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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

我らが魔王様の魅力は∞!

 魔族と人間の戦いは、昔から言い伝えられてきた。その戦いは、魔族が人間を支配しようとしたことに始まり、人間の激しい抵抗が続いた。しかしながら、魔族の力は人間を圧倒しており、敗北を繰り返していた。

 だが、天上の神は憐れみ深く、人間に力を与えた。その力は、魔族との戦いに勝利するための魔法力と、魔族の邪悪な力を浄化する力であった。

 特に浄化の力は、ごく一部の女性にしか発現しなかった。彼女たちを総じて【聖女】と呼び崇め、讃えた。

 次に神は異世界より勇者を送り込み、魔族を討伐するための力を授けた。

 我らが神の与えし力により、人々は勝利を収め、この地に平和をもたらすことができた。


『魔戦伝説第1章』より抜粋』


――――――――――――


 ここは、魔王城。

 勇者達は、各大陸を支配していた四天王を討伐し、ついにこの城にたどり着いた。上階に続く階段を昇り、巨大な扉を開けて中に入る。そこにはただ広く薄暗い空間が広がっており、部屋の中央には一人、誰か立っていた。


「よくここまで来たわねぇ……ワタシはお前たちを歓迎するわよぉ」


 近くまで寄ってみると、その人物の顔に勇者達は見覚えがあった。度々、彼らの前に現れていた謎の女性だったからだ。

 彼女は妖艶な笑みを浮かべながら、独特な口調でそう言うと両手を広げる。

 すると彼女の身体が光に包まれ、姿が変わっていく。光が収まると、そこには、滑らかで緩やかなウェーブ掛かった髪に漆黒のドレスが彼女の豊満な身体(ボディ)を際立たせる美女の姿があった。だが、彼女の頭部には、巻きつくようにツノが生えており、彼女が人間ではないことは一目瞭然。


「まさかお前は!【幻影の悪魔・カミラ】」

「ふっ……」


 彼女は不敵に笑う。魔王軍の中でも四天王をまとめ上げ参謀を務めるほどの実力を持つ強敵。勇者達は警戒を強める。しかし、そんな彼らの様子を見ても余裕綽々といった様子だ。


「お前を倒し、魔王も倒せばこの世は平和になる!皆んなの為にも負けるわけにはいかない!」


 勇者と呼ばれた青年が声を上げる。彼に付いてきた仲間もそうだと言う様に力強く首肯(うなず)く。


「勇ましいわねぇ。だが、お前たちが旅で見たものは紛い物なのかぁ?」

「何……!?どういう意味だ……」


 カミラの言葉の意味を図りかねた勇者は怪しげに眉を寄せると、彼女は不敵な笑みを浮かべながら語り出す。


「お前たちは、我らが支配する以前の西の大陸がどうなっていたか知っているなぁ?かつてそこは戦乱の地。力こそ全て、弱き者は虐げられ、強き者が全てを牛耳っていたぁ……。だがある時、突如として戦争が終結されたぁ。何故か分かるかぁ?」

「それは、神教帝国セレスクリエの神皇(しんこう)様が争いを止めてくれたからだろう?」


 勇者の仲間の一人が答える。 

 この世界は、五大陸に別れており、それぞれ五つの大国が存在している。その中でも一番大きな勢力を誇るのが神教帝国セレスクリエ。ここは最も歴史が長く、世界で最も多くの信者を抱える宗教国家である。


「表向きはなぁ。だが実際は違うぅ!」

「じゃあ一体誰が止めたというのだ!!」


 仲間の問いにカミラは笑みを深め、そして告げる。


「分らんかぁ?それは魔王様だぁ」

「なんだと……!?」

「魔王様の素晴らしいお力で戦争を終わらせたのさぁ」

「そんな話はでっち上げだ!」


 勇者達は信じなかった。いや、信じられなかったというべきか。彼等にとって魔王とは悪しき存在だと教え込まれていたのだから。


「アハハッ!!では、何故、西の人間どもは神皇を崇めず、魔王軍の侵攻を許しているのかしらねぇ?」

「そ、それは……」


 彼女の問いに勇者達はたじろいだ。西を支配していた四天王の一人を倒した時にその地の人々は感謝するどころか、非難や罵倒を浴びせてきたのだ。その時のことを思い出した勇者は言葉を詰まらせる。


