第7話 普通に考えて……
僕に声をかけてきたのは、案の定、左隣に座っていた橘さんであった。
橘さん――本名:橘 はるか――は僕と同じ高校2年生で、まあ、クラスは2年連続で違うんだけど、部活が同じで、それなりに話す関係ではある。茶髪のポニーテールがよく似合う、可愛い女の子である。顔面偏差値学年1の一之瀬さんと一緒にいるから、映えないだけであって、(個人的に)橘さんはとても可愛いと思っている。性格はおっとりしていて、マイペースな部分もあるが、今みたいに周りをよく見ていたりする。あとは……少し天然かな。でもそこが良い。
どうしてこの人はこんなにも周りに気が使えるのかな? 僕も見習わなきゃな……。
「あ、橘さんですか。ちょっと考え事をしてしまって…」
「また考え込んでたの……? “危ないからやめたほうがいい”ってさっき言ったばっかじゃん」
「ごめんなさい…。声をかけて頂いて、ありがとうございます」
こういうのは、こまめにお礼を言うようにしている。
「そ、そんな…。私は当然のことをしただけだから、お礼なんて…」
「橘さんって、優しいんですね」
お礼に対して、謙虚な姿勢でいるもんだから、思ったことを口にした……んだけど、何故か橘さんは顔が真っ赤に染まってしまって、プルプルと小刻みに震えている。
怒らせて……しまったのだろうか? 他の女子だったら、照れてるのかとも思うが、橘さんに限ってそれはない。僕なんかに照れる必要が全くないからだ。だから、これは、相当お怒りのようだぞ。
「あ、た、橘さん! そ、その、ごめんなさい!」
可愛い子をいつまでも怒らせておくのはいけない、と思い、すぐさま謝罪に入ったのだが…。
「え? な、なんで五十嵐君が謝ってんの?」
そう僕に問いを投げかけてきたのは、橘さんーではなく、一之瀬さんだった。一之瀬さん、話聞いてたんだね。
一之瀬さん――本名:一之瀬 唯――は、先述の通り、うちの高校の顔面偏差値学年1位の超絶美少女である。そういえば一之瀬さんも茶髪がかった髪色で、ポニーテールに結っている。入学当初はストレートだったのに、変えたのは……。まあ、恋でもしたんじゃないだろうか。僕には関係のない話だから、よく分からないが。彼女も僕と同じ部活なんだけど、僕の部活が当たり部活すぎて怖い。まあこっちの世界に来たら、部活なんてもう関係無いんだけどね。性格は、おっとり系の橘さんとは違い、ガツガツ行く感じの人だ。美少女だから当然っちゃ当然なんだけど、“寄ってくる男は掃いて捨てるほどいるからちょっとウザいんだよね〜”とか、“自分の好きな人にはアタックしまくる”とは、いつの日か彼女が僕に零していた愚痴だ。うん、怖かったね。ちなみに、どうして僕みたいなやつでも、彼女と話の機会を得られるかというと、実は彼女は大のアニメ好きだったのだ。アニメ好きで良かったと思う瞬間であった。
…っとと。話がすぐにズレていってしまう。僕の悪い癖なんだけど、治らないんだよなぁ。
とりあえず、返事しなくちゃな。
「え…。“なんで謝るのか”ってそりゃあ、橘さんを怒らせてしまったからですが?」
これ以外にどういう理由があると言うのだろうか?
「え……? はるかが怒ってるように見えるの?」
「? ええ、はい。顔を真っ赤にして肩が震えているので、てっきりそうかと…」
「ええー! なんでそう、ひねくれた解釈をしちゃうかな、君は!」
“ひねくれた解釈”って言われても、そう捉えるしかないだろう。逆にどう捉えれば良いのか。それが分からない。
周りを見渡して、他の人の顔色を伺ってみると、橘さんと一ノ瀬さん以外にこの話を聞いてそうな人は……、いた。その人物とは、僕の右隣に座って、誰と話すこともなく、黙々と食事し続けている、ジョージ――本名:瀬尾 ジョージ――である。
ジョージは、アメリカ人とのハーフらしい。母がアメリカ人だと話していた。ジョージは、部活は違うから、一ノ瀬さんや橘さん達とは面識があまりないものの、僕が“勉強会しよー”って言ったら2つ返事でokしてくれた、滅茶苦茶良い奴である。ジョージは、さっぱりした感じのイケメンである。髪の毛はなんと、母親譲りの金髪である。ただ今まで彼女ができたことがないと知った僕はジョージに対しホモ疑惑をかけたが、根が陰キャだから彼女ができないだけ、と強調していた。まあとにかく顔も性格がイケメンだから、僕は一時期一之瀬さんに滅茶苦茶推薦してた記憶がある。一之瀬さんには頑なに断られたけど。
そんなイケメンジョージを、こんなよくわからない状況に引き込むなんて、僕ってなんて…天才なんだろう!
というわけで、引き込む。
「ジョージ〜。今の話聞いてた?」
「う、うん、聞いてたよ。…あ、ごめん、盗み聞きするつもりはなかったんだけど……」
うん。やっぱりジョージは性格もイケメンだな。
「いや、良いよ、それは。むしろ聞かれてた方が良かった。……それで、ジョージ。橘さんは今、怒っていると思う? それともなんか他の感情を抱いてるのかな? ジョージはどう思った?」
「………。啓って、なかなか鬼畜な性格してるんだね。ここでは言わないでおく」
鬼畜? 僕が? なんで?
