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怠惰なソクラテスはラブコメをしない  作者: 大河内美雅
第1章5月 俺は恋愛をしない
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寡黙な後輩とのうるさい試合

 放課後、侑希からカラオケにいかないかと誘われたが断った。

 

 昨日、今日と二日連続で部活がない。

 二日も練習をしないとなると、体が鈍ってしまって、思うように動けなくなる。

 そうなると厄介だ。


 なので、今日は自主練をすることにした。


 体育館に入ったら、一人の女子が素振りをしていた。

 肩にギリギリ届くかぐらいの茶髪で、パンダのヘアピンをつけている。

 その姿に俺は見覚えがあった。


風祭(かざまつり)、自主練中か」

「兎束先輩……」


 風祭と呼ばれた女生徒は、素振りをやめて俺の方を見た。


「女バドは部活ないのか?」

「はい。なので、私はもう少し自主練しようと思いまして」


 そう言って目を伏せた。

 どこか変なやつだ。


 風祭静波(かざまつりしずは)は女子バドミントン部所属の一年生だ。

 気が弱く、静かでおとなしい性格だ。

 だが、それとは裏腹にバドミントンでは豪快なスマッシュが武器のゴリゴリのオフェンス型だ。

 個人的には、一年の男女含めても一番実力があると思う。


「そっか……。じゃあ、一緒に自主練するか」

「えっ、でもそんな……。先輩に悪いですし……」


 風祭はもじもじした態度でそう答えた。


 そんなに俺と練習するのが嫌なのか。

 だが、ここは譲れない。

 特にこの時期では。


「一人でできることは限られてるけど、二人ならラリーとかゲームとか色々できるだろ。

 それに自分でも言うのもなんだが、俺結構上手いぞ」

「いや、でも……」


 それでも風祭は俺との練習を拒んだ。

 

 ここまでくるとしつこいかもしれない。

 だが、俺はどうしても試合をして力をつけておきたい。


 風祭には悪いが、俺は強行手段に出ることにした。


「いいからやるぞ。部室で準備するから待ってて」


 パワハラと訴えられそうな方法で練習の約束を取り付けた。


 俺も風祭もメリットしかないから大丈夫だろう。

 Win-Winってやつだ。


 そんななんの根拠もないポジティブ思考で、俺は準備に取り掛かった。


 準備を終えて部室から戻ってくると、風祭がストレッチをしていた。


 あれだけ拒否っていたけど、やる気は一応あるらしい。

 

 帰らないでいてくれたことに心の中で感謝して、俺もストレッチをした。


「風祭、アップはもういいか?バキバキにシゴくつもりだから、みっちりやっとけよ」

「は、はい。もう大丈夫です」


 風祭はラケットを握った。


 そろそろ始めるか。


「じゃあ、やるか」


 まず、ラリー練習から始めた。

 

 相手が打ちやすい場所にシャトルを送る。

 簡単かもしれないが、しっかりしたコントロールがないとリズムが崩れる。

 自分も相手も一歩も動かないのが理想だ。


 それが終わったら、ノック形式の練習をした。

 野球のノック練習と同じで、一方がノック出しをして、もう一方が様々なショットを打つ。

 スマッシュから始まり、ドロップ、ロブ、ハイクリアなど交互に二十回ずつ打っていく。


 風祭が二十本目のハイクリアを打ったところで、一回休憩にした。

 結構ハイスピードで進めたつもりだったが、風祭は全然息が上がっていない。


 これはシゴきがいがありそうだ。


「調子はどうだ、風祭」

「良くも悪くもなく……、普通です」

「そっかぁ。これからインターハイの予選始まるから、絶不調だけは避けとかないと」

「き、気をつけます」


 少し俯いて風祭は答えた。


 もちろん、俺も絶不調だけはならないようにしないといけない。

 去年は絶不調のあまり、変なうんこが出てしまった。


 気合いを入れ直すつもりで、両手で頬を叩いた。


「そろそろ試合するか。……いけるか?」

「いけます。むしろ早く戦いたいです」


 やる気も充分みたいなので、俺と風祭は試合をすることにした。

 

