大会一日目 ダブルス
六月三日
「一年振りにきたな」
バスから降りた侑希が感慨深そうに言う。
俺も瑛志もそれに頷いた。
「一年前は悲劇の場所となったけど、今年は成田の奇跡にしてみせる」
「イスタンブールの奇跡みたいに言うなよ」
「わかりにくい喩えだな。
そこはドーハの悲劇になんなよでいいだろ」
「俺、サッカーチームでリヴァプールが一番好きだから」
「誰も絋汰の好きなチームなんて訊いてない」
この会話だけ切り取られたら、完全にサッカー部だな。
だけど、そこら辺のサッカー部員よりは海外の試合見てるから、セーフでいいか。
「皆んな、早く中に入ってアップを始めるよ!」
松永先輩の呼びかけに、部員一同元気よく返事をする。
全員やる気十分だ。
今年も会場は成田市中台運動公園体育館。
バドミントンの重要な大会は主にここで行われている。
体育館に入ろうとすると、視界の端に赤いジャージ姿の集団が入ってきた。
背中には、AKIIEとローマ字で書かれている。
「去年の優勝校がお出ましか」
侑希が嫌な表情をしてその集団の方を見る。
「兎束先輩、あれが明衣江学園ですか?」
後輩に尋ねられて、こくんと頷く。
雰囲気からザ・強豪のオーラが伝わってくる。
明衣江学園はバドミントン千葉県最強の高校……ではなく、日本最強の高校と言っても過言じゃない。
毎年のようにインターハイ出場者を輩出していて、中にはU18とかの日本代表に選ばれる猛者もいる。
そのため、千葉県で優勝は全国優勝を意味するとまで言われている。
「戦う前からビビってたら、何もできないまま負けんぞ」
後ろにいたのか、真瀬先輩が俺たち三人の顔を見てきた。
いつにも増して、真剣で燃えている目をしている。
「汐崎だって県屈指の強豪校だ。
雰囲気に気圧されず、戦えば勝機だってある」
いいから行くぞ、と言って真瀬先輩は先に入っていった。
やっぱり、凄いな。真瀬先輩。
俺も置いてかれないように、急いでついていった。
アップを終えて、全部員は進藤先生の元へ集まった。
「今日はダブルスで、全国への枠は一つ。
正直、かなり難しいが真瀬・松永ペアを筆頭にいい結果を出してみせろ。
今年も明衣江に枠譲るのは腹立つしな」
部員たちから笑い声が生まれる。
「俺からは以上だ。
じゃ、松永。後は頼むぞ」
進藤先生は手を叩いて、バトンを松永先輩に渡した。
松永先輩はフーッと深呼吸をすると、口を開けた。
「それぞれ、自分の課題に向き合ってひたすら練習してきたと思う。
今日はそれを相手に全力でぶつけて、俺たちの実力を見せつけてやろう!」
行くぞ!と松永先輩の掛け声に、体育館に響き渡る声量でよしっ!と叫んだ。
「瑠衣、優勝獲りにいくぞ」
「当たり前だろ、琉珸」
真瀬先輩と松永先輩が拳を突き合わせる。
二人にとっては、最後のダブルス。
俺たちも大会にかける想いは強いけど、あの二人は強いとかの次元じゃない気がする。
勝負の運命を共にする仲だ。
侑希もそんな二人の様子を見ていたようだ。
「俺たちもあれ、やっとくか?」
「やめておくよ。
あれは、あの二人がやるからかっこいいんだぞ」
侑希と顔を合わせて、ニッと笑った。
俺たちには、これが似合ってる。
「船橋学院高校、大空・岬ペア。
汐崎高校、兎束・榎本ペアは今すぐ第一コートに向かってください」
試合開始を告げるアナウンスが入った。
俺たちは駆け足でコートへ向かう。
「船橋学院高校、大空・岬ペア。
汐崎高校、兎束・榎本ペアですね。
これより、千葉県総合体育大会第一回戦を始めます」
笛の合図と共に、俺たちは礼をした。
侑希が相手選手、審判と話し合っている。
やがて、俺の方へ戻ってきた。
「サーブは相手から」
「分かった」
ゆっくり深呼吸をしてから、軽くジャンプをした。
その後に両頬をパンっと叩く。
何がなんでも勝つ。
そして、相手のサーブから試合が始まったーーーーー。
「二人ともお疲れ」
クタクタになって倒れてる俺たちに、瑛志が声をかけてきた。
「試合見てたけど、マジで惜しかった」
「はぁはぁ……正直勝てるって思ったんだけどな……」
侑希の発言に、残された力で首を縦に振る。
俺も勝ったと思った。
「まさか、あの場面で侑希が滑るとは思ってなかった」
「マジですまん。
これに関しては言い訳のしようがねぇ」
「いや、あれは誰もお前を責めれないだろ。
普通に相手も強かったし」
くっそぉおと喚きながら、侑希が床を叩いた。
今の侑希なら、台パンで学校の机破壊できそうな気がする。
一回戦、二回戦と順調に勝ち進んで三回戦。
相手は、明衣江の三年生のペアでかなりいい試合をしていた。
1ゲーム目は取られたが、なんとか2ゲーム目を取り返して、3ゲーム目の終盤。
お互い点差が全く開かなかったが、相手のスマッシュをレシーブしようとした侑希が滑ってしまい、そこで決められたことが原因で三回戦で敗退してしまった。
「にしても、悔しすぎるぅ!
