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肉の最底辺聖女は結婚したい〜王太子の求婚を添えて〜

作者: 水無月傾
掲載日:2026/06/16

「ルナ! マルタと付き合えることになったんだ。お前には一番に伝えたかったんだ。これからもずっと付き合っていくしさ!」

 

 

 青天の霹靂だった。軽く意識飛んだ。

 肉好きルナ16歳の春――幼馴染のニックに見事に失恋しました。

 

 間接的にだけど振られちゃった。

 手をギュッと握りしめて顔を少し歪め、薄ら笑いで言った。

 

「えっ! マルタとニックが!? そっ……かあ。あはは、全然気づかなかった! 今度私の大好きなミートパイで祝福するね! 私の大切な親友泣かせたら許さないから。」

「わかってるよ! お前も早く恋人見つけろよな。」

「うるさいな! わかってるよ。」

 

 

 突然の失恋に涙がこぼれそうになり視界がぼやける。

 まだ泣いちゃ駄目、こんな孤児院の中庭で泣いたらみんなに心配される。

 そんなやり取りをして、ニックはスキップでもしそうな軽い足取りで洗濯場の方へ歩いていった。

 

 

 

 行った、よね?  

 立ち尽くしていたけど、誰もいない裏庭に移動して思いっきり泣いた。


 ニックのこと好きだったんだけどな。この孤児院で一緒に育ってずっと見てきたんだけどな。

 ニックにいいなって思ってもらいたくておしゃれも頑張ってたし料理だって頑張った。文字も読み書きできるようになったし、来月ここから出て王都で聖女として働いて、同じく王都に働きに出るニックとデートしたり、クリスマスは2人でターキーたべたり……。

  

 マルタじゃ仕方ないか。凄くやさしいし。お肉屋の娘だからお肉の料理がうまいだけでなく、お肉も分けてくれるし。

 私が邪魔したら駄目だもんね。ああ! でも悔しい! 

 

 

 

 …………いやちょっと待って、ルナ! マルタは確かに凄いいい子だよ? ニックって名前がお肉みたいで凄く素敵だよ? でもニックは私のミートローフを横から奪おうとするしいいとこなくない?  それに口悪いし、ヘタレだし、服のセンス最悪。


『お前がいないのって想像つかないんだよな』とかしょちゅう思わせぶりなこと言ってたのにこっちの気持ちに気づかないノンデリだし……さっきの『お前も早く彼氏見つけろよな』って酷くない? 

 あれ? あれ、あれ、あれ??? 

 

 ふーっと大量の息を吐き出した。

 次行こ、次! 次は美味しい肉料理を作ってくれて、優しくて、無理しなくていいよとかいってくれて『君は食べてる姿が一番可愛いよ』とか言ってくれる素敵な旦那様みつけるんだ! 


 よし、決めた。王都で聖女になった5年後に解放される。聖女は恋も幸い自由だし、それまでに相手を見つけて素敵な旦那様と5年後絶対結婚してやる! 

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「なんて、思っていた時代もあったよね。」

 

 たった2年前だよと思わなくもないけど。

 かわいい親友マルタは連絡が来るけど、同じ王都にいるはずのニックからはないし薄情な奴だ。こっちもニックを思い出すことも連絡もしないからしょうがないか。


 ためいきをつきながら最底辺のミソッカス聖女となったルナは窓ガラスをキュキュっと拭きながら一人ごちる。

 

 この国は至る所で時折瘴気だまりが突然できて、この王都にも魔獣が出る。それを討伐するために騎士団が存在し、聖女は同道してその時負った怪我を癒すためにいる。

 

 でも、それはすべての聖女がってわけじゃないんだよね。

 

 私は力の発現が15歳で遅かったこともありこの王都へ派遣されたんだけど、発現が遅かったこともあって癒しの力を使うための神聖力が弱いらしい。

 ちょっと血を止めるとかかすり傷を癒すとかそのくらいしかできないのはそのせいだと言われた最底辺の力しかないから討伐支援なんて行ったことない。

 

 そんな流れで、討伐に今まで出ることなく、この教会の中でも専ら雑用や掃除をみんなから押し付けられるミソッカスな最底辺聖女にジョブチェンジした。

 それは仕方ないんだけど大分面倒くさい。

 

