その後の話し
後日談になります。
一ヶ月後。
諸々の後始末と国内勢力の足並み揃えが終わり、ジスラン王太子は、正式にジスラン王となった。
王都でお披露目のパレードが行われ、国民は盛大に祝った。
新国王は婚約者すら決まらないまま即位した為、王の周囲は早く相手を決めるようにと口を酸っぱくして言っている。本人は直ぐに済ますから分かっているよと、返しているらしい。本命がいると聞いた事がないが、誰何だろう?
先王夫婦が突然隠居を決め込んだので、根も葉もない様々な憶測が貴族社会だけでなく平民社会でも飛び交った。
しかし、跡継ぎである王太子の真っ当な対応と、強制的に――恐ろしい事に、先王妃を連れ戻す為だけに兄王が直々にやって来た――祖国へ連れ戻された先王妃を見て『何かあったが原因は先王夫婦』で落ち着いた。
先王はたった一人で、息子お勧めの無人島に向かう事になった。一ヶ月前、離宮で王の悲鳴が一晩中響き続けたと言う噂も経ったが真偽は不明である。確認のしようもない。
王の愛人女性達はその半数以上が不倫で、表沙汰になると別の意味で国を揺るがしかねない騒動に発展すると判断したのか、結託して王と縁を切り、不倫していた過去を隠す事にしたらしい。
切り捨てられた王が哀れとか言ってはいけない。
この一ヶ月間で自分の周囲も変わった。
顕著なのは商店だろう。元々細々経営を目指していた事も有り、トラブルに巻き込まれたくないので、取扱商品である基礎化粧品に関するレシピを王に売り払った。商店で化粧品の取り扱いを止める訳ではないが、少しは楽になるだろう。
売った事に後悔はない。元々大量生産出来ないかと相談をしつこく(主に商人から)受けていたので、出来ない事は出来る奴に押し付けようとレシピを売ったのだ。数多の商人や商会にこの事を話したら、泣いて喜ばれた。
これにより、国有地で化粧品の生産が国家事業の一つとして始まった。
自分は化粧品の作り方の指導を行う傍ら、これでやっとのんびり出来ると喜んだ。既に忘れ去られている方も多いだろうが、先王に『王太子妃候補から外す』と言われているのだ。やっと王族との面倒な絡みがなくなると、一人祝杯を挙げた。
しかし、現実は甘くなかった。
事が動いたのは新国王即位から二ヶ月後。
地球の時間で言うところの午後一時位。一人で店を回しているので、午前中は製品作製などの作業に充てている。
いつものように開店の札をドアノブにかけようとドアを開け……変装したジスラン王がいい笑顔で立っていた。背後の護衛二人は額に手を当てて非常に疲れた顔をしている。
後に思う。何故視認して直ぐにドアを閉めなかったのかと。
三秒ほど硬直し、幻覚が見えるとドアを引いたが遅かった。ジスラン王に阻まれ、自分を店に押し込むようにに店内に足を踏み入れる。護衛二人は王のあとを追うように店内に入りドアを閉めた。
何事? と、王の顔を見上げれば、にっこりと笑顔が返って来た。寒気を感じる笑顔に何か有ったなと思う。それは正解だった。
お茶は良いから説明を聞いてと、一方的に説明が始まり、額に手を当てて天井を仰いだ。
「何で今更……」
ため息を吐く。説明内容は簡潔だった。
『隣国の王族が自分の引き抜き計画を立てている。身の安全確保の為に王城に引っ越せ』と、何でなの!? と突っ込みたい内容でもあった。
突っ込めないのは、自業自得な理由で目を付けられたからである。
でもね、化粧品が元で狙われるとかありえんわ!
いや、あの化粧品がこの世界には存在しない魔法薬の応用で作ったものである事に気付いたのは見事だが、何で引き抜きまで考えるかな!?