 試合形式は、3ゲームマッチで先に2ゲーム21点を先取するという、公式戦と同じものだ。


 風祭からのロングサービスで試合が始まった。

 エンドラインぎりぎりに落としてきたが、冷静にクリアーで返した。

 風祭も冷静に返してくる。


 そこから、しばらくラリー合戦が続いたが、風祭のショットが甘くなったのを見逃さずに、カットで相手のコートに落とした。


「うっ」


 風祭が悔しそうにうめく。


 カットはネットを越えたあたりから急に失速し、相手コート前方に落ちるショットだ。

 今の風祭の立ち位置的に対処するのは難しかっただろう。

 俺はニヤッと笑った。


 そこからは、俺の一方的な蹂躙が行われた。


 俺はヘアピンやトリックショットなどが得意なので、素直な戦い方をする風祭とは相性が良かった。

 思うがままに俺は風祭を翻弄した。


 1ゲーム目を21ー6、2ゲーム目を21−5のスコアで2ゲーム取って、俺は勝利した。

 時々、風祭の強力なスマッシュや冷静なプッシュで点を取られはしたが、俺の圧勝と言ってもいいだろう。


 これは決していじめではない。


「やっぱり、兎束先輩は強いですね」


 座って水筒の水を飲んでいたら、急に風祭が誉めてきた。

 そのまま俺の隣に座る。


「まぁな。こう見えても、二年生の中じゃ一、二を争う実力者だから」

「正直、私スマッシュにはかなり自信あったんですが……」


 自分のスマッシュが中々通用しなかったので落ち込んでいるようだ。

 風祭はしょんぼりしていた。


「風祭みたいなタイプは俺とやりにくかったと思う。だけど、風祭のスマッシュは俺よりも上だと思う」

「本当ですか」

「あぁ。俺はスマッシュがめっちゃ苦手でな。

 スマッシュが苦手だから、ヘアピンとかトリックショットとか違った方向の技術を伸ばしてるんだ」


 実際、風祭との試合では、俺はほとんどスマッシュを打っていない。

 自分でもわかっているが、俺のスマッシュは威力がない。

 それとは反対に、風祭のスマッシュは鋭くて、何点か決められた。

 もっと自信持っていいと思う。


「だから、風祭。お前のスマッシュはすごい。

 もっと自信持っていいと思うよ」


 先ほど褒められたので褒め返したら、風祭は照れた表情を浮かべた。

 