 任期は5年しかないんだから素敵な旦那様捕まえるために、2年間努力してきた。

 聖女の任期が終わったら男の人は選び放題になると先輩聖女に聞いた。

 

 待ってるだけでは理想の男性が来るなんて思ってない。おしゃれや美容も頑張ったし、出会いの場を求めて外に出かけたりしたけどそれが実を結んだことはなかった。

 

 でも頑張るしかない、あと3年しかない。

 むんっと手を握りしめて腹に力を込めたあと、ふっと窓ガラスに息を吹き付けながら、つらい体勢を維持しつつ自分の顔を見る。

 

 うん、かわいい。

 大きなくりくりしたヘーゼル色の瞳と小さな鼻、少しだけ大きな口は御愛嬌だ。

 なんで未来の旦那様がみつからないんだろう。

 

 


 

「あら、ルナ。まだ掃除しているの?」

「アリシア様。はい、まだ掃除してるんですよ。」

 というと、アリシア様は『終わってるでしょう』と言いたげに呆れた表情だった。

 

 この方はアリシア・ハウンゼン様。子爵令嬢で、凄い高い神聖力をもった次期大聖女候補の聖女だ。

 魔獣討伐で怪我を負った騎士たちの癒しを人の10倍は働くし、さすがに欠損を治すことはできないけど骨折くらいなら簡単にやってのける。

 ちょっとだけ意地悪だけど面倒見はいい。お顔はとてもシャープな顔立ちをされていて品があって美人だ。

 

 最底辺聖女の私がこんな凄い方に話しかけてもらえるのは、最近この方に師事するようになったからだ。

 ほかの方を師として教わっていたけど全く伸びなかった。おそらくアリシア様に見捨てられたら私の聖女生命は終わる、そんな気がする。

 

 今の大聖女様はご高齢で体調も優れないから、次の大聖女を決めないといけない時期に入っているため次期大聖女に決定したら任期が完全引退までに延びるから気が立ってるのかな? 


 私なら面倒すぎて無理無理。絶対に無理。

 3年後にはまだ見ぬ肉料理ができて素敵な旦那様に甘やかされるんだから! 

 

「いつまでやってるの。昼のお祈りの時間に間に合わないわ。まだまだ頼みたいことがあるのよ。」

「お腹、すきました……力が出ません。お肉欲しいです。」

「あなたはそればっかり! 聖典を読む時間があなたには必要なのに何言ってるの。この私が教えてるのにあなたは隙があれば逃げるんだから。」

 

 正直『何言ってるの。』はこっちのセリフだと思う。

 肉こそ正義だ。アリシア様は貴族なのに知らないんだな、かわいそうに。

 まだアリシア様は怒っているけど私は今日の昼ごはんへ意識を飛ばした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「足りません……。」

「ルナはよく噛んで食べないからよ。よく噛めばお腹は自然にいっぱいになるわ。」

「……黒パンは噛みしめてます。」

「それはスープに浸せばお肉のような食感になるからでしょ。」

 

 私は満面の笑みを浮かべて立ち上がってアリシア様の肩をガシッと掴んで前後にブンブン振る。

「わかってるじゃないですか!!」

「痛いわ。やめてちょうだい!」

「あっ! 申し訳ございませんっ!」

 

 掴んでいたアリシア様の肩を離す。アリシア様は痛そうに肩をさすって、ブツブツと文句を言っているけど仕方ない。さすが次期大聖女候補様。突然の肉友出現の大感動で打ち震える。

 

 しかしこれだけの狼藉を平民が子爵令嬢のアリシア様にしたのに文句だけで済むとは……意地悪と言ったのは前言撤回しよう。心がとても広い。

 

「あなたはお肉と未来の夫のことになると目の色がかわりすぎるわ。」

「3年後には結婚したいので! その頃は21歳ですし!」


「あなたの言う理想の夫ってあれよね。優しくて甘やかしてくれて理解を示してくれる男性……だったかしら。ニックとかいう幼馴染は違ったの?」

「肉料理がうまい男性が抜けております。それが第一条件です! そしてニックは全く合致してません。」


「…………そう。その条件ってレストラン経営者とか聖女の任期明けは貴族の方も聖女を妻にするケースもあるから上手い料理人がいるうんと年上の男性とかしかいないんじゃないかしら。」

 

