偽物だと言われた妖精姫は、妖精たちの助力によって運命を覆す
妖精姫。それは、この国で五十年に一人しかなれない、妖精と契約を交わした女性のことを言います。
ちなみに、メイヤード伯爵家の次女として生を受けた私、ナターシャ・メイヤードは、小さな頃から契約を交わした妖精が一人傍についていました。
けれどその妖精は、とある理由があって、私以外見えないようにその存在を隠していたのです。
だからなのでしょうか…。今私は、婚約者である第二王子に、煌びやかな舞踏会のホールで『偽妖精姫』だと告発されてしまったのです。
「偽妖精姫、ナターシャ!お前はずっと昔から、己を妖精姫と偽っている!その証拠に、契約を交わしたという妖精を一人も伴ってないではないか!そんな嘘つきは俺の婚約者には相応しくない!即刻婚約破棄だ!」
「……」
まぁ、仕方ありませんよね。何度も言いますが、私の妖精は外からは見えないのですから。
けれど、私にはその妖精がハッキリ見えるため、顔の横で腕を組んでムスッとしている男の子の妖精にテレパシーで声をかけました。
(ピスカ。そんなにプンプンしないの。ハゲるわよ)
(ハゲねぇわ!せっかくナターシャが王子妃教育をしながらも、このアホ王子の相手もしてたんだ!お前が努力したの、オイラ知ってるからな!)
(はいはい。でも、こんな結果になって本当に喜んでるのって、ピスカなんじゃ…)
(あーあー聞こえねぇ!オイラ聞こえねぇからな!)
突然、ピスカが耳を塞いで顔をブンブン振り回し始めたものだから、もう風が顔に当たって仕方ありません。
それでも、顔色を一切変えずに前を向けていられるのは、小さい事から叩き込まれてきた教育の賜物でしょう。
「…い…おいっ!聞いてるのかナターシャっ!」
「あっ!…いえ。すみません、第二王子殿下…。つい、妖精と話していたもので…」
うわぁ、大変!ピスカとの話し合いに集中しすぎて、婚約者の話を全く聞いていませんでした!
しかも、何やら第二王子は隣に妖艶な令嬢を侍らせてますし、彼女の近くには、どこか見覚えのある赤い女性の妖精が…。
この妖精の方が誰なのか分からず、首を傾げていると、第二王子はその様子が気に入らなかったのか、悪態をついてこう言い放ちました。
「ふん!そんなの嘘に決まってる!きっとまたボーッとしていたのだろう?妖精と話とか馬鹿げている!人形のように能面なお前だからな、思考停止しているその頭も無能なんだろうな!それよりも、この可愛らしいレミィを見ろ。隣には美しい妖精が伴っているんだぞ?彼女こそ真の妖精姫であり、俺の婚約者に相応しい!」
そう言って高らかに宣言した第二王子に対し、周りの貴族たちは一部を除いて盛大な拍手を送ります。
…ん〜、別にレミィさんが第二王子の婚約者になるのはいいんですよね。豊満な胸を見せつけてるかのような派手なドレスを身に纏っていても、一応侯爵家のご令嬢だし、身分的にも悪くないですし。
けれど、レミィさんの近くにいるあの妖精の方って、確か…。
(あっっっんのクソババア!!!!)
(!?)
急にピスカが顔を真っ赤にしながら叫んだものだから、私は目を丸くして彼を見ました。
下唇を強く噛んで、今にもピスカが突っかかりそうになってるのを、私はテレパシーで『落ち着いて』と伝えながら慰めます。
すると、ピスカは深呼吸をしたあと、また腕を組んで、あの女性の妖精について話し始めました。
(…はぁ。悪りぃな、ナターシャ。オイラ、あの女がお前の婚約破棄の元凶になったと知って、怒り狂いそうになっちまった…)
(ううん。大丈夫だよ、ピスカ。…もしかして、あの妖精の方って、ピスカの母親…だよね?)
(ん〜…まぁ似たようなもん、ではあるけどな。それより、あの女の目的は一体何なんだ?)
そう言って、また眉根を寄せながら悩むピスカに、私も一緒にあの妖精の方の事を考えます。
すると、ふと頭の中に『ナターシャちゃん、ピスカたん』と私達を呼ぶ女性の声が聞こえてきました。
どうやら、あの妖精の方が直接私達にテレパシーで話しかけてきたようなのです。
(あ”ぁん?なんだよ、ババァ。『たん』とか後ろにつけんな。気持ち悪りぃ)
(もー、そんな事言わないの、ピスカたん。例えダーリンの部下だとしても、アタクシにとっては息子も同然よ〜?あと、ナターシャちゃん。こんな事になっちゃって、ごめんなさいね。全ては愛するピスカたんのためにやってるの。『ナターシャちゃんのためだから〜』って自分の気持ちにずっと蓋をして、ナターシャちゃんが王子様と家族になるのを無気力なままで見続ける未来が、この可愛いピスカたんに待ち受けてると思うとっ!お母さん大泣きしちゃうっ!)
(なっ!何言ってんだ、クソババァ!べ、別にいいだろう!?オイラの気持ちや境遇より、契約したナターシャの気持ちが、いっちばん大事なんだからよぉ!)