「やっぱり、普通に考えたら分かるよね。なんで五十嵐君は分からないのかな…。あ、そうだ、はるか、いつまでボーッとしてんの? 五十嵐君に言っちゃうよ?」
いや、普通に考えたら橘さんは怒ってると思うんだが…。
一之瀬さんは途中で橘さんに話しかけたが、橘さんは怒りすぎてて耳に入らなかったようだが……何を僕に言うんだろう、すごく気になる。
「あのね、五十嵐君……。あ、“五十嵐”って長いから、“啓”って呼んでも良いかな?」
おお! 一之瀬さんから願っても無い提案が来たぞ! 女子に下の名前で呼ばれたことはないから、ちょっと楽しみだ!
「ええ、もちろ―――」
答えようとしたその時、
「ダメーーー!!!」
左から今まで聞いたこともないぐらいの大音量が耳に響いた。びっくりした。
「た、橘さん? どうしたんですか?」
「どうしたもこうも……。唯!」
「なに~?」
ああっ! 橘さんに目を逸らされた! 僕と目があった瞬間に! もうショックで立ち直れないよ!
…はい。それで、目線を一之瀬さんへと向けた橘さんだが……、今度は相当怒ってるようだ。これは分かる……んだけど、対する一之瀬さんの方は何故かニヤニヤが止まらないようだ。
「唯! あなた彼氏いるんでしょ!?」
「今はいないよー。1週間前に別れたから」
「そうなの…。で、でも、えと、その…あう……」
「どうしたの〜? はるか〜?」
一之瀬さんと橘さんの雰囲気が和やかになっているので、おそらく、女同士の会話が始まったのだろう。流石に僕といえども、女子の話を盗み聞きするのはどうかと思う。
というわけで、こっちはジョージと話でもしよう。
「いや〜、ジョージ、ごめんね、話に突然巻き込んじゃって……」
「それは良いけど…。啓こそ、良いの?」
「何が?」
「まだ話終わってないと思うけど…」
「いやでも、あの2人で会話を始めたんだから、そこに僕が介入していくのはどうかと思うんだよ、流石にね」
「いや、むしろ啓が話の中心人物だと思うけど…」
「そんなことはないでしょ。あ! そんなことより、早く食べなきゃ!」
「“そんなこと”って……」
話してて、思い出した。まだ一切手を付けていない、と。
それでは、スープから。
パクッ…。
次は、サラダ。
シャクッ…。
最後に、パン。
モソッ…。
………。
うん、決して美味しくはないが、不味くもない。一言で言えば、とても味気ない。
……よし、こうなったら、僕が料理を作るしかないようだな。こう見えても料理は得意なんだよね、僕。胸張って言える。
…え? 家庭科成績は良いのかって? 馬鹿にしないでください。10段階評価で5です。
《それ、胸張って“得意だ”って言えないよー》
またあの女神は……。暇なのかな?
今に見てろよ、美味しいもの作れるようになてやるからな…。
《確認しました。エクストラスキル『料理』『調理』を創造しました》
勝ったわ、これ。
これで美味い料理作ってやるぜ!
はい、ちょっとカッコつけました、許してください。
なんて馬鹿なことをしていると、
「「なんで五十嵐君話聞いてないの!?」」
美少女2名に怒られました。なんでや!?
「だから言ったじゃん……」
そうだったね。さすが、性格イケメンは違うわ〜。
まあ一応弁明を…。
「え? 橘さんたちが女子トーク始めたから良いかなって思って……」
思ってたことをそのまま伝えると、
「君が聞いてなきゃ話してた意味全くないじゃん!」
「よかった……。聞こえてなくて…」
前者が一之瀬さんで、後者が橘さん。
言ってることが真逆で面白い。ただ……僕についてのどんな話をしてたか気になるところだ。悪口だったら…。考えるだけで、死にたくなってくる。
……と、ここで、1つの打開策が思い浮かんだ。
「あの、一之瀬さん……。申し訳ありませんが、名前呼びはまだやめてもらえませんか?」
……そう、それは、橘さんが大声を張り上げる直前の一之瀬さんからの提案を断ること、である。うまくいってほしい。…というか、これでダメならもう為すすべがない。
「ええ〜〜」(一之瀬さん)
「やった!」(橘さん)
うん、きっぱり分かれたね、面白いぐらいに。
でも、橘さんの喜ぶ顔が拝めて良かった。
しかし、この作戦はまだ終わってない。
「一之瀬さん、代わりと言ってはなんですが、僕の名字をいじって、たとえば“らっしー”とか“いが”とか適当なあだ名付けて呼ぶのは良いですよ」
これがこの案の強み、一之瀬さんにも橘さんにも嫌われない、いわゆる八方美人スタイル…なのだが、
「ほんと!? 嬉しい! でも…。五十嵐君は略すと変になっちゃうんだよね……。せっかくだけど、やっぱり名前が良いかな」
「なんで唯だけ!? ズルい! 私も呼びたいです! って唯! それはダメ!」
あれ? おかしいな…。万事解決かと思ったのに…。
そしてどうしようどうしようと思案している時に、救いの手…。というか声がもたらされた。
「そこの3人、もう少し静かに食べれない? あと五十嵐、お前は黙れ」
うん、鮫ちゃん…。助けてくれるのは大変ありがたいんだけど、なんか僕だけ扱い酷くないかな!? 言わないけど。
3人の人物紹介ができました!
残りの7人はまた今度になります。