内心で頭を抱えて、何故だー! と叫びたくなった。
既に述べたが、この世界は魔法の使い手は少ないが存在する。しかし、使えない人間が大多数だ。
この国で貴族で魔法が使える人間は十五歳になったら報告しなくてはならない。これは通常、親がやる事。自分の場合は、親がそもそも色んな意味で育児放棄をしていたので知らなかった可能性が高い。でも、一年ぐらい前に宰相に直報告したから大丈夫だろう。両親はどうだか知らんが。
魔法が使える人間は少ないけど、茶番劇開始前に王と念話する為に使用した魔法具が有るように、魔法が込められた道具こと、魔法具が存在する。
この魔法具の材料は、地中から採掘されて見つかる、特定の性質を持った魔力を持った鉱石――通称『魔石』を使用する。魔石の加工に魔法は必要ない事から『錬石術』と呼ばれる魔石加工技術が有り、この技術が国の発展に繋がっている。
この錬石術が発展したおかげで様々なもの――医薬品、化粧品、便利道具、金属加工品、そして、兵器までもが開発され、生活は豊かになった。しかし、錬石術師の数と質はそのまま国力に繋がる為、国家間の引き抜き合戦となっている。
錬石術師で引き抜き合いとなっている状況で、更に希少な魔法の使い手はどこの国でも公表せず、隠すようになった。
万が一、魔法の使い手とバレたら、人攫いの嵐だろう。
王の説明だと、自分が魔法の使い手とまだバレていないようだが、『腕の良い錬石術師』として目を付けられていると取れる。近い内に隣国から接触が有りそうだね。
いっその事行方を眩まそうかと考えるが、むにっ、と頬を抓られた。抓った本人を見上げると、黒い笑顔を浮かべている。ダメですか。
でも、王城に引っ越したらこの店は畳むしかなさそうだな。どうするかと考えるが、そこは考えてくれていたらしい。ここを販売店舗の一つにするから残す方向に決めていたらしい。
更に、王城に引っ越しで妙な妨害がないように、『国家事業を作り出し、多大な国益を齎した』として自分に伯爵の爵位を贈るんだってさ。
……本当に準備が良いな。まさかだけど、最初から企んでいたのか?
王を見ても、何を言っても、威圧満載の笑顔しか返って来ないだろうけどね。王城への引っ越しに同意しないと解放してくれないみたいだし。
それでも、ラクロワ家と縁が切れるのであればいいかもしれない。
引っ越しに同意すれば、『今直ぐ』と言われてしまった。性急過ぎる気もしなくはないが『今後の打ち合わせを行いたい』と言われてしまうと頷くしかない。
今日までの一連の流れは、『考え事をしながらうっかり多めに作ってしまった化粧品を売った』事から始まり、自業自得的な流れで幕を下ろしそうだ。
このたまにやる『うっかり』もいつか直さないとだなぁと思いつつ、ため息を吐きながら私物の荷物整理を始めるのだった。
そして、この時点で『うっかり』忘れていた事がもう一つある。気付いたのは、王城で割り当てられた部屋が、貴賓室ではなく『王の後宮』だった時だ。
王に案内された後宮の入り口で、女の魔法の使い手に課せられた義務が一つあった事を思い出した。
『魔法は子供に受け継がれる。だから、女の魔法の使い手は子供を沢山産んでね。身分のいい男と結婚出来るようにするからだ丈夫だよ(意訳)』
つ・ま・り、出産義務である。
これを思い出して呆然とし、ふと気付けば、ジスラン王の手で後宮の一室に押し込められていたから背中に冷や汗をかいた。
あれ? これはもしかして、貞操の危機ですか? そうですか。
……。
何故こうなった?