あらあら。今度はピスカの顔が、真っ赤なリンゴのように赤くなりましたね。
…でもまぁ、ピスカの気持ちは契約した時から知ってるから、対して驚きませんし…。
あ!も、もしやあの妖精の方は、ピスカの上司の妻ということは…!
(あ、あのっ!不躾で申し訳ないんですが、貴女はあの妖精国のっ…!)
(ふふっ。まぁまぁ、それはシーッよ?ここでアタクシの素性をバラしたら、貴女の本当の口から言っちゃうじゃない?それは、アタクシの本望ではないの。あくまで、今の目的は、この婚約破棄に乗じてピスカたんの想いを成就させるため。…ナターシャちゃんは、あの第二王子と結婚したいとは思わないの?)
そう言って、あの妖精の方は純粋な疑問をぶつけてきたので、私は困った声を出しながらテレパシーで彼女の質問に答えました。
(…あー。これは王命なので、結婚は仕方ないとは思ってます。けれど、もし本当に婚約を破棄出来たら…その時はピスカと…)
(あらぁ!それは素敵ね!じゃあ、もういっその事、婚約破棄を受け入れちゃいなさい。そしてピスカも。婚約破棄が成立したら、ナターシャちゃんはフリーになるわ。実体を現す絶好の機会よ。思いっきり攫っちゃいなさい!)
…えっ!?ピスカが皆の前に姿を現す!?本当にしていいんですか!?
私は目を少し大きく開けながら、ピスカとあの妖精の方を交互に見ます。
すると、彼女の言葉に一番驚いた顔をしていたピスカが、次の瞬間、とても嬉しそうな顔をしてこう言いました。
(…陛下…。はい、陛下の仰せのままに!という事で、すまねぇ、ナターシャ。今から皆の前に姿を現すから、それを伝えてくれ!あと、あのアホ王子の婚約破棄を受け入れる事もな!)
(へっ!?あ、うん…)
怒涛の展開についていけず、ピスカに流されるまま、私は首を小さく縦に動かします。
そして第二王子の方に意識を向けると、彼は酔いしれたように何かを話し続けている最中でした。
「…何度も言うが、お前は本物の妖精姫であるレミィに嫉妬し、王城の庭にある噴水の中にレミィを突き落とす等の悪事をしてきた事は、既に分かっている!よって、ここに偽妖精姫であるナターシャとの婚約破棄および処刑を執り行う!」
…あら?いつのまにか、私がレミィさんに悪い事をして、処刑される流れになっていますね。
そもそも、妖精は悪事を働く人を瞬時に見分ける事が出来ますし、すぐに契約者に対して危険を知らせ、結界も貼ってくれるのです。
だから、妖精を侍らしているレミィさんが、そんな事態に見舞われる事は普通ないはずなんですけれど…。
でも。まあ今は、どうでもいい事ですね。とりあえずここは冷静に、落ち着いてピスカが公に出てくる舞台を整えないといけません。
舞踏会の会場で大きな処刑コールが響く中、私は優雅なカーテシーを披露してから、凛とした声でこう発言しました。
「第二王子殿下。婚約破棄の件、承りました。しかし、ここで何の証拠もなしに決めつけて、すぐに処刑とは、酷ではないでしょうか?」
「…なに!?これは王命であるぞ、偽妖精姫!俺が決めた事は、何が何でも絶対だ!衛兵!こいつを捕らえよ!」
そう言って、第二王子は近くにいる衛兵を呼んだのですが…どうやら脚が固まっているようで、彼らは「う、動けません…」と困った声を出しました。
「なっ!なんで動けないんだっ!もしや…ナターシャ、お前のせいかっ!」
衛兵が全く動けない今の状況に、周りの貴族たちがザワザワと困惑の声をあげます。
それを逆手に、私はとびきり優しい顔をして、第二王子にこう話しかけました。
「いいえ。私のせいではありませんよ?ふふっ。私の契約した妖精が、このような悪戯をして、ごめんなさい。でもこれで、私が本当の妖精姫であるという事を、貴方達は段々と理解する事でしょう。ではここで、私の契約した妖精をご紹介いたしますわ。…ピスカ!」
その場で手をパンパンと叩きながら、私はピスカの名前を大声で叫びます。
すると突然私の左手の甲が赤く光り、近くにいたピスカも白く光って、次の瞬間、彼は長身の美しい人間へと変貌を遂げたのでした。
「…ふぅ。やっと実体として、この姿になれた。ナターシャ、この場に呼んでくれて感謝するぜい」
「ええ。この姿は契約した日ぶりね、ピスカ」
「おう、そうだな。…それにしても、さっき衛兵を笛で動けなくさせただけなのに、この静まりようはなんだ?お貴族様方を止めたつもりはねぇんだが…」
「あ、あはは…」
何処か異様なほど舞踏会がシーンと静まり返っている中、人間の姿のピスカは辺りを見渡し、私はその場で苦笑いを浮かべました。
…やっぱり、身体が固まってしまう程驚きますよね…ピスカのこの光輝く容姿は…。
キラキラとした長い銀髪を白いリレースリボンで結び、白い軍服を身に纏っている、白い肌と青い目の美しい貴公子。それがピスカの本当の姿なのです。
ほら。あのアホ王子…ではなく第二王子も驚いて、口をワナワナ震えさせていますね。
でも…レミィさんはどうやら、ピスカに釘付けな様子。どうやら「なにあのかっこいい人!」って小声で言っているっぽいです。
…うーん…。それにしてもピスカって、そんなにモテる妖精なのでしょうか…?