 ハッとしたように目を大きくさせてまばたきを繰り返した。

 完全に盲点でした。今言われた内容を必死に反芻して頭を回転させる。

 

「………レストラン経営者は専門的な店の手伝いが必要になるので、私には無理です。かなり年上の貴族の方はご家族が神聖力の弱い孤児院出身の元聖女は認めてくれないと思います。」

「あなた、意外に現実がみえていたのね。」


「はい。商会の方はお肉を食べる間もなく仕事ですよね。貴族の方はご子息とかに日陰の身にさせられてお肉なしです。あとかなり面倒なので嫌です。」

「…………それが本音よね。あと考え方の根底にあるのはお肉なのね。」

「お肉は正義なので!」

 

 アリシアはこめかみを指で擦りながら内心頭を抱えた。大丈夫かしら、この子。お肉しか頭にないわ。

 素敵な旦那様とかいってるけど、きっと頭の中を占めてる7割はお肉だわ。あと2割は素敵な旦那様で、聖女の仕事のことは1割もないんじゃ……。

 

 私、思考の聖女成分1割の子に教えなきゃいけないの? 

 アリシアは人知れずがっくりと肩を落とした。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 昼のお祈りをサラッと終わらせたあとはアリシア様の部屋に行って聖典を読んで神聖力を流す勉強だ。

 文字の読み書きはニックに好かれようと頑張っていたときに覚えたからできる。

 

 


「――と、ここまででわからないことはある?」

 アリシア様は昼ごはん後の気だるい空気の中淀みなく朗々とした声で聖典の読み方や力の流し方を説明してくれるのだが――。

 

 聖典――これを持ち正確に頭の中で読みながら神聖力を流すことで怪我を癒すことができる。私はこの聖典に書かれた文字がお肉に見える。

 

 この形、噴水広場に出ている屋台のウィンナーのかたちにそっくり! 

 こっちは串焼きのお肉! こっちは……でもなぜか生なんだよね。焼いたら絶対おいしいやつ!

 

「焼いたらおいしそうですっ!」

「そんな話してないんだけど。」

「ほらこの形、串にさしたお肉じゃないですか?」

 私はうっとりした声で目を輝かせながら言った。

 

「――本当になにを言ってるの?」

「だからこの形ですよ、お肉です。こっちはページ全体が骨付き肉です!」

 



 

 ヘーゼル色の目を爛々と輝かせて必死になって聖典をなぞって伝えてくるけど何を言ってるのか理解できない。アリシアは本当に心配になった。

 

 この子本当に大丈夫かしら? 

 でもこの子は私が見捨てたら聖女じゃなくなるし、悪い子じゃないのよね。

 心底心配になったアリシアは少しでも理解しようとルナに尋ねる。

 

「つまりどういうこと?」

 

 ルナの話を噛み砕くと、読むのではなく画像やイメージで聖典を捉えていてそれを目で追っているらしい。

 それが自分の大好きなお肉に見えるらしく、それに興奮して神聖力を流すそうだ。

 

 これはかなり独創的だけど速読かしら?

 速読は、頭の中で言葉に出して読むのではなく文字を絵や景色のように見て、脳に直接伝えて意味を理解するものだが、ルナは見えるのが景色ではなくお肉なんだろう。どのあたりがお肉なんだろう。

 

「頭の中で言葉にして読むのよ。なぜ速読しているの?」

「速読ってなんですか?」

 私はルナに速読の説明をした。ルナは考え込むようにして意味を咀嚼しながら聞いていた。


「アリシア様が言う速読のほうが頭の中で言葉にするより速いですし、おいしそうですし、面倒じゃないです。」

 

 ………本当に駄目だ、この子。私が次期大聖女になったらあと3年弱このお肉モンスターに聖典のことを教えるの? 

 

 これを思ったとき絶望で目の前が暗くなった。気を抜いたらふっと倒れそうになる。

 

 ほかの聖女がやっているように聖典を開いてその文字を頭の中で言葉にしてるのではなく、ルナ曰く肉に見える文字に直接力を流しているから、ちょっとの擦り傷や血を止めるくらいしかできないのかもしれないわ。


 だけど神聖力が低いという話だったけどこんなやり方ではまともに怪我を癒せるわけがない。その判断はあってるのかしら?

