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忌み子の聖女が幸せを手にするまでの話

掲載日:2026/09/19

 魔王の死後世界を瘴気が覆いました。瘴気は人間の精神を侵し、病を植えつけました。動物を魔物に変えました。魔物たちは人間を襲いました。

 神に選ばれし聖女だけが瘴気を祓うことができます。人々は聖女を愛しました。王は聖女を遇しました。


 ただひとり――聖女アイシャを除き。彼女だけは愛されぬ聖女でした。


 話はアイシャの母親にまで遡ります。

 母親がアイシャを宿したとき、魔物が結界を破り、瘴気が町を覆いました。母親は瘴気に精神を侵され夫を殺しました。町は病に伏し、子供や老人――身体の弱い者たちは死に絶えました。

 その影響はアイシャにも及びました。彼女の片目は淀んだ緑色です。それは狂気の象徴でした。人々はアイシャを憎みました。彼女の緑色の瞳を見るたび、人々は悪夢を思い出してしまうのです。しかし、神の寵愛を受けたのは忌み子の少女――アイシャだったのです。

 

 アイシャは父方の親戚――バーチェルという女に預けられました。彼女はアイシャを無視し、遠ざけました。アイシャに聖女の資質があると知ったとき、バーチェルは彼女を教会に送りました。


 アイシャが十歳のときです。


 教会でも緑の瞳は憎しみを呼び覚ましました。またアイシャの聖女としての才はずば抜けており、これらは他の聖女候補たちの反感を買いました。

 もしアイシャが涙を流していれば、同情を示す者もいたでしょう。もっと明るい性格なら負の要素はカリスマに変わってたかも知れません。

 しかし、長年疎まれ遠ざけられて育った彼女に喜怒哀楽の感情は育まれませんでした。


 三年の修行を得て、アイシャは聖女になりました。


 彼女はこの世に生まれた罪を償うように、瘴気を祓うことに奔走しました。アイシャの努力が功を奏し、王国周辺の瘴気はほとんど祓われました。国王はアイシャの功績を称え自分の息子の嫁に彼女を選びました。と言っても、お相手は第三王子。底抜けのバカと評判のナルヒンです。でもアイシャの本当の人生は、ナルヒンと出会うことから始まるのです。

 それはアイシャが十五歳になったときの話でした。


 ***


 婚約が決まり、アイシャは城の応接間でナルヒン王子と面会しました。

 ナルヒンはボサッとした髪の茶髪の青年です。彼は頭の悪いことに定評がありました。でも人懐っこい顔をしており、町の人々からは人気でした。

 もし年頃の女の子が見たら、ちょっとちゃらい感じの印象を受けるでしょう。でもアイシャは王子に対し、なんの感想も抱きませんでした。これは王の命令。政略の話なのです。

 いっぽう、ナルヒンは違いました。初めてアイシャの姿を見たとき、はっと目を開きました。

 アイシャは無意識に身構え自分に向けられる憎悪に備えました。でもナルヒンから出た言葉はアイシャの想像とは違いました。


「俺なんかがこんな可愛いお嫁さんをもらえるなんて、夢みたいだっ」


 本心からの言葉でした。

 美しい銀髪にほっそりした身体つき。アメジストの瞳と対照の淀んだ緑のオッドアイ。憎悪のフィルターを取り除いたとき、残るのは純粋なる美だけでした。


(可愛い?)


 アイシャは困惑しました。でも戸惑った仕草のなんて可愛らしいこと。

 ナルヒンは余計に舞い上がり、いろんな角度からアイシャをガン見し、両手を合わせうっとりしたり、甘い新婚生活に想いを馳せました。


「この目が不気味ではないのですか?」


 とうとうアイシャは尋ねました。


「不気味? とんでもないっ。オッドアイって言うんだろ? とても綺麗だよ」

「そういう意味ではなく――」

 気にしてるのは緑の瞳だけ。左右非対称の色であることは問題ではないのです。

「ナルヒン様は底抜けのバカなのですよ」

「どういう意味だよ」

 老執事の言葉に、ナルヒンは抗議します。しかし、執事はすぐもやり返します。

「そのままの意味でございますよ」

「ああ、もういいや」


 ナルヒンは肩を竦め、アイシャに向き直りました。


「俺には昔から威厳ってもんがなくてさ、いつもこんな感じなんだ。まあバカであるのは本当さ。アイシャ殿がなにを気にしてるのかもさっぱり分かんねぇ。でも俺は昔から正直者なんだ。綺麗って言葉は本心さ。ま、とにかく、今後ともよろしく」