それと、王よ。顔が近すぎるぞ。あと、笑顔が怖い。さり気なく距離を取ろうとしたら、ガシッと、腕を掴まれ、抱き上げられた。
抵抗する間もなくベッドに運ばれた。悲鳴を上げても解放してくれない。完全に詰んだ。無念。
数時間後。
過度の疲労と筋肉痛で動けなくなった。特に腰が痛い。あとで回復魔法をかけないと身動き出来ないぞ、これ。
自分と同じぐらい疲れている筈なのに、王は意気揚々と部屋から出て行く。元気一杯な王を自分はベッドの上から見送った。
もう一度思う。何故こうなったんだろう?
窓から見える空は日が完全に沈んで夜になっている。曇天模様で星は見えず、『現在の状況=籠の中の鳥』と言う連想が浮かぶ。確かにこの状況は籠の中の鳥そのものだろうね。
ちなみに、後宮制度がないのに後宮が残っているのは、単純に『国王夫婦専用居住区』として使われているからである。警備も厳重だ。逃走しようと思えば出来なくもないが――止めておこう。
あの国王から逃げるのは、精神的に疲れ果てそうだし。地の果てまで追って……来ないと、経験上言い切れないのが悲しい。
何故王子系とか王様系は、こうも執着心が強いのか。そして、どうして出会うのか。
これもあの『加護と言う名の呪い』が原因なのか?
他に原因が浮かばない――と言うか思い当たらないので、何とも頭が痛い。あと、腰も痛い。眠気もやって来た。
思考が鈍って来た頭で思う。前向きに考える以外に道はない、と。でもこれは、前向きと言う名の諦めの一種なんだよね。
眠気に勝てず目を閉じる。意識は直ぐに落ちた。
その後。『(計画的に)傷ものにしてしまった』を理由に王と強制結婚と相成った。計画的だったのに上層部は誰も文句を言うどころか突っ込みさえしない。他の婚約者候補はどうしたんだよと、宰相に訊ねたら『自主的に辞退して貰った』と回答を貰った。何をやったんだよと言えなくて残念だ。
二年後。結局自分はジスラン王の子供を産み、その後の十年間で合わせて五男二女の子供を出産する事になった。子宝と言えばそう何だろうけど、自分は腰が痛くて何度もダウンした。体型に衰えが出ないのが救いである。
自分の魔法遺伝は強かったのか、子供は全員魔法が使えた。顔立ちは完全に父親似だけどね。
宰相を始めとした国の上層部は、魔法の使い手が七人も増えた事に大喜び。全員王族だから他国から手も出されないだろうし、政略婚を持ちかけられても、それなりに良い条件を引き出せるだろう。外務大臣に至っては殺る気満々(誤字にあらず)だしね。
王の子供を産んだ自分だが、縁を切った実家が黙っている筈もなく、何かとつけてガタガタと文句を言って来た。しかし、既に縁は切れているので無視一択だ。
それでもしつこいので、宰相様からの地獄の説教が始まり、伯爵夫妻に向かって『次女が魔法の使い手だと報告を怠ったね? 今後どうなるか分かるよね(意訳)』と、ストレートに脅した。本来ならば自分が十五歳になった時点で報告を上げる義務が生じるのだが、伯爵夫妻は『跡取りの予備』であり、三つ年の離れた長女の婚約が決まり、今後の安寧が確実になった事も有り、自分に興味を持たなかった。それどころか追い出そうとしたけどね。幼少期から魔法と錬石術の勉強をしていたので、調べれば直ぐに分かったのに。誕生日に一言聞けばよかったのに、手切れ金を渡して無視したツケだな。
報告義務を怠った事でラクロワ家は処罰を受けた。、罰金の支払いと領地の一割が没収され、今後自分に近付かないと誓約書まで書かされた。
これを知った自分は宰相に『誓約書を守るとは思えない』と言うと、王によく似た非常に良い黒い笑顔と『破ったら一ヶ月間、石造りの部屋に放り込むから大丈夫だ』と言うセリフが返って来た。投獄する気なのかと、言ってはいけない。
