり、ずるりと、暗い迷宮に何かを引きずる音が響く。
日の光など一寸もささぬ地下迷宮は、しかし豊富な魔力を孕んだ石壁の放つ微かな燐光に照らされ、辛うじて輪郭がわかる程度に淡く輝いていた。
そこを進むのは、男。体中傷に塗れ、今にも死にそうな男だった。名をマクラウドと言う。迷宮に潜り、そこに隠された宝を拾う事を生業とする、探索者だった。
彼は自分の身体を壁に持たれかけさせて支えながら、足を引きずり闇の中をゆっくり歩く。肩を押し付けられた壁に真っ直ぐ赤い線が伸びる。カタツムリが這うほどの速さで、しかし途切れることなく続いていたマクラウドの歩みが、不意に止まる。力なく向けられるその視線の先には、白い光が見えていた。
炎の放つ、オレンジ色の光ではない。揺れることなく一定の強さを保ち続ける白い光。彼はそれを、魔術によるものであると判断した。
迷宮の中において、明かりと言うのはあまり歓迎できるものではない。暗闇に潜む怪物達はその殆どが闇の中でも見える目かそれに代わる耳や鼻を持っていたが、明かりをつけてうろつく種類もゼロではない。
仮に魔物ではなく人だったとしても、それが味方であるかどうかは運次第だ。いきなり襲い掛かってくるならまだ良い方で、友好的な風を装って騙し討ちを仕掛けてくることもあるので怪物どもよりよほど始末が悪い。
しかし、今のマクラウドには選択の余地はなかった。命はどんどん傷口からこぼれ、熱と共に失われようとしている。明かりを持っている主が、いくばくかの金銭と引き換えに傷薬を譲ってくれる程度にはお人好しである事を願い、彼は通路の角から光に身を晒した。
その口が、ぽかんと開かれる。彼が目にしたのは明かりを灯した怪物でも、意地の悪い魔法使いでもなく……光り輝く、鉄の箱であった。
「なんだ、これは」
思わず、呟く。恐る恐る近づいてみれば、微かにブウンと羽虫の羽ばたく様な音を立て、その箱は通路の壁際に立っていた。
高さはマクラウドより幾らか高く、7フィートほど。幅は4フィートほどの、鉄の箱だった。側面は赤と白とで奇妙な文様が描かれ、壁に面しているのとは逆の、正面と思しき面が白く輝いている。
そして、その光の中にはマクラウドが今望んでやまない物が鎮座していた。
『きずぐすり 150G.P.』
黒い瓶の下にはボタンと、そんな文字が書かれている。何らかの魔法装置である事は間違いないように思われた。この迷宮の中には魔術師が戯れに作ったこういった不思議な機械が散見されており、マクラウドも何度か手こずらされた記憶がある。
しかし、この機械はその中でも随分理解しやすい。マクラウドはすぐにコインを入れる口を見つけ出すと、100G.P.銀貨を一枚と、10G.P.銅貨を五枚、口に放り込んだ。
『こんにちは!』
途端、機械が女の声をあげた。驚き、マクラウドは数歩後ずさると、短刀を引き抜いて構える。しかし機械はそれ以上言葉を発することもなく、ただ彼を促すようにチカチカとボタンを光らせた。
マクラウドは機械の側面に周り、懐から鏡を取り出す。そして角の陰から鏡越しに機械の正面を見ながら、ボタンを押した。扉の鍵を解錠する時のいつものやり方だ。こういうものに罠が仕掛けられている場合、被害は大抵、正面が一番大きいように出来ている。
『ありがとうございました! お仕事、頑張ってね』
ボタンを押すと、先ほどの女の声でそんな言葉が吐き出される。魔法仕掛けだからかどこか不自然な声ではあったが、その中に含まれる労わりの感情に、マクラウドの摩耗しきっていた精神は僅かに癒された。
がらんがらん、と音を立て、機械の下部に何かが落ちる。マクラウドが鏡越しに機械の下部に空いた穴を覗き見れば、そこには光の中に置いてある物と全く同じ瓶が転がっていた。