来年絶対リベンジしてやる!」
「いや、相手三年生だから戦えないぞ。
留年すれば別かもしれないけど」
「なら、留年して俺たちと戦え!」
「ツッコみたいけど、ツッコむ余裕もないわ」
俺は水筒の水を一気に飲み干した。
「瑛志はどこまで進んだ?」
「絋汰たちと同じで三回戦。
明衣江の三年生と一年生のペアにボコボコにされた」
「また明衣江かよ……。
こりゃあ、我が校のMMペアに任せるしかないな」
「そのペアならもう試合終わるんじゃないか。
あ、ほら」
瑛志が言ったと同時に、近くのコートで試合終了の笛が鳴った。
挨拶を終えた真瀬先輩と松永先輩がこっちに向かってきた。
「勝ちましたか?」
「勝ったに決まってんだろ。
次、準決勝だから試合観にこいよ。
ギッタンギッタンのボコボコにして勝つから」
肩を回しながら、真瀬先輩が進藤先生のところへ報告しにいった。
「次、絋汰のペアか明衣江三年のペアと戦うんだけど……」
「負けました。
3ゲーム目までもつれ込んだんですけどね」
「まさか、絋汰たちも負けるとは……。
まぁ、仇は俺たちが討つから任せておいて」
松永先輩は俺と侑希に肩に手を置くと、真瀬先輩のところへ向かっていった。
有言実行とはこのことで、明衣江三年との準決勝は真瀬・松永ペアの圧勝で終わった。
3ゲーム目までもつれ込むことなく、2ゲームをすぐに取っての勝利。
改めてこの二人のことを化け物だと思った。
「十分後には決勝戦だな」
侑希が神妙そうに呟いた。
真瀬先輩と松永先輩は進藤先生と話しをしている。
「相手は瑛志をボコしたところだよな」
「明衣江の一年生と三年生のペア。
冗談抜きで有り得ないぐらい強かった」
瑛志が表情を変えずに言った。
悔しいとかの感情よりも、凄すぎて虚無感だけがあるのだろう。
瑛志はそんな顔をしている。
「でも、今の絶好調なMMペアを止めれないだろ」
「真瀬先輩も松永先輩もこれまで3ゲーム目に入らずに、速く試合を終わらせているからな。
体力面では若干MMペアの方が有利な気がする」
ただ、それは相手のペアも似たような感じな気がする。
明衣江のペアも準決勝は3ゲーム目に入らずに、余裕な雰囲気で相手を倒していた。
間違いなく、今日一の激しいゲームになるはずだ。
「これより、千葉県総合体育大会バドミントン大会ダブルス決勝戦を行います。
選手はコートへ入場してください」
アナウンスが入って、真瀬先輩と松永先輩がコートに入っていく。
少し遅れて、相手のペアがコートに入ってきた。
「それでは、決勝戦。
明衣江学園高校、望月・遠藤ペアと汐崎高校、真瀬・松永ペアとの試合を始めます」
礼!と挨拶をしてから、お互いに配置につく。
サーブは真瀬先輩からだ。
「いよいよ、始まんのか」
侑希の固唾を飲む音が聞こえる。
それと同時に笛が鳴り、試合が始まった。
序盤から真瀬先輩は強烈なサーブで攻めにいった。
相手のハゲてる方がこれを上手くレシーブで返すと、松永先輩が抜群のコントロールで右隅に打つ。
サラサラ黒髪の方が拾おうとするが、手前で急に落ちて得点が入った。
とりあえず、真瀬・松永ペアが先制した。
でも、決勝に進んだ明衣江のペアだけあってレベルが高い。
ハゲの人のレシーブは寸分の狂いもなく、嫌な位置に返せてた。
今度も真瀬先輩は力強いサーブを繰り出した。
黒髪がロブで返すと、真瀬先輩がジャンピングスマッシュで攻めに行く。
しかし、これも黒髪に返されて、速いスピードでラリーが続いていく。
やがて、松永先輩のレシーブをハゲの人がスマッシュで叩き込んで、点を入れられてしまった。
「……すごい試合だな」
瑛志が信じられないものを見た顔をしている。
侑希に至っては、ずっと口を開けていた。
本当にすごい試合だ。
その後は、ひたすら激しいラリーの応酬が続き、1ゲーム目を25ー27で相手のペアが取った。
水分補給になり、MMペアが一旦コートを出る。
「瑠衣、もうちょっとスピード上げれるか?」
「それ、俺も思ってた。大丈夫、上げれる。」