第一子を産んでから十年が経過した。たった十年で子供を七人も生んだのかと思うと、体力的にげっそりとする。
後宮の自室のソファーの上で、ぐでぇ~と、伸びる。周囲に人影はない。子供の面倒見は全て乳母がやってくれている。半年前に生まれた五男の面倒見も乳母に頼りっきりだ。
王妃がやるべき書類仕事は、宰相や各大臣、各閣僚達に全て取り上げられた。正に『子供を産む』以外に仕事がない状態だ。かつて自身で行い、僅か数年で国家事業と化した『化粧品作り』は、今は行っていない。と言うか出来ない。暇つぶしに作ると『どうやって作ったのか』と質問攻めに遭うのだ。それは料理やお菓子作りでも同じだ。ある程度公表したら治まったけどね。
故に、暇である。
実は第一子を産んだ時、可能な限り自分で面倒を見ようと考えたのだが周囲に止められてしまった。
王曰く、乳母兄弟は得難い側近になるんだとか。王子や王女として生まれた以上、本音で話せる近しい人間が一人いないと精神的にキツイ。
子供の将来を見据えて乳母が必要であると、言われてしまった以上、納得するしかなかった。加えて、女の魔法の使い手が政治に関わると『魔法を使って操っていないか』と疑われる事も有ると知り、引き下がった。
暇を持て余して、刺繍、編み物、卓上機織りなどもやっている。出来た作品は子供達に贈った。ただ作るのではなく、魔法陣を織り込んだ刺繍やストールやショール類を公表したら、『加工布』新しい錬石術の分野が出来た。布地と錬石術の掛け合わせは過去になく、斬新に映ったそうな。そして、刺繍分野で革命が起きた。何でさ!?
話しを戻して。
子供が多いと、王位継承権争いが起きそうだが、夫ジスラン王曰く『魔法の使い手の王家の分家が幾つか欲しいから大丈夫』と言っていた。
息子だけでも五人いるので、最低でも四つは家が興せそう何だけど、『分家を作るのなら五つ欲しい』と六人目の息子が欲しいと言われている。
八人目の子供を産むのは勘弁して欲しい。娘が二人いるんだから婿を取ればいいんじゃないかと言っているが、困った事に諦めてくれない。
困った事と言えば、もう一つある。自分の寿命の長さと老化速度の違いだ。
遥か遠い昔、自分は神々から神性を与えられてしまった。後付けであるにも関わらず、捨てる事も出来なくて扱いに困る。この神性が原因で『不老』になっている。どれほど飲み食いしても体型は崩れず体重は増えず、逆に絶食しても痩せ細る事もない。肉体最盛期のままだ。転生前の自分は太りやすかったので、太る心配がないのは数少ない恩恵の一つだろう。体型を変える事が出来ないという欠点も有るが。子供を七人も生んで体形が崩れないのは、この恩恵の一つである。
ここ最近の転生先では、『三十歳になるまでに転生魔法で世界から去る』か、『魔力量によって寿命の長さと老化速度が違う世界』か、『種族ごとに寿命の長さと老化速度が違う世界』――要するに、『特定の世界に長くいない』もしくは『どれほど長生きをしても不審に思われない世界』に転生してばかりで、すっかり忘れていたのだ。いや、王太子からの婚約から逃げる理由の一つとして、完全忘れていた訳ではない。
計画的に後宮に押し込まれてから、結婚に至るまで一週間とかからなかったからね。言い訳に過ぎないが、展開が怒涛過ぎて、思い出す暇がなかったのだ。いざ思い出そうとすると王に抱き寄せられ、膝に乗せられ……しつこいまでの不意打ちボディタッチで驚かされ考える時間が取れない。
この世界の人間の平均寿命は六十歳後半、どれほど長生きをしても八十歳まで。老化速度は地球の人間と同じ。
対して、自分は二十半ばを過ぎると成長(老化)が止まり、寿命も消える。
肉体最盛期でいられると言えば聞こえは良いだろうが、いつまでも年を取らない女はある意味不気味だろう。
