【あいつとの最悪な出会い】
放課後、結菜はバスケサークルがあるため、私は一人で図書館に向かっていた。私は特に用事がなくても図書館で放課後を過ごすことが多い。それは家にあまりいたくないからだ。
どうせ、今日もゆづくんはあいつのところに行ってるんだろうし……。
廊下をとぼとぼ歩いていると、私の大好きな人が前を歩いているのに気づき、走って追いかける。
「ゆーづくん! おはよう!」
私はゆづくんに体当たりしながら話しかける。早く大好きな声が聞きたい。
「あれ、すずり! もう昼だから、お早くないよ」
ゆづくんは笑いながら足を止めて私に向き合ってくれる。
きゃー! やっぱり大好き! 顔も声も、この笑顔も全部!
「ゆづくん、今日の服、すっごくいいと思う! 似合ってる!」
ゆづくんは少し驚いた顔をしたけど、照れながら笑顔で返してくれる。
「あはは、ありがとう。この前友達にもらったものなんだけど、そう言ってもらえるならよかった」
「友達って、伊島くんでしょ?」
「そうそう、よくわかったね。さすがすずり」
伊島くんは大学でゆづくんが一緒にいる友達で、かなり仲がいい。なので私も彼のことはしっかり覚えている。
「すずりも、今日の髪型かわいいね、似合ってる」
そう言いながらゆづくんは私の巻いていた髪を一房手に取る。
内心かなりドキドキしながら、顔がにやけないように気をつける。
「ほ、本当? だったら、毎日この髪型にしようかな……」
ゆづくんは私の髪を下ろすと、頭をポンポンと撫でてくれる。
「でも、すずりは何をしても似合うだろうね。昔からそうだったし」
「そ、そうかな……」
いつも強気の私だが、ゆづくんの前でだけはどんな強気も持たないのである。
「ごめん、すずり。 俺そろそろ行かないといけないんだ」
「あ、ごめんね、引き止めちゃって。まだ授業だった?」
ゆづくんは少し困ったような顔をしてから、答える。
「羽音の迎えに行くんだ。今日はもう授業終わったらしいから」
その言葉を聞いた瞬間、どきりとして、胸が潰されそうになる。いつものことなのに、頭の中は真っ黒に染まる。泣き出さないように手を強く握りしめた。
「そっか。私は図書館に行くから、またね!」
「あ、ああ。気をつけてね」
顔を見られないように踵を返して、ゆっくり歩き出す。私の様子がたとえおかしくても、気になっても、ゆづくんは私を追いかけては来ない。彼は、今はこうするしかないのだ。
仕方ない、仕方ないの……。
心の中で必死に、何度も繰り返す。
どうしよう、今図書館行っても泣いてしまったら嫌だし……。
曲がり角を曲がったところで、誰かが目の前にいることに気づき、顔を上げる。
「さっきぶりだね、篠宮珠洲里ちゃん?」
目の前にいたのは、朝ぶつかってしまい、そのあと結菜との話に上がっていた人物だった。
「えっと……、久我、李斑、さん……?」
「うん、覚えていてくれてよかった。今、少し大丈夫?」
さっき結菜が教えてくれたおかげで、なんとか名前を間違えずに済んだ。
「え、えっと……、今は……」
今は、さっきのゆづくんのショックであまり人といられる気分じゃない。できれば避けたいけど……。
「さっきの、香山弓月でしょ? 付き合ってるの?」
「え……!」
なぜ彼がゆづくんのことを知っているのか。もし付き合ってるなどと誤解を受けてしまっては、ゆづくんに迷惑がかかってしまう。
「ち、違います! ゆづくんとは幼なじみで、仲がいいだけで……付き合ってなんて……」
自分で言っていて、さらにショックを受けてしまう。
自分で言っておいて、泣きそうになるなんて……。しかもこの人の前で……。
「あ、こっちに来て」
「え!」
久我李斑は急に私の手をとり、歩き出す。嫌味の一つでも言って振りほどきたかったが、今は大きな声を出したりするとその拍子に泣き出してしまいそうだったので、とりあえずもうついて行くことにした。
「ここでいいかな」
大学の中でも、特に人があまり来ない研究棟の裏についてから、ようやく久我李斑は私の手を離した。
「あの、何の用ですか?」
少し落ち着いた私は、口調を強めながら問いかけた。
「んー? いや、朝会った時ぶつかっちゃったから、大丈夫かなーと思って」
久我李斑はにっこり笑っているが、その声音からは、心配の色は全く感じられない。嘘を言っているのが丸見えだった。
「……本当は、何の用なんですか?」
さらに強く問い詰めると、今度は一息ついてから私を見た。
「さっきの様子を偶然見たら、気になっちゃって。付き合っていないなら、弓月くんが好きなの?」
一瞬どきりとしたが、以前結菜に「誰が見ても一目瞭然」と言われて私のゆづくんへの好意はわかりやすいことは自覚している。そのため否定はしないことにした。
「……そうですけど、悪いですか?」
「幼なじみだから?」
私のイライラした雰囲気を無視して、質問攻めにされる。今度は全く好奇心を隠そうとしていない。
こうなったら、とことんゆづくんを持ち上げて、もう話しかけてこられないように罵声でもなんでも浴びせまくってやる……!
