自信を持つことは何より難しい
六月二日
「よろしくお願いします」
大会前のラストの練習日。
俺は真瀬先輩とコートで向き合っていた。
「絋汰から頼んできたんだ。
くだらないプレーした瞬間に、俺は試合すんのやめるからな」
「分かりました」
真瀬先輩に忠告されて、改めて気を引き締めた。
大会前の今日、どうしても部内最強の真瀬先輩と戦いたかった。
どれだけ、真瀬先輩相手に善戦できるかで、明日の結果が見えてくる。
もうすでに大会は始まってるとも言える。
「やるぞ」
真瀬先輩が強烈なサーブを放ってきた。
必死に反応してレシーブをする。
コート手前に送ったシャトルをヘアピンで返してきたので、ロブで打ち返して体勢を整える。
しかし、整える前にジャンピングスマッシュを右隅に決められた。
(やっぱりレベルが違う)
俺が体勢を整えようとしているのに対して、真瀬先輩は無理な体勢から無理矢理打ち込んでくる。
この人との試合では、戦術通り進める前に守備をさせられる。
俺も多少強引にやるしかない。
今度はふんわりとしたサーブを打ってきたので、タイミングよくスマッシュを打った。
真瀬先輩は冷静にレシーブし、俺はトリックショットで揺さぶろうとする。
真瀬先輩が重心をずらした瞬間に、俺は重心の逆へ正確なスマッシュを打ちこんだ。
だが、滑り込みでこれに反応すると、ヘアピンで上手く決められた。
今のにも反応してくるのか。
正確さ以上に速く強いスマッシュを打つべきだったのか。
(いや、フィジカル面で勝負したら絶対負ける。
戦術と技術を織り交ぜながら戦わないと)
真瀬先輩のサーブをネット手前と返し、次のプレーを限定し予測する。
(ヘアピン)
真瀬先輩は滑らかにヘアピンで返したので、俺は真瀬先輩の後ろへロブで返す。
(次はスマッシュ)
先ほどよりも無理な体勢でジャンピングスマッシュを打ってきた。
軌道を予測して、ネットの白旗ギリギリを狙って返す。
そのまま綺麗にネット沿いを落ちていった。
(とりあえず、1点取った……)
スマッシュやフィジカル面では負けていても、他のショットの精度では負けていない。
今みたいに工夫すれば、点だって取れる。
真瀬先輩の強力なスマッシュや精度の高いヘアピンに反応し続けた。
常に次のプレーを予測して動くことで、フィジカル面をカバーしてレシーブで返し続ける。
レシーブの際も、プレーを限定させながら、点も奪える位置を狙い続ける。
「めちゃくちゃラリー続いてんな」
「絋汰がずっと真瀬先輩のプレーを限定させてるからな。
あれは多分、真瀬先輩もやりづらいだろ」
真瀬先輩のレシーブミスを見逃さず、スマッシュで点を重ねてく。
俺が点を取るたびに真瀬先輩もスマッシュで点を取り続けた。
そして、真瀬先輩のクリアにわざと空振りをして、タイミングをずらしてスマッシュを決めた。
25ー23。
「マジかよ!絋汰が1ゲーム目を取った!」
休憩が入り、水を飲みに行く。
1ゲーム目は取れたが、体力の消耗が激しすぎる。
このままの勢いで、2ゲーム目を取るのは難しい。
(嫌だけど、根性論で足を動かすしかないな)
休憩が終わり、俺からのサーブで試合が再開した。
1ゲーム目と同じように、冷静に予測しながらレシーブでプレーを限定させる。
真瀬先輩はギアを上げて、ラリーのスピードを速くしてきた。
そのスピードについていけずに、レシーブミスをしてしまう。
ドライブの打ち合いではお互いに譲らず返し続けたが、俺の重心が前のめりになったのを見逃さずに、股下にスマッシュを打たれてしまった。
動きが重くて動悸が激しい。
頭は冷静なのに、体が全然思うように動いてくれない。
根性はあるし、一つのプレーに毎回全力でやってる。
けど、それでも差は埋めれなかった。
2ゲーム目はボコボコにされ、10ー21で2ゲーム目を取られた。
「あー、2ゲーム目取られたかぁ」
「しょうがねえよ。
差は歴然だし、プレーの質も動きも落ちてんだ。
3ゲーム目も取られるのがオチだな」
外野が好き放題に言ってるのが聞こえる。
黙れよ。
差があることぐらい最初から分かってるし、今のゲームが情けなく見えたのも知ってる。
でも、お前らに言われたくない。
オチがどうとか、戦ってないお前らに決められたくない。
「絋汰、3ゲーム目いけそうか?」
真瀬先輩が試すような目で俺を見てくる。
この先輩はずるい人だ。
俺がこのまま引き下がれないのを分かってて言ってる。
断って何になる。
「舐めないでください。
絶好調すぎて、あと100ゲームくらいは余裕ですよ」
「そうか。
なら、続けるぞ」
真瀬先輩は笑うと、サーブを打った。