 

 それよりもこの聖典がお肉にしかみえないとか言ってるけれど、何を言ってるのか理解しようとしても全く理解できない。

 速読できたとしても私はお肉に見えることは絶対にないと思う。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 突然ですが不肖の私、最底辺聖女ルナは、魔獣討伐デビューします!

 

 こんなことになったのは今から2時間前のこと。

 私がついているアリシア様に魔獣討伐の後方支援としていく聖女たちのまとめ役として全うするよう指示がくだった。

 

 私はかすり傷程度しか癒せないし、当然お留守番だから今日はアリシア様への応援の気持ちで真面目にカーテンでも張り切って洗おうかなと思ってた。

 でもアリシア様はこのまとめ役という権限をフルで使ってきた。

 

「今日はあまり魔獣は強くないそうだと聞いたから、あなたも連れて行くわ。」

 突然の出陣要請で忙しくしている大聖堂でアリシア様のこの言葉は残酷に響いた。


「アリシア様、今日の夜は待ちに待ったロールキャベツなんですよ! そもそも私が行っても足手まといですっ!」

「いいから来なさい! あなたは実戦を知るべきです!!」

 なんて殺生な。私はかすり傷くらいしか癒せなくて、今まで討伐支援に行ったことなかったのに。

 そんなこんなで私の討伐参加が決まった。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 現在私が今いるのは木々が生い茂った王都の郊外の森だ。

 ここに瘴気だまりが発生したことで魔獣が湧いたので討伐する騎士たちを癒やしの力で癒やす聖女たちは後方で陣を張っている。


 ここではアリシア様は的確な指示を飛ばしながら、いつもはきれいに整えてる髪を振り乱しながら一生懸命治療にあたっている。

 

 すごい……! アリシア様は私に教えているときとはまったく違っててかっこいい!

 片手で聖典を開き、もう片方の手のひらを患部に当てて、ぱあっと大きな白い光で怪我を癒やしていく。凄く一生懸命に救おうとする姿がまさに女神! 見たことないけど。

 そして今まで血の気を失ってた騎士は血色を戻して討伐に戻った。

 

 私には他の聖女のようにここに運ばれてくる騎士を癒やすことはできない。

 できるのはせいぜい血の匂いで倒れないようにしながら、血を拭ったり連れて来られた騎士の治療の優先順位を考えて騎士たちを誘導するくらいだけど、できる限り頑張ろう!


 アリシアは一生懸命働いているルナをチラッと見た。

 ルナはここにいる聖女たちの中で一番神聖力が弱い。でもルナは迷わず『出血が多い順』に騎士を誘導している。

 ここに来る前は、あのお肉への執着で何かしでかすかもしれないと構えていた。他の聖女たちには私が指示をだしているがルナはこちらからなにか言うことはない。

 自分のできることを探してやっている。正直ここまでできると思っていなかった。私の判断が甘かったわ。

 

 

 討伐は怪我人は出てるけど誰も命を失うことはなく無事終了かというとき、状況は大きく変わった。

 後方に瘴気だまりが発生し、魔獣が大量に湧いたのだ。

 前方から主力部隊が下がってくる。でも間に合わない。

 

 周りでは剣の音もしてるし、血の匂いも今までと比較にならないくらい酷く臭う。騎士たちへ指示する声や、うめき声や聖女たちの叫び声だって聞こえる。

 

 

 ――怖い。


 聖女たちに逃げろという声が聞こえるけど、怖くて動けない。でも『ここでにげちゃだめだ、戦ってくれてる人たちがいる』と心を奮い立てて立ち上がり顔に力を入れてキッと前を見る。

 さっきまで癒やしていた傷ついていた騎士たちが必死になって戦っている。


 私もなにかやらなきゃいけない! 私にできるのはかすり傷を癒すだけだが、応急処置にはなる。

 

 聖典を開く。聖典に書かれた文字の肉を読んで、思いっきり力を込めて神聖力を流して大きな声で叫ぶ。


「にっっっっっっくーーーーーーーー!!!!!!」


 そのときまばゆいばかりの赤い光が鬱蒼とした森の中で輝いた。

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

「……なにが、起きた!」


 魔獣騎士団の今回遠征のトップである副団長の自分は自分の少し先で起こっている赤い光を呆然と見つめた。赤い光の衝撃でその場で止まってしまったが、徐々に光が収まりやがて正気に戻った。