やはり、これは魔法仕掛けの店なのか。マクラウドはそう確信し、慎重に薬瓶を取り出した。手に取った瓶は、奇妙な感触だった。ガラスにしてはやけに柔らかく、あまり冷たさを感じない。表面には機械の側面と同様に赤地に白く文様が染め抜かれ、中には黒い液体がたっぷりと詰まっていた。
赤い蓋を外そうとぐっと力を入れるが、傷だらけになったマクラウドの力は萎えきっているせいか、いくら引っ張ってもはずれない。仕方なく、マクラウドは短刀を滑らせた。柔らかな透明の瓶は驚くほど簡単に切れ落ち、ぶしゅっと音を立てる。突然噴き出した音に驚き、マクラウドは危うく瓶を取り落すところであった。
黒い液体からはボコボコと泡が立ち、白い煙が立ち上っている。およそ、身体によさそうには見えなかった。しかし、魔法薬などと言うものは概してそう言ったものだ。毒と言う可能性もあったが、これが傷薬でなければ早晩マクラウドの命は失われるだろう。
ままよ、とばかりに、マクラウドはぐっと瓶の中の液体を一気に煽る。
そして、思いっきり噴き出した。喉を襲う焼ける様な痛みに、やはり毒だったか、とマクラウドは思う。ごほごほと咳込みながらも、彼は己の死を待った。
しかし、それから百度、二百度と脈打っても、彼の心臓はその活動を停止しなかった。それどころか、弱弱しかった脈動は徐々にその力強さを取り戻していく。
「これは……!」
マクラウドは、自分の傷がほんの少し、治っているという事に気が付いた。傷薬と言うのは嘘ではなかったのだ。
改めて瓶をまじまじと見つめ、今度はゆっくりと口に含む。パチパチとした小気味よい感触が、舌の上で弾けた。
よくよく味わってみればそれは甘みを帯びている上に、まるで万年雪の中にでも入れていたかのように冷たい。喉を焼く感覚も、ゆっくりと飲み込み慣れてみればむしろ爽快であった。
美味い。それが薬である事も忘れ、純粋にマクラウドはそう思った。
全身を蝕む痛みさえ忘れてしまう程の勢いで、マクラウドは夢中で傷薬を呷る。瓶の中身を飲み干してしまうと、全身の痛みはすっかり引いていた。服をめくりあげて確認してみれば、血が止まるどころか傷跡さえ消えている。150G.P.は安い値段ではないが、それ以上の効き目だ。
マクラウドは迷わず有り金を全部つぎ込み、傷薬を更に五本買い込んだ。
『ありがとうございました! お仕事、頑張ってね』
機械のあげる声を背に、彼は途絶えたはずの生存の道が再び開いた事を確信し、その場を後にした。
彼が次にそこを訪れたのは、二週間後の事だった。
「大丈夫か……もう少しの辛抱だ、しっかりしろ」
身体を引きずる様にして歩いているのは以前と同じ。違うのは、怪我らしい怪我はなく代わりに真っ青に青ざめているのと、同じような顔色をした女を連れている事だ。
「第五階層のこんな奥で、何が……」
言葉の途中で、女は盛大に血を吐き出した。
「おい、大丈夫か……」
自らの吐瀉物の中に倒れ込む女を揺すり、マクラウドは彼女の身体をごろりと転がす。既に、息はなかった。
「死んだか……」
その死に動揺しているような余裕は彼にもない。次の一歩、次の瞬間にでも、同じ運命を辿ってもおかしくはないからだ。彼らは、毒に冒されていた。緑色の竜が吐き出した性質の悪い毒だ。空気中にいつまでも漂う死の吐息は、呼吸によって肺の中に入り込んで身体の内部から人の身体をどろどろに溶かす。
それでも、最初の爪の一撃で殺された戦士や、ブレスの熱で焼け死んだ僧侶に比べれば、後列にいたマクラウドは被害は少なかった。竜にとどめを刺した魔術師の女と二人、何とか生き残って歩いてはいたが、その女も今死んで残っているのはマクラウド一人きりだ。
魔法の一つも使えず、毒を受けた盗賊が一人、地下迷宮の深い階層から逃げ帰るなどまず不可能と言っていい。
だが彼には、その装置があった。
『こんばんは!』
マクラウドの状況を知ってか知らずか、明るい女の声に彼は思わず笑みを浮かべる。
『きずぐすり 150G.P.
