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怠惰なソクラテスはラブコメをしない  作者: 大河内美雅
第2章6月 冷静な先輩は揺るがない
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神頼み

 練習が終わって、俺を含む部員は全員集まっていた。


「悔いのない試合にしようと言いたいが、悔いのない試合なんてなかった。

 だから、全力で挑み全力で後悔するような良い試合にしていけ!」


 進藤先生の言葉に、部員ははいっ!と大声で応えた。


「では、大会前最後の部活を終わります。礼」


 松永先輩の号令に、ありがとうございましたと頭を下げて、大会前最後の部活が終了した。






「絋汰、今日帰りにカツ丼でも食わね?」


 部室で着替えを済ますと侑希が誘ってきた。

 明日のために験を担ぐつもりだろう。


「すまん。

 俺、別の奴と用事があるから無理だ」

「マジか……。じゃあ、いいや。

 俺と瑛志で美味しく頂いていくわ」


 もう一度すまんと言って謝る。

 

「俺も行きたくないんだけど」

「何言ってんだ?

 瑛志さんは強制参加確定ですよ。

 俺と一緒にカツ丼食うことが運命で決まってる」

「どんな運命だよ。

 験担ぎのつもりかもしんないけど、カツ丼って消化に悪いからあんまり良くないぞ。

 第一、今どきカツ丼食って勝つ!なんて、アホがすることなんだよ」

「言ってくれるじゃねぇか!

 そんなに言うなら、俺一推しの死ぬほど美味いカツ丼を食わしてやるよ!」


 侑希は強引に瑛志の首根っこを掴むと、そのまま連行していった。

 必死に抵抗しているが、侑希の力が強すぎて離れられない。


 瑛志、ご武運を。


「じゃあな、絋汰。また明日」

「二人こそ、また明日」


 最後に手を振って、二人は部室から出ていった。






 支度を終えると、俺は部室を出て校門で待っていた。

 十分ぐらい経って、美桜がこちらに向かって走り寄ってきた。


「遅れてごめん!どれくらい待った?」

「七百万光年くらい待った」

「そんなに待ってないでしょ」


 いや、七百万光年って時間じゃなくて距離なんだけどな。

 美桜にはまだ、このボケは難しかったか。


「帰り遅くなるといけないし、とっとと向かうぞ」

「そうだね」


 俺と美桜は少し急ぎ気味に歩き始めた。

 勉強のことや流行の音楽の話をしながら、花見川通りを北上して花見川橋を渡る。


 それからさらに二十分ほど歩いて、目的地に到着した。


「やっと着いた!」


 美桜が勢いよく石段を上っていく。

 俺は走れる余力がないので、ゆっくり上がっていった。


「コウ、遅い」

「俺が遅いんじゃなくて、美桜が速すぎるだけだろ。

 速く着いても、なんもいいことないぞ」

「善は急げって言うじゃん」

「急がば回れとも言うだろ」


 こうしてみると、(ことわざ)って矛盾しまくってんな。

 どっちが正しいのか、作った奴教えてくれよ。

 

 石段を上りきって、俺は両膝に手をついた。

 乳酸があり得ないほど溜まって辛い。


「ここに来るのって久しぶりだね」

「ざっと一年振りだな。

 去年のインターハイの大会前に来たぶり」


 俺たちが今いる検見川神社は京成千葉線花見川駅のすぐ近くにある神社だ。

 インターハイなどの勝負事には、こうして二人で神様に祈願するようにしている。


「しかし、全然人いないね」

「もう五時だからな。

 閉まる時間ギリギリにくる俺たちがイレギュラーなんだよ」

「いや、私女バスのレギュラーだし」

「……ボケで言ってないのが一番怖い」


 地学に続いて、英語まで基礎が全然できていないとは……。

 もはや、学問の神様はこいつを見放したな。


 道真助けてやれよ。


「神様も待ってることだし、早く終わらせよう」


 俺たちは参道を歩いて、拝殿の前で立ち止まった。

 そして、賽銭箱に五円玉を投げ入れる。

 

 二回礼をして、二回拍手をして祈った。


 前回の自分を超えられますように。


 美桜の方をチラッと見ると、いつになく真剣な表情でお祈りしている。

 何を願っているのかは、訊くまでもないだろう。


 長い祈りを終えると、最後に一回礼をして拝殿から立ち去った。


「神様にお願い届いたと思う?」

「神様は日本国民全員のお願いを抱えてるんだ。

 届いたとしても、他のお願いの処理で手一杯なんじゃないか」

「何その郵便局みたいな喩え方(たとえかた)!?

 でも、コウの言う通りかもしれないね」


 美桜は空を見上げながら共感してきた。

 空は朱色と水色が混じった綺麗な色をしている。


「コウは神様っていると思う?」

 

 唐突に美桜が訊いてきた。

 少し考えてから俺は答える。


「神様はいないと思う」

「じゃ、どうして参拝してきたの?」

「たとえいない存在でも、こういう大事なときぐらい祈っておきたいんだよ。

 少しでも不安を神様に肩代わりしてもらうために」

「めちゃくちゃ傲慢な理由だ。

 傲慢すぎて罰が当たっちゃうんじゃないかってくらい傲慢」


 美桜は石段を素早く駆け降りると、俺の方を振り返ってきた。


「私は神様はいるって信じるようにしてる。

 だって、そっちの方が面白いでしょ?」

「まぁ、いるって考えた方が楽しそうだな」


 俺がゆっくり石段を降りたところで、最後に二人で鳥居に向かって頭を下げた。


「神様に見てもらってるんだから、下手なプレーはできないね」

「見てもらってなくても、下手なプレーは絶対しない。

 相手が強くても、俺は全力で俺のプレーをするよ」


 美桜が手を出してきたので、俺はその手を握った。


「お互いベストを尽くそうね」

「当たり前だ」


 気持ちを高めると、美桜は手を離して再び空を見上げた。


「今日の空、本当に綺麗!」







 インターハイが始まる。



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