遠い過去の転生先の世界で、『年を取らない』事を理由に迫害された事が有る。あれは酷かった。魔法が存在しない世界だった事も有り、『バケモノ』と呼ばれ、石を投げられ、弓を射られ、多くの人間から負の感情をぶつけられた。
あの頃は、転生魔法の開発をする前だった。助けた多くの人間に裏切られたと感じて、自殺して人生に終止符を打ったんだよね。転生したけど。
あの世界では、人は理解出来ないものを恐れ、排除する生物だと、誰かが言っていた言葉を実感した。
この世界はどうだろう? 特に、夫である王とか。
とある世界で知り合った幼馴染のように受け入れてくれるのだろうか。それとも、拒まれるのだろうか。
実際に話してみなければ分からないが、不安は尽きない。
この日の夜。
夕食は全員で取るのが、結婚してからのルールだった。日中、勉強と鍛錬に励む子供達から、マナー違反にならない程度に話しを聞く。
夕食後。夫に大事な話しが有ると呼び止める。互いに湯浴み後ならばといいと許可が下りた。何故に湯あみ後? と首を傾げたが、長話にしないでくれと言う事かもしれない。長話になるか不明だが、する気はないので承諾した。
湯あみ後、意を決して自室に招いた夫に自分が抱えている秘密を全て話し――あっさりと受け入れられて拍子抜けした。
肩透かしを受け、隣に座る――本当は向かい合って座る予定だったが隣に捕獲された――夫の顔をまじまじと、見てしまった。
本人は苦笑しながら説明してくれた。
「十二年ぐらい前の茶番劇で、君は異様な情報収集能力を発揮しただろう。どうやって情報を集めたのかと思っていたが、今の話しを聞いて納得出来た。化粧品も別の世界のものだとすれば、錬石術師でなくても作れる種類が有るのも納得の行く話しだ。料理やお菓子も、前世の記憶を頼りに作ったのであれば、厨房に立つ経験がない筈の貴族令嬢であるにも関わらず作れるのも説明が付く」
成程。自分の行動がそもそも『貴族令嬢ではまず不可能な』ものであり、『どこで経験したのか不明』だから、前世の記憶云々と話しても、『それで出来るのか』と納得の行く理由となったのか。
疑問の答えを得て、納得した夫は……軽く握った右手を口元に充てて『考える人』のポーズをとって何やら考え込む。
「しかし、寿命と老化速度が違う、か。他国の王からも『いつまでも若々しい女性が妻で羨ましい』とよく言われていたが、対策を考える必要が有るな」
まだ三十路なのに『若々しいって』何だろう? あれか? 子供を七人も生んで体型が崩れない事についてか?
いや、それよりも対策については、候補がある。魔法を使うものだけど。
幻術で誤魔化すにも限度が有るので、一から魔法を開発するしかない。術式の構想自体は以前から考えていたので、形にするだけである。
後宮内での魔法の開発許可を取り――これまた、あっさりと下り、安堵に胸をなでおろす。
安心から気を抜いた直後、夫の膝の上に捕獲される。緊張から背筋に、たらりと、冷や汗が流れたのを感じたが、
「急に、大事な話しがある、何て言い出すから何事かと思ったけど、杞憂で良かった」
その言葉と共に抱き締められられ、心配させたのかと後悔する。
杞憂だったのはこちらも同じだ。
今まで拒まれ続けて来たので『話したらまた拒まれる』とずっと不安で、受け入れて貰えると思っていなかった。
かつて、受け入れてくれた人と最悪な形で生き別れてしまった事を引きずり続け、『受け入れて貰う事』を諦めていた。
目の前にいる彼なら大丈夫なのかと考え、もう一つの不安要素を思い出す。それは周囲の人間だ。誰もが受け入れてくれる訳ではない。どうするかと悩むが――この男ならどうにかしてしまいそう。何となく、そう思ってしまった。