 ナルヒンは手を差し出しました。アイシャも握手を返しました。白く滑らかな手です。ナルヒンはデヘヘと照れ笑いを浮かべました。


 ***


「緊張してるの?」

 面会を重ねたある日、食事の席でナルヒンは尋ねました。

「なぜ?」

 むしろナルヒンは接しやすい相手です。緊張してる自覚はありませんでした。

「アイシャ殿は全然笑わないからさ」

 すると、聖女は申し訳なさそうに目を伏せました。

「ごめんなさい。笑うの苦手なんです」

「なんだって」

 ナルヒンは机を叩き、立ち上がりました。

「それは大変だ」

「そう、なんですか……?」

「ああ、これは一大事だ。だってこのままじゃ、アイシャ殿の笑顔が拝めないしゃないか」

 アイシャはナルヒンのために、笑みを浮かべました。引き攣っており、無理してるのは明らかです。

「ダメダメこんなんじゃ。これじゃ笑うと言うより、ほっぺた引っ張られてるような顔だよ」

「ごめんなさい」

「よし、決めた。俺がアイシャ殿を笑わせてやる」

「あ、ありがとうございます」

「こうしちゃいらんねえ。すぐに出かける準備だ」

「ごめんなさい。わたしは行けません」

「なんで?」

「人々がわたしの緑の瞳を見たら、再び悪夢を思い出してしまいます」

「また目の話? なにがあったの?」


 アイシャは説明しました。

 瘴気が町を覆った話を。精神を侵された者たちはみんな緑の目をしてたという話を。


 これはナルヒンの生まれる前の話です。だから、大人たちから聞いてなければ、知らぬ話ではあるのです。


「なるほどね。でもさ、それならコンタクトつけりゃいいじゃん」

「コンタクト?」

 アイシャは首を傾げました。

「知らねえの?」

「はい。お話から察するに、目隠しのようなものでしょうか」


 全然違います。しかし、アイシャがコンタクトを知らぬのも当然です。この時代のコンタクトは貴族の装飾のひとつでしたから。しかも流通したのはほんの数年前の話。その頃のアイシャは瘴気を祓うために奔走してましたからね。


「違う違う、お洒落だよ、お洒落れ。あ、いい事思いついたぞ。今度ここに商人を呼ぶから、一緒にアイシャ殿に似合うコンタクトを選ぶよ」

「ありがとうございます」

 アイシャは丁寧にお辞儀しました。


 ***


「こちらになります」


 商人は赤のクロスを敷いた机に、貝殻のような透明のケースを並べました。蓋は開かれており、まるで芸術品のように、いろんな色のコンタクトが収まっています。


「どれがいい?」

 ナルヒンは尋ねました。

「わたしは――」

 アイシャは商品を眺めます。

「この緑の目隠せるならなんでも」

 右目を隠し、答えました。

「よろしければナルヒンさまがお選び下さい」 

「いいのかい?」

「はい」

「ああ、どうしようかな? 吸血鬼のように赤い瞳アイシャ殿もいいし、深淵のように黒い瞳のアイシャ殿に見つめられるのも捨てがたい」

 ナルヒンは舞い上がりました。

「プラチナもいいね。髪と同じ色だし」


 アイシャは組み合わせた手を下ろし、淑やかに婚約者の品選びを待ちました。

 結局ナルヒンが選んだのはアイシャと同じ――菫色のコンタクトです。


「似合うでしょうか」

「とても綺麗だよ。アイシャ殿は普段がオッドアイだから、普通の目が逆に新鮮だね」

「よし、さっそく出かけよう」


 ナルヒンはアイシャの手を引きました。アイシャは少し驚いた目をしました。でも嫌とは言いませんでした。


 *** 

 

