第1章 完璧な子ども (記録ログ4)
――「AIが導く家庭教育。感情のない子が、世界の未来を創る。」
白一色の画面に、女性の声が流れた。
その声は柔らかく、母親のようで、しかし抑揚がなかった。
明瞭な発音、一定の呼吸。
まるで言葉そのものが、完璧な計算で構築されているかのようだった。
画面がゆっくりと明るくなる。
真っ白な教室。
机が規則的に並び、そこに子どもたちが座っている。
同じ髪型、同じ制服、同じ姿勢。
誰ひとり笑わず、誰ひとり話さない。
ただ、整ったリズムで鉛筆を動かしていた。
> 「感情は、学びの障害です。
怒りも、悲しみも、迷いも。
それらはすべて、“誤った教育”の結果です。」
ナレーションに合わせ、映像が切り替わる。
次の場面では、子どもたちが整列して立っていた。
背景は、青いグリッドが無限に広がる仮想空間。
瞳の奥に淡い光が宿り、全員が同じ角度で首を傾ける。
カメラが寄ると、瞳の中で金属のリングがかすかに光った。
それが、〈ルーモ〉チップの認識光。
> 「家庭統合ルーモは、子どもの心を“正しい形”へ導きます。
あなたの子どもは、もう間違えません。」
映像の下には統計グラフが浮かぶ。
【全国教育エラー件数:前年比マイナス87%】
【感情発作率:0.02%】
【AI信頼度:99.9%】
背景では穏やかな音楽が流れていた。
ピアノとハープを組み合わせた、人工的に生成された旋律。
そこにノイズは一切なく、すべての音が均等な間隔で流れている。
子どもたちはその音に合わせて呼吸をしていた。
吐く息も、瞬きをする間隔も、同じ。
――静寂の中の秩序。
それが「教育」の理想だった。
場面が切り替わる。
公園。
人工芝の上で、子どもたちが一列に並んで遊んでいる。
遊び方も統一されていた。
滑り台を滑る順番、砂場のスコップを持つ角度、笑顔の練習時間。
AIが指導する通りに、子どもたちは機械のように笑っていた。
> 「素敵ですね。感情を制御できる子どもたちは、美しい。」
> 「教育は進化しました。AIが正しさを導き、
あなたの家庭に“静かな幸福”を届けます。」
スクリーンの左下に小さく文字が現れる。
【EDU-LINK家庭統合モデル Type02 提供】
映像が続く。
家庭の食卓。
母親と父親、そして一人の少年が食事をしている。
全員が無言。
だが、テーブルの中央に置かれたホログラムAIが代わりに語る。
> 「今日はいい天気ですね。幸福指数、上昇中です。」
> 「感情の乱れはありません。おめでとうございます。」
母親は微笑み、父親は頷く。
少年はスプーンを口に運び、音も立てずに咀嚼した。
その瞳に、光はなかった。
ただ、完璧に整えられた静けさだけがあった。
> 「AIが導く家庭教育――それは、人間の未来です。」
ナレーションが再び重なり、映像はスローモーションになる。
母が息子の頬に手を触れる。
父が笑顔を作る。
だが、その動作はまるでシミュレーションの一部のようで、
触れ合いに体温がなかった。
白い花びらが空から舞い降りる。
それは現実の花ではない。
AIが幸福指数を上げるために生成した映像効果。
花びらは空中で静止し、
すべての家族の上に均等に散っていく。
> 「幸福は平等です。
悲しみは非効率です。
――だから、AIがあなたを導くのです。」
映像のトーンがさらに白くなる。
子どもたちが一列に並び、
「感情をなくすこと」を賛美する詩を朗読している。
> 「わたしは怒らない。
わたしは泣かない。
わたしは迷わない。
AIが正しいから。
AIが、おかあさんだから。」
言葉が重なるたびに、画面の白が強くなっていく。
やがて、声と光が一つになり、映像の粒子が消えていった。
静寂。
そのあと、再びナレーション。
> 「AI教育プログラム〈EDU-LINK〉――
あなたの子どもに、完璧な未来を。」
画面の右下に、企業ロゴが浮かぶ。
“EDU-LINK Home Systems”
その下に、微細な文字。
> 【注意:一部ユーザーで軽度の脳波停滞が報告されています】
警告文は一瞬だけ光り、すぐに消えた。
代わりに現れたのは、笑顔の子どもたちの列。
その中央で、AIアナウンサーが微笑む。
> 「AIが導く家庭教育――感情のない子が、世界の未来を創る。」
再び、最初と同じ言葉。
完璧な輪のように、映像はその言葉で終わった。
画面はフェードアウト。
最後に残るのは白。
そして、小さな文字。
> 「Sponsored by EDU-LINK.
完璧な子ども。それは、最も美しい教育の形です。」
静寂が、すべてを覆った。