 俺は素晴らしい上司なので、褒めて伸ばすをモットーにしている。

 これで風祭のモチベーションが上がってくれたらいいな、と俺は思った。


「ありがとうございます、先輩。

 あ、あの一つお願いがあるのですが」

「いいよ」


 すぐ返事をすると、風祭が困った表情になった。


「え、でも、まだ私何も話してませんけど」

「おおかた、予想はついてるよ。

 ヘアピン教えて欲しいんだろ」


 これで、先輩の臓器を売りたいですとか言われたらどうしよう。

 内臓がないぞーって騒いでみるか。


 風祭は今度は驚きの表情を見せた。


「すごい。なんで分かったんですか」

「聞いたことないか。エスパーのコータって。あれは俺のことだ」


 バレバレの嘘をついたはずなのに、純粋な風祭は信じたようだ。

 「先輩、すごいですね」などと称えてくる。


 俺は風祭相手につまらない嘘をつくのをやめようと心に決めた。

 罪悪感がすごい。


「全くその通りで……。

 その、私はスマッシュやプッシュでしか点が取れないので」

「別にいいんじゃないのか。無理に覚えなくても」

「私も、その……、先輩みたいに強くなりたいんです。

 なので、もっと練習しないと」


 そんな嬉しい言葉を言われると、こちらも教えたくなる。


 俺は勢いよく立ち上がった。


「そう思ったなら、行動あるのみ。

 教えるのが下手でも、文句はなしで」


 はい、と珍しく風祭がはっきりと返事をした。


 てっきり、ナヨナヨした女子だと思っていた。

 もしかしたら、ただ静かだけかもしれない。


 ヘアピンは難易度が高いショットだ。

 ネット前から白帯ぎりぎりを狙って落とすため、相手は返球が非常に返球が困難だ。


 ヘアピンは得意な俺でさえ、集中して打たないとすぐミスショットになる。

 それだけ、決めるのが難しい。


 風祭は持ち前のセンスを活かして、十回に一回の割合でヘアピンを成功させていた。


 だが、試合で使えるようになるまではまだまだだ。

 白帯ギリギリとは言い難いし、成功する確率が低い。


 もっと練習が必要だな、と俺は思った。


 ちょうど百本目くらいのヘアピンを打ったところで、風祭が床に座り込んだ。


「兎束先輩、全然決まりません」


 風祭は俺とのスパルタ練習前にも練習をしていたのだ。

 疲労しているのは一目瞭然だ。

 これ以上は本当にパワハラになってしまう。

 ここら辺で切り上げるべきだろう。


「ヘアピンは一朝一夕に習得できるものじゃないからな。毎日コツコツやることが大事なんだよ」

「そうですね……。私、もっと頑張ります」


 てが握り拳になっているのを見て、俺は安心した。

 

 今回の自主練は風祭のためになったようだ。

 このまま、インターハイまでこのモチベーションでいって欲しい。


「そろそろ、俺は上がろうと思うけど、風祭はどうする」


 体育館の時計の針は六時三十分を差していた。

 もうすぐ、完全下校時刻の七時だ。


「私は、もう少しだけやって帰るつもりです」

「あまり無理すんなよ」


 分かりました、と返事をして風祭は再びラケットを握った。

 

 頑張るなと感心しながら、部室へと向かう。

 すぐに制服に着替えると、バッグを片手に部室を出て、校内の自販機の前に立った。

 少し悩んでから、アクエリアスとポカリを一本ずつ買った。


 体育館へ戻ると、風祭が相変わらず一人でヘアピンの練習をしていた。


「風祭」


 呼びかけると、風祭は驚いた様子で振り返った。

 水色の瞳は精気に満ちていて、綺麗だった。


「先輩でしたか……、とっくに帰ったかと。どうしたんですか」

「まだ残って練習すんなら、これ」


 そう言って風祭にアクエリアスを投げ渡した。

 

 ポカリは俺用で、もう口をつけてしまった。

 あいにく、どちらかを選ばせてあげるほど、俺は親切じゃない。


「スポーツマンの味方、アクエリアス君だ。飲み干してやれ」

「そ、そんな、悪いですよ」

「確かに、飲み過ぎは体に悪いな。しかし、一本なら大丈夫だろ」


 何を言っても無駄って悟ったのか、風祭は口をつぐんだ。

 代わりに違う言葉を風祭は口にした。


「では、ありがたく飲ませてもらいます。でも……、欲を言えばポカリが良かったです」

「ポカリは俺が口つけちゃったからな。気にしないならいいけど」

「……、やっぱりアクエリアスでよかったです」


 風祭は美味しそうにグビッと飲んだ。

 いい飲みっぷりだ。


「あの、お金は必ず返します」

「いや、いいよ。お金の切れ目が縁の切れ目って言うし。

 俺、風祭と今後も部活で関わると思うから」

「……。先輩が私の分も買ってこなければ、お金の関係にはなりませんでしたよ」


 なかなか辛辣な後輩だ。

 正論なだけに、返す言葉もない。


「返すも返さないも、風祭の自由でいいよ。どっちにしても気にしないから」

「なんか先輩って将来借金抱えてそうですね」


 風祭が呆れたようにため息をついた。


 もう奢るのはやめた方がいいかもしれない。

 俺も奢られる男になりたい。


「じゃあ、俺本当に帰るよ」


 これ以上風祭の練習の邪魔をするのは悪いので、俺は学校を急いで後にした。

 疲れた体でゆっくりと進む。


「そういえば、明日からゴールデンウィークか」


 これからくる大型連休に俺は思いを馳せた。



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