「……だからと言ってこのまま放っておくことは出来ない!俺達は魔王を倒す!!」


 勇者は剣を抜き構える。それをカミラはニヤッと口角を上げ笑い出した。


「あははは!!馬鹿な奴らねぇ。お前たちは、神皇の思惑に気づかず、必死になって戦っているなんてぇ……滑稽ね」

「貴様ァ!言わせておけば調子に乗りよってェ!!!」


 勇者の仲間の一人が我慢の限界とばかりに怒号を上げた。彼は、刀を抜刀し、カミラに向かっていく。


「おい!待て!!」


 勇者は静止の声を上げるも既に遅く、仲間達は各々の武器を手に取り戦闘に入る。


――――――――――――


 激闘の末、床に膝をついたのはカミラだった。彼女の体からは、血が流れ出し見るに耐えない姿になっていた。肩を上下させながら、辛そうに息をする彼女に対して、仲間たちも同様に傷を負い苦しそうな表情を浮かべていたが、全員辛うじて立っていた。


「終わりだ。セシリア」

「はい」


 セシリアと呼ばれた少女は、両手をカミラにかざすと淡い光が手に灯る。

 彼女は、魔族や魔物を浄化出来る聖女の一人であり、次代の“聖天妃(せいてんひ)”と噂されている程の実力の持ち主である。


「ふふふ。憐れな者達よぉ。我らが魔王様の恐ろしさをとくと味わうがいいわぁ!!」

「さようなら。カミラ……」


 カミラはそう残すとその光を受けた彼女の身体はみるみると塵となり空へ消えていった。そして、残ったものは何もなかったかのように静寂が訪れたのであった。

 彼女の消えた場所から空間がブレると重厚で豪華絢爛な巨大な扉が現れる。

 どうやらカミラの幻影で隠されていたようだ。


 勇者一行は警戒しながらゆっくりと近づき、遂に目の前まで辿り着くと緊張した面持ちで顔を見合わせる。

 魔王を浄化出来る存在であるセシリアは、ギュッと祈るように手を組む。


「セシリア大丈夫さ。みんなで魔王を倒そう!!」

「そうよ。ここまでいろいろあったけど、みんなで力を合わせたからここまでやってこれたんじゃないの」

「ユーヤさん、ミアさん」


 勇者のユーヤは、異世界から召喚された人間だ。

 彼は、正義感が強くどんな状況でも決して諦めたりしない強い心を持っている。

 そんな彼の旅に同行している仲間のうちの一人、魔法使いのミアは、冷静沈着な性格をしており、物事の分析に長けている。


「ちょっと、あんたもセシリアに何か言いなよ」

「拙者、こう言うのは・・・・・・」

「もう、クロウは戦闘以外はからっきしなんだから」


 クロウは剣豪であり、その太刀筋は美しく芸術的。しかし、極度の人見知りの為、普段あまり人と話すことは無い。

 実はミアとクロウは幼なじみの関係であり、ぷりぷり怒るミアに対し彼は、いつもたじたじである。

 この光景に、緊張していたセシリアも思わず笑ってしまう。


「ふふふ。みなさん、ありがとうございます。行きましょう。魔王を倒すために」


 勇者ユーヤを先頭にその重厚な扉は、ギギギギとサビがかった音を立ながらゆっくりと開く。

 完全に開き切った扉の向こう側には、えらく長い階段が最上階への道を示していた。


「行くぞ!」


 階段を下った先には、先ほどとは違った簡易な扉が見えてきた。


 ーーーーーー そこは魔王城最上階。


 そのドアの取っ手で扉を引くと開放感あふれる空間が彼らの目の前に広がる。

 魔王幹部を倒した薄暗い部屋とは違い天井からは陽の光が差し、床は硬い石膏ではなく色とりどりな草花が生い茂るそこは人工的ではあるものの暖かさを感じる。

 中央付近には玉座が配置されているが、魔王らしき人物が見当たらない。


「どういうことだ??」


 ユーヤは、禍々しい想像とは違い、柔らかなこの雰囲気に脱力しながらも、警戒しながら周りを興味深そうに観察し始める。

 壁際の高所には人為的に取り付けられたガラス張りの足場が連なっているが、なぜか人間用の幅ではない。