どくけし 150G.P.』
しかも驚いたことに、商品のラインナップが増えていた。マクラウドは硬貨を機械に放り込むと、迷わず毒消しのボタンを押す。傷薬とは対照的に、青地に白の文様が描かれた瓶だ。中身の液体も白色で、傷薬とは正反対の印象を受ける。
マクラウドは瓶の口を短刀で切り落とし、喉に流し込もうとして手を止めた。前の二の舞になるのはごめんだ。逸る気持ちを抑え、ゆっくりと口に含む。あの独特の喉が焼ける感覚は、今度はなかった。
塩水に似ている。彼が最初に感じたのは、そんな感想だった。とはいっても、しょっぱさを感じはするが塩水のイガイガした辛さはまるでない。口当たりは飽くまで柔らかく、その奥にほのかな甘みがある。後味には僅かに酸味が残る、すっきりとした飲み心地だった。
毒の影響で何度も嘔吐し、マクラウドの体内からはかなり水分が失われている。喉の渇きを思い出した彼は、一気に毒消しをごくりごくりと嚥下した。薄めに味のつけられた毒消しは水よりもよほど飲みやすく、マクラウドは殆ど一息で瓶を一本飲み切ってしまった。
「しまったな……」
毒消しを飲み干した後、マクラウドは自分の失策に気が付いた。既に自分の体内から毒素は完全に失われている。相変わらずの凄まじい効き目だったが、流石に毒で消耗した体力や傷までは回復していないようだった。
傷薬を追加で購入すればいいだけの話なのだが、あいにく今回は手持ちの金が殆どなかった。女魔術師の死体から漁ればよかったのだが、毒に冒され切羽詰っていた状態ではそこまで考え付かなかった。
かといって、今から死体まで取りに行くというのもあまり得策ではない。死体には怪物達がすぐに群がる。その肉を目的にする獣や、金目のものを目的にする亜人、死体そのものを求める魔術師など、死体を好む生き物は迷宮の中には非常に多い。それらを蹴散らせるくらいの戦力があるならともかく、マクラウド一人で近寄るのは無謀と言うものだ。
どうしたものかと悩んでいると、唐突に機械が異音を発し始めた。慌てて飛び退くと、機械の中心辺りがピカピカと光っている。前回はこんなことはなかった筈だ。固唾を飲んで見守るマクラウドの前で、くるくると回っていた光は唐突にその動きを止めた。
『大当たりー!』
目を瞬かせてみれば、硬貨を投入したときと同じようにボタンが光っていた。何かに騙されているような気分でそれを押してみれば、ガコンと音を立てて傷薬が転がり出てきた。
「……俺の為に、出してくれたのか?」
『ありがとうございました! お仕事、頑張ってね』
傷薬を手に取り尋ねても、前と同じ声が響くのみ。しかし、マクラウドは確かにその機械の中に何か意識めいたものがある事を感じた。
それからというもの、マクラウドは何度もその機械へと足を運ぶようになった。怪我を負い危機に陥った時は勿論の事、例え無傷でもそこへ赴き、硬貨を投入する。いつしかマクラウドは機械の事を『マリ』と呼び、愛でるようになっていた。
『おはようございます』
『こんにちは』
『こんばんは』
『ありがとうございました』
『お仕事、頑張ってね』
『大当たり』
マリに許されている言葉はそれだけだったが、マクラウドにはそれがただの機械的な反応であるとは、どうしても思えなかったのだ。
まるでそんな彼の想いに応えるかのように、マリは品数を増やしていく。麻痺毒治療薬に爆薬、炎耐性薬、スタミナ・ポーションに石化治療薬などなど……どれもこれもが、どんな魔術師でも作れない程強力である上に、素晴らしく美味であった。
悪魔や亡霊を退散させる聖水など、投げるときに思わず躊躇ってしまう程の味だ。流石のマクラウドも、投げれば爆発する赤い液体までは飲んでみようという気にはならなかったが。