俺は先ほどまでとは違い、スマッシュしやすい場所へレシーブで返した。
プレーを限定させたいなら、ずっとスマッシュさせればいい。
レシーブの速さ、角度、高さを調整して一番弱いスマッシュを打たせる。
狙い通りスマッシュを打ってきて、俺は拾って返す。
スマッシュは相変わらず速かったが、今までのスマッシュよりは一段階遅かった。
俺はスマッシュごとにレシーブを調整しながら、ミスを誘い続けた。
何回かはヘアピンやカットを打ってくるが、基本スマッシュのみを打たせ続ける。
俺のレシーブに真瀬先輩はタイミングをずらしたトリックショットを打ってきたが、それに反応して相手のネットへシャトルを落とした。
12ー12。
同点に追いついた。
「追いついたけど、真瀬先輩有利なのは変わらないな」
「そうだな。ずっと真瀬先輩攻め続けてるし」
集中のあまり、もう外野の声が聞こえなくなった。
真瀬先輩相手に試合を上手くコントロールできてる。
弱いスマッシュを打たせれてる。
俺はレシーブで返し続けて、真瀬先輩はスマッシュを打ち続けた。
段々と慣れてきたのか、スマッシュの威力が徐々に上がってくる。
スマッシュ以外のショットを打たせるため、レシーブを元に戻した。
真瀬先輩はそれもスマッシュで叩き込んだが、俺は得意のヘアピンで落とした。
お互いに点を取り合うため、中々点差が縮まらない。
しかし、真瀬先輩のヘアピンにレシーブミスをしてしまって、最後に強烈なジャンピングスマッシュを喰らった。
27ー29。
3ゲーム目を取られて、俺は負けた。
「ありがとうございました」
礼をして、コートから出た。
直後に疲労で倒れ込む。
「いや〜、危なかったわ」
真瀬先輩が隣に座ってきた。
俺とは違って、まだ動けそうな表情をしている。
マジで何なんだ、この人。
「スマッシュも上達していたけど、何よりレシーブのレベルが段違いだ。
絋汰の戦術に沿った、正確なレシーブを返してくる。
特に3ゲーム目はそれが際立っていたな」
「ありがとうございます。
でも、俺負けたんで」
どんなに良くても、俺は負けた。
負けた以上、何か原因があったのは間違いない。
「褒めてやったのに、面倒臭いやつだな。
課題があるとするなら、後は終盤でも俺のプレーに真っ向で喰らいつけるだけの体力がないことだ。
でも、明日までにこれ直せるか?」
「……直せません」
「大会前日にできることは、自信を持ち、よく眠って、神に祈るだけだ。
お前は自信を少しでいいから持て」
真瀬先輩は優しく背中を叩くと、立ち上がった。
「大会で俺にリベンジするのを期待してるぞ」
真瀬先輩は大胆不敵に笑うと、「瑠衣やろうぜ〜!」と叫んで行った。
「疲れた……」
しばらく動けそうにない。
俺はだらしなく壁によりかかった。
真瀬先輩相手に1ゲーム目取れたことは嬉しかった。
でも、それ以上に全力を尽くした試合で負けたのが悔しかった。
俺は深くため息をついた。
「どうしたんだよ。ため息なんてついて」
松永先輩との試合を終えた侑希が顔を覗き込んできた。
そして、そのまま隣に座る。
「真瀬先輩に負けたんだよ」
「ため息つくぐらい悔しがってるってことは、真瀬先輩相手に善戦したってことか」
「1ゲーム取ったんだけど、そこから2ゲーム取られて」
そう言ったと同時に、侑希が俺の両頬をムニっとしてきた。
「おいおい、まさかそれに落ち込んでんのか?
どんだけ、構ちょなんだよ」
「ふぇふにおふぇはかふぁひょじゃふぁ……」
「いやいや、構ちょオブ構ちょだから!
いいか、俺は松永先輩から1ゲームも取れずに負けた。
あの化け物二人相手に1ゲーム取るのは本当に難しいんだぞ」
「ふぇふぉ、しふぁいにふぁまけふぁし……」
「素直に喜んで、自信をつけろって言ってんだよ。
試合に負けても、1ゲーム取ったには変わりないし、それはすごいことだぞ。
例えるなら、レアル・マドリードに日本のクラブが1点取ったのと一緒。
天狗にならなずに反省すんのもいいことだけど、もっと自分に自信持てよ。
次、そんな態度してたら、お前のおっぱい引きちぎってナマズの餌にするからな!」
言いたいことを全部言うと、ようやく手を離してくれた。
「本当に絋汰って面相臭いやつだな」
「それ、お前が言うか?」
「面倒臭い俺だからこそ、言えるんだよ」
侑希は手を引っ張って俺を立たせた。
侑希にはああ言われたけど、自信は持てそうにない。
でも、インターハイで真瀬先輩に次こそは勝つと心の底から思えた。
勝った時にようやく自分に自信を持てそうだ。
「明日、全力尽くそうな」
「マジでそれ」
俺は侑希とハイタッチをした。