レミィさんの言う通りすっごくカッコいいけれど、『オイラ』って自分の事言いますし、優しいけど、おこりんぼで悪戯好きでもありますし。
それでも、私はどんなピスカも好きだから別にいいんですけれど、多分顔しか見てないだろうレミィさんは、ピスカの本性を知ったら失望するかもしれませんし…。
「なぁ、ナターシャ。こっからはオイラが主に話していいか?」
「へ?」
ピスカの事について色々考えていたその時、いきなりピスカから耳打ちでこの様な提案をされ、私は思わずコクンと頷きます。
すると、それを見たピスカが「ありがとうな」と嬉しそうに笑ったかと思うと、すぐに私の前に立ち、高らかに声を発しました。
「紳士淑女の皆々様。お初にお目にかかります。私、こちらのナターシャ・メイヤードと契約しております妖精・ピスカと申します。諸事情により、今まで姿を隠しておりました。以後お見知りおきを」
「なっ!?」
あらまぁ。ピスカが挨拶をした途端、会場の中がまたザワザワし始めましたね。
第二王子は「う、嘘だろ…?」と言いながら、今にも倒れそうになっていますし、レミィさんは「いいなぁ…」と呟いています。
でも、ここで口を挟むのもなんですし、ピスカに全て任せた方がいいかもしれません。
「さて。まずは、この国の第二王子殿下に、心から感謝を。よくぞこの場で、ナターシャとの婚約破棄を決行して下さいました!私、もう感動してしまいまして…!」
「…は?か、感謝、だと…?」
「はい。実は貴方とナターシャの婚約が決まるまで、私はこの様に実体化したままでおりました。しかし、この国の王命で、第二王子殿下とナターシャの婚約が決まってしまった事により、私の野望が打ち砕かれてしまい…。他の事情も相まって、隠れざるを得なくなったのです」
「…野望?他の事情?」
「ええ」
そう言って頷いたピスカは、唐突に私の方に向き直り、片膝を立てたまま私の左手を取ります。
そして、その手の甲にキスをしたかと思うと、ピスカは蕩けるような笑顔を向けながら、私にこう告げたのでした。
「ナターシャ・メイヤード嬢。私は、貴女と契約した時から、貴女をずっと愛しています。どうか、私と結婚して、妖精国に身を置いて下さいませんか?」
「…ピスカ…」
はっわわわわ!と、とうとう、愛しのピスカにプロポーズされてしまいました!
ど、どうしましょう、どうしましょう!このまま頷いてもいいものなのでしょうか…。
なにせ、『妖精国に人間を迎え入れる』という例は存在しないのですから。いきなりのプロポーズに困惑している、っていうのもありますし…。
(ナターシャちゃん!もうハッキリ頷いちゃいなさい!アタクシは妖精国にナターシャちゃんが来るの、大歓迎するわよ!)
(うわっ!)
グルグルと色々な考えが頭を埋め尽くしている最中に、脳に響き渡ったあの妖精の方の声で、肩がビクッと跳ね上がります。い、いいのでしょうか、ピスカとの結婚は…。
「…ナターシャ。陛下も後押ししているから、素直になってくれ。私のこと、好きだろう?」
「うっうぅ…」
…ああ、ダメです…。もう心臓がバクバクして、顔がすごく熱いです…!恥ずかしすぎて逃げ出したくなりますけれど、もう背に腹は変えられません!
私は大きく息を吸って、勢いよく顔を縦に振ります。それを見たピスカは、目をキラキラさせて満面の笑みを浮かべたあと、勢いよく立ち上がって私を強く抱きしめました。
「ナターシャ!ありがとう!ありがとう!!これで、ナターシャはオイラのものだああああああ!」
「ちょっ、ピスカ!?は、はしゃぎすぎよ!?」
「ふへぇ…ごめんごめん。これで、ナターシャを手に入れられたと同時に、ナターシャを過労死させる運命も覆ったな!」
「…え?過労死…?」
い、今何か聞き覚えのない言葉が聞こえた気がしたのですが…。
さっきピスカが言ったことが分からず首を傾げていると、ピスカは私の肩を右手で引き寄せながら、もう片方の手でとある集団を指差しました。
「もうナターシャはオイラのだから、形式的な挨拶はやめるな!さて、オイラはそこの神官方に物申す事がある!お前らは昔から、妖精姫を酷使しすぎて五十歳で過労死させている!本来、妖精姫は百歳で、契約した妖精と共に人生を全うするのが普通だ。我が妖精国の妖精は、彼女達が100歳まで生きられるように加護を与える事が出来るのだが、それは普通に生活できていたらの話だ。多少無理するにしても、災害が起きたなどの有事に、妖精の力で元通りにするぐらい。そういう事は滅多に起こらないゆえ、その災害等で力を使いすぎたのちに、九十歳越えで人生を終える妖精姫もいた事だろう。だが、普段は滅多に使わないであろう力を毎日酷使しながら、目まぐるしく動き回った場合はどうなる!?そう。妖精の力が早くに枯渇し、妖精が死んだと同時に妖精姫も過労で死ぬんだ」
「なっなななな!?」
あらあら?ピスカから妖精姫の知られざる秘密を知って、第二王子がレミィさんを強く抱きしめましたわ。
レミィさんも「う、うそ…。も、もう神官に、妖精姫の仕事を割り振られているわ…」と青ざめていますし、神官たちの方を見ると、皆ピスカをすごい形相で睨んでいます。
…うわぁ、すっごく恐ろしいです!あ、危うく私も神官達に捕まって、今頃過労死の運命を辿る事になっていたかと思うと、ゾッとしますね!