未だに執着される理由は分からないけど、寿命の違いでは見捨てられる事はなさそう。
例えそれが、呪いじみた加護が齎したものだったとしても。
「……ありがとう」
感謝の言葉を口にすると、頭を撫でられた。
緊張が解け、抱き上げられた。突然の出来事に硬直する。
自分を抱き上げたたまま立ち上がり、移動を始める夫の良い笑顔に先程とはまた違う意味で冷や汗をかく。
夫は移動先のベッドに腰を下ろした。なお、逃亡防止の為か自身の胸に押し付けるように抱き締めれたままだ。
「しかし良かった。これ以上子供を産むのは無理と言われるかと思ったんだ」
息が首筋にかかり、くすぐったさと、警戒心から身震いする。見上げれば、何かに期待する紫色の瞳と目が合う。
言われた言葉から考えると、……このままやるの? 流石に八人目を産むのはちょっと、げっそりするから勘弁して欲しいんだけど。
「……兄弟間の歳の差が広がりますが、まだ――」
「せめてもう一人ぐらい息子が欲しいな」
「それって、息子が生まれるまでもう一頑張りですか?」
「そうだね」
肯定が返って来た。年の差は気にならないらしい。項垂れて脱力しながら、朝子供達に確認を取ろうと思う。覚えていられればだけど。
この流れだと、何を言っても意味なさそうと諦めの境地に入り、夫が上げた小さな声に、何事と、顔を上げる。
「いや、オディルの前世の名前。どんな意味が有るのかなって?」
「ああ」
質問内容に納得する。菊理って名前は珍しいもんね。しかも、『菊理』と読まないから尚更だ。
「お守り的な意味しかないです。『人との縁が切れて困った事にならないように』と、神話に出て来る『縁を司る姫神』の名前をそのまま付けられました」
夫は感嘆の声を上げて納得する。
自分の名前である――菊理と言う名は、日本神話でほんの少しだけ出て来る『縁結びの女神』の名だ。どれほどの時間が経っても自分の名の由来だけは忘れる事なく覚えている。誰が付けてくれたのかは朧気で思い出せないが『名前を守り、守られ、誇りなさい』と言われた事を思い出す。
そして今、口にしてみて、自分にはもう一つの加護が有ったんだなと気付いた。遅すぎるけど。
人との縁が切れて困った事になる事はなかったが、縁が切れず困った事になる方が多かった。だから、加護と気付かなかったんだろう。
人から与えられた加護と神から与えられた加護。
どちらも護ると言う意味では同じだ。行きつく結果は同じだけど、考えようによってはきちんと働いている。
秘密を明かし、小さいが気付いていなかった事に気付きを得た夜は更けて行った。営みも忘れずに行われたけど。
その後、新規に開発した魔法『月齢』で外見をどうにか誤魔化し、更に年月が経過した。
この魔法のイメージは『月の満ち欠け』だ。月が満ちて欠けるさまは『乙女、母親、老婆』に例えられる事も有り、魔法の構想にぴったりだった。発動させると、今までの状態を『月の満ち=成長』として、今後を『月の欠け=老化』とし外見の老化を得る魔法だ。
ただ、習熟出来ていない為、老化が進むのは三十年前後の期間だけになるだろう。発動時点で三十歳だったので、現状問題はないが、約三十年後に魔法が解除されてしまう。解除後は『肉体最盛期である二十半ば頃の姿』に戻る可能性が高い。それまでに対策を考えねばならない。
でも、久しぶりに感じられる老化は何故か嬉しかった。周囲に馴染めるからかもしれないが。
貴重な三十年間となった。
秘密を明かしたあの日以降、夫の態度に変化はなかったのが幸いだった。拒まれるかもしれない恐怖は拭い切れるものではないが、感じる事のない日々だった。感じる暇がないと言うのが正しい気もするが。