何度もパーティが全滅するほどの危機にあいながら、マクラウドが生き延びる事が出来たのはマリのお陰だけではなく、その味への執着もあったのかもしれない。いつしか彼は、一人で迷宮を歩いてマリの元へと辿り着けるほどの実力を身に着けていた。
『お金を入れてください。お金を入れてください』
マクラウドが、今まで聞いた事のない種類のメッセージと、ビーと高くあがる悲痛な警告音、そして何かを殴りつけるような破壊音を耳にしたのは、そんな時の事だった。
「お前ら、何してやがる!」
「ああ?」
思わず気配を消すことも忘れ叫ぶマクラウドに胡乱げな目を向けたのは、二人の男。鎧を身に着け、剣と斧を下げている事から戦士だろうと思われた。この第五階層をたった二人で歩いていると言う事は、かなりの腕を持っていると言っていい。
「……お前、盗賊か?」
男のうち、斧を下げた方がマクラウドの姿を見てそう尋ねた。
「そうだったら、どうだってんだ」
「それならちょうどいい。お前、この箱開けろよ。煩い上に、頑丈でかなわん」
男がいい、顎をしゃくった先にあった光景に、マクラウドは目を見開いた。そこにあるのは、見るも無残なマリの姿だった。全身刃でつけられた傷にまみれ、前面のガラス部分は割られて、見本として置いてあるポーションはすべて抜き取られていた。
「胸糞悪ぃ、ここに並んでるのは、全部偽物だ。金も薬も、抉じ開けなきゃ手に入りそうもねえ。盗賊なら、開けられんだろ?」
「……まあ、確かにな」
ちらりと考えた事はあった。マリの前面には扉のような鍵穴がついている。開けるつもりは更々なかったが、盗賊ゆえの好奇心で調べた事はあった。それはかなり複雑なものだったが、マクラウドなら開ける事も出来そうだ。
「盗賊なんて鍵開けくらいしか役に立たねえんだからな。なあに、安心しろ。分け前はちゃんとくれてやる」
ニヤニヤと笑う男達に、マクラウドは彼らが分け前を渡す気などないと直感的に悟った。とはいえ、二対一だ。逆らえばそれはそれで簡単に殺されるだろう。
「確かにな。盗賊ってのは、あんたらみたいに重い武器も振れねえ。魔術師や僧侶みてえに魔術だって使えねえ。出来る事といやあ、箱開けと罠外しくらいなもんだ」
「違いねえ。良くわかってんじゃねえか」
降参するように両手をあげながら、マクラウドは彼らに近づく。
「そんな俺が勝つには、騙し討ちでもするしかねえわな」
いずれにせよ、マリを破壊した彼らを許す気は全くなかった。
マクラウドが腕を閃かせると、その袖口からまるで手品のようにするりと短刀が現れる。一瞬遅れて、剣を持った方の男の喉から血が吹き出し、どうと地面に倒れた。
「てめぇっ!」
仲間の死に戸惑う事もなく、すぐさま斧がぶんと振られる。取り回しにくそうな方を残したというのに、その速度はマクラウドの予想をはるかに超えていた。斧の刃が皮の鎧を易々と切り裂き、彼の腹に食い込む。マクラウドは斧の柄を掴み、男の顔めがけて短刀を突き出す。しかしそれは首の動きだけで容易くかわされた。
「盗っ人野郎がかなうと思ってんのかよ、ええ!?」
男が斧を振るえば、ぼきんと音を立てマクラウドの短刀は半ばから叩き折られる。その戦力差は歴然としていた。
『大当たり!』
マリの声に、マクラウドは振り向いて飛びつく。その背に、斧の一撃が加えられた。意識が吹き飛びそうなほどの痛みが走ったが、刃が上手く骨に当たってくれたらしく、辛うじて彼の命は繋ぎとめられた。
「死ね」
「お前がな」
その一瞬で、マクラウドはマリの中から薬を引き抜き、蓋もとらずに放り投げる。マクラウドが投げた赤い瓶は、斧を持った男の顔をバラバラに吹き飛ばした。そのまま、マクラウドは地面にどうと倒れる。
『おはようございます! おはようございます!』
硬貨を入れてもいないのにマリが喚き立てる声が、やけに遠く聞こえる。壊れてしまったのだろうか。
『頑張って! 頑張って! お仕事、頑張って!』