ピスカが姿を消していたからこそ、昔は妖精を見て判断していた神官に「妖精のいない妖精姫はお引き取りを」と爪弾きにされていましたし、そのおかげで過労死になるような事は一度もさせられてなかったですから。
また、契約した妖精と一緒に死ぬ事は知っていましたけれど、妖精姫が五十年に一度選ばれる本当の理由って、そういう事だったのですね…。
「そして、そこのポンコツアホ王子(第二王子)にも物申す!よっくもナターシャを偽妖精姫と嘲笑って、気持ちの悪い脂肪をブルンブルン揺らす売女な女とイチャコラできたなぁ、おい!ナターシャの今までの努力はなんだったんだって話だ!本当は、ナターシャを大事に出来る男だったら、オイラも身を引いてたさ。でもなぁ、あの売女を虐めたからこの場で処刑!?ふざけるなよ!本当の妖精姫はナターシャで、ナターシャが死んだら新しい妖精姫が生まれるんだよ!今は妖精姫の二人目なんていねぇんだよ!!」
「ちょっ、ピスカ落ち着いて!」
「落ち着いてられっかよ!止めるんじゃねぇよ、ナターシャ!」
「でも、『カッコよくて、私の王子様で、めちゃくちゃ素敵な私の愛する未来の旦那様』はここにはいないわ!」
「……」
ふぅ。ようやくピタっと暴言が止まりました。しかも、私に顔を向けて目を潤ませながら「ごめんなぁ…」って謝っていますし、まるで子犬のようです。
私は短くため息をつきながら、左手でピスカの背中を撫でます。そしてその行為によって息を整えたピスカは、落ち着いた声で話をし続けました。
「…ふー。あと、ポンコツアホ王子である第二王子の話を鵜呑みにして、ナターシャの処刑を促すお前らお貴族様方にも腹が立つ。妖精姫を象徴するのは、妖精を伴っているだけではない。ナターシャの左手の甲には、もう既に妖精国特有の赤い紋様があるんだ。お前らはそんな事も知らないのか?」
「い、いやいやいや。そんなの知ってるぞ!だって、レミィの左手にも紋様が…あれ?ない…?」
「そうだろうな。きっとそれは、仮契約か何かだろう。あと、あの売女な女の左手に昨日まで描かれてあった紋様は、ロバ、だろう?」
「ふぁっ!?な、なんでそれを!?」
ピスカのその発言に、第二王子はレミィさんの左手の甲を見つつ、素っ頓狂な声を出しました。
…ここまで見てきて、そんなに何回も驚くほど妖精の事も妖精姫の事もあまり知らないんですねって思うと、ちょっと引きますね。
妖精姫を未来の妻にするのだから、そういう知識は必要なはずだと思うのですが、もしやロバって…。
「あー…多分、妖精国の陛下の悪戯で、紋様をロバにしたかと…。まだその紋様が残っていて、見せられてたら、昔やったオイラの黒歴史が掘り返される感じがして嫌なんだが…。んー、まあいっか。オイラの言いたかった事は全部言えたし、最後に素敵なショータイムをお見せしよう!」
そう言って、ピスカは再度右腕で私の肩をギュッと抱きしめたかと思うと、もう一方の左手を目の前に出し、小さな風の球を生成しました。
そして、周りの貴族たちに聞こえるように、彼はハッキリとした声でこう詠唱したのです。
「妖精国の王配・オーベロンの力をここに。そして、オーベロンの従者であるパックの名において、この力を借りてこの場で命を下す。無害なものには結界を、そして全ての害あるものには嵐を!」
ピスカが全ての詠唱を終えると、それと同時に、オーケストラの人達と彼らの楽器、会場の端にある食事たち、私とピスカの周りに半透明な緑の結界が貼られます。
そして、結界が貼られた次の瞬間、ピスカの左手にあった風の球が結界を通して外に出て、それがあっという間に灰色の大きな竜巻となったのです。
突然、舞踏会会場に現れた人や物をも呑み込む巨大な竜巻に、周りの貴族たちは慌てふためき、逃れられずにその竜巻の中に吸い込まれます。
中には、バルコニーや会場の出口に向かって逃げようとする人たちもいましたが、全く扉が開かなかったため、あえなく迫り来る竜巻に呑まれていきました。
「おーおー。クソ貴族どもが竜巻に呑み込まれてるな〜。ギャハハハハ!」
「んもぅ、ピスカったら。容姿に似合わず、意地悪な顔になってるわよ」
「え〜?だって、オイラは元々悪い妖精だし?今はオーベロン様の従者だから、人々に利益をもたらす良い妖精として、一応行動してるけどな。あと、この服はオーベロン様の趣味だからな!オイラの趣味じゃねぇし!」
「はいはい。でも。本当はその服も気に入っている事、分かってるわよ。ピスカって、本当に天邪鬼ね」
「…ふん!」
あーあ。とうとうピスカが顔を真っ赤にして、そっぽ向いてしまいましたね。やっぱり、ピスカは可愛い私の妖精ですね!
