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スパイナル・ハイウェイ

乾いた夜風が灰色の砂埃を運び、「バレン・エクスパンス(不毛の荒野)」を吹き抜ける。見る者すべての正気を削り取るような、果てしなく続く荒涼とした大地だ。その死のような静寂を切り裂くように伸びているのが、「スパイナル・ハイウェイ」――不運な旅人か、あるいは無謀すぎる者たちにとって唯一の陸路となる、真っ直ぐなアスファルトの道である。


双子の月の青白い光の下、一台の黒い魔導マギテックセダンが風を切って疾走していた。ボンネットの下で青く発光するマナクリスタルを動力源とし、エンジンはかすかな唸り声を上げている。


暖かな車内では、エルフの夫婦が重苦しい緊張感を振り払おうとしていた。


「あなた、本当に道に迷ってない?」リラが尋ねた。そのしなやかな指はシートベルトをきつく握りしめている。エメラルドグリーンの瞳は、窓の外の漆黒の闇を絶え間なく覗き込んでいた。


夫のヴァエルはハンドルを強く握りしめていた。ダッシュボードの鈍い光が彼の細い顔を照らし出す。「大丈夫だ、リラ。道はこれ一本しかない。この先二百キロはカーブすらないんだ。落ち着いてくれ、もうすぐ国境の検問所に着くさ」


「嫌な予感がするの」リラは囁いた。「噂によると……この荒野には、大地の裂け目から這い上がってくる『何か』がいるって」


「観光客を怖がらせるためのただの迷信だよ」ヴァエルは笑ってみせたが、その声はどこかぎこちなかった。「それに、シートの下には『ベッシー』がある。どんな野盗だって手を出そうとは――」


彼の言葉は途切れた。


突如として、前方の深い闇の中から、道の真ん中に人影が浮かび上がったのだ。白く、青白い。墓穴から蘇ったばかりの亡霊のように、ふらふらと立っていた。


「ヴァエル! 危ない!」リラが悲鳴を上げた。


ヴァエルは全力でブレーキペダルを踏み込んだ。タイヤが悲鳴を上げ、ゴムとアスファルトが擦れ合う耳障りな音が響き渡る。


だが、遅すぎた。


ドンッ!


車のフロントバンパーがその影をまともに撥ね飛ばした。青白い身体は宙に舞い、フロントガラスに激突して蜘蛛の巣状のヒビを入れ、そのまま屋根を転がって後方のアスファルトへと叩きつけられた。


車は乱暴な衝撃とともに停止した。タイヤから薄い煙が立ち上る。


三秒間の沈黙が落ちた。荒くなった二人の息遣いだけが響いている。


「神よ……」ヴァエルは震え、顔面を蒼白にしていた。「今のは何だ? 鹿か? 野獣か?」


「わ……分からないわ」リラは口元を覆い、恐怖の涙を浮かべ始めた。「でも、一瞬……人のように見えた」


ヴァエルは顎をこわばらせた。ぎこちない動きでシートベルトを外し、シートの下に手を伸ばすと、ダブルバレルの魔導ショットガンを引きずり出した。銃身に刻まれた推進のルーンが、鈍いオレンジ色に発光している。


「待って! どこに行くの?」リラは夫の腕を掴んだ。「外に出ないで! このまま行きましょう!」


「フロントバンパーが凹んで、ナビゲーションセンサーがやられた。確認しないと」こめかみに冷や汗を流しながらも、ヴァエルは強がって見せた。彼は妻の額に軽くキスをした。「中から鍵をかけておけ。もし野盗なら、ベッシーが片付けてくれる」


