【ランチの悲劇】
——次の日。
「はあ……。なんだったの、昨日のあれは……」
いつもの通学路をトボトボと歩きながらため息をつく。普段はゆづくんとの将来の幸せを逃さないためにため息をつかないようにしているのだが、今日は幸せのことなど考えている余裕はなかった。
昨日はあの後すぐに家に帰った。普段ならあんなに早く帰ることはないのだが、とにかく一人になりたかった。
昨日はあんなに恥ずかしくて、イライラしていたけど、今はもう悔しいというか……。とにかく、会いたくない。
「よし、忘れよう。もう会っても何も話さないようにしよう、そうしよう!」
そう自分に言い聞かせ、今日もまたゆづくんに会えることを祈りながら頑張ろうと気合いを入れ直した。
「今日はやけに空元気じゃない? 昨日何かあったの? どうせ香山弓月のことでしょうけど」
昼休み、結菜とともにカフェテリアでランチをしていた。
今日は英気を養おうと、カツ丼の大盛りを頼んだ。
「え、そう? いつも通りだけど!」
結菜はオムライスを一口食べ終えてから口を開いた。
「いやいや、いつも通りじゃないからね。ゼミ中ぼーっとしているだけならまだいいけど、ペットボトルのふた開いてるの忘れてカバンの中ビショビショにしたり、つまずいて壁に突進したり……。心ここに在らずって感じじゃない」
そういえば、確かに今日は目線が定まらず、気づいたら授業が終わっていたり、カバンの中が洪水になっていたり、顔面を強くぶつけたりしていた。
忘れようって思っていたのに、何をしているんだろ。あいつのせい? でもなんで私があんなやつのこと気にしているの?
まさか……キスされそうになったから?
いやいや! あんなのちょっと接近されただけなのに、なんでこの超可愛い私があんなことであたふたしないといけないの⁉
「ちょっと、すずり! 何一人で百面相してるの! 何、そんなにやばいことあったの? いつも通りゆづくんのことで落ち込んでるんじゃないの?」
「な、なんでもないから!」
もう考えすぎて何が何だかわからなくなったため、兎に角この考えを振り払おうとカツ丼を一気に掻き込んだ。
「はあ……珍しいじゃん。愚痴も相談もないなんて」
カツ丼を食べ終え、空になったどんぶりをテーブルにおく。
「別に、あいつのことなんか少しも気にしてないのよ。ただ、ちょっと反応に困っていただけで……」
「あいつって、もしかして俺のことかな?」
不意に後ろから声が聞こえる。一時的に思考が停止したが忘れもしない、あいつの声だった。
「……え、久我先輩?」
目の前にいる結菜が私の後ろを見ながら戸惑った顔をしている。結菜があいつの名前を口にしてしまったため、もうごまかすことはできそうにない。ゆっくり後ろを振り返る。
「こんにちは、すずりちゃん。昨日ぶりだね」
「……李斑」
そこにはニコニコと嘘くさい笑顔を向けてくるあいつがいる。どうやら後ろの席でランチをしていたようだ。全く気づかなかった。
気まずくて今すぐ逃げ出したいが、はっきりさせないといけないこともある。
「あんた、いつからそこに座っていたのよ」
「うーん、そうだな。お友達が今日のすずりちゃんの不幸体験談をしていたあたりから」
一番聞かれたくないところを聞かれていたようだ。
「お友達ちゃんは名前なんていうの?」
李斑の今度の矛先は結菜に向いたようだ。
「え、多々良結菜ですけど……。え、どういうこと?」
結菜が私を苦笑いで見ているが、今は説明するどころじゃない。
「結菜ちゃん、よろしくね」
「え、はい……? ねぇすずり、どういうこと? 何かあったの? 昨日は全然知り合いでさえない感じだったのに……」
そんなの私が聞きたいくらいよ! と叫びたい思いを飲み込み、とにかく余計なこと言われる前にこの場を離れたい。
「もういいから、早く行こう結菜」
席を立とうとテーブルに手を着くと、それを制するように李斑が私の腕を掴んだ。
「まだいいんじゃない? 時間はあるし、少しくらいおしゃべりしようよ」
「触らないでもらえますか?」
本当に軽い男だ。全然仲良くもないのに女の子に触ってくるなんて。
「別にこれが初めてじゃないでしょ? 去年は一緒にダンスしたし、昨日だって……」
「う、うるさい! とにかく、もう話しかけてこないでよ! 行くよ、結菜!」
結菜を見ると、まだオムライスが半分ほど残っていた。
「ごめん、私まだ食べてないから」
相変わらず食べるの遅い!
しかしこれ以上はここにはいたくない。
「もう私先行ってるから! 食べ終わったら連絡して!」
「え、もう行くの? まだ何も聞いてないんだけど」
「後で! 私いくね」
そのまま振り返らずに食べ終えたトレーを持って席を離れた。