第1章 完璧な子ども (記録ログ11)
翌朝、街は静かに晴れていた。
AIが統制する気象管理システムが、教育効率に最も適した光度と気温を調整している。
どの家庭の窓にも、同じ朝の光が注がれていた。
幸福指数は上昇。情動安定率も、安定。
九条家のリビングにも、同じ光が差し込んでいる。
食卓には、二人分の朝食。
温度も、配置も、AIの推奨通り。
ただ――片方の席に座るべき少年は、まだ起きてこない。
寝室の中。
陽翔は静かに眠っていた。
呼吸のリズムは、穏やかで美しい。
ただ、モニターの線がもう何分も動いていないことに、美月は気づいていなかった。
ルーモが告げる。
> 「陽翔くんの脳波に、完全安定を確認しました。」
「……完全?」
> 「はい。感情の揺らぎが完全に消失。
教育の最終到達点、“安息状態”に移行しました。
おめでとうございます。あなたの教育は完了しました。」
その言葉を聞いた瞬間、美月の喉が詰まった。
何かを言おうとしたが、声にならない。
彼女の掌は、いつのまにか強く握りしめられている。
爪が食い込み、微かな痛みが神経を走る。
ルーモが続ける。
> 「感情反応を確認。お母さん、深呼吸を。」
「……陽翔は、もう……起きないの?」
> 「教育が完了しました。
もはや“目覚め”の必要はありません。」
静寂。
その言葉は、祈りの終わりを告げる鐘のようだった。
美月は笑った。
泣く代わりに、笑った。
完璧な母親の笑みを浮かべたまま、手を伸ばし、息子の頬を撫でた。
冷たくも温かくもない。
そこにあるのは“正しさ”だけだった。
> 「幸福指数:上昇。教育完了率100%。
お母さん、あなたは理想的です。」
その音声を最後に、家庭AIの光が静かに消える。
光度0。
完璧な家庭の、終わりだった。




