零章‐②「刷新」
彼が言ったことをまずは冷静に解釈しよう。
『皆さん、私は警察です。彼の写真を今すぐ消してください。もし従われない場合、現行犯として逮捕します』
『君、不死の身体を持っているんだね。協力してほしいことがあるんだ』
警察?彼が?けれど彼はどっちかというと上の方の人間のように見える。だってスーツ着てるし。
というか、この人さっき僕を助けようとしたヘルメットの人じゃないか。何が目的だ…?
それに、「不死の身体」って…。漫画じゃあるまいし、そんなとんちんかんなこと言われても信じ…。
今とんちんかんなことが起きているな。なんだ?どうして僕はぴんぴんしているんだ?もしこの人の言うことがすべて正しいとすれば僕はどういった原理で、いや、どういったきっかけで変哲な体を持ってしまったんだ?というかこの男はなんなんだ?動揺している様子もない。
そんなことを考えていると彼が僕に近寄り顔を合わせてきた。
そして高らかに笑い出した。なんだこの男は。
「ハッハッハッハッ!神妙な面持ちだな。まあ、事態が掴めないのも無理ないか。まだ幼い、知らない方が自然だ」
そうして、彼は何の躊躇もなく
「少年、君は死ななかったんだ、よかったな」
よかったな。その言葉は僕にとって逆の発想だった。この人は、僕が自殺を試みたんじゃなくて、事故で落ちたものだと思っているんだ。だから僕を助けようとしていたのか。
この体のことはよく分からないけれど、どうやら僕は死んだことになっていてこの警察の人が僕を匿ってくれるらしい。
けれど、彼にそんな義理はない。だから僕は誘いを断ることにした。
「おじさん、僕はもう生きる理由が無いんだ。せっかく助けてもらったところ悪いけれど、僕はおじさんについて行く気はないよ。ありがとう」
そして、遠くに行くんだ。人気のない、もっと遠いところで色々確かめよう。首吊り、入水、練炭、窒息、協力者だって作ればいい。とにかく、誰もいないところでこの体について調べるんだ。もしかしたら、生きている間にあいつらに復讐できるかもしれない。
「行くアテはあるのか?」
正直、何も言い返せない。名前も素性も知らない、謎めいた男について行くのが怖いんだ。きっとまた僕のせいで傷つけてしまうんじゃないかって。
「まあ、本人が決めたことなら仕方ない、連行する気はない。自分の生きたいように生きるんだ、少年」
意外とすんなり通してくれた。子どもは危ない、だとか言いそうなものだと思っていたが。
「それじゃあ」
その瞬間、近くで女性の悲鳴が聞こえた。刃物を持っている大男がいるそうだ。
こんなところで犯罪なんて、警察の目の前で何やってんだか。
しかし、彼の目的は少し違った。
「おい!警察とやら!そのガキ、危険じゃないのか!不死身とか、ただの化け物じゃねえか!お、おかしいだろ!」
狙いは僕だった。それに少し怯えているようだった。僕が人間じゃないとでも言いたいのか?
「ふっ、まさか人を殺してヒーローになれる日が来るなんてな。おい化け物!この切崎刃がお前を楽にしてやる!」
聞いたことがある。家のオンボロなテレビでも最近報道されていた殺人グループの首領だった。その屈強なフィジカルで5人もの犠牲者を出した連続殺人犯だ。周りにいた大衆も彼を見て一目散に逃げてしまった。どうしてそんな男が僕の前に。
その瞬間、トラウマが蘇る。痛みを何度も味わいながら傷つけられる毎日。もう戻りたくない日常が。そして僕は動けなくなった、まるで金縛りにでも遭ったかのような恐怖と、自身の無力さを恨む悔しさが僕の心を酷く蝕んでいった。
「俺を楽しませろ!怪物!!」
「私に力を与えれば、汝のものを可能な限りに活かし尽くそう」
刹那、眩しい光が空に輝いた。その雷のような光は警察の男の手錠となって姿を変えた。
「よう、現行犯。生憎、彼はお前の快楽を満たす道具じゃないんだ。大人しくこの手錠に腕を通してくれ。」
本当に今日はなんて日なんだ。こんなもの、見たことがない。というか、普通じゃない。やっぱりここは死後の世界なんじゃないかと錯覚してしまう。そして、僕は夢を見ているんじゃないかと。思わず直視してしまうくらい不思議な光景だった。
「お、お前なんなんだよ!ただの街の交番ごときが、意味わかんねぇ武器使ってんじゃねえよ!」
切崎もだいぶ狼狽えているようだ。当然だ。あんな異世界から持ってきたようなファンタジーみたいな何か、現実にある方がおかしい。ここはなろうか?(※なろうです)
「ああ、これはすまない。申し遅れた。私は守谷啓史。一応、警視庁で警視をやらせてもらっている」
守谷と名乗る男が光の手錠を前に差し出すと、切崎の腕へと勝手に進んでいく。切崎も負けじと持っていたナイフで手錠をぶった切ろうとしたが、通り抜けて空振ってしまった。
「それ、現実のものじゃないから私以外の命令は聞けないようになっているんだ」
「そんなの、ただのチートだろうが…」
間違いない、ただのチートだ。そして間もなく彼の腕に手錠がはめられると体ごとどこかへ連れ去られていった。
本当になんなのだろうか、訳が分からないままひと段落ついてしまった。
「出口君、君はちゃんと人間だ。化け物なんかじゃないんだよ」
そうして守谷は僕に近づいてきた。だけど、さすがに疲れてしまったのか体が言うことを聞かない。僕はそのまま倒れてしまった。あれ、そういや自分の名前、教えたっけ…?