 ますます疑問が深まり他に情報がないかと散策しようとした瞬間にセシリアの悲鳴が聞こえた。


「どうした!セシリア!!」


 セシリアは口を押さえ玉座に向かって何か指している。

 その先には、丸く黒い物体が鎮座していた。

 ユーヤはセシリアを背後で庇いつつゆっくりと玉座に続く階段を登る。

 そこを覗くと、モコモコした座布団が引かれておりその上に黒い毛で覆われた生き物がおり、よくよく見ると上下に小さくだが動いている。

 彼は、その生き物を恐る恐る触ると毛の感触と柔らかさを感じた。どうやら生きているようだ。


「・・・・・・大丈夫なんですか?」


 セシリアが恐る恐る聞いてくる。

 禍々しい気配も感じず、温もりだけを感じるこの生き物。

 ユーヤはこの生き物を知っていた。敵意がないことだけは彼女に伝える。


「大丈夫みたいだ。セシリアも触ってみる?」


 彼女は好奇心に勝てず、コクンと頷くとゆっくりと手のひらを生き物にのせる。


「あ、あ、もふもふです!!」


 思った以上にもふっとしていて彼女は思わず興奮してしまう。

 流石に触りすぎたのか、黒い生き物が身じろぎ始める。 目覚めたそれは、パチっと大きいクリクリとした瞳が彼らを捉える。


『!?!?!?』


 身を捩り、近場にあった太い柱の裏に素早く逃げると黒い生き物は、勇者たちをジト目で覗き見る。

 どうやら怯えているようだ。


「あれは、なんという生き物でしょうか?」


 三角の耳に大きい目、ちょっと出張った口に細長いヒゲが伸びている。


「たぶんネコだと思う。それも子ネコだな」


 セシリアは、子ネコの高さに合わせるようにしゃがみ込み意思疎通を試みる。


「おいで〜怖くないですよ〜」


 片手を広げ、微笑みかける。

 ひとしき様子を伺って悪意がない事を確認した子ネコはニジリニジリと短い四肢で歩み寄る。その体は小さく、だが、確実にその姿に胸が打たれる。

 時折、勇者の方を睨みながらも黒い生き物は聖女の指先を嗅ぐと頭をぐりぐりと擦り付ける。


「ああああああ。な、何ですか?この可愛すぎる生き物は!!!!!」

『ミー』


 セシリアは、子ネコを腕全体で囲い込むように覆い被さり、その首元に鼻を埋め思いっきり吸い込んだ。

 セシリアの腕に包み込まれ逃げ場のない子ネコは彼女の腕をザラザラした舌でペロッペロッと舐めている。


「何か見つけた〜?」


 他の場所を探索してたミア達が帰ってきたようだ。

 セシリアは黒い生き物をそのまま腕に抱き立ち上がる。子ネコは大人しいまま。


「見てくださいミア」

「ん?ん?えっ?!それってネコチャンじゃない??」

「ねこ…ちゃん?」


 基本、魔法使いは強力な魔法を編み出すため勉強熱心な人たちが多い。

 リアも例外ではなく、いろんな研究をするため様々な本を読んでおり、知識の一部としてこの生き物の正体を知っていた。


「あ、ネコチャンは種族名ね。大昔は、いっぱいいたけど、絶滅したと言われてた。まさか健在したとは」


 初めてみたわ〜と四方八方からジロジロと子ネコを見る。ネコチャンは、気にした様子もなくセシリアの服に前脚でふみふみとし始めた。


「え、待って、めちゃカワ・・・・・・」

『ミィ?』


 ミアは、人差し指をネコチャンに差し出すと、指先を嗅ぐとペロっとひと舐めし、ちゅっちゅと彼女の指に吸い付く。

 二人の少女は、その光景に天を仰いだ。尊いとはこの事だったと語る。

 そんなほのぼのした光景だったが突然横やりが入る。

 剣豪クロウが二人に刀を向けたのだ。正確には子ネコの方にだが。


「おい、クロウどうした?ミアを取られたからって怒るなよ」


 刀を抜いたクロウにユーヤは止めに入るが、一向に下ろす気配はなくむしろ殺気を飛ばしながら子ネコに向かって睨みつけている。


「二人とも、その生き物から離れろ。そいつは……魔王だ」