真瀬先輩と松永先輩はそれだけ話すと、再びコートへと戻っていった。
2ゲーム目は先ほどよりも激しい試合になっていた。
真瀬先輩はひたすら攻め続けて、松永先輩が真瀬先輩のサポートに徹している。
基本的に相手のショットを松永先輩がレシーブで返し、相手のミスショットに真瀬先輩が全力でスマッシュを打っている。
状況によって、真瀬先輩はトリックショットも混ぜて、相手を翻弄している。
一方、明衣江のペアはハゲと黒髪の両方がレシーブもショットもハイレベルでこなしている。
特に黒髪の方は、真瀬先輩にスマッシュを打たせないように、毎度変則的なレシーブをしたり、レシーブミスを誘発させるために、直前までショットを読ませないように立ち回っている。
激しい打ち合いの末、ハゲの人のレシーブミスに真瀬先輩が綺麗なヘアピンを決めて、25ー23でMMペアが2ゲーム目を取った。
とてもじゃないけど、高校生がやってるとは思えない。
才能や努力だけでは、無理だと悟らせてくる。
「真瀬先輩も松永先輩も、3ゲーム目に差し掛かるのにプレーの質が全然落ちない」
「だからこそ、この明衣江のペアはやばい。
この試合の速さについていくばかりか、あっちからもギアを上げてくる。
マジで、どっちが勝ってもおかしくない」
本当に実力が伯仲している。
勝敗を決める要素が運ぐらいしか思い当たらない。
俺たちが話している間に、3ゲーム目が始まった。
今までのゲームとは違い、真瀬先輩のレシーブの回数が増えた。
その代わり、松永先輩のショットの回数が先ほどよりも多くなった。
真瀬先輩のレシーブミスにすかさず、ハゲの人が強いスマッシュを放ってくる。
松永先輩は飛び込みながらこれを拾って、なんとか点を取られないようにする。
取られては取り、取っては取られての試合展開が続いた。
真瀬先輩が強力なスマッシュで、松永先輩が冷静なショットで攻め続ける。
相手もハゲの人がスマッシュを打ちまくって、黒髪がサポートしつつヘアピンなどで点を重ねる。
お互い譲ることなく、激しい攻防が繰り広げられた。
しかし……
真瀬先輩のスマッシュを完全に読み切った黒髪がヘアピンでレシーブした。
松永先輩は反応したが、完璧な軌道で落ちたシャトルを拾えず、点を取られてしまった。
直後に試合終了の笛が吹かれた。
27ー29。
激戦の末、MMペアは負けてしまった。
「マッチワンバイ、明衣江学園高校、望月・遠藤ペア」
ありがとうございましたと二人は挨拶した。
俺たちは全力で拍手をする。
二人とも、ナイスプレーだった。
それ以上に勝ってほしかった。
ダブルスの日程が全て終わり、部員は全員進藤先生の元へ集まった。
「一日目お疲れ様。
納得がいかなかったり、後悔しかない試合もあったかもしれないけど、今は泣いたり悲しむな。
明日もシングルスがあるから、明日が終わってから泣くようにしろ。
無理矢理でも気持ちを切り替えて、明日に臨め。以上だ」
話が終わって、部員たちは続々とバスへ乗っていった。
「すまん、瑠衣……」
横を見ると、真瀬先輩が涙目で顔を下げていた。
隣では、松永先輩が優しく背中をさすっている。
「俺があのスマッシュをしっかり決めていれば……」
「たらればの話をしても仕方ないだろ?
進藤先生も言ってたけど、今は気持ちを無理矢理にでも切り替えて明日に臨むんだよ」
「そうだな……」
真瀬先輩が奥歯を強く噛み締める。
それを見て、松永先輩は優しくため息をついた。
俺はこの場にいない方がいいな。
俺は急いで立ち去ると、バスに乗った。
真瀬先輩と松永先輩はずっと一緒にやってきた戦友だ。
俺が思っている以上に、一緒にダブルスでバドがしたかったに違いない。
こうした真剣勝負でダブルスを組むのが、二人にとって人生最後だ。
俺は窓の外から夕陽を見る。
美しいけど、どこか憂いを含んでそうな夕陽。
二人ほど気持ちは強くないけれど……
「俺は明日勝ちたい」
不安と熱意と憂愁を胸に、バスに揺られて俺は眠りについた。
一日目が終わった。
そして、本命の二日目が始まる。




