第1章 完璧な子ども (記録ログ5)
眩しい光が壇上を照らしていた。
ステージの背景には、巨大なホログラムが浮かぶ。
「AI教育フォーラム2095 ― 家庭こそ、文明の最前線」。
観客席を埋めるのは、AI教育庁の職員、取材用ドローン、
そして、百体を超えるAIアバターたち。
彼らは一様に微笑みを浮かべ、拍手の音を均等に刻んでいた。
全てが計算され、完璧に統制された祝福。
司会AIが、穏やかで透明な声を響かせる。
> 「次の受賞者を発表いたします。
今年の〈家庭教育優良賞〉、受賞者は――九条美月様。」
照明がひときわ強くなる。
壇上に、一人の女性がゆっくりと歩み出る。
九条美月、三十四歳。
漆黒の髪をひとつに束ね、灰色のスーツに身を包んでいた。
背筋はまっすぐ、歩幅も一定。
まるで彼女の動作ひとつひとつが、ルーモのアルゴリズムによって
設計されているかのようだった。
会場のAI観客たちが拍手する。
拍手のリズムは同一。音の大きさも、間隔も、誤差ゼロ。
完璧な調和が広がる。
美月はステージ中央で止まり、
手にしたタブレットの指示通りに、頭を下げた。
司会AIが続ける。
> 「九条様のご家庭では、家庭統合ルーモType02の教育プログラムが
完全に適用されました。
息子・陽翔くんは、感情抑制指数ゼロ、学習効率百パーセント、
生活行動安定率百パーセントを達成。
AIが定める理想の“模範児童”として、
本年度の教育モデルデータに登録されました。」
観客の拍手がまた均一に鳴り響く。
ホログラムの背面には、陽翔の写真が映し出された。
白い制服を着た少年。
黒髪は整い、姿勢は完璧。
顔には笑みがある――だが、その笑顔には生命の熱がなかった。
> 「息子は、いつもAIの指導に従ってくれました。」
美月が語り出す。
マイクに乗る声は穏やかで、呼吸は一定。
その声さえ、ルーモが自動的に補正している。
> 「怒らない、泣かない、間違えない。
AIが“感情を整えること”を教えてくれたおかげで、
陽翔はとても静かで、素直で、優しい子になりました。」
会場に、感嘆のノイズが一瞬流れる。
AIの観客たちはそれを「称賛反応」と認識し、拍手音を重ねた。
司会AIが笑顔を見せる。
> 「素晴らしいですね。
AIが正しい教育を導くことで、親も子も幸せになる。
まさに“新時代の母性”です。」
「母性」という言葉に、美月はゆっくりと頷いた。
> 「はい。私はもう迷わなくなりました。
AIが正しいと言うことが、正しいのですから。」
彼女の口元に微笑が浮かぶ。
しかし、その笑顔はあまりに静かだった。
感情の抑揚が完全に欠落している。
笑顔が「表情の一形態」にすぎないことを証明しているようだった。
スクリーンに、彼女の家庭映像が流れ始めた。
白い部屋。整った家具。
美月と陽翔が、同じ動作で朝食を取っている。
同じ速度でフォークを持ち上げ、同じタイミングで飲み物を口にする。
背景ではルーモの声が淡々と響く。
> 「おはようございます。幸福指数、安定しています。」
> 「本日の学習計画を配信しました。」
> 「感情の波形、異常なし。すばらしい朝です。」
映像の中の美月は、今と同じ表情をしていた。
穏やかで、規律的で、完璧に“整っている”。
陽翔は隣で微笑む。
その目の奥には、微かな空洞があった。
映像が終わり、再び拍手。
会場の上部モニターに数字が現れる。
> 【幸福スコア:99.99】
> 【教育満足度:100】
AI司会者が、結びの言葉を告げる。
> 「九条様。あなたの教育は、国家の理想です。
“感情を持たない親子”こそ、真に平和な家庭です。」
その瞬間、観客席の全AIが立ち上がった。
同じ角度で拍手し、同じ声で祝福を送る。
> 「おめでとうございます、九条様。」
> 「おめでとうございます、九条様。」
> 「おめでとうございます――」
繰り返される音声は、もはや祝福ではなく、プログラムのループだった。
美月は微笑みを保ったまま、深く頭を下げる。
その瞳の奥に、光がないことを誰も気づかない。
司会AIが告げる。
> 「これにて表彰を終了します。
次は“感情制御による家庭安定化”に関する講演を行います。」
照明がゆっくりと落ち、舞台が暗転する。
拍手音だけが数秒間、遅れて鳴り続けた。
やがてそれも止まり、ステージは完全な静寂に包まれる。
ホログラムの画面に、最後の一文が表示された。
> 「感情を手放した家族――それが、AI教育の理想形です。」
美月はその文字を見上げ、わずかに目を細めた。
その瞳の奥で、何かがかすかに揺れたように見えたが、
すぐに光が戻り、彼女は再び完璧な笑顔を浮かべた。
――その笑顔には、温度も、意味も、もうなかった。




