美味しかった
城に着くと従者が側に来た。彼女がビクッと体を揺らし、しがみついてきた。
あんな目に遭った直後だ、男が怖いのかもしれない。僕も男なのにしがみついて来ることを嬉しく感じると同時に怖い思いをさせてしまったのを申し訳なく思う。
客間に案内し、侍女にお茶を準備させる。彼女の向かい側に座ろうとしたが、彼女が離れない。よほど怖かったんだろう。彼女から話を聞くのは明日にする。今日はゆっくり休ませたい。というよりこの時間をゆっくり味わいたい。
けれど、彼女は気丈にも話してくれた。空き教室に引摺りこまれ、手を括られ猿轡をされ、あっという間に窓から外に林にある管理小屋に連れていかれたと。オデットがいて話したら出ていったこと。オデットが出ていって少ししたら男たちが来たこと。男たちから逃げていたら僕が来たこと。
彼女は僕を見て本当に嬉しそうに笑った。
本当に嬉しそうに笑って僕の喉がゴクリと鳴った。
「助けていただき、ありがとうございます」
その笑顔に間に合って良かったと本当に思った。
だから、無意識だった。彼女の顔に自分のそれを寄せたのは。唇を触れ合わせた。びっくりした顔になったけど、すぐに頬を赤らませ微笑んだから可愛くて抑えが効かなくなった。
彼女は柔らかく甘くとても美味しかった。
とろんとした目で見つめられ、強請れば舌足らずの声で甘く名前を呼ばれ、僕の理性は何度も砕け散った。彼女は襲われ怖い思いをしたというのに、僕は僕を抑えられなかった。
翌朝、ベットから動けない彼女は僕を見てしみじみ言った。
「ジーク様は、両刀でしたのね」
彼女が言った言葉は最初理解できなかった。
「そうですわね、そうでなければ世継ぎが・・・」
ん? まだ彼女は僕がロットバルトと恋仲だと思っているのか。
「わたくし、ロットバルトと恋敵になりますの?」
だったら、どう思う? あいつに嫉妬してくれる?
「どうしましょう! わたくし、いや、嫌ですの」
僕は狼狽えて頭を抱えている彼女を見下ろしていた。たぶん、彼女は僕の存在は忘れているだろう。
どんな結論を?
「応援、もちろん応援していますわ・・・、けど、けど・・・、負けたくありませんの」
誰に? とは聞かない。あいつだと思いたいから。
僕は口角が上がるのを抑えられない。彼女の額に唇を落とし、耳元で囁く。
「オディール、愛してるよ」
ボン、と音が聞こえたような気がした。真っ赤になった彼女がいた。
城は、今、歓喜に包まれている。病床の国王、早く世継ぎを欲しがっている王妃、僕を諌めながらもニヤついた顔を隠せないでいる。もう彼女は城から帰れない。部屋もすぐに僕の私室の続き間に代わるだろう。今頃、婚姻をいつにするか熱論をたたかわせている。
行きたくないけど、学園に向かう。昨日のことをはっきりさせなければならない。
昨日のことは、未遂とはいえ公に出来ない。彼女におかしな醜聞がつくといけないからだ。男に襲われたと噂が広がったら、彼女との婚約が解消出来ると考える者がいるからだ。その心配はもう全くないのだが。
オデットは、林の入り口にいただけで何も知らないと言っているらしい。男たちもどういう訳かオデットを知らないと言っている。希有な特待生を数ヶ月で退学にしたと騒がれたくない学園は、オデットの恩情を与えろと言っている。
そんなこと出来るわけないだろう。
「オディールから全て聞いている。申し開きはなしだ」
オデットはハラハラと涙を流し、項垂れていた。
儚げに見える容姿を最大限に利用して、巻き込まれた被害者を装っているのが甚だしい。
「ジークフリード様は、オディール様に騙されているのです」
泣いているのに嗚咽も無しで一気に喋れるのは嘘泣きと証明していると思う。
「物語のジークフリード王子がオディールに騙されたように?」
オデットは涙に濡れた顔をあげ、コクコクと頷いている。周りの者たちが、その顔に見とれているが何処がいいのか分からない。如何にも嘘臭いではないか。
「騙され裏切ったジークフリード王子を許す、と?」
オデットはこれまた嘘臭い慈愛の笑みを浮かべた。その場にいた者から感嘆の声が漏れている。どう見ても嘘臭いのに?
「残念ながら、僕はオディールに騙されていないし、(オデットを)裏切ってもいない」
オデットの顔が笑みを浮かべたまま固まった。
「それに、僕は騙されるつもりもないし、オディールを裏切ることをしない」
僕ははっきりとオデットに宣言し、牢獄に閉じ込めるように指示をした。
悪役令嬢だの、ヒロインだの、騙されているだの叫びながら、オデットが引き摺られていく。
彼女の頬を叩いた分もしっかり償ってもらおう。