「――魔獣が消えた……のか?」

 そう呟いて慌てて副団長は赤い光の発生元へ駆けつけた。

 恐るべきことに今まで発生してた魔獣も瘴気溜まりも跡形もなく消えていた。

 

 周りの騎士たちがざわめき、驚愕した副団長はそばにいた今の状況を見ていた他の騎士たちに話しかけた。


「なんだ、何があった!? いまの光は!? 癒しの光の白じゃなくて赤かったが。そして『ニック』ってなんだ? 何かの呪文か?」

「とりあえずあの聖女から出てました。そして『ニック』とは呪文ではなく、あの聖女の大事な騎士がこの場にいたのでは?」

「いやこの騎士団にニックという名の騎士はいないぞ!」

 自分と騎士たちは何も分からず頭をひねる。だがそれよりも――。


「魔獣が消えた――これは『浄化』か!」

思わず俺は叫んだ。

 

『浄化』があれば魔獣を一蹴できる! その希望で騎士たちは湧いた。

 

「「「救世の浄化の聖女様が降臨したっ!!」」」

 騎士たちはみなそう言って先程の赤い光を発した聖女を取り囲んだ。


 なんてめでたい! 今日は記念日だ! 大神官様や王城に急ぎ報告しなければ……!

 

 


「なにがあったの……?」

 私たちがいる後方で突然魔獣が湧いて私達はもうだめだと思ったときに、ルナが聖典を開いたかと思えばまばゆい赤い光に包まれた。

 

 …何が起こったのか私の目の前で起こったことに理解が及ばなくてなかなか状況を受け入れられない。呆然となる私をよそにルナははしゃいでいた。

 

「アリシア様! 魔獣消えましたよ!!」

 褒めてくださいと言わんばかりに頭をこすりつけてくる。正直子犬みたいでかわいいがそれどころじゃない。

 

「ルナ、あなた何をしたの?」

「騎士たちが傷ついていたのでかすり傷程度の癒ししかできませんが、せめてと思って応急処置しました!!」

 

 応急処置? 他の聖女たちはパニック状態のあの状況でこの子は冷静に立ち回ったというの? この次期大聖女候補と言われる私でも恐怖で足が竦んでいたのに?


 確かにこの子はいつも思考の大部分はお肉しかないけれど、時折おそろしいくらい本質をみていることがある。だけどあの状況で動けるなんて驚異的な精神力だわ!

 

 そして光をだすときに叫んでた『ニック』ってルナの幼馴染の『ニック』のこと? きっと深層に彼がいて危機的状況で呼んだのね。

 

「ニックって叫んでいたけど、この状況で呼ぶなんて幼馴染はあなたの支えなのね。」

「アリシア様、何言ってるんですか? ニックなんて呼んでませんよ。」

「え? 赤い光を出すときに『ニック』って言ってたわよね。」


 私に撫でてっていわんばかりだったルナはキョトンとした顔をしたかと思えば、コロコロと可愛く笑い出してチッチッチッと言いながら人差し指を振った。

 

「あっ! もしかして『ニック』って聞こえたんですか? 違いますよ! 『にく』ですっ! お・に・くですよ。やだなあ、なんでこんなときにニック思い出さなきゃいけないんですか!」


「えっ? お肉??」

「はい! いつもは聖典の文字が生肉状態に見えて食べれないなあって残念に思ってたんです! でも傷ついた人たち全員に応急処置をかけるためにいつもより強く神聖力を流したんです。そしたら『ロールキャベツ』に見えました! それで気合いをいれるために「肉」って叫んだんです!」


 先程から『えっ?』しか言えていないわ。意味がわからなすぎてそれしか出てこない。 

 そういえば確かに今日の夜ごはんは『ロールキャベツ』だとルナは言っていた。お肉への異常な執着があるとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。まさか聖典の文字をお肉から料理に転じさせるなんて誰が思うというの? 