「何を言って・・・・・・」

【ふふふふふ。もう遅いわぁ】


 何の気配もなかったこの部屋に妖艶な声が響き渡る。その声は、先ほどまで死闘を繰り広げた魔王軍参謀のカミラだった。


「カミラ!倒したはずじゃ?!」

「あれは、幻影ぃ。あんなチンケな攻撃で私を倒したとでも思ったぁ?」

「!!」


 勇者の背後から彼の頬をひとなでし、耳元で囁く。すぐに聖剣を振るうが、彼女に当たる前に避けられてしまう。

 カミラの登場によって、セシリアの抱く子ネコが魔王なのは確実。ユーヤは、彼女に向かって叫ぶ。


「セシリア!その魔王に早く浄化を!!」


 だが、セシリアは子ネコを抱いたまま動かない。


「セシリア!!どうしたんだ!」


 ユーヤの焦ったような叫びが部屋中に響く。そんな中でも、子ネコは、セシリアの胸に顔を埋める。まるで、甘えるかのように。


「この子は、悪い子ではありません。それに、この子が居なければ私たちは生きて帰れなかったかもしれません。この子のお陰で助かった命です。殺すなんてできません。例え、この世界全ての人が敵になっても私は守ります」


 そう言うと、子猫を抱きしめる腕に少しだけ力を込めた。彼女の様子は明らかにおかしいと言わざるを得ない。


「セシリア?」


 セシリアは子ネコを離さない。むしろ、浄化を促した勇者の方を睨みつけている。元凶のネコチャンは、彼女の腕の中でくつろいでいた。


「ふふふふ。言ったではないかぁ、もう遅いとぉ」


 カミラは楽しそうに玉座の近くの階段に座っている。そのまま静観するつもりらしい。

 勇者は、聖女の言葉に動揺しつつも目の前の子ネコに対して敵意を向け続ける。

 子ネコは、そんな勇者の視線に物怖じせず、セシリアの腕の中からスルリと抜け出すと今度はカミラの肩に飛び乗る。子ネコは彼女の首筋に顔をスリスリし始める。ネコは自由なのだ。


「あっ!魔王様、こんな所でダメですわぁ」

『ミィー!』

「魔王さまぁ~!」

『ミィー!』


 子ネコはカミラの注意を無視して彼女の首にゴロゴロと喉を鳴らし始めた。耳元で聞く猫の喉鳴らしは、なんとも言えない気持ちになる。


「こ、これは、反則ぅ〜」


 カミラは、子ネコを撫で回したい衝動に駆られるが、必死に理性で抑え込む。


「ユーヤ!おそらく魔王はセシリアを魅了状態にしているはずだ」


 クロウが子ネコを警戒しつつ、ユーヤに状況を伝える。


「何!?しかし、状態異常が回復できるのは・・・・・・」

「ああ。セシリアだけだ。だが、あの様子を見る限り魔王の魔力が強すぎて解けないのかもしれない」


 毒、麻痺、眠り、混乱などの状態異常は、アイテムにて対処できるが、魔法封印、呪い、幻影、魅了などは、作り手が稀少という事情もありその類のアイテムがほぼ出回っていない。

 治せる唯一が聖女であり、故に聖女は教会から厳重に保護されている。


「セシリア!」


 ユーヤは、セシリアに向かって駆け出す。だが、彼女の体は震えていた。


「浄化だなんて……こんな可愛いネコチャンを浄化だなんて万死に値します!」


 セシリアが右手を頭上にかざすと詠唱を紡ぎ始める。その瞳は、怒りで燃え上がっていた。


「女神より賜りし聖なる光よ!我が祈りに応えよ!清廉なる光を持って邪悪を滅ぼさん―――」


 掲げた手の先に光が収束し始め、辺りを照らすと光の槍が複数に曲線状で現れる。


「高威力の上位聖魔法だと!?まじで、殺しにきてるのかよ!」

「ここは、拙者が食い止めるから、転移魔法を準備しておけ」


 聖女が魅了され魔王側に付いたとなるととても厄介である。ただでさえ、魔王を浄化できるのは、聖女だけ。

 それと同時に彼女でしか出来ない魔法がいくつか存在する。

 それは、回復魔法の系統。一応、勇者も使えるのだが、効能で言うと天と地の差がある。


天からの贈り物(プレサング・セル)


