罰ゲームで嘘告を命じられたんだけど……
さて、どうしたものか。
俺が今いるのはB棟の裏手にある備品倉庫の前。
うちの高校には各学年の教室があるA棟と美術室等々の特別教室や文化部の部室などがあるB棟という二棟で構成されている。
またこの倉庫前は人気がなく、いわゆる告白スポットとして良く使われているということらしい。俺には縁がなかったのでそうと知ったのは昨日のことだが。
なぜこの俺がこんなところにいるかといえば御多聞に漏れずある女の子に告白するために来ている。
その女の子というのは篠宮優希という子で、クラスカーストでもトップクラスの美少女。
カーストトップと言えど誰彼構わず分け隔てなく優しく接していているので、皆に一目置かれるような人気者の可愛らしい一面もある。
最近ではその美貌を買われてティーンエイジャー向けの雑誌の読者モデルをやっているので、クラスメイトのみならず学校中の話題の人となりつつあるという。
気が乗らない。
それもそのはず。この告白自体能動的にやっているのではなく、ゲームに負けて罰ゲームとしてやらされているだけだから。
そもそも篠宮は誰からの告白にも応じないし、恋愛に関しては鉄壁のバリアを張っているなんて囁かれいている。
『大学生のカレシがいるんだってよ』
『何処かの社長がパトロンだって聞いたわよ』
そんな噂もあるようだ。もちろん何の根拠もないウワサにしかないことなのは俺も十二分にわかっている。
ただ、そのウワサが理由で罰ゲームのお相手として抜擢されているのには申し訳ない気持ちでいっぱいになるのが俺の正直なところ。
告白しても振られるなら、振られイベントとして面白そうだ、というのが罰ゲームを考えた奴らの本心だろう。ホント人として屑だと思うよ。
「ゲームに負けたのが俺で良かったって考えればまだマシかもしれないけどな」
他の友人にこんな嫌な役回りをさせるなど俺の良心が痛む。損な性格だとは思うが、自分さえ我慢すれば事がうまく回るならそれで構わないなんて考えてしまう。
ほんとバカ丸出しだと思うけど、こういう性分なので直しようがない。
彼女は約束の時間から数分遅れてやってきた。表情はやや怪訝といったところ。いつもの快活さは影を潜めて、何故か周りをキョロキョロと見回している。
「はぁ……やるか――――えっと、篠宮さん、今日は来てくれてありがとう」
「? ん、うん」
「篠宮さん。あのさ、俺、ずっと前から君のことが好きでした。俺と付き合ってください」
「…………」
えっ、無言、なの? 何かリアクションとかいただきたいところなんだけど。わざわざ周りに聞こえるように声を張ったのが恥ずかしいでしょ。
倉庫の後ろ側ではゲームを一緒にやった連中が俺が振られるのを今か今かとニヤニヤしながら待っていることだろう。まじ性格悪すぎる。
「えっと、篠宮さん?」
「ねぇ玲司。あなた何言っているの?」
「いや、だから付き合ってくださいっていう告白……かな?」
「だから、それが何を言っているのかわからないって言っているんだけど?」
……ま、そうなんだけどね。
俺は素早くスマホをポケットから取り出して文字を打ち込んで優希に見せる。
『話を合わせて! 倉庫の後ろで大宮とか坂内とかが聞き耳立てているから。これ、罰ゲームなんだよ!』
大宮や坂内は同クラなクソ野郎共のこと。本来ならば関わり合いたくもない陽キャなメンズたちだ。
優希はすぐに察してくれたようで、小さく頷いてくれた。とりあえずこの茶番についてはもう安心だと思う。
この告白は仕組まれたものだけど、俺が優希のことを好きなのは本当だし、優希も俺のことを好きだと思ってくれているって間違いないと思われる。
だって、もうそろそろ俺たちが付き合い始めて一年になるもんな。優希が意味わかんないのもよく分かるよ。俺も何をやっているんだろうって思ってるし。
まあ今頃になって再び優希に告白している罰ゲームへの成り行きはかれこれ一日前まで遡る。
「大っゲーーーム大会だぁぁぁぁっ!」
体育の授業は隣のクラスの男子と合同になるが、今日は体育教師に何やら用事があるらしく生徒だけでバスケットボールを試合形式でやることになっている。
「なんだよ圭介。その大ゲーム大会って」
「俺らのクラスだけでチーム分けして勝負するんだよ。で、最下位チームの五人で最後にフリースローして一番ダメだったやつが罰ゲームっていうのはどうだ?」
「いいな! めちゃ面白そう。よっしゃ、それで行こう」
クラスの陽キャでカーストトップメンバーが勝手にゲームのルールを作ってしまう。クラスでハブられるのが怖いのか、他のクラスメイトたちは何も言わない。
