3 すがすがしくない日
鋭い目をした赤い瞳の男。
ある一室に彼はいた。
部屋は一介の役人が使うような部屋ではなく、
それなりに広々としている。
執務用の机には様々な書類がきっちりと角までそろえて置いてあり、
本棚には様々な資料が置かれ、
わかりやすいように付箋が張られたものばかりだ。
そんな部屋の様子からして、
この人物は多くの仕事をかけ持つ、できる男なのだろうことは明白だ。
それも潔癖なのだろうか、
そんな部屋には埃なんかは一切見当たらない。
恐らく窓枠にすらそれを許してはいないだろう。
そんな男が疲れたように息を零す。
「・・・はあ・・・豊国、教国、獣王国の方は相変わらずか・・・。
後は王国か・・・まあ、そのうち持ってくるだろう。」
そう思い、
他の仕事に着手する。
直近の仕事はほとんどないのだが、
それでも、それでもと先を読んで進める。
我ながらワーカーホリックを患っているようだとは思う。
まさかこんな多忙な男が皇帝だとは思うまいよ。
鋭い瞳で資料に目を通す。
若作りだとは言われるが、
中身までそうとはいかない。
彼の容姿は30そこそこのように見えるが、
実際のところは52歳。
最近は衰えを感じ始めたのか、
ずっと執務室に籠り、
作業を行っているということはない。
(・・・というか、物理的にできなくなってしまった・・・。)
戦闘で体は動くのに不思議なことだ。
・・・いい加減報告に来ないものか・・・。
そんなことを考えながらも、仕事は進んでいたためか、
思い付きで横に割り込ませた仕事が切りのいいところまで終わった。
というか、終わってしまった。
男は時計を確認する。
ジャスト2時間。
体内時計は昔から変わらず完璧だ。
けれども休憩に入ることを迷う。
できれば後顧の憂いなく休憩に入りたい。
休憩中にもしかしたら・・・なんて考えたくない。
まあ、互いにけん制し合っているせいか、
どうせ何も起こっていないだろうが・・・。
どこかの国が膠着を崩すような手を打ってきてもおかしくはないのだから。
・・・何かしらの行動を起こすことは考えられる。
・・・とは言えないものは仕方がない。
報告の者には後で小言の一つでもプレゼントすることにしよう。
先延ばしを選ぶなり、
すぐさま行動を開始する。
一通りの仕事を終えた男は流れるような仕草で外窓を開き、
空気を入れる。
それから、
深呼吸をし、
軽く体をほぐす。
節々からポキポキという小気味のいい音が聞こえる。
そんな音に男は満足したように頷く。
「ふむ。」
いつも通りだ。
体中の疲れから予想した音と同じ。
あの時のような体から出てはいけないような音は聞こえない。
・・・あれは忘れもしない冬の日だった。
14時間ほど座りっきりで作業をしていた時だった。
背伸びをすると、腰から・・・ゴキッ!バキバキバキッ!!
折れたんじゃないかと思った。
実際はぎっくり腰だったんだが・・・
・・・まったくあの時は体の衰えを感じたものだ。
それからはある程度時間を定め、
定期的に休憩を入れることにした。
運動だけでは駄目だと悟った。
頭を振り、
そんな苦々しい思い出はどこかにやる。
・・・何はともあれ、いつも通りの朝だ。
外で再び深呼吸をしたせいか、
先ほどまでの疲労はちょうどいいものだったと感じられた。
今日もすがすがしい日になる気がする。
「し、失礼致しますっ!」
慌ただしい音が聞こえる。
視線を向けると、
扉の端から微かに木片が落ちる。
どうやら荒々しく扉を開けたようだ。
・・・まったく・・・部屋に入るときはあれほど・・・。
普段だったら、
小言の一つでも言うところだが・・・。
男のひどく焦った表情にそれはやめる。
ただ私は悟った。
・・・どうやらすがすがしい日とはならないようだ。
肩のあたりが重くなった気がした。
その瞬間、
私の疲労はぶり返してくるのだった。
報告内容については聞かなければよかったと後悔した。
逃げてきた貴族を受け入れる。
これ以外の返答は残されていなかった。