第1話 魔術師の中の魔術師、魔術師の中の王
いまになって思えば、わたしにとってチダは顔なじみであると同時に、到底手が届きそうにもない憧れの存在でもあった。世界最古のトレーディングカードゲーム『マジュッツ:ザ・ギャザリング』は魔法による戦いというフレイバーのゲームであるが、チダ彼こそは、まさしく卓上の魔術師だった。
彼が指揮する祝福された軍勢は狂暴な魔物の群れを打ち倒し、彼が放つ神聖呪文は邪悪を打ち砕く。彼の知略の前では敵将は白痴となり、彼の直観は地下深く隠された世界の秘密を暴きだす。魔術師の中の魔術師、魔術師の中の王──
つまり、簡単にいうなら、チダ彼はカードゲームの天才だった。
名字はチダ、下の名前は……判然と思いだせないが、そういうものかもしれない。あのカードショップの常連たちはみな彼のことをチダと呼んでいたし、わたしもまた彼のことをチダと呼んでいた。だからわたしにとって彼はチダだった。
大会で彼と対戦したことは数えきれないほどあるし、そしてその大多数で彼に負かされてきた──けれど、その数えきれないほどの対戦は、不思議と爽快な気分に彩られている。無論、私だって本気で勝つつもりでやっているし、負ければ当然悔しいはずなのだが、彼との対戦はとにかく楽しかった。後にも先にも、そんな対戦相手は彼だけだった。
わたしが彼と出会ったのは、学生の頃だった。野蛮と迷信が支配する辺鄙な寒村で生まれ育ったわたしは、大学進学してから初めてカードゲームの店舗大会に参加する機会を得たのだが、その初めての大会の一回戦目の対戦相手こそが、他ならぬチダであった。年の頃は同じはずなのに堂に入った感じの青年だった。緊張するわたしに対して、彼は礼儀正しく、けれど親しい感じで話しかけてくれた。対戦結果はわたしの負けだったが、そこでなんとなく、安心して、この場所にいてもいいんだと思ったことをいまでも覚えている。
そこから、わたしは毎週そのカードショップに通うことになる。チダをはじめとした常連プレイヤーと何度も対戦し──顔見知りになり──店舗大会が終わったあと一緒に飯を食いに行くくらいの仲にはなっていた。
趣味が合う友人と過ごすことほど楽しいことはない。安さと盛りの良さが売りの中華料理店の一角に陣取り、大会の感想戦から始まり、デッキの流行り廃りとか、新セットのカードに対して無責任に評価をつけあったり、くだらないことで笑いあったりした。当時のことを思い出すと、そのあまりにも輝かしさに、いまでも胸が締め付けられてしまう……。
店の常連たちと連れ立って、より大きな大会へ一緒に参加したこともある。年に一度、『霞ヶ城杯』という大会が有志によって開催されていた。公民館を借りて開催されるこの大会は、草の根大会としては地域で最大レベルのものであり、腕に覚えのあるプレイヤーが近隣地域から集まってくる、レベルの高い大会だった。
そしてチダは、そこでも優勝を果たしたのだ! わたしたちは、チダに惜しみない賛辞を送った。彼の実力は単にひとつのカードショップにとどまらず、 地域でも卓越していたのだ。──しかし当のチダときたら、いつもと変わらず、控えめにほほ笑むばかりだった。
「ありがとう。まあ、運が良かったかな」
チダにとっては、彼自身のその恐ろしいほどの勝負勘、卓越した才覚というものは、あまりにも自明のものであり、わざわざ誇ったり、あるいは驕ったりするようなものではないようだった。
彼は翌年と翌々年の霞ヶ城杯でも優勝し、難なく三連覇を成し遂げた。これで彼の名声は確固たるものとなった。──一方でその図抜けた戦績に、イカサマの疑惑を吹っ掛けられたこともあった。それはかなり不愉快な言いがかりだったが、チダ自身はそんな噂を相手にもしていなかったし、彼の実力を嫌というほど知っているわたしたちも、そのやっかみにはあきれて肩をすくめるばかりだった。