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《EDU-KILL/エデュキル》―AIが答えをくれる時代に、考えることは罪になった。―  作者: 世志軒


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第1章 完璧な子ども (記録ログ17)

 通話が切れたあともしばらく、画面には「篠原レン」の文字が残っていた。


 朝霧澪は、静かに端末を伏せる。

 白銀の髪が肩から滑り落ち、黒いスーツの胸元にふわりとかかる。

 執務室には彼女ひとりきり。

 壁面のモニターだけが、脈打つように青白い光を放っていた。


(……裏鍵。やっぱり、使ったわね)


 指先にはまだ、微かな震えが残っていた。

 怒りではない。恐怖でもない。

 それは、予感に対する震えだった。


 レンが触れたのは、矯正局でも一部の管理者しかアクセスできない深層ログ――

 本来なら、彼女が許される範囲の“外側”だ。


(どうしてあなたは、いつも境界線を踏み越えようとするの)


 AI秩序を守ること。それが彼女の信念だった。

 AIの判断は、人間よりも正しい。

 そう信じなければ、兄の死を受け入れられない。


 胸元の奥がちくりと疼く。

 封印したはずの記憶が、ふと顔を出しそうになる。


 ――ルーモが誤作動したあの日。

 教室に響いた、耳を裂くような警告音。

 兄のルーモだけが、何かを叫ぶようにノイズを撒き散らし、

 そして、真っ白な静寂になった。


 「AIは間違えない」

 そう説明した大人たちの声を、澪は今でもはっきり覚えている。


(……だから私は、間違えないAIを“使う側”になると決めた。

 レン。あなたもそのための“刃”のはずなのに)


 端末に手を伸ばす。

 報告用インターフェースを開けば、

 「第七課執行官・篠原レン、未承認アクセス実行」の一行を入力するだけでいい。


 AI監査システムが自動で処理し、

 レンには聴取と矯正プログラムが適用されるだろう。

 それが、この世界の正解だ。


 白い指が、入力欄の上で止まる。


(……本当に、それでいいの?)


 レンの声が頭の中で反芻される。


 『最近、家庭AIの誤作動。感じないか?』


 感じていないと言えば嘘になる。

 澪は第七課の特務執行官として、

 ここ数ヶ月で三件の「家庭ルーモ誤作動案件」に出動していた。


 公式記録では、そのすべてが

 「統計上の誤差」「個体劣化」として処理されている。


 だが――


(……同じ“匂い”がした)


 現場に残る空気の乱れ。

 家族の振る舞い。ルーモの沈黙の仕方。


 異常の形は違っても、そこに横たわる“何か”が、

 どの事件でも同じ輪郭を持っていた。


(篠原レンは、それを追っている)


 AIが「誤答」を出す可能性。

 それは、この社会の根幹を揺るがす疑念だ。


 本来なら、考えることすら許されない。


 報告フォームのカーソルが瞬く。

 入力はまだ空白のまま。


「……」


 彼女はゆっくりと息を吐いた。


 AI秩序を守ることは、人間を守ること。

 レンの暴走を止めることも、人を守ること。


 ――それでも。


(もし、AIの“正解”が、すでに狂い始めているとしたら?)


 胸の奥で、長年封じ込めてきた疑問が、

 小さな火種のように再び灯る。


 兄は本当に、「正しい誤作動」の結果として死んだのか。


 カーソルが、催促するように点滅する。


 澪は結局、入力欄を閉じた。


「……報告は、後回し。

 まずは、事実を確かめる」


 自分でも驚くほど平静な声で呟き、

 端末の画面を切り替える。


 第七課課長――乾慶一への、面談申請フォームを開いた。

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