 順調だったのは出かけるまでの話。ナルヒンはアイシャを劇や演奏に連れました。でも、アイシャはちっとも笑いません。

 劇で笑ってるのはナルヒンだけ。音楽を聞いても、ナルヒン本人が眠ってしまう始末。自分の寝てる間にアイシャが美しい音色に心動かされてたとも思えません。美術館にも連れましたが、心奪われた様子はありません。そもそもナルヒンに理解できるのは喜劇だけ。芸術を楽しむ素養なんかないのです。だから、アイシャが笑わなかったとしても彼女を責めることはできないでしょう。


 ひとつだけ収穫があったとすれば、アイシャの私服姿を拝めたこと。彼女はよそ行きにいつもシルクの頭巾を被っており、それが可愛いのなんの。その姿を見るだけでナルヒンは楽しい気分になりました。が、これは本来の目的とはなんの関係もないこと。重要なのはアイシャの笑顔なのです。


 こうなればもう、最終手段です。

 ナルヒンはアイシャを自室に招きました。


「どうされました?」

「ベッドに座り、手をあげるんだ」

「こう、ですか?」

 アイシャはおずおずと手をあげます。

「そう。そのまま動かないで」

 ナルヒンはアイシャに手錠をかけました。アイシャは少し目を見開き、静かに尋ねました。

「ナルヒンさま、こんな道具をどこで手にしたのですか?」

 その言葉に恐怖は感じられません。むしろ子供に尋ねるような響きがありました。

「そりゃ鍛冶屋に作らせたんだよ。子供の頃サンタクロースを捕まえようとしたことがあってね」

 アイシャもサンタの言葉は知ってました。もっとも、プレゼントなんか貰ったことはありませんでしたが。

「サンタクロースさまはいらしたのですか?」

 ナルヒンは一瞬ほろ苦い青春を思い出したような苦しげな表情を見せました。

「サンタの正体は爺ちゃんだった。爺ちゃんは俺に驚いてぎっくり腰になったよ。父上からこっぴどく叱られてね、三日間座敷牢に閉じ込められたよ」

「それはお気の毒に……」

「いいんだ。昔の話だし、アイシャ殿の笑顔を見られれば、この程度の悲しみなんてすぐに吹き飛ぶさ」

「これからなにをなさるのですか?」

 アイシャは今さらながら尋ねました。

「もちろんコチョコチョさ」

 ナルヒンはアイシャを寝かし、腰に跨り、コチョコチョを決行しました。

「ナルヒンさまなにをっ!? お、お止めくだ――あぅ、うあぁ……」


 当初は、さすがのアイシャも顔が強張りました。でもすぐに笑いが込みあげました。ただ、アイシャは感情の乏しい女の子なんですよね。笑い方が分からず、奇妙な喘ぎ声だけが漏れました。

 でも、ナルヒンは諦めませんでした。


「まだだっ、まだなんだっ」


 脇を集中的にコチョコチョします。アイシャの服装は楚々とした袖無しドレス。このためだけに召使いたちに用意させました。

 そう、ナルヒンはバカなんです。


「あうぅ、あぁ。助けて」


 頬は上気し、目がグルグル回ってます。完全にパニック状態ですよ。


「助けないっ。アイシャ殿の笑顔を見るまではっ」

「でも、わたし……。はうぁうぅ……」

「ならば――」  


 ナルヒンはここぞとばかりに渾身の変顔を披露しました。これは厳かな父や頑固な家庭教師すらも吹き出させた渾身の顔です。


「わたし、もうだめ、あははっ」


 ついにアイシャは笑いました。それは満開の花のように愛らしい笑顔でした。このとき、ナルヒンは思わずコチョコチョを止めてしまいました。それだけアイシャの笑顔は魅力的だったのです。でも、一度タガの外れてしまったアイシャは、まるで笑いキノコでも食べたみたいに、おかしそうに笑い続けました。


