冒険者ギルドのお役所仕事 〜幻の薬草の種〜
家紋 武範様主催『夢幻企画』投稿作品です。
今回は『幻』をテーマに書いてみました。
と言っても中身が結構リアルですが……。
ファンタジーに現実を叩き込む暴挙をお楽しみください。
ここはとある街の冒険者ギルド。
多くの冒険者が依頼と報酬を求め、今日も賑わっている。
「そこを何とかお願いします!」
そんな賑わいが、受付で上がった大声で一瞬止まる。
「どうしてもこの依頼でキュアル湿原に行きたいんです! お願いします!」
「承りかねます」
激しい熱を帯びた青年と、受付の眼鏡の男の冷静さは、正に炎と氷。いや、氷河の前の焚き火のようだ。
「この依頼の条件は、五階位以上と定められています。四階位の貴方に依頼する事は出来ません」
「プリム先輩、良いじゃないですか。アーダントさん、来月の審査を受ければ昇階間違いなしって言われてるんですよ? 少しくらい前倒ししても……」
「今は四階位。それが全てですよコリグ」
助け舟を出す後輩コリグの言葉も、輝く眼鏡が弾き返す。
「来月昇階してから来れば良いだけの事です」
「それじゃ、駄目なんだ……!」
アーダントの声が悲痛さを帯びる。
「キュアル湿原に幻と呼ばれる薬草が今花を付けていると聞いたんだ! その実は、俺の妹の病気の特効薬になるかも知れないんだ! 来月じゃ花も実も取り尽くされてしまう! 買い取る金は無い! 頼む!」
「せ、先輩……?」
必死に懇願するアーダント。何とかそれを後押ししたいコリグ。しかし、
「規則は規則です。お金が無いなら稼げば良いだけの事」
プリムは冷徹に言うと、一枚の依頼書を差し出した。
「何だ、これは……? 鉱山の、採掘!?」
「ヘビハド鉱石は実入りの良い鉱物です。そちらを大量に集めれば、どうにかなるかも知れませんよ?」
「……!」
アーダントの拳が震える。
確かに硬く重いヘビハド鉱石は、他のものより採掘が難しいため高値で売れる。しかし、掘れば出てくる鉱石と、幻と言われる薬草の種、値段にどれほどの開きがあるか。
それに本来鉱山での採掘は、経験の少ない新人向けの依頼だ。少数なら中級の怪物と渡り合える四階位で、この依頼を受ける者などほとんどいない。
「分かり、ました……」
それでもアーダントは、わずかな望みにかけて依頼書を取った。ごく稀に宝石や希少鉱物を掘り当て、一攫千金を成した者の話を知っているからだ。
「では次の方」
依頼書を握りしめて出口へ向かうアーダントの背に、プリムの冷たい声が当たって、落ちた。
「おい、依頼、達成、してきたぞ……!」
「あ、アーダントさん!? その袋は一体……?」
十日後、アーダントは薄汚れ、痩せこけた顔でギルドに現れた。山のような袋と共に。
「ヘビハド、鉱石だ。納品、してくれ……」
「ふむ」
プリムが眼鏡を押し上げる。
「では依頼主をお呼びします。すぐお見えになると思いますので、お掛けになってお待ちください」
「……早くしてくれ」
アーダントは自棄気味にそう答えた。この十日間、必死に掘り続けた。鍛えた身体のおかげで、常人の何倍もの鉱石を採掘出来た。
しかし宝石や希少鉱物を掘り当てる事は出来なかった。これではとても幻の種には手が届かない。
「パショナ……」
待合椅子に腰を落としたアーダントの脳裏に、病に苦しむ妹の姿が揺れた。
「おう、待たせたな!」
響いた豪快な声に、アーダントが憔悴した顔を上げる。
「あ、貴方は、八階位のヘフティさん……!」
「おう、知っててくれたか」
知っているも何もない。
八階位以上の冒険者は世界で百人もいないのだ。
禁足地以外への探索には、名前を名乗るだけで許可が出るヘフティを、アーダントは複雑な目で見た。
「こんなに取って来てくれたのか! ウチの機巧士が新しいカラクリを作りたいそうでな! 助かる!」
「はぁ、ありがとうございます。それで報酬は……」
「おう、これだけのヘビハド鉱石となると金では面倒でな! これで構わんか?」
「……?」
手を突き出され、反射的に受けるように手を開く。
そこに小さな粒がぽとり、ぽとり。
「これ、は……!」
何度も図鑑で見返した。
夢にまで見た。
見間違えるはずがない。
「幻の、種……!」
あまりの衝撃が疲労しきったアーダントを襲う。膝が笑い、立っていられない。
へたり込むアーダントは、それでも決して種を手放さなかった。
「先輩、何であんなややこしい事を? 最初からヘフティさんに種の依頼をすれば良かったじゃないですか?」
「コリグ。君はギルド法第十一条を知らないのですか?」
眼鏡を押し上げるプリムに、コリグは天を仰ぐ。
「十一条……? 確か依頼の報酬について、でしたっけ?」
「ギルド法第十一条第一項『依頼の報酬は一般的な市価や費やした労苦を大きく下回ってはならない』」
「あ、そうすると、幻の種の流通価格と見合う報酬にしないと駄目なのか」
コリグははたと手を打つ。
「そして第二項『依頼主は冒険者の成果に応じて、報酬を変更したり、追加の報酬を支払う事が出来る』」
「成程! それなら依頼したヘフティさんが、ヘビハド鉱石よりも遥かに高い幻の薬草の種を支払っても問題ない訳ですね!」
納得したコリグに、プリムは無表情に頷く。
「彼の必要とするヘビハド鉱石の量は通常では調達困難でしたし、彼ならキュアル湿原など庭のようなものですから、報酬として釣り合いは取れています」
「で、報酬には幻の薬草の種が良いと、それとなく伝えた、と。流石プリム先輩! よっ、名裁き!」
「私は裁判官ではありません」
「そういう意味じゃないですって……」
冗談に真顔で返すプリムに頭をかきながらも、頼もしさを感じるコリグ。
「さてそろそろ定時です。日報は仕上がっていますか?」
「あ、忘れてた!」
「私は帰りますよ」
慌てて書類を書き出すコリグを尻目に、帰り支度を始めるプリム。
「ほんと、お役所仕事ですよねぇプリム先輩」
読了ありがとうございました。
少し前から、
「ギルドの職員が超お役所仕事で、そのくせあれこれと抜け穴や前例を駆使して、人も規則もちゃんと守る」
と言った話を考えていまして、この夢幻企画にこれ幸いと読み切りっぽく書いてみました。
人気があれば本連載も……(笑)?
私にしては珍しく恋愛要素ゼロのオチでしたが、たまにはこんなのも良いですよね?
ではまた次回作をよろしくお願いいたします。