…さて、この様子からして、竜巻の力が弱くなり始めていますし、そろそろオーベロン様の力も消えるでしょうか。
そう思って辺りを見渡してみますと、ふと遠くの方から、レミィさんとあの妖精の方が話ている声が聞こえてきました。
どうやらレミィさんは、どこかに捕まって、竜巻に呑み込まれそうになるのを阻止しようとしているみたいです。
「っああ、もう!なんでこの妖精姫である私が竜巻に呑み込まれそうなってるわけ!?例え紋章がなくても、私の近くにはまだ妖精がいるのよ!?ティー!結界の中に一人でいるなら、私も入らせて!それか、竜巻を鎮めてよ!」
「あらやだ、そんな事はしないわよ。だって貴女、アタクシとの仮契約は終わってるのよ?しかも貴女と仮契約を結んだのも、全ては愛する息子であるピスカたんのためだもの。ナターシャちゃんを婚約破棄してくれたクソ王子、ではなく第二王子には感謝してもしきれないわ。そこだけは褒めてあげるけど、あの王子は今竜巻に呑まれてるわ。本当にだっさいわね〜。アハハハハハハ!!」
「あ、あんたねぇ…!もしあの王子が怪我でもして、お金を稼いでくれなくなったらどうするのよ!玉の輿計画が台無しになるのよ!?」
「玉の輿?あれが?ナターシャちゃんを偽妖精姫と嘲笑って、虚偽の妄言を繰り返すポンコツ脳に、仕事が出来ると思うかしら?あと、妖精の力があれば貴女もお金が稼げると思ってないでしょうねぇ?冗談じゃない!アタクシも過労死したくないもの。妖精国をダーリンに譲る気もないし、もっと長生きして妖精国を繁栄させたいわ!」
「は?じゃあなんで最初から契約を結んだのよ、私と!!」
「え〜?さっきも言ったわよねぇ。愛するピスカたんのために、ナターシャちゃんを第二王子と婚約破棄させて、ピスカたんとナターシャちゃんを婚約者にするためよ。そのためなら、貴女と仮契約を結んで、神官の仕事を少しするのも厭わないわ。あと、もう赤の他人なんだから、アタクシの事を『ティー』という愛称で呼ばないで欲しいわ。あれはダーリンだけの特権だもの。これからアタクシの事は、ティターニア女王陛下と呼んで頂戴、おバカさん♡」
「へ?女王、陛下…?って、待って!?な、なんで足が竜巻の方に向くのよっ!違う!竜巻に呑み込まれたくはないから、踏ん張りたいのに!柱を掴んでる手も痛いし!もう、いやっ!いやっ!いやあああああああああ!!」
あ。そこでレミィさんの声が途切れましたね。しかも、ピスカったら、自前の横笛を持って軽くメロディを奏でていますし…。
「ピスカ。もしや、レミィさんに何かした?」
「…ふぅ。ん?べっつに〜。ただあの売女な女の足が筋肉痛にならないように、床に踏ん張るのをやめさせただけだし?」
「あ、そう。きっと、あの声からして、レミィさんは竜巻の中に吸い込まれたわね」
「ククッ!アホ王子諸共な〜」
私の隣で悪戯が成功した子供のように笑っているピスカを見ると、ゲンナリしてため息しか出ませんが、それがピスカですもの。
私は肩をすくめたあと、ピスカの服の裾を掴み、こう口を開きました。
「ねぇ、ピスカ。これからどうするの?私、妖精国の行き方が全く分からないわ」
「おっ!それなら、オイラが連れて行って…いや、やっぱりや〜めた。あのババァの力の方が、オイラよりも圧倒的に強いし膨大だし、ババァの力で妖精国に行くのも」
「ちょっと〜。ババァじゃなくて、ママでしょう?それか、陛下って呼びなさい!この性悪息子がっ!」
「いってぇ!後ろから頭叩くなよっ!って、叩いたのはクソババッ…ではなく陛下、でしたかぁ…。も、申し訳〜ございませ〜ん」
竜巻が段々消えかけようとしていた矢先に、転移してやってきたティターニア女王陛下に頭を叩かれ、悪態をつこうとしても、威圧感が凄すぎる彼女にへっぴり腰になるピスカ。彼のこの姿を見ると、本当に情けないけれど、女王陛下には逆らえないから仕方ないと思わざるを得ません。
私はここでまた、大きくため息をついたあと、ティターニア女王陛下にペコリと頭を下げました。
「ティターニア女王陛下。この度は第二王子殿下との婚約破棄が出来ただけでなく、ピスカとの仲を取り持って頂き、ありがとうございます。心より御礼申し上げます」
「ああ、いいのよいいのよ。ピスカたんのためにやった事が、結果的にナターシャちゃんの幸せにも繋がったんだから、それでもう万々歳よ!…それにしても、アタクシを公の場でババァ呼ばわりするのは、戴けないわ!妖精国の中やテレパシーでの会話ならともかく、人間界で陛下をジジィババァ呼ばわりするのは不敬なのよ?分かってるかしら、パック?」
「く、くうぅっ!そ、その呼び名は人間界での名前だろ?名前をピスカにしたのも、パックだと知られて悪事に力が使われるのが、ナターシャのためにならないからって思ったんだよ!ほら、オイラって人を操る能力があるだろ?大昔にババッ…へ、陛下とロバ男を魔法でくっつけて嘲笑ったのも、オイラがやった事だし!…まぁ、ロバはもう見たくないけどな」
「あー…そうなんだね。けれど、今でもさっきのように、色んな人々を好き勝手に操ってたじゃない?間近で笛吹いてるの見てるから」
「あ、あれはいいんだよ!自分が人を操るのは良いけど、他人に操られたくないってだけだ!」
「…ふっ、ふふっ」
あぁ、おかしい!私のために悪事はしないって言ったのに、自分が悪事をするのはいいって言ってムキになるんですもの!話が矛盾していて、おかしいです!