ヴァエルはドアを開けた。オゾンの匂いを運ぶ冷たい夜風が、骨の髄まで突き刺さる。彼は外へと足を踏み出した。


**カチャッ。**車内からロックをかける音が聞こえた。


ヴァエルは銃身の下のフラッシュライトを点灯させた。白い光が夜の闇のトンネルを切り裂く。


「誰かいるのか?!」彼は叫んだ。その声はかすれ、荒野の静寂に飲み込まれていく。


返事はない。ただ、風が静かにざわめくだけだ。


車の後方へとゆっくり歩を進めるたび、ブーツがアスファルトの上でコツ、コツ、と音を立てる。ライトの光が道路を舐める。血痕があった。黒く、ドロドロとした、生乾きの血。道の真ん中へと向かって、何かを引きずったような跡が続いている。


ヴァエルの心臓は激しく波打った。その跡を辿っていくと、ライトの光がある人影を捉えた。


その影はうつ伏せに倒れていた。一糸纏わぬ全裸の姿で。


その肌は透明なほどに青白く、おぞましい傷に覆われていた。背中にはまだ血が滲む深い爪痕があり、赤紫色の打撲傷が痛々しい。しかし、最も異様だったのは、頭の側面に生えた一対の赤い羽毛の翼だった。それはアスファルトの塵にまみれ、無惨にも折れ曲がって萎れているように見えた。


「神よ……」ヴァエルは呟き、銃口を下ろした。ほんのわずかな間、人間性が恐怖に打ち勝ったのだ。「おい……あんた……生きているのか?」


彼は近づき、ためらいがちに左手を伸ばした。「あんた? 助けが要るか――」


その影が動いた。死にかけの者の動きではない。弾かれた鋼のバネのような動きだった。


バッ!


影の頭が跳ね上がる。濡れた黒髪の隙間から、一対の瞳がヴァエルを射抜いた。片方は底なしの虚無のように黒く、もう片方は血のように赤く凶暴に燃え盛っている。そこに痛みの色は微塵もない。あるのはただ、獲物を見つけた捕食者の空虚さだけだった。


「お前は……」ヴァエルは息を呑んだ。


エルフが引き金を引くよりも早く、青白い手が閃き、彼の足首を鷲掴みにした。


バキッ!


「ぐあああっ――!」


ヴァエルの脛骨が、腐った木の枝のように呆気なくへし折れた。常軌を逸した怪力でアスファルトに引きずり倒され、悲鳴は途切れた。ショットガンは闇の彼方へと弾き飛ばされる。


流れるような、しかし致命的な動きで、その全裸の影はヴァエルの胸の上に馬乗りになっていた。青白い手が彼の首を締め上げる。ヴァエルはその青年の顔を見つめた。端正な顔立ちだが、死の概念そのもののように冷酷だった。


「悪いな」青年は抑揚のない声で囁いた。一切の感情を排して。「急いでるんだ」


メキッ。


静かな夜に、首の骨が折れる生々しい音が響いた。ヴァエルの体は一度だけ痙攣し、虚空を見つめたまま力なく崩れ落ちた。


車内では、リラが自らの口を両手で塞いでいた。大粒の涙が頬を伝い落ちる。彼女はその音を聞き、夫が倒れるのを見た。


嘘……そんなはずない……ヴァエル……。


一分が経過した。二分。静寂だけが続く。


パニックがとうとう彼女の理性を飲み込んだ。ろくに動かない震える手でダッシュボードから予備の懐中電灯をひったくり、車のドアを開ける。


「あなた……?」かすれた声で呼ぶ。冷たいアスファルトに足を踏み出すが、足元がおぼつかない。


懐中電灯の光が、車の後方を乱茶苦茶に照らし出す。そして、彼女は見つけた。不自然な方向に手足が曲がった状態で倒れている夫の姿を。


「きゃああああああっ――!」


リラは懐中電灯を落とし、その場にへたり込んだ。夫の顔に触れようと手を伸ばしたが、ためらった。彼女の世界は崩壊した。背後にひとつの影が立ち上がっていることに、彼女は気づいていなかった。夜よりも深く、暗い影。


冷たい。リラは後頭部に金属が押し当てられるのを感じた。それは夫のショットガンの銃口だった。


泣き声が喉に詰まる。


「悪いな」すぐ耳元で声が囁いた。平坦で、疲労が滲み、罪悪感の欠片もない声。「目撃者は生かしておけない」


ズドンッ!


