第七話 光明が少し見えたかに思えたが……
「…………」
家に帰ってから、島口とのことを久しぶりに思い出す。
あいつ、俺の事を嘘の告白で笑っていたようなクソ女だったんだが、今日見たら、何かやつれていたというかすごい疲れ切った顔をしていたな。
何か訳アリっぽい気もするけど、別に親しくもしてなかったし、詳しく聞くのも変だと思ったんだけど……。
いや、何でもないか。
「あ……大野からか。はい」
『よう。元気している?』
「あ、ああ……どうした?」
『いや、俺のところにまた警察が来てさ。あと、マスコミの取材も受けちまって。連続殺人事件の被害者の同級生ってなったら、やっぱり相当疑われちゃうっぽいな』
「俺のところにも来たんだよ。いろいろと聞かれちゃってさ」
『やっぱりかあ。お互い大変だな』
お互い大変ね……まあ、大野にとっては何だかんだで他人事かもしれないが、俺はガッツリ当事者なのだ。
いっそ大野には全部打ち明けてしまおうかな……いや、流石にそれは迷惑か。
『同級生とも連絡を取って、安否確認しているんだよ。お前は?』
「いや、俺はそういうことはしてないんだけど……そうだ、さっき買い物に行った時さ。島口に会ったんだよ」
『島口……ああ、あの子か』
「うん。なんか実家に帰ったばかりーみたいなことを言っていたんだけどさ……」
大野も別に島口と親しかったわけじゃないので、あいつのことを知っているかわからないが、さり気なく訊ねてみると、
『さっき同級生からチラっと聞いたんだけど、最近、離婚したって話聞いたぞ。旦那の不倫だかDVだかで』
「へ、へえ……離婚したんだ」
ちょっとびっくりだが、俺ももう二十七歳なので、そういう話があってもおかしくはない年齢だ。
『あいつさー。昔は結構イジメられていて、罰ゲームで嘘の告白を無理矢理させられたみたいな話も少し前に聞いたんだよな』
「は? そ、そうだったの?」
『うん。まあ噂だけどさ。本人もいたく気にしているらしくてな』
「…………」
罰ゲームで無理矢理、嘘の告白をされたって……まさか、あの時の?
でも、あいつも笑っていたような……いや、告白の時に呼び出されたら、何人かの男子か女子が来て、バカにして笑いものにしていたけど、島口も一緒に……つられて笑っていただけって事か?
『おっと、そろそろ仕事行かないと。今日も夜勤なんだ。じゃあな』
「あ、ああ。じゃあな」
しばらく上の空のまま話し込み、大野が電話を切る。
ああ……どうすれば……ん?
「また電話か……この番号は……はい」
『やあ。私だ。金は用意できたかね』
実にいいタイミングであの殺人鬼のおっさんが俺に電話をかけてきた。
ここで頼むしかない……。
「な、なあ頼むよ。依頼を取り下げてくれ」
『三千万払えば取り下げると言っただろ。金は用意できたのか?』
「出来るわけねえだろ、いい加減にしろ! 大体、俺が警察に駆け込んだら、お前だって終わりじゃねえか!」
『ああ、そんなことか。悪いが、こっちも色々と考えてはいるんでね。君が警察に行けばすぐにわかるようになっている。そうなったら、どういう事態になっても責任はとれないよ。君の個人情報は控えているからね』
「な……」
俺の個人情報を控えているってことはウチの住所なんかも……。
『あまりこういうことはしたくないんでね。金が用意できないなら、依頼を遂行するのを黙ってみているんだな』
「お前、何者なんだよ? 何でこんなことしているんだ?」
『それを君が知る必要はない。敢えて言うなら、趣味だな。殺しは私の趣味だ。しかし、無差別に人を殺すのは後味が悪いので、法で裁けない悪人を依頼で殺す方が罪悪感もなくて済むと思わないか?』
何、格好つけてやがるんだよ、このおっさんは。
いや、小湊とその家族が殺される前だったら格好いいとか思っていたかもしれない。
しかし、今はこのおっさんの言葉が悪魔にしか思えなかった。
「いい加減にしろよ! 俺が止めろって言ってるんだから、もうやるなよ!」
『だから、キャンセル料を払えば止めると言っただろう。何度も言わせないでくれ』
くそ、話が通じない。
このままでは島口も殺されてしまう。
どうすれば……事前に防ぐには、もうこのおっさんが決行する前に警察に逮捕される以外にはない。
『どうしてそこまで依頼をキャンセルさせたがるのか。理由を聞かせてもらおうかな』
「い、言えば止めるのか?」
『理由次第だな』
ったく、卑怯な言い回ししやがって。
「契約違反をしたのはお前じゃないか。奥さんと子供まで殺して……」
『それは理由にならないな。君は奥さんと子供には手を出すなとも言っていないな。しかも、幸せをぶっ壊したいとまで言った。つまり死んでも構わないくらいには思っていたんだろう』
「思ってねえよ! ああ、もうとにかく止めてくれっ! 俺にも勘違いがあったかもしれないんだ。だから……」
『勘違い? 何の事だ?』
「そ、それは……」
島口に関しては、もしかしたらあいつも被害者だったかもしれないんだ。
でも断言は出来ないし……。
『あの三人が君をイジメていたのは事実なんだろう?』
「事実……ああ、そうかもしれないが一人が違うかもしれない……」
『ふーん……』
そう言葉を濁しながら言うと、おっさんも何か察したような口調で返事をする。
『今回だけの特別サービスだ。こんな出血大サービスはもう二度はないと思いたまえ。月末までに三千万円払えば、依頼をキャンセルすると言ったな? それを百万にまけてやる』
「ひゃ、百万?」
『そうだ。ただし、依頼をキャンセルするのは一人だけだ。月末までに百万円を払えば、一人だけは殺害の依頼を止めてやってもいい。残りの二人はどうでもいいが、一人でもいいから助けたいというなら、本気を見せてもらおう。百万くらいなら用意できるだろ?』
「百万も持ってねえよ!」
『君はもう二十七歳じゃなかったのか? まっとうに働いていれば百万くらいの貯金はあっても普通なはずだがね。まあ、まっとうな人間がこんな依頼をするはずはないか。とにかく、百万だ。月末までに払えってみろ。そしたら、お望み通り、その勘違いかもしれない一人は助けてやる。いいな?』
「あ、おいっ!」
と告げて、おっさんは一方的に電話を切ってしまった。
「そんな……くそ、どうすれば……」
百万を払えって、当然ながら無職の俺にそんな金は持っていない。
預金口座を念の為、調べてみるが……。
「二十万ちょいか……あと、八十万……」
どうする? 八十万くらいなら、お袋か大野にでも拝み倒せば借りられるか?
あとはサラ金とか……親にバレないようにするにはそのくらいしかないか。
「くそ、俺が消費者金融なんかに手を出す羽目になるとは……」
スマホで近くにサラ金業者がないか検索してみる。
ネットでも借りられるのか……一応、申し込んでみるか。
審査があるらしいが、ダメもとで融資を申し込んでみた。
しかし結果は……。
「駄目かああっ!」
案の定、無職で収入もない状況では審査が門前払いとなってしまい、頭を抱えてしまう。
うう……今から就職するって言っても月末まではもう日が……。
「