有名税の徴税吏員
ゆうめい‐ぜい【有名税】
有名であるがゆえに、知名度と引き換えに生じる損害や代償を、税金に例えたことば。主として、有名になることでマスコミや大衆の注目が集まり、私生活上の事柄をみだりに公開されることなどを指す。
毎度、馬鹿馬鹿しい小噺を一つ。
えー、世の中には紛らわしい名前と言いますか、言葉の名称と物体の実質が異なるものがございます。
ウミウシは牛と言えども貝の仲間、ウミネコは猫と言えども鳥の仲間といった具合ですな。
中二病は病と名が付けども正式な病気にあらずで、有名税は税と名が付けども公式な税金にはあらず。
ですが、もしも本当に有名税なる税金が存在したら、世の中はどうなるでしょうか?
ここは某県某市。名無しの権兵衛では味気ないので、黒鷺県揚足取市とでもしておきましょうか。
この市には地方有名税という税金が存在し、役所には未納者リストに掲載されている有名人から税金を集める担当の、地方有名税徴税吏員が在籍しているといたします。
まっ、国税局の査察官、いわゆるマルサに似たような人たちとお考えくださいな。
彼らの仕事ぶりを、ちょいとばかり覗いてみましょう。
「夜分にすみません。揚足取市役所の者ですけれども」
「何ですか? これから仕事なんで、手短にお願いします」
「では単刀直入に。市民税の一部に申告漏れがありましたので、お支払いいただくようお願いに上がりました」
「税金ですか? 青色申告なら済ませましたよ」
訝しまれた徴税吏員は、タブレットを操作して細かな数字が書かれた表を見せる。
「えーとですね。ここに申告書の写しがあるのですが、佐藤さんは有名人であるにもかかわらず、地方有名税の計上がなされていません」
「はい? おっしゃってる意味が分かりませんね。私は一般人ですよ」
「いいえ、申告されたパソコンのアドレスと同じネットワークアドレスで、動画配信、写真掲載、日記執筆、小説投稿をなさってますよね? シュバルツ☆ツッカー♂さん」
ディスプレイを指でスライドさせ、加工した自撮り写真と数多の投稿作品が並ぶホーム画面を見せる。玄関先でこんなことをされたら、社会的な身の破滅を覚えること請け合いでございましょう。
「ちょっと、何なんですか貴方は! プライバシーの侵害で訴えますよ?」
「落ち着いてください。調査は税金の取りこぼしが無いようにとの目的にのみ行われたものであり、調査内容は我々地方有名税徴税吏員有資格者しか知りません」
「それは、ご苦労なことで」
「お気遣い痛み入ります」
皮肉を躱し、徴税吏員はディスプレイを反対にスライドさせて戻します。
「それで話を続けますけれども、動画配信チャンネルの登録者数が十二万人以上三十三万人未満のライン、写真交流サービスのフォロワー数が三万人以上五万人未満のライン、ウェブ日記の支援者が四十六万人以上六十五万人未満のライン、投稿小説の総評価者数が百万人以上百四十四万人未満のラインに達しているということで……」
えー、こうしていると「ご破算で願いましては~」と珠算の稽古をしているような気分ですな。お商売というものは、帳簿上の数字との格闘にあると言っても過言ではなさそうでございます。
「ずいぶん煩瑣な仕組みなんですね」
「累進税率を採用しているものですから。こちらが計算した数値でして、合計しますと四十八万三千飛んで九十六円になります」
「いやいやいや。軽く本業の月収を超えてますよ。そんな高額、急に払えませんから」
「お引落し先口座をお教えいただければ、月賦での分割納付も可能です」
どうあっても引き下がる気のない徴税吏員。こうしている間にも、佐藤氏の仕事開始時刻は迫っていく。
それというのも、佐藤氏は午後八時丁度から動画配信を行うと宣言していたのでございます。焦る佐藤氏は、急いで通帳を取って戻り、タブレットペンで必要事項を書き込みました。
「市政業務へのご協力ありがとうございました。それでは、お仕事頑張ってください」
「はいはい、どうも」
丁重にお帰りいただいた後、佐藤氏は無事に定時より動画配信を行うことが出来ました。
ところが、佐藤氏はどうにも腑に落ちない。はたして、自分が住んでる揚足取市に、そんな税金が存在しただろうか?
疑問に思った佐藤氏は、匿名掲示板サイトで疑問を投稿してみました。すると、日本中から様々な反応が返って参りました。
「それ絶対詐欺じゃんww」
「地方有名税とか聞いたことねえし。クソワロタ」
「いや、ワシが住んでる市には存在するからな。デタラメいう香具師」
「↑誤爆しとる m9(^Д^)プギャー」
「マジレスすると、黒鷺県のホームページに『職員が自宅まで伺うことはありません』って書いてありますよー」
「玄関チャイム恐怖症で引きニートの拙者は勝ち組っすわ」
「↑負け組乙ww」
「このソースによれば、どうやらハッキング集団が市役所職員を騙ってるというのが実態のようですぞ」
「ツッカー氏カワイソス」
「揚足取市に地方有名税徴税吏員という職業自体は存在するってとこが厄介だな」
コメントを見た佐藤氏は慌てて銀行に走りましたが、時既に遅し。口座からは、ペーパーカンパニーによって五十万近くの金額が引き出された後だったそうな。
まっ、承認欲求もほどほどにしないと痛い目に遭うということですな。皆様も、インターネットの使い過ぎと、巧妙化する特殊詐欺にはご用心を。
おあとが宜しいようで。