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怠惰なソクラテスはラブコメをしない  作者: 大河内美雅
第1章5月 俺は恋愛をしない
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カレーパンは飲み物じゃない

「いっや、もうクッソ疲れたー」


 朝練が終わって、俺と侑希はクタクタになりながらも自分の教室へ足を進めていた。

 

 朝からひたすら走り、たくさんのスマッシュを打ちまくった。

 お陰で部室から下駄箱に至る現在まで、侑希は疲れたとしか言ってない。

 確かに俺も疲れたが、何回も喚くほど疲れてはいない。


「それだけうるさいなら、疲れてないんじゃないか」

「デザートは別腹と一緒だ。俺のこの元気は別なんだよ」

「なんじゃそりゃ」


 階段を上がるだけで足に乳酸が溜まる。

 目の前に頂上が見えるのになかなか辿り着けないのと同じで、階段を登りきれない。

 段差を無くして坂にして欲しいなど、自分勝手なことを思った。


 ようやく三階まで上がり、侑希と別れて自分の教室に入る。

 時刻が八時五分ということもあり、教室には結構な数のクラスメイトがいた。


 何人かに挨拶をして、窓側から二番目の列の一番後ろの席に俺はぐったりと座った。

 左隣を見ると、宮野蒼生(みやのあお)がスマートフォンをいじっていた。

 視線に気づいて蒼生もこちらを見た。


「おはよう、紘汰。なんか、朝からぐったりだね」

「朝練があったからな。途中から意識無くなってたし」

「そんなに過酷なの?バドミントン」


 蒼生は可憐な女子みたいに首をかしげた。


 蒼生は二年生になってからできた友達で、同じ図書委員会に所属している。

 女子のような顔や声、風が吹けば折れそうな華奢な身体、そして名前。

 女の子要素盛りだくさんなので、女子と誤解されがちだが、れきっとした男だ。

 隣の席で話をしてから仲良くなった。


「過酷じゃないよ。ただ、先輩が超がつくほどドSで、俺たちが極がつくほどドMなだけだ」

「変な部活。でも、うまく釣り合いが取れているんだ。僕も先輩側について紘汰をいじめようかな」

「あぁ〜、悪くない。可愛い男子にいじめられるなら本望だ。ぜひ、入部してくれ」

「冗談で言ったのに……。バドミントン部って変態しかいないの?」

「それは男子だけだ。女子は変態じゃないから、そのグループに含めんなよ」

「わかった。変態は紘汰だけと」

「どうわかったら、そうなるんだ」


 そこで朝読書の時間を告げるチャイムが鳴ったので、俺は机の中から本を取り出した。

    






 化学、数学、公民、英語と結構ハードな授業をやり遂げ、昼休憩になった。


「蒼生、俺購買でパン買ってくるからちょっと待ってて」

「全然いいよ」


 いってらっしゃいと可愛い男の娘に見送られて、俺は購買コーナーである二階に降りた。


 昼食の時間ということもあってか、多くの生徒がパン争奪戦を繰り広げており、俺は揚げパンが残っているかどうか不安になった。

 

 舐めると気分がハイになるほどの甘い謎の粉をふんだんにかけて、ツンデレキャラのように中はふわっと外はカリッとあげた幻の一品。

 

 そこらの有象無象に渡す気はない。

 

 必死に作戦を考える。


兎束(うづか)君も交ざってきたら」


 急に耳元で囁かれたので振り向くと、ロングの黒髪に花の髪飾りをつけた美人が意味あり気に微笑んでいた。

 

 俺は内心ギクっとしながらも、その人物の方へ体を向ける。


茅乃(かやの)先輩、こんなところで何を?」

「兎束君を誘惑しようと思って」

「笑えない冗談ですね。俺がお色気で屈するような男に見えますか」

「でも、前に兎束君、好きなタイプは美人な包容力のある年上って言ってたじゃない」

「……覚えていたんですか」

「もちろんよ。兎束君のことはなんでも知ってるわ」

「なんかメンヘラのストーカーみたいな台詞ですね。小説に出てきそう」


 思いっきり皮肉ったつもりなのに、なぜか魅惑的に笑っていた。


 月峰茅乃(つきみねかやの)

 汐崎高校三年生で俺の先輩。図書委員長であり文芸部部長でもある。

 才色兼備、八方美人と持ち上げられるほど成績も良く美人なため、学校の有名人の一人だ。

 

 だが、噂では人に冷たすぎるとか花壇をいつも荒らしているなど、人の心を持っているかどうか怪しいヤバいことを行なっているらしい。

 俺も前に噂が本当かどうか訊ねたら、笑顔で「えぇ、めちゃくちゃに荒らしたわよ」と言っていたので、多分本当のことだろう。


「そんなことよりも、茅乃先輩。おめでとうございます。新人賞受賞したんですね」

「今朝のニュースを見たのね。ありがとう、そう言ってくれるのは兎束君だけよ」


 茅乃先輩のもう一つの顔、それは新人気鋭の小説家“萱野美槻”である。

 このことを学校で知ってるのは俺と美桜だけだと思う。


 茅乃先輩は小説家ということを周囲には隠している。

 なぜかというと、自分の性癖を知られるみたいで恥ずかしいらしい。

 