魔導銃の銃声が夜の静寂を打ち破り、一瞬だけオレンジ色の閃光が弾けた。エルフの女の体は横に崩れ落ちた。


その影は煙を上げる銃を下ろした。車の赤いテールランプに照らされたデヴォンの姿は悲惨だった。一糸纏わぬ鍛え抜かれた肉体は、森での逃亡による切り傷と乾いた血に覆われている。頭部の赤い翼は力なく垂れ下がっていた。


「はぁ……」デヴォンは深くため息をついた。ふらふらと車の側面へ歩き、後輪のタイヤに寄りかかるようにアスファルトに座り込む。


オッドアイの瞳が閉じられた。全身の筋肉が脈打ち始め、裂けた皮膚や打撲を負った肉を、苦痛を伴うほどの異常な再生速度で編み直していく。


『この外道め……』重々しく、非難に満ちた女の声が彼の頭の中に響き渡った。セラフィナだ。


『罪なき非武装の者を殺めるとは』ヴァルキリーは冷ややかに続ける。『かつての私なら……アエテルガルドの玉座に座していた頃の私であれば……その首を刎ね、貴様の魂をヘルヘイムに放り込んで地獄の猟犬の餌食にしてやったものを』


デヴォンは片目を開け、星のない夜空を見上げた。「へえ、そうかい? なら、今から俺に罰を下すってのかい、聖女様?」


一瞬の沈黙。


『うむ……いや』セラフィナが答えた。その声は和らぎ、自身の揺らぎ始めた道徳観に戸惑っているように聞こえた。『実は……貴様の中に宿り、恩寵を失ってからは……少し感覚が変わってな。名誉というものが……重く感じるようになった。今は生き残ることの方が、はるかに理にかなっている』


デヴォンはひび割れた唇を気にすることなく、薄く笑った。「上等だ。俺が進路を掃除しなきゃならない時に、お前があまりガタガタ言わずに済むってことだからな」


デヴォンは立ち上がり、車の後部ドアを開けた。車内には高級な革と花の香水の匂いが漂っている。彼は物色し始めた。


「ビンゴ」


彼は銀色の水筒、弁当箱、そしてフィルター付きのタバコを一箱見つけた。デヴォンはそれらを外に持ち出し、誰もいない道路の白線の中央に胡座をかいて座った。水筒のフタに温かい茶を注ぐ。


「あぁ……最高だ」液体を啜り、彼は呟いた。そしてヴァエルのポケットから拝借したライターでタバコに火をつけ、深く吸い込んだ。「お前も飲むか、セラフィナ?」


ゴォォォッ。


デヴォンの毛穴から、濃密な赤い煙が噴出した。煙は渦を巻き、凝縮し、彼の隣に高さ三メートルにも及ぶ巨大な姿を形成する。


セラフィナが顕現したのだ。棘に覆われた黒と赤の鎧が月光を浴びて鈍く光る。その恐ろしげなフルフェイスの兜は、真っ直ぐ前を見据えていた。


デヴォンはもう一杯茶を注ぎ、その巨大な鉄のガントレットへと差し出した。「飲めよ。ジャスミンティーだ」


セラフィナは、彼女の手の中ではまるでオモチャのように見える小さなカップを受け取った。兜を脱ぐことなく、バイザーの隙間にカップを近づける。


ズズッ。


茶の液体は、どういうわけか兜の中へと綺麗に吸い込まれていった。デヴォンは横目でそれを見た。(どうやって飲んでるんだ? 中に魔法のストローでも付いてるのか?)