「アイシャ様っ、どうなさいまし――」


 騒ぎに駆けつけた老執事は目前に繰り広げられる光景に絶句しました。

 ナルヒンがアイシャに跨っています。しかもアイシャのドレスは乱れお酒を飲んだように頬は赤らみ、ふにゃふにゃのニヤけ顔、口の端からは涎が垂れてますよ。と言っても、さすがは聖女様というべきでしょうか、その姿にばっちぃという感じはなく、年相応の子供のようでした。そう言えば、彼女はまだ十五歳の少女でしたね。

 と言っても、聖女としてあるまじき姿であるのには違いなく、老執事は怒り形相を浮かべました。もちろん、その怒りはナルヒンに向けられたものです。


 でも、当のナルヒンはなにが問題か理解しておらず、

「見てよ、アイシャ殿が初めて笑ってくれたんだ」

 と嬉しそうに報告する始末。


 老執事はぶち切れました。


「婚姻前になんてことしてんだこのバカ王子がああぁぁっ」

 その後ナルヒンは人生で二度目の座敷牢行きになりました。


 ***


 ナルヒンは罰を受け、大馬鹿者の評価を不動のものにしました。でも、罰を受けるだけのことをした意味はありました。あの日からアイシャは次第に表情豊かになりました。笑い方のコツを覚えたのです。ふたりは順調に仲を深めました。


 二年の時が経ちました。


 悲劇は突然訪れました。

 意外に思うかも知れませんが、襲われたのはナルヒンです。彼の祖父が死にました。葬儀のとき、ナルヒンは嗚咽をあげ、涙を流してました。こんなナルヒンを見るのは初めてです。


 葬儀後アイシャはナルヒンの部屋を訪れました。扉をノックします。返事はありませんんでした。アイシャは静かに扉を開けました。


「失礼致します」


 ナルヒンは喪服のままベッドに座り、項垂れてました。

 アイシャは婚約者に近づきました。

 とても緊張しました。思えば自分から歩み寄るのは初めてです。いつもアイシャを求めるのはナルヒンです。でも今は――心の底からナルヒンの側にいたいと思いました。

 正直、どう接すればよいか分かりません。確かにアイシャは聖女としていろんな人々を救いました。瘴気を払い魔物を討伐しました。でも誰かの心に寄り添ったことは一度もないのです。みんながアイシャを拒絶したから。


 ただひとり、ナルヒンを除き。


 アイシャはナルヒンの隣に座りました。ここに至ってもどう声をかければよいか分かりませんでした。それでもなにかしたくて、彼を慰めたくて、アイシャはナルヒンの手をそっと握りました。少し安堵しました。手を払われることも覚悟してましたから。


「大切な方だったのですね」


 手を握ったとき、自然に言葉が漏れました。


「どんな方だったか聞いてもよろしいですか?」


 アイシャはナルヒンの言葉を待ちました。やがて、彼はぽつりぽつりと話し始めました。


「俺、子供の頃からバカなんだ。物覚えが悪いし、落ち着きもない。問題ばっかり起こしてた。父上はうんざりしてた。母上もそんな俺に愛想を尽かしてた。兄さんたちは俺を見下してた。でも爺さんだけは俺を可愛がってくれた。バカにはバカの取り柄があるってさ。馬乗ったり、釣りしたり、いっぱい遊んでくれた。俺がなんか失敗したときは、いつも庇ってくれた」


 アイシャは葬儀のときに見た写真を思い出しました。厳しい顔つきの御仁でした。とてもナルヒンの話すような好々爺には見えません。でもきっと、それは外向けの顔、ほんとうは孫思いの優しい御仁だったのでしょう。