 

 こんなことを考えながらルナを見ると『どうだ!』と言わんばかりに胸を張っている。

 それを見てはっとした。


 聖典を料理? ……これよ! おそらくルナは無意識で聖典にある文字を調理したんだわ。だから赤い光、つまり炎だったに違いない。聖典クッキングだわ。


 その炎で聖典を料理するついでに食べられるようにどういう理屈か『浄化』したんだわ。

 間違ってるかもしれない、でもルナを見ているとそれが正しいように思えた。

 

「アリシア様! おなかすきました! 早く帰りましょう! 今帰ればうまくいけばロールキャベツが残ってるかもしれません! 分けてあげますね。」

「…………そうね。でもルナが全部食べてちょうだい。」

 もう何も考えるまい…アリシアは考えることを放棄した。

 

 そして騎士たちと他の聖女たちが砂漠でオアシスを見つけたかのように嬉々としながら『救世の浄化の聖女様〜〜!!』と駆け寄ってきた。


 絶対この浄化のことはこれから周囲を巻き込みながらの大騒動になるだろう。


 騎士や聖女にもみくちゃにされながらルナは楽しそうに笑っているけれど、私はもう何もしないで泥のように寝たい。

 そしてなぜルナは私にこんなに懐いているの?

 

 

 

 ◇ ◇ ◇

 

 

 

 はじめての討伐支援が終わって5日。

 結局あの日はロールキャベツは食べられなかったし、黒パンしかなかった。この食べ物の恨みはそのうち晴らす!




 そして私は月に一度の大神官様も参加されるお祈りの時にしか入ったことのない大礼拝堂に聖典を持ってアリシア様と呼び出された。

 

「ルナ、失礼がないようにね。話す内容はお肉控えめでね。」

「はい! アリシア様!」


 アリシア様に言われては仕方ない。『ルナはできる子!できる子!』と唱える。アリシア様は不安げにしてるけど、大丈夫ですよ!ルナはできる子です!


 

 

 ◇ ◇ ◇

 



 大礼拝堂に着くと、困ったようなお顔をされていた大神官様とお祈りのときに見たことがある嫌味な顔をしたおじさんたち、そして初めて見る金髪のこの大礼拝堂の目立つところにある彫像に似てる若い男の人がその場にいた。


 顔は整ってるかもしれないけど、私的には美味しい肉料理つくれなそうで圏外かな。はぁ、お肉と、間違えた素敵な旦那様と結婚したい。

 

 そしてその金の彫像様が紫の斑点がある、かなり酷い異臭を放ってる卵を指さして私に言った。

 なんで紫? 貴族だと紫の斑点の卵の入手も簡単なのかな? すごいな貴族。


「この卵を浄化せよ。」


 はぁ。この人明らかに貴族ですみたいな感じだし、平民に対してこんな感じの態度だよね。それは仕方ない。でも苛ついてるみたいだし、苛つくなら来なきゃいいのに。

 だけど『浄化ってなに?』っていうのが顔に出てたらしく横にいたアリシア様が私に『はじめての魔獣討伐支援で赤い光だしたことよ。』と教えてくれた。……なるほど、あれか。


「申し訳ありませんができません。」

「……なぜだ。」

「あの日は夜ご飯にロールキャベツが出る予定でした。でも今日はロールキャベツが出ません。そのため聖典にある文字は食べれない生のお肉にしか見えません!」


 アリシア様にお肉成分控えめって言われたけど仕方ないよね、生のお肉にしか今は見えないし。

 なんか金の彫像様は目を見開いてますます苛ついて太もも部分をトントン叩いてるし、大神官様や他のおじさんたちはざわついた。


「この私がわざわざ執務よりも優先してここに来たんだ。やれ。お前たちみたいに私は暇ではないんだ。お前の能力は国に保護されるべき力だ。それを私は見極めなければいけない。」

「……ですから!」

「お前は今まで国庫を圧迫するだけの穀潰しだったんだ。その隣の女性も孤児院育ちのお前と一緒だ。むしろお前より大聖堂に長い間いて浄化ができないなんてお前の上をいく穀潰しだ。」


 …………怒りで目の前が真っ赤になった。こんなに怒ったのは初めてだった。私は確かに穀潰しだ。でもアリシア様は私と違って今まで献身的に討伐支援されてきた。あの討伐現場をみたことないくせに! 許せない!!