 はっきり言って、意味がわからない。

 それなら俺にいう必要はなかったはずだ。

 というか、俺を誘惑するとか言ってる方が恥ずかしいと思う。


 とにかく、この人は謎だ。


「茅乃先輩が隠すから、祝うのが俺だけになるんですよ。褒められたいなら、隠さないことです」

「別にそういう意味で言ったんじゃないのだけれども……。鈍いわね、兎束君は」

「鈍くて結構です。俺は鋭い人には憧れていないんで」


 そこでハッと思い出した。

 

 俺は茅乃先輩と話をしにきた訳ではない。

 昼食のパンを、揚げパンを買いにきたのだ。


 急いで俺は人混みの中に飛び込んだ。

 

 他の生徒との激しい戦いの末、俺はカレーパンと焼きそばパン、メロンパンを獲得した。

 求めていた揚げパンは、戦いに参加した時には、既に他の戦士に奪われてしまっていた。


 しょげている俺を見て、茅乃先輩はふっと笑った。


「揚げパンは買えなかったようね」

「誰のせいだと思っているんですか」

「私の色香に惑わされた兎束君かしら」

「その口、針で縫い付けますよ」


 もちろん冗談だが、そう思われないように少し語気を強めた。

 しかし、それすらも見抜いたようで、「針じゃなくて、兎束君の口で防げばいいじゃない」と冗談で返された。 

 駄目だ、この人に勝てる気がしない。


 俺は戦う意志を放棄した。


「兎束君、今日の放課後委員会あるからよろしくね」

「またですか〜。最近、ブラック企業が多いってことで問題になってますよ」

「残業手当出すけど、それでも嫌なの?」


 不気味な残業手当だ。どうせろくなもんじゃない。


「それは結構です。わかりました。では、また放課後」


 また後で、と茅乃先輩が去ったのと同時に、俺は急いで教室へと走った。

 

 揚げパンは手に入らなかったが、人気ナンバー2のカレーパンがある。

 さっさと蒼生と一緒に食べよう。






 教室に戻ると、俺の席に美桜が座っていて、蒼生と話していた。


 ため息をついて、俺は席を取り返しに行く。


「あっ、コウお帰り」

「お帰りじゃない。なに人の席勝手に座ってるんだ」


 注意しても、もったく反省する気はないらしい。

 テヘなどとたわけたことを言ってる。


「紘汰がパンを買いに行ってる間に、花菱さんが一緒に昼食を取りたいって言ってきたんだよ。断るわけにもいかないからさぁ」

「そこは断ってくれよ。俺は蒼生と二人っきりで食べたいんだ」

「なんか、それ傷つく」


 美桜は頬を少し膨らませた。

 俺の発言が美桜は蔑ろにしたみたいに捉えられて、それが原因らしい。

 

 蒼生の方を見ると、あきれた顔をしていた。


 これはまずい。


「いや、そういうことじゃなくて、その……」

「コウの言い訳なんか聞きたくない」

「ほら、焼きそばパンあげるから」

「もしかして私餌あげれば黙る犬って思われてる!?」


 美桜のツッコミに蒼生がクスッと笑った。

 美桜は蒼生を横目で見て、俺の前の席へと移動した。


「どうせ、美桜は弁当作ってきてないだろ」

「なんか馬鹿にされてる!まぁ、事実なんだけどね。コンビニのおにぎりだよ」

「コンビニのおにぎりって……。それはそれはヘルシーな料理なことで」


 ちらっと蒼生の弁当を見てみると、手作りにしてはクオリティが高い弁当だ。

 この状況でおにぎりとパンは浮いている。

 俺は弁当を作ってくればよかったと反省した。


「蒼生、五限と六限って何?」

「現国と日本史だよ。確か絋汰って日本史苦手だったよね」

「別に苦手じゃないぞ。源頼朝が気に食わないだけだ」


 弟を殺そうとした偉人だ。

 妹がいる俺からすればクソ野郎だ。

 悪口を言われても仕方ない。


「めっちゃ分かる!私も源頼朝きらーい」

「だろ?ダサい死に方したくせに、偉そうにしてるのがめちゃくちゃ腹立つ」

「あと私、北条政子も大っ嫌い!」

「なんでだ?別に頼朝を慕ってること以外、嫌いになる要素あるのか」

「だってハゲじゃん!」

「……。ハゲが嫌いなら、なぜ北条政子より平清盛を嫌いにならないんだ……」


 謎だ。

 究極のミステリーだ。

 北条政子に申し訳がない。ハゲってだけで嫌われるなんて。


 しかし、アホなあいつらしい意見だ。

 

 カレーパンを食いながら、妙に納得してしまった。


 ってかカレーパン美味しい。


「とにかく、美桜。お前は一回平安時代までを復習してこい。そして数えるんだ。一体何人のハゲが出てくるか」

「ハゲを数えるためだけに復習すんの、なんか無理」


 これはパンを食いながら話す内容じゃない。

 おかげで、焼きそばがアフロヘアーに見えてきた。

 カレーパンからじゃなく、焼きそばパンから食えばよかった。


 俺は激しく後悔する。

 ハゲだけに。


「絋汰と花菱さんって、やっぱ仲良いんだね」

「蒼生、それは違う。こういう関係を、人は深い因縁と呼ぶんだ」

「紘汰、その発言はちょっと……」


 蒼生に注意されて、美桜を見ると殺意のこもった目で睨まれていた。

 

 その瞬間に俺は悟った。


 これ、あかんやつだ。



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