第四話
「いやー、ごめんごめん。つい投げちゃった」
「……俺が人間なら普通じゃすまないぞ、たく……」
小娘を殴り飛ばしたいが、今はやめておこう。
未だに眠っているアイリーゼをベッドの中に寝かし、隣のベッドでニヤニヤと笑う小娘の方に顔を向ける。
「契約者の方は大丈夫?」
「……まあ、問題ない筈だ。それと、俺はこいつと契約をしていない。妖精と契約を交わしているのならそこら辺見える筈だぞ」
「持ってないわ。この学園に入ったのも妖精と契約を結ぶのが目的の一つだし」
確かに、あの糞野郎もそんな事を抜かしていたな。まあ、俺からしたらどうだって良いが。興味もないし。
「それにしても、契約していない人と妖精が一緒にいる何て珍しいわね」
「まあ、俺の場合は少し特殊な理由だしな」
あの糞野郎に渡すのと人間に対する嫌悪。どっちが上かと言われれば明白だ。あんなのでも人間たちにとっての地位が高いのはムカつく。
「ん……ここは」
「目が覚めたか」
背後で気配が戻るのを察して振り返ると少し眠そうな表情でアイリーゼは俺を見つめる。
……妙に温かい感情があるが、今はそんな事は関係ないか。
アイリーゼは上半身を起こし、俺の方を向くと頭を深く下げる。
「貴方……あの、助けてくれてありがとうございます」
「あ、ああ。そうか」
普通、自分の所在を確認しするものだと思うが……こいつも、こっちをニヤニヤと見てくる小娘と同族異種か?
「私はアイリーゼ・フォン・シークェンです。貴方のお名前は?」
「アース。それ以上でもそれ以下でもない」
「そうでしたか。……私の正体を知ってますか?」
「一応な。高位の妖精なら一目で分かるだろうさ」
妖精か妖精ではないか、何てのは妖精なら案外分かるものだ。何せ、魔力の流れが人間のそれと違うからな。
半妖精というのを初めて見たが、なるほど、魔力の流れが妖精とも人間とも違うな。個人的にはどうだって構わないが、他の人間からしたら、嫌悪されるだろう。
まあ、そこら辺は自分でなんとかしてもらうか。
「そうですか……」
「ま、一応の経緯はあの『妖精使い』にでも聞いておけ」
「分かりました」
ええ……何で受け入れたの?まあ、説明をする手間が省けるから良かったか。
「あの……すみません、服はありませんか?」
「ん……ああ、そう言えばそうごふっ!?」
顔を真っ赤にしたアイリーゼのあられもない姿を見て思い至ると同時に真横に吹き飛ばされる。
意識が飛ぶことは無かったが……あの小娘、武術でもやっていたか?結構良い動きだった。
「ちょっと!?流石に服は持ってるでしょうね!?」
「いや、女物はないぞ。男物なら幾つかあるが……多分、入らない。そっちは?」
「……私に対する宣戦布告ととって良いのなら」
「……すまん」
確かに、この小娘の体つきよりもアイリーゼの体つきの方が女性的だ。小娘の貧相な身体に合った服だと流石に――
「嫌な事を考えていたでしょ」
「いや、なんも」
振り抜かれた拳を掌で受け止め、鋭い目付きで睨んでくる小娘に簡素に答える。
女というのは妖精も人間も、変なところで勘が良いな。妖精とも殆んど関わってないからそこら辺はよく分からんが。
「たく……それじゃあ少し頼んでくる。紙とペンはあるか。貸してくれ」
「ええ、わかった」
小娘から紙とペンを貰い、ささっと文字を書く。
そして、呟くように唱える。
「来い《百鬼夜行・漆黒鴉》」
唱えると同時に影の中が水面のように揺らめく。そして、中から黒い何かが飛び出る。
飛び出てきたのは一羽の鴉。大きさは普通の鴉とそう大差ないが額に三つ目の眼がある。
メッセンジャーとしてはこいつが良いかな。基本的な大きさはそこまで大差ないし。
「あのくそったれな『妖精使い』に手紙を渡せ。最短最速でだ」
「カー!!」
漆黒鴉に手紙を渡すと鴉は鳴いて壁に向かって飛んでいく。嘴が壁に触れた瞬間、壁に大きな穴が開く。
「えっ……」
「あっ」
呆然としながら驚く小娘。まあ、俺も忘れてたけど。
小娘は鋭い目付きで俺を睨む。
「これは、どういうこと?」
「……そういえば、あいつは結構物を壊すのが好きな性格をしていたな」
「それで、こんな穴が出来たの?」
「まあ、そうなるな」
「…………」
「…………」
……どうしよ。
「何してくれてんのおおおおおおおおおおおおおおあおおおおおおおあお!?」
「……まあ、寝たら直ってるだろ」
というか、普通に五月蝿い。黙らせても良いが……まあ、別に構わないだろ。どうせ、すぐに『妖精使い』が保有している妖精が派遣されるだろうしな。
膝から崩れ落ちる小娘を無視して俺は部屋を出て適当な壁に凭れかかる。
やれやれ……気が狂うな。