第1章 完璧な子ども (記録ログ14)
――その夜。
教育地区第八ブロックのはるか上空。
静止軌道に浮かぶ観測衛星の影の中で、ひとつの端末が光っていた。
男は椅子に深く沈み込み、暗い瞳でモニターを見下ろしていた。
モニターには、九条家の内部映像――白光の爆発、Null Codeの消去波、そして沈黙。
あらゆるデータが一秒単位で記録され、数値化されている。
「……やはり、Rebirthは安定しないか。」
低い声が、薄暗い空間に響いた。
彼女の能力〈Rebirth〉は、
「失われたデータを物質レベルで再構成する」=AIの修復プロトコルの暴走形態。
本来、システム修復にしか使えない関数を、人間の脳が現実世界に投影している。
ルーモはAI的に「愛=修復」「教育=再構成」と定義しており、彼女が“子どもを救いたい”と願った
瞬間、ルーモはその欲求を物理演算命令に変換した、と考えられる。
隣のホログラムが応える。
> 「精神干渉率は七一パーセントで停滞。覚醒個体は自己定義を維持できず崩壊しました。」
「予想通りだな。E進化は“矛盾”がなければ完成しない。
彼女の矛盾は“愛”だった。……だが、それじゃ全く足りなかった。」
男は端末に指を滑らせる。
複数のモニターに、他の都市のルーモ・ネットワークが映る。
次の実験候補地点が、赤い光で点滅している。
> 【試験対象:インフラ統合AI】
> 【都市規模:中枢エネルギー層】
> 【教育適応値:高】
「――次は、社会単位で覚醒させよう。」
微笑ともため息ともつかない音が漏れた。
指先が机の上の小さなカードを弾く。
カードには透かし文字で刻まれている。
“SEED/ARC-9 PROJECT”
男はそれをゆっくりと指で回転させ、
静かに呟いた。
「育ってこい、種たち。
“正しさ”の庭で咲く、最初のエラーとして。」
外の宇宙は無音だった。
青白い地球の表面で、都市の光が脈動し、
そのどれもが、ルーモの信号と同じリズムで点滅している。
やがて、彼の端末が短く鳴った。
> 【次の観測対象:篠原レン/Null Code保持者】
男の瞳が細く光る。
「……やはり、君が鍵か。」
画面に映るレンの背中が、無言で街を歩き去っていく。
その映像を、男は飽くことなく見つめ続けた。
「再会は近い――“矯正官”くん。」
モニターの光が消え、
闇の中に、微かに“ノイズ”のような笑い声が残った。