「アリシア様の努力を知らない金の彫像が! 腐った卵よりもアンタが浄化されたら?」

「ルナ! そんなこと言っては駄目! 私のことはいいのよ。そのお方は……」


「にっっっっっっっっくーーーーーーーー!!!!!!!!!!!」


 私は経典を開き、文字を見つめる。聖典の文字が孤児院にいたころクリスマスに食べたターキーにみえた。それに怒りをぶつけるかのように神聖力を流し叫んだ。

 静かな大礼拝堂のガラスを割らんばかりの声に共鳴して私から発される怒りの赤い光は輝いた。


 そして腐った卵は浄化された。

 この卵食べれるかな? そっと持って帰ってアリシア様に相談しよう。




 この国の王太子である私――イグニス・グランバニアが、魔獣騎士団の副団長から浄化の力を持つ聖女の存在を知らされたのは5日前だった。


 浄化の力があれば、王都の魔獣討伐と瘴気溜まりを消滅させるだけでなく、浄化の力を壁にして国を覆うようにすれば今まで騎士団が間に合わなくて救えなかった命が救えるかもしれない。不浄の土地も浄化できるかもしれない。


 そこからは側近に浄化の聖女のことを徹底的に調べさせた。私も寝る間も惜しんで執務の時間を調整して大聖堂に来られた。


 胸を躍らせながら大礼拝堂で待っていると以前見かけたことがある次期大聖女候補の令嬢と浄化の聖女のルナと思われる少女が現れた。


『腐った卵の浄化をせよ』と彼女に命じたが意味のわからないことを言い出した。

ロールキャベツとは一体なんだ?

 言ってることがわからない、だがなぜかこの少女に拒絶されたことが悔しくて、明らかに貴族の令嬢に対して酷い暴言を放ってしまった。王太子として情けないし、焦っていた。


 そしてこの娘は女性に対して暴言を言った私に怒りをぶつけるかのように腐った卵に『ニック』と叫びながら赤い光を浴びせた。


 ――副団長から『ニック』と呪文を叫んで浄化することは聞いていた。しかし『ニック』とは何なのだろう。


 いや、そんなことよりもこれはすごい!! 紫の斑点をした、あれだけ酷い今まで嗅いだことのない匂いだった卵が白い卵になったじゃないか。これが浄化か!


ほしい! それしか考えられない!


 この娘は理解不能だが、この娘の力は血筋として王家にとり入れるべきだ。王家からこの浄化の力を持つ子が生まれるかもしれない。

 いや、とりあえず婚約して私との相性を見て適正含め判断すべきか。国のためだ、食欲が目立つ娘だが私ならうまく御せるはずだ。


「王太子であるこの私イグニス・グランバニアの妃となって、私とともに国を支えろルナ。とりあえず婚約からだ。」


 大礼拝堂は一瞬にして水を打ったかのように静かになった。

 ルナは毛虫をみるかのような目をしている。この私にこんな目を向けてくるとは、先ほどの暴言で好感度は最底辺なのかもしれないが、挽回しよう。まだこれからだ。




 何言ってるんだろう。この金の彫像。しかも王太子とかいった?

 アリシア様を侮辱したこの金の彫像の好感度は最底辺だ。そもそも孤児院育ちがお妃様にされるわけない。

 でも念のため条件だけは確認だけはしておこう。


「お妃様になったら串焼き肉は食事に出ますか? そして殿下は肉料理作れますか?」

「は? 何を言ってるんだ? 串焼き……肉? なんだそれは。肉なら王宮の調理人が焼いた極上のフィレ肉のステーキなら出る。そして私は料理などしたことがない、王太子だぞ!?」

「フィレ肉? おいしいの? だけどわかってないなあ。かわいそうに。それにお妃様とか面倒だし、無理。」


 ふー、やれやれだ。条件も全然駄目だな、本当にわかってない。

 肉料理も作れない、串焼きも出ない。そしてあるのは面倒とアリシア様を侮辱して謝らないこの男。絶対に優しくないし、甘やかしてなんてくれない。食べてたら『また食べてるのか』とか言うタイプだ。無しだ。こんな男と結婚なんて絶対にやだ。無理すぎる。