何せその後の三年間で、更に子供を三人も生む事になったのだ。娘一人と双子の息子が生まれ、長男と次男、長女と次女の父親を見る視線が随分と冷たかった。珍しい事に冷や汗をかく夫の姿が見られた。
子供達総出で『お疲れ様です』と労われてしまい、どう返せばいいのか分からず、失笑を零してしまった。
七男三女の子宝に恵まれた。産まされたとも言うが、言わぬが花か。
王位継承権争いもなかった。子供達の婚約者の座の争いは酷かったが。
長男が王位を継ぎ、残りの息子達は五男を除いて王家の分家を興した。五男は友好国の第三王女と結婚婿入りし、現在国王となっている。当初は王女の兄の王太子の即位後に、公爵の爵位を賜る予定だったが、内乱が原因で息子に王位が降って来た。
本人は執務が大変だと愚痴っているが、妻である王女の見事な飴と鞭の使い分けで日々執務を頑張っている。
夫は五十五歳の誕生日を迎えると同時に引退し、長男に王位を譲った。残りの時間を自分と一緒に過ごしたい、それが退位の理由らしい。
でも、自分と一緒にいられる時間が少ないと、無意識に感じ取っていたのだろう。
退位から六年後に、隣国から入って来た疫病を患い、先に逝ってしまった。享年六十一歳だった。
埋葬は執り行ったが、葬儀は遺言通り『疫病終息後』となった。
取り残された自分は疫病が終息するまでの息子の手伝いを続けた。王の母である自分が泣き伏せっている訳にはいかないと気を張り続け、疫病拡散から三年後、ついに終息した。
特効薬の開発自体は早々に成功していたが、国民全員に行き渡らせるのには時間がかかった。
夫にも服用を勧めたが、先が短いからと、断られてしまった。無理矢理飲ませれば良かったと、今更後悔しても遅く、自室で一人泣いた。
そして、今日。夫の葬儀が執り行われた。亡くなってから時間が経っている事も有り、密やかに家族間――自分と息子と娘――だけで行った。
父親の死を離れた場所で知った五男は『何故薬を服用しなかったのかと』尋ねて来たが、長男共々理由を話すと、父らしいと納得してくれた。
家族全員で食事を取っていた後宮の食堂に移動し、夫の思い出話に花を咲かせながら、内心今後どうするかを考える。
息子と娘達は、自分が抱えている秘密を知らない。知っているのは夫だけ。
あと二年程度で、月齢の魔法が解ける。解けたら後宮から去らなければならない。若い女が先王の後宮にいるとか騒動の元だ。次代に騒動の火種は残せん。
故に去るしかないのだが、『この世界から去るか』、『国から去るか』のどちらを選ぶか考え――『この世界から去る』事を選んだ。人は老いて、天寿を全うして去るのが当たり前なのだ。自分もそれに倣って去る。別れは悲しいが仕方がない。
しかし、ここでも問題が発生する。
転生の魔法を使用すると肉体は残らない。でも、自殺すれば肉体は残る。
懊悩としても答えはない。決断するだけだ。
二年以内に、息子――多分長男が最適だろう――に秘密を打ち明けて転生魔法を使用するか否か。それとも、肉体を残す為に自殺するか。
前者の場合は、肉体が残らないので息子の協力が必須となる。空っぽの棺を残し、棺の中が空っぽである事を知った後世の人々は何を思うのか、想像出来ない。
しかし、肉体を残す為だけに自殺する場合も、服毒すれば死因調査でバレる。体内に残らない毒を作る技術はない。やはりこちらも、息子の協力が必須となる。
悩みに悩んだ結果、肉体を残す為に、拒絶を覚悟して、息子の協力を要請した。秘密を全てを聞いて愕然とした長男は、拒絶こそしなかったが『弟や妹達にも話したい』と言い出したが却下した。幾ら血の繋がりが有るとは言え、自分と長男以外の子供の立場は『王族と臣下』であり、五男に至っては『他国の王』なのだ。自分の秘密が原因で子供達が排除される可能性は消して起きたい。