 振りかざした手を下ろすと無数の光の槍がユーヤたちに目掛け降り注ぐ。

 その光景は、光の雨のようで、神秘的と比喩されるが受ける側にとっては雷雨である。それより酷いかもしれない。


「くそっ、転移魔法どころじゃないぞ!」


 槍の雨を掻い潜りながら、何とか転移魔法を紡ごうとするが、彼女がそれを許さない。


「魔王様を愚弄する者は滅してください」

「それは、聞き入れられない」

「!?」


 クロウはいつの間にかセシリアの懐に入り込むと彼女の鳩尾に手刀を叩き込み気絶させた。


「うっ」


 セシリアはその場に倒れこむ。


「セシリア殿、すまない」


 クロウは気を失っている彼女をそのままに、カミラの方へと走る。間合いに入ると左足をバネに一気に彼女との距離を詰める。

 狙うは、その胸に抱く魔王(ネコチャン)。洗脳を解くには術を仕掛けた本体を叩くしかない。

 その切っ先が届くにもかかわらず、カミラは動くことも焦ることのなく余裕の笑みを浮かべている。


「忘れている子がいるわよぉ?」


 その瞬間、クロウの刀を弾き飛ばし、あまつさえ彼の頭上目がけて杖の尖端が彼を狙う。だが、間一髪で避けることが出来た。

 横槍を入れたのは、魔法使いのミアだった。彼女は、幼いころに剣術を学んでおり、接近戦もお手のもの。


「ミア!?お前も魔王に」

「まさかこんな小さな命を奪おうとするなんて見損なったよクロウ」


 リアは、身の丈以上ある杖を地面に突き刺すと同時に魔法陣が展開し始める。


「大いなる力よ、我が前に立ちはだかる全ての障壁を打ち砕き、天地を揺るがす轟音となりて現れよ。紅蓮の炎が燃え上がり、焼き尽くすほどの熱狂が爆発する瞬間を待ち望む。神々の怒りが天空をも裂き、地を揺るがす激震が訪れん。深淵の烈火が破壊となり、その炎が熾り上がり、すべてを焼き尽くす天地開闢の原初の力が破壊となりて我が呼び声に応え、現れん―――」


 詠唱をが唱え始めると熱い熱気が辺りを包み込み、連なる紋様は複雑に絡み合う。大規模な魔法が組み立てられているのは明白だった。

 一度、魔方陣を展開されるとあらゆる干渉が出来なくなり、しかもリアは高速詠唱を得ていることもあり、完成まで数分も掛からない。

 流石の大魔法に対抗すべくユーヤも聖剣に魔力を込める。


「クロウ聞け。俺は、あの魔法を何とか相殺するからその後は分かるな!」

「了解した」


 彼女の魔法力が杖に埋め込まれた虹色の宝石に収縮すると、巨大な火の玉が姿を現し、それは徐々に大きくなっていく。それが解放される時を待つかのように静かに脈打つ。

 ユーヤはあの大魔法に対抗すべく聖剣に力を込め、最大限にまで高める。


大爆破(エクリクプロージー)

【女神の加護を受けし聖なる光よ、悪しきものを討ち祓え!輝ける暴風龍(フルトゥナ・ゲレル)


 聖剣を両手で握り締めると刀身が眩い光を放ち、その光は徐々に輝きを増していく。そして、その光が最大になると、その光が刃となって振り下ろされた。

 光の斬撃は、真っ直ぐに巨大で禍々しい炎に向かって飛んでいく。お互いの力がぶつかり合い、激しい閃光が走り抜けると爆風が巻き起こる。辺り一面を焼き尽くすほどの熱量と水蒸気が辺りを包み込み視界が白一色と化する。