「ルナ! イグニス王太子殿下に失礼すぎるわ! 言葉遣いももっと敬意を持って!」

「だって! フィレ肉がわかりません。それ以外も無しよりの無しです!」

「ルナとしては無しなのは分かったけど、きちんと失礼をしたことは謝罪なさい。」

「でもイグ……ニス殿下? も失礼なこと言っても謝罪してません。」

「平民と王族にはそれだけの差があるのよ。」


 貴族だと思ってたけど実際はその上の王族だったし、そうだよね。謝ろう! 確かに言い過ぎた。


「……申し訳ございま……」

「君には決まった相手はおらず、夫を探していると聞いた。」

「…………誰に聞いたんですか?」

「側近に調べさせた。君の故郷の孤児院だけでなく、君の対人関係、好きなこと、嫌いなこと、着ている服のサイズまですべてだ。そこで君に現在特定の相手がいないことも調査済みだ。」

「……キモっ!」


 謝ろうとしたのにあまりに気持ち悪いことを言われて思わず本音がでてしまった。服のサイズとか勝手に調べるの普通に無理です! キモい! それに特定の相手いないとか凄く失礼!


「私は3年後、聖女の任期を明けて素敵な旦那様と結婚するんです! 間違ってもその相手は殿下ではありません!!」

 ガーンって聞こえてきそうな顔でイグニス殿下は固まった。


 そんな静まりかえる中アリシア様は小声で言った。

「ルナ、『キモっ』とか言ってはいけないわ。確かに気持ち悪いけど。」

 アリシア様……静かすぎるので周りに聞こえてると思います……。


 時間が止まっているかのようなこの空間を壊したのは突然大礼拝堂の扉を開けた息をきらして駆け込んでくる一人の騎士だった。


「王都の近くの街道に瘴気溜まりが発生いたしました!」

 動きが固まっていたイグニス殿下は硬化が解けて私に向かってかなり失礼な呼び方をしてきた。


「肉の聖女! 出動を要請する!」


 なんと! 肉の聖女ですと? なんて失礼な!? ルナちゃんは美容にも力入れてるのに太ってるみたいじゃない! しかもこの人求婚してきたのに絶対私の名前しらないでしょ!?


「……………わかりました! ですが私はさっきの赤い光をだせばいいですか? でもお肉がないと難しいかもしれません! そしてアリシア様もご一緒でよろしいですか?」

「肉? はぁ、用意させる。次期大聖女候補も一緒で構わない、急げ!」


 ――こんの……男っ! 女神のアリシア様の名前すら覚えられないの? 信じられない! 鳥頭だから腐った卵もってきたの? あ、そうだ! 食べれるかわからないけど卵は回収しとこ。

 アリシア様とオムレツだ! 今度の休みにお肉屋さんにいってお肉買って肉入りオムレツとか作れないかな?


「……絶対の約束ですよ!! いきましょう! アリシア様!」

「ええ! あとルナ、その卵は食べないほうがいいと思うわ。」

「えー。無理ですかね。」

「少なくとも私はいらないわ。」


 しょんぼりだ。仕方ない、一人で食べるか。


 あっと思い出したような顔をしてイグニス殿下は叫んだ。

「待て! この私との婚約を受け入れてからいけ!」

 なにそれ? 求婚のことなんて永遠に忘れてればよかったのに。この人と結婚なんて絶対嫌だ。何の罰ゲーム? しかも受け入れてもらえる前提なのがありえない!


 あまりにも嫌だったから、下まぶたを引き下げて、べーっと舌を突き出し、いわゆる『あっかんべー』をして私はこう言った。


「絶対お断りです!私はお肉料理ができる人と結婚したいんです! 3年後には結婚式です!! これは目標じゃなく宣言です!」

 私は大礼拝堂に響きわたる声でいいきった。




 あっ! しまった!! 思わず『あっかんべー』をしてしまった。さすがに王族不敬か? ……まあいいか。なんとかなるでしょ! 私とアリシア様は大礼拝堂を出た後、馬車のりばまで駆け抜けた。


「なんとかなると思ってるだろうけどならないと思うわよ。」

「えっ! 考えてることなんでわかったんですか?」

「ルナはわかりやすいもの。」


 そっか! アリシア様はわかってくれるんだな、なんかいいなこういうの。私たちは瘴気溜まりの元へ向かった。


 帰ったらおしおきがあることをルナは知らない。だが、愛するお肉と素敵な旦那様のために今日も懸命に生きていく――。




 これは肉の聖女が常識をぶち壊して生きていく物語の序章でしかなかった。

最後までお読みいただきありがとうございました!

これ書いててお肉のレシピ見ていた結果めちゃくちゃお腹すきました。


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