いや。彼女に許された言葉で、必死に自分を励ましているのだと、マクラウドは気付いた。
「……悪いな、俺は……もう、駄目だ」
その声はかすれ、ほとんど音にはならなかった。腹からは臓器がはみだし、辺りは血であふれている。たとえマリの傷薬を飲んだとしても、もう助からない事を彼は悟っていた。
殺して何ぼの探索者家業だ。戦士の男二人も自分も、どうせ地獄に行くだろう。もし斧の方の男に会ったら、爆薬が美味かったかどうか聞こう。マクラウドは死の淵で、そんな事を思った。
そんな中、ガラン、と音が鳴る。聞き慣れた、薬が取り出し口に落ちる音だ。もう目も殆ど見えないマクラウドは、暗い視界の中手探りでそれを探り当てる。死ぬ前に味わうのが、彼女の薬であるならそれもいい。
そう思って蓋に指を伸ばし、彼は短刀が折れてしまった事を思い出した。蓋の上を、指が空虚にずるりと滑る。
――そして、それが当然のことのように、蓋は回って転がり落ちた。
マクラウドは最後の力を振り絞り、何とかそれを口に運ぶ。
瞬間、世界が変わった。
暗く閉ざされていた視界は一瞬にして晴れ、感覚すら失われていた四肢には力がみなぎり、身体の芯からかっと熱が灯る。視線を下ろせば傷は綺麗に治り、切り裂かれた皮鎧の隙間から白い腹が見えていた。傷薬とは比較にならない効力だ。
手にした瓶を見れば、それはいつもの透明で柔らかなものではなく、彼のよく知る色ガラスだった。褐色のそれには青と白、そして赤色で文様が描かれており、翼を高く掲げた猛禽の印があった。
「こいつは一体、何なんだ……?」
ボロボロになったマリを見れば、全て引き抜かれたはずのディスプレイに、一つだけ。マクラウドが今手にしている瓶が鎮座していた。その下には、彼には全く理解できない文言が書かれていた。
『ファイト一発 150G.P.』
「……いつの間にか壊された部分が治ってるのは、別にいいんだけどさ」
『おはようございます!』
手の中で傷薬の蓋を弄びながら、マクラウドは呆れた表情でマリを見つめた。一度理解してしまえば何のことはない。短刀など使わずとも捻れば簡単に蓋は外れ、しかもまた付け直すことが出来る。コルクで栓をしていた自分がばかばかしかった。
「品数増えすぎだろ」
薬と並んでずらりと表示されているのは、槍やハンマー、弓矢と言った物騒なもの。それらには値段はなく、代わりに条件が記されていた。
『槍衾 揺らす
げんこつ 壊そうとする
毒の矢 無理に開けようとする』
明らかな脅しだった。
そんな中、一つだけ毛色の違う物が並んでいることに、マクラウドは気づいた。それは銀に輝く指輪で、並ぶ品物の中唯一名前も値段もついていない。彼がその存在に気付くと、ボタンがチカチカと点灯した。
「押せって事か?」
尋ねてみても、マリからの返答はない。指輪と言うのは大抵、強力な魔術が込められているものだ。つけるだけで傷が治ったり、姿を消せたり、毒を受け付けなくなったり。ボタンを押すと、いつものように取り出し口がガランと音を立てる。
中に転がっていた箱を拾い上げ、指輪を取り出してみれば、それは吸い付くように彼の指に収まった。目をやれば、ディスプレイにあったはずの指輪は消えている。
「……そういう事か」
『ありがとうございました』
その指輪には、呪いがかかっていた。とても古く、とても強力な、呪いだ。
「……これからもよろしくな」
『大当たりー!』
左手薬指を掲げるマクラウドに、マリはいつもの通りの声色で、そう答えた。
……日未明、久保田市北区三丁目のドラッグストア「サワムラ」に狭霧市の男性三十六歳が運転する軽トラックが前から突っ込み、ガラス六枚が割れ、自動販売機一基が破損するという事故がありました。当時、店内には客と店員の計六名がいましたが、怪我はありませんでした。次のニュースです……