けれど悪戯しないピスカはピスカじゃないですし、何事にもイキイキしてるピスカだからこそ、一緒にいたいのも事実ですから。
私はその場で笑いを堪えたあと、息を大きく吸って吐き、ピスカとティターニア女王陛下に向き合いました。
「ピスカ。女王陛下。もうすぐ竜巻が消えてしまうので、妖精国に向かいたいのですが、いかがでしょう?」
「あら?確かにそうねぇ。このまま竜巻が消えたら、会場内が悲惨な状況になるうえ、追加の衛兵も来そうよね。ほら、会場の外から走る足音が聞こえてくるわ!推定、50人ぐらい!」
「マ、まじかよババ…ではなく女王陛下。であれば、このまま逃げるぞナターシャ!そして陛下!ナターシャと妖精国に逃げるために、オイラに力をお貸し下さい!」
「まぁまぁ、偉いわピスカたん!そんなに丁寧にお願いされたら、アタクシ絶対協力するもの!という事で、ナターシャちゃん。ピスカたんにしがみついたまま、左手を出してくれないかしら?」
「は、はい」
ティターニア女王陛下に言われた通り、私はしっかりピスカを横に抱きしめたあと、左手を彼女に差し出します。
そして、女王陛下は私の手のひらに膝立ちで座ると、小声で何かを詠唱し始めました。
すると、地面から虹色の大きな魔法陣が現れて、私たちを足元から吸い込み始めたのです。
「わっ!ま、待ってピスカ!す、吸い込まれるわ!?」
「おー!そりゃあそうだなぁ。まぁ、こういう事は初めてってわけでもねぇし、昔道に迷い込んだ冒険者が、この魔法陣に吸い込まれたたとかいなかったとか?」
「どっちよ、ピスカ!」
「まぁまぁ、落ち着けって。魔法陣は陛下の力だけど、吸い込まれた先は妖精国の空の上だから、妖精国に入ったらオイラの力でなんとかするって」
「な、なんとかって、もう!」
こうして、結局軽い言い合いになった私とピスカは、私たちを見ながらニコニコ笑うティターニア女王陛下と共に、無事に妖精国へと入って行ったのでした。
※※※
さて、ここからは後日談を話そうと思います。
まずは、私の祖国についての報告から行きましょう。
…と言っても、たまにあの国に遊びに行くティターニア女王陛下から聞いた事ですので、実際には目で見てないんですけれど…。
実は、私が妖精国に向かったあの後、竜巻が落ち着いた舞踏会会場はもう血まみれの悲惨な状態だったんだそうです。
そして、追加で会場にやってきた衛兵が血まみれの貴族たちを見て悲鳴をあげ、すぐに貴族病院に搬送する指示を出したため、重症者はいたものの、死者はいなかったという奇跡も起こったそうです。
しかも、この件で舞踏会の事を調べあげた結果、なんとあの婚約破棄は、第二王子が国王様や王妃様には告げずに行ったものであると判明したのです。
もうそれはそれは、国王様も王妃様もこの件を聞いて、怒り心頭だったそうで。竜巻のせいで全身血だらけになったまま、病院で療養していた第二王子に、彼が怪我人であるにも関わらず、一発ゲンコツを喰らわせたんだそうです。
そして、たまたまやってきたティターニア女王陛下に、国王様は『新しい妖精を恵んで頂けないか。妖精姫も新たに欲しい』と懇願したところ、女王陛下は『もうアタクシの妖精と妖精姫を犠牲にはしたくないから、無理よ』と一蹴したそう。
なのでしばらくは、『妖精と妖精姫のいない国』の王として、国王様は妖精姫の分まで政務に励むそうです。
…あれ?そういや私、妖精姫として、今まであの国の政務に取り掛かっていましたっけ…。
そう思いながら、私は妖精国の王城内にある中庭のベンチに座り、紅茶を飲みながら思案します。
すると、遠くから「ナターシャちゃん!」という聞き覚えのある女性の声が聞こえてきて、私は紅茶のカップから顔を上げました。
「あ!ティターニア女王陛下!ご機嫌麗しゅうございます。もしや、今日も私の祖国を訪れていたんですか?」
「んもぅ、そうなのよ!聞いて頂戴、ナターシャちゃん!最近あの国では、神官たちが暴動を起こして大騒ぎになっていてね。しかも、彼らは長年、妖精姫の献身的な奉仕活動の裏で、寄付金を儲けにして独り占めしていたそうなのよ。やになっちゃうわよねぇ」
「うわぁ…確かに。という事は、しばらくあの国は、その暴動を収めたのちに、神官を一新する予定なのでしょうか?」
「ええ、そうね。そうでもしなくちゃ、妖精なんて送れないもの。こうみえて、妖精国の妖精は人間界が大好きだから、妖精姫と契約したい妖精も実は結構多いのよ?」
そう言って片目を閉じた女王陛下が可愛くて、私はその場でふふっと笑いました。