「違います! 幼なじみだからじゃなくて、ゆづくんだから好きなんです!」
「どこが好きなの?」
「全部です!」
「例えば?」
「優しくてかっこよくて、とにかく全部です!」
「告白はしたの?」
「してませんけど、昔付き合えないって断られました!」
「じゃあ、フラれたってこと?」
「それは違います! これからなんです! これから結ばれるんです!」
「なんでそう言い切れるの?」
「そうなるのが決まっているから!」
ここまで言って、質問が止まった。久我李斑は口をへの字にしながらじっと私のことを見ている。
「な、なんですか……⁉」
少し考える素振りをしてから、口を開いた。
「君、可愛い顔して、結構気持ち悪いね?」
「な⁉」
急に失礼なことを言われ、絶句する。
なんで私が、友達でもなんでもない人に、こんな失礼なこと言われないといけないの⁉
「まるで考え方がストーカーみたいだったから、つい。ごめんね?」
久我李斑は笑いをこらえながら話しているため、謝られている気がしない。
「違います! そんなんじゃないです。私がゆづくんじゃないとダメなんです。私には、ゆづくんしか当てはまらないから……。ゆづくんしか、私には考えられないんです! でも、嫌がることをするつもりはないです」
なぜ、全然話したこともない人にこんなことを言ってしまったのだろう。完全に頭に血が上って、意地になっていた。
「……まるで、パズルのピースだな」
「……え?」
彼がポツリとよくわからないことを呟いたため、反応できない。
「パズルのピース。俺好きなんだ、パズル」
「え、はあ……?」
急になんの話をしているのかわからず、気が抜ける。
なにを言っているの、この人……?
「すでに当てはまることが決まっていて、あとは当てはめられるのを待つだけって、まるで君が弓月くんを待っているみたいだなと思って。似てない?」
「え、う〜ん……」
言われれば、確かに似ているのだろうか? しかし、急にこんなことを言われてもどう反応すればいいのかわからない。
「俺と付き合わない? すずりちゃん?」
「……はぁ⁉」
また急に訳のわからないことを言われ、間抜けな声を出してしまった。
「え? 告白? すずりちゃん可愛いし、告白ぐらいよくされるでしょ?」
「さ、されたことありませんけど……」
「え?」
今度は久我李斑が間抜けな声を出した。しかも、本当にぽかんとした顔をしている。
「だから……されたことないです。多分、可愛すぎて近づけなかったんじゃないですか?」
「あー、そうなのかな……?」
久我李斑は納得していないような表情だった。
「まあそれはいいや。それより、付き合わない? どうせ弓月くんからは相手にされてないんでしょ? だったら俺と付き合おうよ?」
平然とした顔と流れるような話からは、全く好意は感じられない。つまり、これはどこからどう見てもからかわれている。
「私、うわべだけの人間って嫌いなんです。他を当たってください」
久我李斑はキョトンとしたが、すぐににっこりし始めた。
「うわべだけね……。じゃぁ、本心で話そうか?」
「え?」
久我李斑は相変わらずニコニコしていたが、今の笑顔はなんだか……怖い。
「去年の文化祭、俺がミスター上崎に選ばれた時、君は俺に全く見向きもしてなかったよね? それで今日君と友達の会話を聞いちゃったら、俺のことなんてこれっぽっちも覚えてなかったって? しかも、俺よりもあんなさえない香山弓月くんのことしか見えなくて俺のことが全く見えてなかったって? ありえないんだけど。ムカつく」
「……」
急に人が変わったように喋り出した。
「……あんた、そんなこと考えてたの?」
久我李斑はニコッと笑いながら一歩近づいてきた。
「ちょっと、なに……」
私が一歩下がるとまた一歩近づいてきて、また一歩下がると一歩近づいてくる。逃げたいがついに追い詰められ、壁際まで詰め寄られた。
「な、何すんの! あっち行きなさいよ!」
久我李斑は黙ったまま私を見下ろしてくる。
「ちょっと、久我李斑! 聞いてるの⁉」
久我李斑はまたニコッとしながら人差し指を私の口に当ててきた。
「李斑、でいいよ。ちょっと静かにして」
言い終わると顔を近づけられ、どきりとする。どうすればよいかわからず、ぎゅっと目を瞑る。
「……くくっ」
目を瞑っていると、頭上から笑い声が聞こえ、ゆっくり目を開ける。目の前には笑いをこらえきれていない……李斑の姿があった。
「な、なんなんですか⁉」
「ふ……ごめんごめん。君、可愛いのに全然恋愛経験ないんだね。そんな真っ赤になって……」
言われてからやっと自分の頬が熱く火照っていることに気づく。
「キスされると思った?」
「……!」
すごく馬鹿にされたように感じた、というより馬鹿にされている。頭に血が上り、気づけば鳩尾に一発かましていた。
私の一撃をまともに食らい、李斑は崩れ落ちた。
「う……っ、強いね、すずりちゃん……」
「……」
私は怒りのあまり震えていた。
「え、怒ってるの? すずりちゃん」
「怒ってるに決まっているでしょ! だいたい、近いのよ! ゆづくん以外の男は近づいてくるな! バーカバーカ、バーカ!」
李斑がうずくまっている間に距離を取る。
「ちょっと顔がいいからって調子のって、馬鹿じゃん! 本当にバーカ! 大嫌い!」
言い切った瞬間に走って逃げ出した。後ろからは李斑の声が聞こえた。
「あ、またね、すずりちゃん! またちょっかい出しに行くから!」
こないでほしい。
後ろを振り返ることなく、走って逃げた。