家族であっても立場が違うのだと、納得出来なくても受け入れろと言い聞かせたが、協力を要請している身なので、結局、自分が折れる形になった。けど、折れる事が出来たのは『拒絶されない』から何だろうね。全員驚くだろうけど。
この後、残りの子供達にも話した。全員揃って、驚愕し、悲しんでくれた。
拒絶されず、悲しまれて、嬉しいと思ってしまう自分はもう駄目だろうね。末期だ。
子供達と話し合った結果、半年後が別れの日となった。
その間が子供達との最後の時間となる。末の息子二人は今年で二十五歳になり、五年前に結婚して子供もいるのだが……父の最期に立ち会えなかった反動からか、孫を連れてよく訪ねて来るようになった。
それは、他の子も同じだった。
他国に住む五男は『料理と菓子のレシピ本が欲しい』とリクエストして来た。国内で公表済みのものだけだが、書いて送った。それでも、喜んでくれた。
半年後。別れの日がやって来た。自分の死の表向きの理由は『今になって発症した疫病を拡散を防ぐ為の自死』となった。
日程の調整が大変だっただろうに、息子娘だけでなく、義理息子と義理娘に孫まで全員が揃っている。
ここまで多くの身内に見送られての死は初めてではないが久しぶりだ。
自分の手で作った家族との、最期の別れを済ませ、自室で毒杯を手にし、そう言えばと思い出した。
ジスランが死んだ時、彼の手を握って自分は泣いた。恋愛婚ではなく、言い方は悪いが『体で始まる結婚』だった。互いに好きだとか言い合った記憶はない。嫌いではなかった。彼はずっと、いつぞやかの茶番を共に乗り越えた『大事な戦友』だった。
でも、共にいた四十年近い時間で絆されて――自分は彼を好いていたんだろう。だから彼が死んだときに悲しくて泣いた。
「全く、最期になって気付くなんて、本当に、うっかりものでバカだなぁ」
自嘲気味の独白を零し、盃の中身を呷り、ベッドに入る。この毒には睡眠薬が混じっているので、眠っている間に息を引き取る事になる。
死してジスランに会える可能性は限りなく低いが、跡を追うようで気が楽だ。
一つ心残りが有るとすれば、ラクロワ家だ。結局仲良く出来ずに終わった。どこの世界に転生しても『与えられた家族と仲良く出来ず、幸せになれず』、『己で築いた家族とは仲良く出来て幸せになる』のだ。これは呪いの一種として割り切るしかない。
目を閉じる前に窓から空を見る。曇天だった。
四十年前、ジスランに押し倒された日も曇天だった。
目を閉じ、眠気に身を任せる。
次に記憶を取り戻した時、この世界での事を覚えていられれば、頑張れるかもしれないなぁ。
最期にそんな事を思い、意識は落ちた。
こうして、うっかりから始まった日々は幕を落とした。
幸せか否かを問われれば、多分『幸せだった』と答えられる。
覚えていたいが、永い転生の旅の記憶の積み重ねで、いつか忘れてしまう。
でも、こんな事が有ったと言う温かな感覚だけは残るのだ。
だからまだ、いつの日にか目的を果たすまで、頑張れるのだ。
Fin
お読みいただきありがとうございました。
菊理グッドエンド。本人からするとある意味ハッピーエンドな形で終わらせる事が出来ました。
始めは『愚痴と言う名の回想』と同じく、菊理が結婚して終わりにしようかと思いましたが、『月齢』の魔法誕生の話しをどこで書くかと悩んでいたので、ここまで書く事にしました。
ジスランだったらここまでやりそうと思うとスムーズに書けましたが、グッドエンドやハッピーエンドで終わらせるって難しいですね。
バッドエンド終わりが楽なので、バッドエンド系が多くなりそうですが、グッドとハッピーな終わりについていて練習で書くと思うので、投稿出来たら読んで頂きたいです。
誤字脱字報告ありがとうございます。