実は妖精国に来てから、私は人間界サイズから小さい妖精サイズとなり、今はティターニア女王陛下と同じ目線で会話が出来ているのです。
あの国の舞踏会にいた時は、可愛らしい容姿の方だなと思っていた小さい女王陛下は、実際にはものすっごくナイスバディな美人だと知った時は、腰が抜けそうになったのを今でも覚えています。
あ。ナイスバディで思い出しましたけれど、レミィさんは今どうしてるのでしょうか…。
「ナターシャあああああ!!ただいまあああああ!!」
「あら?ナターシャちゃん、貴女のダーリンがやってきたわよ」
「えっ、ピスカが!?」
レミィさんの事を考えていた最中、いきなり遠くの方から中庭に走ってやってきたピスカに、私は慌ててベンチから立ち上がります。
それを見たピスカは、一気に顔を青ざめさせたまま私に駆け寄り、すぐにベンチに座らせました。
「な、ななななにいきなり立ってんだよバカッ!今は身重の身だろう、ナターシャ!」
「でも…大丈夫よ、ピスカ。まだ懐妊したばかりだし…」
「そ、それでもだぞ!?オイラは赤ちゃんが心配なんだって!」
私の身体と子供の事が心配になりすぎて、慌てて必死に熱弁するピスカ。そんな彼に、「心配性よね」と言いながら、私と女王陛は声をあげて笑い始めました。
そう。もう既にいくつか話してしまいましたが、次は妖精国での報告をしようと思います。
妖精国にきたあの日、私とピスカと女王陛下は、ピスカの力で妖精国の空から王城の正門へと無事降りてきました。
その時にはもう既に私とピスカの身体は人間サイズよりも小さくなっていて、女王陛下と同じ大きさになっていたのですが、妖精国も物理的に小さかったために、王城に着いても違和感を感じる事は全くありませんでした。
その後、女王陛下の計らいによって、次の日にはピスカと結婚式を挙げることになりまして…!
この件には、ピスカも私も驚いていましたが、女王陛下曰く『早く結婚しないと、万が一人間界からナターシャちゃんをさらう奴が来るかもしれないもの』との事で、急遽結婚式をする事になったのです。
…も、もちろん、結婚式の初夜もやりましたけれど…ピスカが情熱的すぎて、なんか…恥ずかしくて、気持ちよくて…。
「ん?ナターシャ?ボーッとしているけど、どうした?つわり来そうか?」
「ふぁっ!い、いやいや、大丈夫!大丈夫よ!」
あわわわわ!つい、ピスカとの熱い初夜の思い出に耽って、ボーッとしてました!
私は慌てて顔と手を左右に振り、大丈夫である事を示します。すると、さっきまで眉根を寄せていたピスカが、「そうか」と言いながら穏やかな顔になり、私たちにとある事を話し始めました。
「さて、オイラがここにやってきたのは、女王陛下を探すためでもあってな」
「あら?今日はアタクシをババァ呼ばわりしないのね?もしや、アタクシが指示した任務完了のご報告?」
「はい。陛下と昔、仮契約を結んでいたレミィ嬢の件について、ご報告をば。私ピスカは、無事に彼女を社会的に抹消する事に成功し、それと同時に一組のカップルを成立させました。また、レミィ嬢はあの舞踏会で竜巻に巻き込まれていたにも関わらず、無傷であったことも確認済みです」
臣下らしく片膝を立て報告をするピスカに、女王陛下は嬉しそうに笑って拍手を送ります。
けれど、このやりとりを見て、私は頭の中に疑問が湧くのを止められませんでした。
…うーん…ここは謁見の間ではないはずなんですが、この場で話してもいいものなのでしょうか…。
「まぁまぁ、そうなのね!おめでとう、ピスカたん!よくやったわ!それで、どうやってレミィちゃんを抹消したのかしら?」
「ふっ、それはもう簡単でしたよ。公の場で彼女の身体を操り、全裸にさせたのです!しかも妖精姫と偽っていたために、待遇の悪い娼館に送り出されたのに、そこから逃げ出して、王都での警備に当たっていたお目当ての若い騎士に詰めよっていました。けれど、その男性はレミィ嬢に付き纏われて困っていた様でしたので、私の笛で引き剥がして彼女を全裸にさせ、それから」
「ま、待って待って!そこから先は、卑猥な事が続くんでしょう?察したわ!それで?カップルって誰がくっついたの!?」
何か色々とヤバい気配を察して、私はまた立ち上がってピスカの話を遮ります。すると、ピスカはまた慌てて私をベンチに座らせてから、続けざまにカップルの事について話し始めました。
「あー、ごほん。ナターシャがこう言うから、ここからは成就させたカップルの話になりますけれど、ここから言葉を崩しても?」
「え、ええ。この話はまた謁見の間でしましょう。つい内容を聞きたくなって、急かしてしまったわね。いいわよ、ピスカたん」
