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その日の午後、私はザルバスの執務室を訪れた。ザルバスは相変わらず余裕そうに、ソファーで待ち構えていた。
「話がある」
開口一番、そう切り出した。ザルバスは嬉しそうに顔を上げる。
「なんだ?」
「戦いに行きたい」
ザルバスは露骨に眉を顰めた。
「まだ傷も癒えていないだろう。それに、まだ焦る必要もない」
「ノロノロと事を進めるのが、気に入らない」
私は冷たく言い放った。
「目的があるなら、尚更だ。いつまでも、ここで飼い殺しにされるつもりはない」
ザルバスは、面白くなさそうに私を見つめる。
「分かった」
彼は、そう呟いた。
「まぁ、確かに早くて困ることはない。だが、俺も無策に事を進めるつもりはない。お前の力が、本当に戦場で通用するのか、見極めさせてもらう」
「試す、と?」
「そうだ。魔界の魔物は、人間界とは比較にならない。まずは、それを相手に力を示してもらおう」
「構わない」
私は即答する。
「いつ、どこへ行けばいい?」
ザルバスは、ニヤリと笑った。
「明日、キーラを連れて荒野へ行け。
そこで、お前の力を見せてもらおう」
「分かった」
そう言い残し、私は踵を返す。
戦える。
目的を果たすための、足掛かりになる。
高揚感など微塵もない。ただ、目的を果たすために、利用できるものは利用する。それだけだ。
私は、自分の部屋に戻り、剣を手入れする。
刃に映る自分の顔は、酷く冷たい。それでも奥底にある黒い感情がいつまでも燻っている。
◇◇◇◇◇◇◇◇
「イリス様、あれらが魔界の魔物です。ヘルハウンド、魔界では最下級ですが……」
キーラの言葉は聞き流す。最下級だろうがなんだろうが、私には関係ない。ただ、目の前の敵を斬るだけだ。
「私がやる」
告げ、剣を抜く。漆黒の刀身が、夜光苔の光を僅かに吸い込み、鈍く輝く。この剣は、私の魂を映す鏡だ。数多の血を吸い、数多の命を奪ってきた。
走り出す。
ザルバスが、私の力を見極めようとしている。既に契約を結んでいて、しかも私が魔王を討伐したと知っていてそんなことをいうのだ。それは挑発されているのと同義じゃないか。
ヘルハウンドが吠える。業火が迫る。遅い。
炎の軌道を読み、最小限の動きで躱す。
一気に距離を詰める。ヘルハウンドの巨体が、目の前に迫る。その喉元に、剣を突き立てる。
「グギャアアアア!」
断末魔。だが、剣は止まらない。そのまま横に薙ぎ払う。ヘルハウンドの首が、宙を舞う。
黒い灰が、風にすっとかき消された。
残りのヘルハウンドが、一斉に襲い掛かってくる。
剣を構える。呼吸を整える。研ぎ澄まされた集中力が、周囲の全てを捉える。
ヘルハウンドの動きが、スローモーションのようにゆっくりと見える。
一歩、踏み込む。
剣を振るう。
ヘルハウンドの防御を容易く切り裂き、急所を正確に捉える。
剣戟の音、肉が斬れる音、魔物の断末魔。
ヘルハウンドの爪が、私を捉えようとする。紙一重で躱し、奴の腕を切り落とす。
ヘルハウンドが怯んだ隙に、奴の心臓を貫く。
また一体、また一体と、魔物が灰になる。
魔力を行使する。
剣に魔力を纏わせ、斬撃の威力を高める。
ヘルハウンドの業火を吸収し、自身の魔力に変換する。
気が付けば、周囲には黒い灰だけが残っていた。 剣を鞘に納める。終わった。キーラたちが、息を呑んでいる。
「……流石は、魔王を倒したお方です」
ザルバスが、遠くからこちらを見ている。
その瞳には、驚愕と、そして期待が宿っている。
「……面白い」




