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「こちらのお部屋でございます。」
キーラに案内された部屋は、王国で騎士として過ごしていた部屋の数倍も広く、何より装飾や家具が豪華で、まるで貴族の住まいのようだった。私は一通り見渡す。
「そして、我らがこれからお客様にお仕えさせていただきます。なにかご不便がありましたら、お申し付けくださいませ」
「イリスでいい」
「承知しました、イリス様」
「湯浴みの用意が出来ています。
お食事はなにかご要望があるでしょうか」
湯浴みなんていつぶりだろう。
私は首を横にふった。
「承知いたしました」
「この者たちがイリス様の湯浴みの手伝いをいたします。」
キーラの後ろには数名の魔族が並んで頭を軽く下げていた。湯浴みに手伝い?と思ったけれど、私は言われるがままだった。
ーーーーー
服を脱ごうとすると、侍女たちに止められた。どうやら、これすらもしてくれるらしい。自分でできるのに……と思いながらも体を委ねる。服を脱がされたとき、侍女たちが息を飲んだのがわかった。
どうやらわたしの体をみて驚いたらしい。
「……気持ち悪いか」
「イリス様、失礼ながら治癒魔法をおかけしてもよろしいでしょうか。」
「え、あぁ……」
「失礼いたします」
侍女の一人がブツブツと呪文を呟いて、私の体に手を翳した。すると、みるみるうちに体に合った傷が塞がっていき、血も止まった。傷跡は残っているが、それでも痛みは随分ひいた。
「……ありがとう」
「お気になさらないでください。では、浴槽へ」
あそこまでの完璧な治癒は、高位の魔法だ。それに湯を沸かしているのも魔法………彼らのようなただの部下でもこれ程の力を持っているのか。
ーーーーーー
「よぉ、随分ましになったな」
その後、体のマッサージなどを散々してもらって、服も私にサイズがぴったりの新しいものを用意してくれていた。
食卓の上には豪華な食事が並べられている。食べきれないくらい量が多いと思ったが、どうやらザルバスも食事をするようだ。
「……魔族は人間の食事はしないはず」
「まぁ一般的にはな。俺はたまに食べたくなるんだ」
そういってフォークをもち、貴族のような振る舞いで肉を切ったあと、パクリと口にいれた。私も一口食べると、肉汁がじわりと溢れてきた。
「自己紹介が遅れたが、俺はザルバス。一応魔界のなかでは、有名な貴族だよ。ここら一帯は俺の直轄地なんだ。」
「……協力してほしいことは」
「イリス、お前は知らないだろうが、
今、魔界はかなり騒がしいんだ。至るところで争いが起きている。次の魔王の座を手に入れるために」
「そもそも前の魔王を決めるのにも数百年かかったんだ。その間はどこにいっても戦争ばかりで、あれは地獄だった。この世界は弱肉強食だから、強いやつが王の座に居座る。」
「それでようやくあいつが魔王になって、領地の区分けや組織の編成をして、暫く魔界は落ち着いていたんだが………この前消えてしまった。」
私は塵になり消えた魔王の姿を思い出す。
「だが、俺は殺しあいが好きじゃなくてな。
俺は平和主義者なんだ。できれば面倒ごとにも巻き込まれたくないし、これからまた数百年争うのは嫌なんだ」
「だからお前、魔王にならないか?」
ガタン
手から、フォークが滑り落ち、床に落ちた。
話を聞いていた執事や侍女たちにも緊張の糸が走り、私はじっとザルバスを睨んだ。
「……私は人間で、魔王を殺した張本人だぞ」
「だからだよ、魔王を殺したものには、次の魔王になるための資格がある。」
「資格……」
「そうだ、生まれたときからもっている魔族もいる。
魔王になる素質をもっているか、あるいは魔王になれるほどの強者。それは他の魔族は一瞬で感じ取ることができるし、魔王の資格をもつもの同士で引かれ合う。それで人間にも関わらずお前はその資格をもっている」
ひょっとして、私が城にはいったとき、彼らが深くひれ伏したのは、私が魔王の資格があるものだと、感じ取ったからだったのだろうか。
「俺は時々人間界に行くんだが、そこでたまたまお前の気配に気づいて、ちょうどいいと思ったって訳だ。
あの前の魔王の一群はもう随分長く居座っていた本当の強者だ。それをあっさり一人で全滅させたお前なら、きっと魔王になることができる」
「私の寿命はお前たちほど長くない。たとえ魔王になれたとしても、またすぐに新しい魔王が必要になる」
そうだ、私には呪いもある。生きられるのもそう長くない。
「お前が魔王になったときに、お前の配下として俺が革命を起こす予定だ。魔界全部を塗り替えてしまうくらいの。一応、俺のような平和主義者は結構いるんだ。ただ、一部の勢力や雑魚が暴れているだけで」
「勿論、お前への支援は惜しまないし、お前が魔王になれるように最善を尽くす。裏切らないことも誓う。」
「そしてその代わりに、お前の望みも叶えよう。さぁ、イリス、お前の望みを言ってみろ」
私の望み……そんなのはもうずっと昔から変わらない。気づけばポツリと言葉が溢れた。
「………永遠の死を迎えたい」
ザルバスは声をあげて笑った。
「できるさ。むしろそれは俺たち魔族の得意技とも言える」
そういうと、ザルバスは一枚の紙を空中に現した。ザルバスは指をナイフで切り、そこに自分の血を落とすと、紙をこちらへ魔法で飛ばした。それには契約に関することが詳細にかかれていた。ザルバスと私が協定関係であり、かつザルバスが私への援助を行うこと、決して裏切らないこと、私が魔王になること、そして私に永遠の死を与えること。
「魔族同士なら、こんな紙は必要ないんだが………ここにお前が血を垂らせば、契約が結ばれる。裏切ったものは魔族だろうと死ぬ」
これに血を垂らしたら、その時点で私は将来魔王にならなければならなくなるようだ。………まぁいいか、もう何度も糞みたいな人生送ってきたんだし、たまには、魔王になってみるのもいいだろう。それにここで暮らしていくのもよさそうだし。
私も同じようにナイフで指を切り、血を垂らした。ポタン、と落ち、紙ににじむと、ザルバスはそれを確認して嬉しそうに笑った。
「これで契約は成立した。これから地獄だぞ」
ザルバスは嬉しそうに笑ってみせた。相変わらず胡散臭い。でも、契約で結ばれた今、恐らくザルバスが私を手にかけることはないだろう。
私は食事を終えて、部屋へ戻った。