「あ“ー、ではお言葉に甘えまして。実は成就したカップルってのが、あの若い騎士とその幼馴染の女の子だったんだけど、これはオイラも想定外でさ。ババァからの依頼は『レミィちゃんを社会から抹消してね♡』っていうやつで、まぁ悪い気しなかったから徹底的にやったんだよ。そしたら、若い騎士の幼馴染が、あの売女の女を指差して『こんな卑猥なもの見ちゃダメ!私を見てよ!』って言い出してさ。んで、若い騎士の男も『見るわけないじゃないか!あんな気持ち悪いの!見たいのは君だけだ!』とか言って公開告白。そして結局結ばれてハッピーエンドになったってわけ」
「ええっ!つまり結局、レミィちゃんの心も徹底的に粉々になったって事ね!?ピスカたんって、容赦ないわねぇ…」
「そんなわけねぇよ!大きくヒビを入れるつもりだったのが、結局こうなったってだけだ!オイラのせいであって、オイラのせいじゃねぇ!」
『容姿ない』と言われたのが気に食わなかったのか、ピスカは頬をプクッと膨らませてそっぽを向きます。
その様子が何処か可愛らしくて微笑ましくて、ほっとしたのも束の間、急に吐き気を催して、私は手を口に当てて蹲りました。
「うっ…う…」
「!?ナ、ナターシャ!?あーもう、やっぱり無理してるじゃねぇか!急に吐きづわりが来たんだろ!?くっそ!とりあえず、オイラはナターシャを寝室に向かわせるから、ババァ!いや、陛下は医者を呼んで来てくれ!!」
「えっ!?いや、そこまで大仰にする必要はないとアタクシ思うけど、何かあったら困るものね!分かったわ!早くナターシャちゃんを寝かせて頂戴!」
「おう!」
そう言いながら、ピスカは私を横抱きにし、王城内にある私とピスカの寝室に早歩きで向かいました。
きっと急いで向かいたいのに、私の身体を心配しているから、ピスカそんな行動を取ったのでしょう。
…あぁ、本当にピスカには迷惑かけている気がします…。
「…う…ご、ごめんないさい…ピスカ。迷惑かけちゃって…」
「ナターシャ!迷惑だなんて思ってねぇよ!ナターシャは、オイラとの子供を産むって仕事があるんだぞ!?そして、その仕事を支えるのが、夫ってもんだろう!?」
「ピスカ…でも…」
ふと私の頭に、『祖国で妖精姫として政務をやった事は一度もなかったんじゃないか?』という考えがよぎりましや。
ピスカが私のために神官から遠ざけてくれたのは嬉しかったのですが、少しでも仕事が出来れば妖精姫として胸を張れたのではないか、と…。
「…もしやナターシャ、妖精姫のこと考えてるのか?オイラ、実はぼんやりとだが、心が読めるんだよな」
「っ!ピスカ…あ、あのっ…」
「言っておくが、別に妖精姫のする事は普通の令嬢と変わらねぇからな?ただ、契約した妖精を伴っているってだけだし、臨時の時に妖精姫がやってきて妖精と共に仕事をするってのが役目だ。場所と状況によっては妖精は姿を現すこともあるし、外から見えなくする事もある。…まぁオイラの場合は、神官に見つかりたくなかったのと、ナターシャとアホ王子を見守るために、ずっと外から消えた状態にしてたってだけだし…」
「…ピスカ…じゃあ、私はちゃんと妖精姫だったの?」
「おう!当然だろ?だって、オイラをちゃんと伴ってたし!…でも今は契約解除されてるし、ナターシャはもう妖精姫じゃなくて、オイラの嫁さんになったけどな…」
私の事を『オイラの嫁さん』だと言ったピスカの顔が、段々と真っ赤に染まっていきます。それにつられて私も耳まで顔が熱くなって、それを見られないように、彼の胸に顔を埋めました。
あぁ…すごく、すごく嬉しいです…!妖精姫じゃなくなっても、私はピスカの側にいられるのですね…!
『偽妖精姫だ』って前の婚約者に言われて処刑されそうになっても、ピスカは私を妖精姫として扱いながら真っ向から戦ってくれましたし、それ以前に最初から私を守ってくれていました。
ピスカは『悪い妖精だ』って自分の事を言っていましたが、私にとっては運命を覆して幸せをくれた『王子様』なのですから…!
…だから、私はこれから、『妖精姫』ではなく『妖精の妻』として、この妖精国で死ぬまで生きていこうと思います。
初めて逢って契約した時から、ずっと愛し続けた初恋の妖精と共に…。
ここまでお読み頂きありがとうございました!
ちなみですが、なぜレミィさんの手の甲にあった紋様がロバだったかは、単なるティターニア女王陛下の気まぐれです。
そして、それを見事に当てたピスカも、すごいなって思います( ̄▽ ̄;)
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