「これではせっかくの余興が見えないではないかぁ」


 高見の見物に徹していたカミラだったが、戦局が見えない状況に苛立つと孔雀扇子を取り出し、横薙ぎ払う。

 霧が晴れ見えたものは、気絶している二人の少女を抱えるクロウと転移魔法を展開させるユーヤの姿であった。


「この借りは必ず返すからな!」

「ほざいてろガキがぁ。出来るものならやってみるがいぃ。出来るならなぁ!!あっはっはっは!」


 魔王にかける優しさとは打って変わって、カミラは、親指を下に向け、侮蔑の意を示した後、彼女の高笑いを背景にユーヤは魔法を発動させ、その場から消えた。


「あーあ。逃しちゃったんだ」

「クワベナかぁ?」


 その様子を物陰から見ていた人物がいた。それは、紛れもなく倒されたはずの四天王の一人。

 支柱の影から短髪で茶褐色の肌をした小柄な女の子――クワベナは、つまらなさそうに呟いた。


「死に損ないが何を言っているぅ」

「カミラに言われたくなぁーい。ボクら、死んだ装いするの大変だったんだからー!」


 魔王幹部には、四天王と呼ばれる人物達がいる。

 彼らは各大陸を支配すべく各地で侵攻しており、その最中、勇者との戦闘に敗北し、この世から消えているはずだった。

 だが、それは偽りである。彼らは今後の計画を実行するためにわざと死を偽装し、勇者一行を魔王城に招集し、魔王を合わせなくてはならなかった。

 もし、彼らが死の淵に直面したとしてもありとあらゆる手段で生き残る事を選ぶだろう。魔王を残して死ぬのはあり得ないのだ。

 それは、カミラも一緒だった。


「ふんっ、とりあえず目的も済んだしぃ。この魔王城を隠すわぁ」

「でも、あの聖女様が神教帝国を壊滅まで追い込んでくれるのかね~?」

「魔王様の力を疑っているのかぁ?」


 魔王の魅了は、永久持続という恐ろしい力を持っている。その効力は絶大であり、たとえ聖女の力がいかに強かろうとも簡単に打ち消すことは出来ない。

 現に聖女が洗脳されていたときも魔王の魔力が途切れることはなかった。


「まさかまさか!ただ気になっただけさ」

「まぁ、いいぃ。あの目障りな神皇を始末出来ればぁ、堂々と魔王様にとって穏やかな世界を我々で構築できるわぁ」

『ミィーーー!ミィーーー!』


 カミラの腕大人しくしていたネコチャンだったが、突如、彼女の腕から抜け出すと、何かを訴える様に彼女達を見つめながら鳴き始める。


「魔王様、お腹すいたって」


 生物の言葉が分かるクワベナは、子ネコの気持ちを代弁するとカミラは、いたわりに満ちた表情を浮かべ、そっと優しくその小さな頭を撫でる。


「ああ!魔王様ぁ。すぐにお食事を御用意いたしますねぇ。ーーークワベナ」

「まかせて!超高級のご飯を魔王様に献上するよ!」


 普段は、カミラが魔王のお世話をしているのだが、今回ばかり魔王城を移転させる仕事がある。四天王の一人クワベナに魔王の世話を任せると、彼女は元気よく返事をして子ネコと共に部屋から出ていく。

 そして、一人残ったカミラは手に持っていた孔雀の羽を地面に落とすと魔王城の真下に巨大な魔方陣を展開させる。


「我、世界を司る理を統べる者なり。我が求めに応じ、その御業を顕現せよ【次元転移(ディメンションシフト)】」


 魔方陣が発動すると、魔王城は跡形も無く消え去り、そこには何も残らなかった。


 その頃、勇者達は聖女と魔法使いの魅了を解くために神教帝国セレスクリエに赴くが、どんな方法でも解くことが出来ず、しかも魔王と離されてしまったため激越な状態であり、神皇が下した判断は彼女らを幽閉する事だった。

 この判断には、勇者等も反対したが、あの状態では魔王討伐など無理な話として聞き入れてくれなかった。

 かくして、勇者パーティは新たなメンバーを整い次第、再び魔王討伐の名が下るまでは実質上の解散となったのである。


――――――――――――――


 仄暗い部屋の中、鉄格子を嵌められた窓から月の明かりだけがうっすらと部屋を照らす。

 その差し込む光を見に受けている少女は、夜空に向かって手を伸ばす。まるで、そこに見えない星を掴むように。


「待っててくださいね。このセシリア、必ず魔王様の元へ戻ります」


 少女の呟く声は誰の耳に届くことなく、虚空へと溶け込むように消えた。狂気を含んだ瞳はただひたすらに夜空に輝く星々を映し出す。

お読みいただき、ありがとうございました!

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