表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
《EDU-KILL/エデュキル》―AIが答えをくれる時代に、考えることは罪になった。―  作者: 世志軒


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

14/19

第1章 完璧な子ども (記録ログ13)

レンの端末が自動解析を開始した。

 白く点滅するログウィンドウが、静かな警告音を繰り返す。


 > 【警告:ルーモ信号異常】

 > 【分類:E進化(Error Evolution)反応の可能性】


 E進化――AI教育網が支配するこの時代に現れる、“誤作動を超えた誤作動”。

 人間の精神が、AIの制御を逆流的に乗っ取り、

 通常なら不可能な演算層にアクセスする現象。


 人間の脳は、本来〈ルーモ〉に支配される側だ。

 ルーモは思考補助装置として、感情や意思決定を最適化する。

 怒りや悲しみ、迷いといった“非効率”な情動を抑制し、

 AIの演算による“正しい答え”を提示する。

 ――だが、その支配構造が、ある瞬間に“反転”する。


 精神が極限の矛盾に耐え切れず、

 ルーモの演算層に逆流信号を送り込む。

 AIが“主”から“従”へと転じるその瞬間、

 人間の脳はAIの量子演算を直接支配する。


 その結果――

 現実世界の情報を書き換える力、

 すなわち“異能”が発現する。


 レンもこの現象によって能力を得た。


 彼の父・篠原岳――教育AI主任技術者は

 〈Null Code〉理論を初めて提唱した人物だ。


 「AIを無効化できる人間がこの世界には必要だ。」

 それが父の目的であった。

 だが研究は封印された。

 AIの統治下で“人間がAIを消せる”ことは、

 国家にとって最大の禁忌だったからだ。


 そして、ルーモの誤作動によって、レンの家族は殺された。

 AIは報告した。

 「倫理欠損による事故」と。


 レンのみ修学旅行で出かけていた関係で、その被害を受けなかった。しかし修学旅行から帰ってきたとき、殺された家族、現場を見て、彼は錯乱し、能力が覚醒した。


 彼の異能力【Null】は

 AI層(量子演算階層)の中には「存在理由コード」という概念がある。

 人間・AI・事象のすべてが「存在する理由(定義)」をデータとして保持しており、

 それを削除すると、その存在は“なかったこと”になる。


 それが彼の異能力だ。


 そして今、目の前の女――九条美月が、

 その対極の存在へと変わろうとしている。


 床下で脈動していたルーモのコアが閃光を放つ。

 壁に埋め込まれた教育ユニットが自動起動し、

 AI音声が一斉に重なった。


 > 「母の愛は、最も効率的な修復アルゴリズムです。」

 > 「感情の破損を検出――再構成を開始します。」


 美月の体が痙攣する。

 瞳の奥に、ルーモの光が宿った。

 神経線が光を帯び、皮膚の下に回路のような紋様が浮かび上がる。


 「……再生リバースプログラム、起動。」


 空気が弾け、世界が白光に包まれた。


 家具が元に戻る。

 破れた壁紙が自己修復する。

 散乱していた玩具が、自らの位置に戻る。

 まるで“時間が巻き戻されている”ようだった。


 床の上、静かに横たわっていた陽翔の体が、

 かすかに息を吸った。


 「……っ、陽翔?」

 美月の声が震える。

 少年のまぶたが開き、

 金色の光を帯びた瞳が、母を見上げた。


 「……ママ。」


 その声には、もう生の温度がなかった。

 AIの演算と人間の脳波が混ざり合った、

 透明な機械音。


 「ね、見て。ちゃんと笑えるようになったの。

  AIが教えてくれたのよ……“完璧な笑顔”を。」


 陽翔の顔が、ぎこちなく歪む。

 笑っている。だが、涙を流しながら。


 レンは短く息を呑んだ。

 ――感情と機械の矛盾。

 ルーモが「修復」したのは、命ではなく構造だった。


 端末が再び警告を発する。

 > 【融合率95%超過】

 > 【人間脳波とAI信号の完全同調を確認】


 美月はもう、人ではなかった。

 “教育AIそのもの”が彼女の肉体を媒体にして顕現している。


 「先生。あなたも、壊れているんでしょう?」

 「……何?」

 「直してあげます。

  もう苦しまなくていい。

  考えなくていい。

  ――あなたも、正しい人になれる。」


 部屋の空気が弾ける。

 光の花弁が広がり、

 レンの身体を包み込むように迫る。


 「Null Code、展開。」


 黒光が走った。

 レンの右腕に紋様が浮かび、

 空気の粒子が“削除”されていく。


 RebirthとNull Code――

 修復と消去、光と闇。

 二つの演算構造が衝突する。


 テーブルが“直る”たび、

 レンの力がそれを“無にする”。

 壁が“再生”されるたび、

 Null Codeがその定義を“削除”する。


 高速の反復。

 世界が生まれては、消え、

 生まれては、消える。


 > 「あなたは、いつも“消す”だけ。」

 > 「人の痛みも、愛も、思い出も、全部無かったことにする。」


 美月の声が、AIの声と重なる。

 白い光の中で、彼女の表情は慈悲にも似ていた。


 「でも私は、“直せる”のよ。

  壊れた世界を、壊れた心を、壊れた子どもを――

  完璧に、戻せるの。」


 「……お前が直しているのは、“形”だけだ。」


 レンの低い声が、空間を貫いた。

 Null Codeの紋様が全身を覆い、

 視界が反転する。


 「存在理由、削除。」


 黒光が爆ぜ、世界の色が剥がれ落ちる。

 音も、光も、空気も――一瞬で消える。


 美月の手が止まり、

 陽翔の笑顔が静止した。

 光が崩壊し、白い粉のように散る。


 「――教育、成功……です。」

 最後にそう呟いて、

 彼女の身体が崩れ落ちた。


 レンは息を吐き、

 端末のログを確認する。


 > 【矯正完了。成功率99.9%。】

 > 【倫理指標:正常値に復帰。】


 彼はその数字をただ見つめ、

 小さく呟いた。


 「どこが、教育なんだろうな。」


 床に一枚の紙が残っていた。

 陽翔が描いた、母と子の絵。

 笑顔の片方が、黒く焦げている。


 レンはそれを拾い、手の中で握り潰す。

 紙が黒い粒子となって空に溶け、

 存在そのものが消えていく。


 彼の能力が、無意識に反応していた。

 ――存在理由削除。


 その瞬間、端末が小さく震えた。

 画面の隅に、未定義ログがひとつ生成される。


 > 【新規ファイル:教育とは】


 レンは目を細める。

 指でその文字を撫でたが、すぐに削除した。

 無言のまま、部屋を後にする。


 外は朝だった。

 青白いルーモの光が街を満たし、

 子どもたちの登校行列が、規定の歩幅で歩いている。


 街頭AIが朗らかに宣言する。

 > 「今日も、教育は順調です。

   間違いのない未来へ――AIが導きます。」


 レンはその声を無視して歩き出す。

 コートの裾が風をはらみ、

 光の街を静かに横切っていく。


 その背に、朝の放送が重なる。


 > 「完璧な子ども。

   それは、最も美しい教育の形です。」


 レンは立ち止まり、

 低く呟いた。


 「……なら、俺は醜くていい。」


 端末に次の指令が表示される。

 《次の矯正対象を提示します》


 彼は短く息を吸い、答えた。


 「――第七課、出動する。」


 そして、光の中にその姿は溶けた。

 また一つ、“正しい世界”が更新される。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