気がつくと僕は独り泣いていた。何もない空間で、ただ独り。すると、見覚えのある顔が見えた。此國先生だ。僕は彼を見るとたちまち元気になり、先生と呼びかけながら近寄った。しかし、彼はそれを拒んだ。
「来るな」
「先生?どうして?」
「来るな化け物。お前のせいで、お前のせいで先生は傷ついた!とても痛かった!なのに、お前は死んでいない!どうしてだ!」
おかしい、こんなのは先生じゃない。だって、先生はもっと!もっと優しくて、強くて、温かい先生なんだ。
「先生はそんなこと言わない!」
「知ったようなことを言うな!俺がどんな気持ちでお前を守ってやっていたかも知らないくせに」
すると、知らない人達が周りに集まってきて、彼と一緒に僕を責め始めた。
「あなたみたいな化け物、親の顔が見てみたいわ!」
「気味が悪い、俺たちと同じ空気を吸わないでくれ。」
「おいおい、不死身ってマジ?ね、写真撮らせてよ!バズるかもしれないしさっ!」
恐怖、嫌悪、好奇…。色んな負の感情が僕にのしかかってくる。
「おい、親知らず」
忘れもしない声だった。火立が僕を見て嘲笑った。
「なんだよ、不死身って。バカじゃねえの?お前は死んだんだよ。何もできない無能が、油川君に逆らうからだ。」
僕は頭を抱えて叫んだ。もうこんな生き地獄、耐えられない。そう思って、頭を打ち付けていたところ、彼は現れた。
「大丈夫、君は化け物なんかじゃないんだよ」
すると、目が覚めた。意識が朦朧としている。酷い悪夢を見ていたようだ。気づけば少し涙も流れていた。
しかし、なぜだか懐かしい気持ちにもなった。ずっと昔に、こうやっておんぶをしてもらっていたような…
おんぶ?
「お、気がついたか?君は倒れていたんだよ」
どうやら僕は意識を失って守谷さんに運んでもらっていたようだ。
それに気づくと僕はすぐさま彼の背中から降りた。
「すいません!おぶっていただきありがとうございます!」
「お、敬語上手だね。今時の小学生は礼儀がなってるね」
そういやいつ敬語なんて習ったっけ?うちの学校ではまだ習っていない
「えっと、守谷さん?」
僕は彼に心を許したわけではない。だけど、一つ、知りたいことがある。
「ん?どうしたのかな、少年」
「僕、自分が怖いです。体の中で何が起きているのか分からなくて、なんで生きてるのかもわからない。だから、教えてほしいんです!何か、知ってるんですよね?」
すると彼は真剣な顔つきになって僕を見つめた。正直ちょっと怖い。
「私にもわからないんだ。だけど、君と同じように不死の身体を持っている人間が何人かいてね。私はそういった体質を持った人間を集めて保護したいと思っている。」
「その、不死の身体っていうのは…」
「ああ、勝手に私がそう呼んでいる。文字通り、不死身のことさ。だけど、倫理的な問題で実験はしたくないんだ。だから、2回以上体が死滅するとどうなるのかは分からない」
そして、これらが前置きかと言わんばかりに、本題に入ろうと口火を切った。
「そこでだ。君をここに連れてきたわけだ」
目の前にはいつの間にか大きなビルが建っている。周りが高層ビルゆえに違和感はなかった。
「ここは?」
「我らがオフィス、ASKだ。君にはここで協力してもらいたいことがある」
そういうわけだが、どうやら僕は死んでしまったわけじゃない。存在するはずのない第二の人生を歩むことになった。ある日、僕は死ねないことを知った。
プロローグ「過去の独白」 終
10月より第壱章「ASK編」開幕