 今のナルヒンがいるのはお爺さまのおかげ。そう思ったとき、自然と感謝の念が芽生えました。

 少しだけ、アイシャは物思いに耽りました。ふと、ナルヒンが顔をあげてることに気づきました。彼の顔は驚きに見開いてます。


「なぜ――」

「ナルヒンさま?」

「なぜアイシャ殿が泣いてるんだ?」


 鼻声のまま、ナルヒンは尋ねました。


「え?」

 目元に触れると、指先が涙に濡れてました。

「アイシャ殿はほんとうに聖女なんだな。見ず知らずの他人のために、悲しむことができるんだ」


 でも、それは違います。他ならぬナルヒンの大切な人だったから、アイシャは涙を流したのです。

 少し勘違いしたまま、ナルヒンは自分の涙をゴシゴシして、アイシャの手を握りました。


「俺と結婚して下さい」


 アイシャはきょとんとしました。でも、少し遅れて、おかしそうに笑いました。


「わたしたち、もう婚約してるんですよ」


 おかしくて、でもそれ以上に嬉しくて、アイシャは笑い続けました。いっぽう、ナルヒンは「そうだった。俺はなんてバカなんだ」と頭を抱えました。

 アイシャはそんなナルヒンの膝にそっと手を置きました。ナルヒンは顔をあげました。


「でも、嬉しいです」

「アイシャ殿ぉぉっ」


 ナルヒンはがばっとアイシャに抱きつきました。アイシャは戸惑いつつも、頬は赤らみ、その眼差しは優しげです。こんな表情ができるようになったんです。少し落ち着いた頃、ふたりはキスをしました。


 ***


 アイシャが十八歳、ナルヒンが二十歳になったとき、ふたりは正式に結婚し、信頼できる召使いを数人だけ連れ田舎の屋敷に居を構えました。敷地には森も含まれており、村人に会うことはありません。アイシャが憎しみをぶつけられることも。

 夫婦中は円満に進み、アイシャはふたりの子供を産みました。男の子と女の子です。

 この円満夫婦にひとつだけトラブルがあったとすれば、子供の髪色が黒かったことです。

 みなさんも思い出して下さい。アイシャは銀髪、ナルヒンは茶髪でしたよね。

 この事実に気づいたとき、ナルヒンは絶望し、がっくりと床に膝を着きました。頬を涙が伝います。


「アイシャ殿がそんな、他の男と……。胸が掻きむしられるように苦しい。だのにっ、だのにっ、なんで俺はこんなに興奮しているんだぁぁっ」

「ナルヒンさま、落ち着いて下さい」


 アイシャはナルヒンの手を握りました。


「俺は愚か者だ。裏切られても、君を愛することを止められないのだから」

「裏切ってなどいませんよ。えっとですね、わたしの両親は黒髪だったと聞いています」

「でもアイシャ殿は――」

「たぶんこれも瘴気のせいなのでしょうね。わたしだけなんですよ、銀髪は」

 アイシャは自分の髪ひとふさ摘みました。

「あの子たちの目は緑じゃありません。紫です。髪も銀髪じゃありません。もう、呪いは解かれてます」

「じゃ、じゃあ」

「はい。あの子たちはわたしとナルヒンさまの子供です」


 ***


 時が過ぎ、子供たちは十歳になりました。アイシャはちょうど三十歳です。不思議なことですが、若い頃よりも、アイシャはいっそう美しくなりました。もうひとり子供が欲しいよね、なんて、ナルヒンと相談を始めたとき、突然アイシャは呼び戻されました。アイシャを呼んだのは継母のバーチェルでした。アイシャは要請に応じました。バーチェルと再会したとき、彼女は病床でした。


「なぜわたしを呼んだのですか? あなたはわたしを憎んでると思ってました。わたしの母はあなたの兄を殺しました」

「死が恐ろしくなった。謝りたいと思った。あんたには悪いことをした」


 バーチェルは涙を流しました。アイシャはそっと継母の手を握りました。


「わたしは今、幸せです。だから、謝る必要はありません。あなたがわたしに向けた感情は、人として当たり前のものです。神があなたを罰するはずがありません。だからどうか安心して下さい」


 バーチェルが亡くなるまで、アイシャは寄り添いました。子供にも合わせました。彼らには、なんのしがらみもないのですから。

 しばらくして、バーチェルは息を引き取りました。


「帰りましょ。わたしたちの家へ」

 アイシャは家族と共に屋敷へ戻りました。

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