俺のチームが最弱なのは誰が見てもわかる。文化部の大人しいやつに俺のような帰宅部だけの寄せあつめ。一方、圭介と呼ばれているやつのチームは現役バスケ部員にその他運動部のメンバーで揃えてられている。
そして案の定優勝は圭介のチームで最下位は俺のチーム。
「じゃあ、お前らで二回ずつスローして最下位を決めるぞ。伊刈、おまえが最初な」
五人中三人が二回のうち一回はゴールを決めた。二回とも失敗したのは伊刈と俺だけ。
「ちっ、盛り上がんねぇな。ここからはサドンデスにする。先に入れたほうが勝ちでいいな。だから早く入れろ」
そこから六回投げて、やっと伊刈がシュートを決めることができた。よって、負けは俺ってこと。利き手の指を怪我しているんだからこればかりはどうにもならなかった。そうじゃなくても入れる気はなかったけど。
「やっとかよ。おせーんだよお前ら。で、水木がドベだから罰ゲームな」
「罰ゲームって何をするのさ?」
「んなもん決まってんだろ。愛の告白だよ。お前は明日篠宮に告白しろ。で、面白おかしく無様に振られて俺達を楽しませろよな」
「……はぁ」
「というわけで、ゲームに負けたんで鉄壁の美少女たる篠宮優希に告白するっていうことになった」
「なにそれ。わたしが罰ゲームの対象なの? ちょっとひどくない」
「まあそうなんだけどね。俺等が付き合っているのは公表してないし、まさか優希と俺が恋人同士だなんてあいつらには想像すらできないんだと思うよ」
「ん~じゃぁ、せめて玲司はわたしに愛を語りなさいよ。もうこれ以上ないってくらいに。罰ゲームは愛の告白なんでしょ?」
「え? いいの。ものすごく語るよ。もう優希がやめてって言っても止まらないかも」
「それは困る」
困るなどといいながらもまんざらでもない様子なので倉庫の裏には聞こえない程度の声量で優希の可愛いところを羅列していく。
「まず見た目からな。もう一見して可愛い。大きな目もクリリとして愛らしいし、上目遣いとかされたらもなんでもいうこと聞いちゃいそうになる」
「れ、玲司……ばか」
普段は思っていてもそうそう語れるような場面にはならないので、俺も話しだしたら止まらなくなる。だってわかるでしょ。愛しい彼女のいいところなんて一晩中語り明かしても足りないくらいだ思うんだよね。
つらつらと優希の可愛いところ良いとこと等々を語り続けていたら、倉庫の後ろをドンドンと叩くような音がしてきた。
「なんか早くしろって催促してきているみたいだけど、どうする? ここはやっぱりサクッと優希に振られるのがベストだと思うんだけど?」
「そんなの……だめ」
「でも、それじゃ告白にOKもらったってことになるよ? 付き合うってことになるでしょ」
「それでいいよ」
「良くないって! みんなのアイドルと陰キャボッチの俺とじゃ釣り合わないってボロクソ叩かれるのがオチだって」
その他ごちゃごちゃと周りに言われるのが嫌だから今だって付き合っているのを隠しているっていうのに。
優希は俺の愛の囁きに身も心もトロントロンになってしまったようで、俺を振るっていうお約束を忘れてしまっているみたいだ。
定番のシナリオ的には俺が優希にフラれて落ち込んでいるところを大宮辺りが小馬鹿にしてきてゲラゲラ笑われておしまいってパターンだと思うんだよな。
そのパターンがあとを引かないでスッキリとオチが付くので後腐れなくすべてが終了する。だけど、優希のこの感じだと俺をこっぴどく振るって選択肢がこれっぽっちもないみたいに思える。
「ん~しまったなぁ。こういうのは二人きりの時じゃないと収拾がつかなくなるんだな……」
ひとつ利口になったが、ピンチな状態は続いている。
もういっそのこと、フラれた演技かましてこの場から逃げ出してしまうのも有りっちゃ有りかもしれない。
「ねぇ玲司、今夜はね、お父さんもお母さんも帰りが遅いの」
「えっと……つまりは?」
「うち、誰もいないから……玲司、今日はうちでしても大丈夫だよ」
「……(ゴクリ)」
ここ最近、タイミングが合わずご無沙汰しているのは確かで。
チャンス到来のこのときに優希を怒らすような行動は厳に慎むのが正解。よって、この場を逃げ出すといった手はもう使えない。さてどうしたものか……。
「玲司……」
「ん?」
「好き」
「んんんんん!」
俺が僅かな時間考えにふけった間をついて、優希は俺の首に抱きつきそのまま俺の唇を奪っていく。
あーだめだ。いろいろと露見してしまうが、もうこうなったら今さらなので、俺も優希の求めに応じることにした。
なんか倉庫の後ろが聞いたことないほど騒がしいけど、もうどうでもいいや。
優希が可愛けりゃ何でも許される。