第四話 救うに値する命か
「そんな金あるわけないだろ! とにかく依頼はキャンセルだ! さもないと警察に……」
『警察に行ってどうする気かね? 行ったら、依頼をした君も私の共犯で逮捕されるな。五人も殺害したなら、死刑はほぼ確実……それでも良いのかね? 君をイジメて人生をめちゃくちゃにした奴らを助ける為に、人生を捨てても』
「そ、それは……とにかく、俺は止めろと言ったからな! 三千万なんて払えるわけないだろ! 無職だってのは本当だからな!」
『払えないなんて事はないだろ。田町和彦、君の事も色々調べさせて貰ったよ。良い家に住んでいるじゃないか。今は母親と二人暮らしで、父親は一昨年、病気で亡くなったようだね』
「なっ!」
な、何でそんな事まで……親父が死んだ事や家族構成はこいつには一度も話してはいない。
「お、俺を脅す気か!?」
『別に君や家族に危害を加える気はない。だが、三千万は払えないと言ったね? 君の家と土地を売り、君の父親の生命保険や退職金を合わせれば、三千万でもお釣りが出るはずだ』
「そんな事、出来るわけないだろ!」
『やろうと思えば出来るだろう。君が依頼した残りの三人をどうしても救いたいというなら、本気だということを見せてもらおう。君が全財産を投げ売ってでも救うに値する命なのか。よく考えておくことだな』
「ふざけるのも……あ、おいっ! もしもしっ!」
と告げて、おっさんは一方的に電話を切ってしまった。
「嘘だろ……」
まさかの言葉に呆然としてしまい、しばらく動くことも出来なかった。
こんな……こんなことになるなんて。
あんなイカれた男だとは思わなかった……いや、復讐代行とか言って、たった数千円で殺しをやる男がまともなわけがない。
俺もそれに乗っかかってしまって、そのせいで……。
「くっ、どうすりゃいいんだよ……」
三千万なんて用意できるはずもないので、どうしようもない。
それにあの三人は俺を昔イジメて楽しんでいた奴らなので、助ける義理もありはしないので、このままでも……。
「う……」
駄目だ吐き気がしてきた。
俺は取り返しのつかないことをしてしまったのか……?
小湊本人はどうでもいいが、何の罪もない奥さんや小さな子供まで……違う、違う。
俺は殺せとまでは言ってない。
しかし、俺が依頼したせいで、こんな惨事に……ちくしょう、どうすれば……。
「和彦。和彦」
「っ! な、なに?」
「大野君から電話よ」
「え? ああ、うん」
何て悶々としていると、大野から家の電話に電話が来たみたいなので、急いで下に降りてみる。
「はい」
『おお、やっと出た。お前、何度も電話かけたのにさ。通話中だったじゃんか。ライン送っても無視しやがって』
「あ、ああ……悪い」
あのおっさんと電話している最中に、大野が電話していたのか。
『どうした? 元気ないな?』
「いや、寝不足かな……」
『お前、明日暇? よかったら、ちょっと飯でも食いに行かないか? 明日仕事休みだし。俺が奢るからよ』
「え……ああ、いいね。でも、どうして?」
『ニュース見てないのか? 小湊って居ただろ? あいつの家が火事になって、奥さんと子供も一緒に死んだみたいだって。もう、クラスのライングループも大騒ぎでさ。お前、大丈夫かなって思って』
「小湊が……奥さんと子供も?」
『ああ。身元確認がまだだけど、状況から見て間違いなさそうだったよ。どうも、放火の疑いもあるって噂でさ。最近、物騒な事件多いから、ウチの会社もピリピリしているんだよ。近くに連続殺人犯が潜んでいるかもしれないっていうしさ』
警備会社で働いている大野にとっても他人事ではないって事か。
まさか、俺が奴らの殺害を依頼したなんて知ったら、どう思うか……。
「お前も気をつけろよ」
『ああ。じゃあ、昼は空いているか?』
「うん。無職だしさ」
『お前もそろそろ、仕事見つけろよ。ウチの会社で働くか? ちょうど警備員募集しているしよ』
「いや、うーん……考えておくよ」
また警備員にスカウトされてしまったが、俺が体力ないの知っているだろうに。
いや、今はそんな所じゃないか。
翌日――
「よう、和彦」
「おお来たか」
昼前になり、大野が車に乗って自宅前まで迎えに来てくれたので、早速乗り込む。
いいな、社会人は……俺も免許は持っているけど、ペーパーだし、自家用車を持てるようになるのいつになることやら。
「しかし、物騒な世の中になったもんだな。まさか、同じ中学の奴が立て続けに三人も殺されるなんて」
「ああ……小湊もそうだったのか?」
「どうも放火の疑いが強いらしいぜ。ウチの会社にも色々情報入ってくるんだよ。俺も警察から事情を聴かれちゃってさ。駒木と同級生だから、何か知らないかって聞かれて。お前も来てないのか?」
「――っ! い、いや、今のところは……」
「そっか。駒木の奴、男と同棲していたらしくてさ。でも、最近は喧嘩が多くて、そいつが疑われているみたいだけど、どうなんだろうな」
「あ、ああ……同棲していたんだ」
そいつは知らなかったが、ワンチャンそいつの仕業って事はないのかな?
状況からしても同棲相手が怪しいし、あのおっさんはそれに乗っかかっただけって線は……ないのかな?
だったら、俺は無罪だし、あのおっさんもただのほら吹きの可能性も……なんて、都合のいい展開を妄想してしまったが、そんなことがあるわけないか。
「どうした? 顔色悪いけど?」
「いや、別に。まさか、俺が疑われていたりしてないのかなってゾッとしちゃってさ」
「ああ、お前、あいつらにイジメられていたしな。でも、お前が殺しなんか出来るタマじゃないだろ」
「そりゃ、そうだけどさ……」
まずい。大野のところにも警察が来ているなら、俺もマークされているかもしれない。
ど、どうしよう……俺は実際には……そんな言い訳が通用するのか?
「今日、ラーメン食いに行くけど、お前どこか……おい、本当に大丈夫か?」
「あ、ああ……いいね、ラーメン! はは、とんこつラーメン食いたいな!」
「そ、そうか。じゃあ、あそこの店に行くか」
大野と話している最中でも、ずっと不安な気分が付きまとってしまい、とても食事どころではなかった。
あんまり不安な顔を見せると、大野に不審がられると思い、無理してでもいつも通りにふるまわないと。
「あのさ、大野」
「何だ?」
「その……最近、金がなくなってきてさ。手っ取り早く大金稼げる方法ってないかな?」
「お前、闇バイトでも始める気? 止めてくれよ、そういうの。あるわけねえだろ、そんな都合のいい仕事」
「そうじゃなくてさ。はは、ゴメン忘れてくれ」
ラーメン屋に入った後、大野とそんな会話をするが、常識的に考えて、数千万円も一気に稼げる方法なんてあるはずもなく、このまま無為に時が過ぎるのを待つしかなかったと思い知らされてしまった。