一方、赤く光るバイザーの奥で、セラフィナの目は一糸纏わぬ姿で胡座をかいているデヴォンの方をチラリと見ていた。より正確に言えば、彼の股間の方を。


「コホン!」セラフィナはわざとらしく咳払いをした。その音は金属の打撃音のように響く。「ところで……具合はどうだ、小僧?」


「だいぶマシになった」デヴォンは気楽に答えた。彼の傷はすでに完全に塞がっている。


「先ほど通り抜けた森だが……」セラフィナは遠くの闇を指さした。「得体の知れない化け物だらけだったな。五体満足で抜け出せたのは運が良かった。後で私に感謝するんだな」


デヴォンは微笑んだ。この十二時間、巨大なヒルがうごめくマングローブの森を駆け抜けた狂気の逃避行を、忘れることなどできない。


「分かってるよ」デヴォンは本心から言った。「守ってくれてありがとな、ポンコツ鎧」


セラフィナは鼻を鳴らし、褒められて喜んでいるのを悟られないよう兜をプイと背けた。だがその時、彼女の鋭い神の眼が不意に何かを捉えた。微かな振動。道路の地平線の彼方で動く影。


「デヴォン」セラフィナの口調が硬くなった。「出発した方がいい。何かが近づいてくる。道に迷った観光客の車ではないぞ」


セラフィナはカップを置き、しゃがみ込んだ。**ガシャン。**彼女はデヴォンに向かって、その巨大な両腕を広げる。「さあ、乗れ」


「おい、何する気だ?」


「貴様を担いで走るのだ」セラフィナは焦り気味に答えた。「貴様の足は短い。私の歩幅は三メートルだ。米俵のように担いで走った方がはるかに速い。私の顕現時間が切れる前に、早くしろ!」


デヴォンはその巨大な手を軽く払いのけた。「おいおい、落ち着けって、お嬢さん。俺のプライドは刑務所でもう十分に粉々になってるんだよ」彼は立ち上がり、タバコの吸殻を踏み消すと、運転席のドアへと歩き出した。「走らないぜ。こいつに乗っていく」


セラフィナは立ち上がり、胡散臭そうに見下ろした。「こんな鉄の箱を操縦できるのか?」


デヴォンは車のドアを開け、不敵な笑みを浮かべて振り返った。「当然だろ。燃え盛る銀河の中で、ドレッドノート級の宇宙船を操縦したこともあるんだぜ? 一本道でこんなブリキ缶を転がすくらい、赤子の手をひねるようなもんさ」


「わかったよ、宇宙飛行士殿」セラフィナは鼻で笑った。彼女の体は薄れて赤い煙となり、再びデヴォンの体内へと吸い込まれていく。『木にぶつかるのだけは勘弁しろよ』


デヴォンはショットガンを助手席に放り投げ、ハンドルの前に座った。光るルーンと、まったく意味の分からないボタンだらけのコントロールパネルを見つめる。


「よし……スタートボタンはどれだ……」彼は呟き、一番明るく光っているボタンを適当に押した。


ブルルルンッ!


エンジンが唸りを上げて始動する。それと同時に、ラジオから爆音で魔法のジャズミュージックが鳴り響き、デヴォンはビクッと飛び上がった。


「おっ、かかった」彼は慌ててラジオを消しながら呟いた。ハンドルをしっかりと握り、アクセルペダルを踏み込む。


キキィーッ! ガクンッ!


車は荒々しく前に飛び出し、そのままエンストした。デヴォンの頭がハンドルに激突する。


『赤子の手をひねるようなもの、だったか?』セラフィナの嘲る声が頭の中で響いた。


「黙れ! 今のは微調整だ!」デヴォンは耳まで真っ赤にして怒鳴った。


二度目の挑戦で、車はガクガクと揺れながらも走り出した。酔っ払った蛇のように数十メートルほどジグザグに蛇行した後、ついにデヴォンは車体を安定させることに成功した。


双子の月の光の下、黒いセダンは夜を切り裂きながら遠ざかっていく。運転を覚えたばかりの全裸の青年に操られながら。アスファルトの上で冷たくなり始めた二つの死体を残して。


自由へ――そして混沌へ向けた旅が、今始まったばかりだった。



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