前奏曲 「The end for openings. Opening from the end.」
短いです。
すぐに読み終わります。
「星が…。我らが故郷が…。」
老年と思われる男の悲壮な呟きが、ヘルメットを通じて女の耳に入る。
上も下もない星々の世界の中、戦闘を終えたばかりの女は慌ててモニターに目をやると、素早くパネルを操作し画面を切り替える。
切り替わったモニターを視界に捉えた途端、女はヘルメットのバイザーをあげ、その大きな両目をカッ!と見開いた。
モニターに映し出された母なる星は、数えきれないほどの大小様々な光芒に覆い尽くされ、巻き起こる巨大な噴煙に飲み込まれていく。
女はモニターから目が離すことが出来ず、思わず息を飲んだ。
遙か昔、巨大な隕石がこの星に墜ちた際、その衝撃で巻き上げられた大量の粉塵により星は冬の時代を迎えたという。
今、目の前で起こっている悲劇はその時の何倍の威力であろう。
想像を絶する現実を目の当たりにした女は、一瞬、気が遠くなりそうになったが慌ててヘルメットを脱ぎ捨てると、満身創痍の体を震わせながら立ち上がり、世界で一番愛しい名前を叫んだ。
「ミコト!ミコトーーー!」
美しく長い黒髪を振り乱し、止め処なく流れる涙を拭いもせず、女は狂ったように名前を叫び続ける。
女の座るシートの隣に座っていた男が左手で女の右手を強く握りしめると叫んだ。
「落ち着け!」
男の言葉など耳に届いていないのであろう。女は必死で男の腕を振りほどきながらモニターに向かって名前を叫び続ける。
「落ち着いて…。」
そう言いながら男は女の手を握りつつ、右手で女の頭を自分の胸元に引き寄せ、優しく何度も撫でながらささやくように言った。
「大丈夫…。ミコトは俺たちの子供だ。無事に決まってる…。」
男は苦悶の表情を浮かべながら絞り出すように声をあげた。
しかし、男の表情と声音が示すようにその言葉に確信はない。
男は頭に浮かんだ最悪の事態を咄嗟に打ち消し、自分に言い聞かせるかのように言った。
「大丈夫…。大丈夫だ…。」
それしか言葉が出て来ない。
「ミコト…。ミコト…。私の…ミコト…。」
愛おしそうに何度も子供の名前を呼んでいた女は、突然、糸の切れたマリオットの如く、足元から崩れるようにシートに座り込んだ。
男は素早く医療キットを取り出すと、中から鎮静剤の注射器を取り出し慣れた手つきで女の首元に打つ。
しばらくすると女はゆっくりと瞼を閉じ、安らかな寝息をたてはじめた。鎮静剤に含まれた睡眠薬が効いてきたのだろう。
男は女の頭を何度もやさしく撫でると自分のシートに座り、ヘルメットを被る。
『なぜこんなことに…。』
男は我が子だけでも安全な所へと考えた結果、二日前に子供を星に残した自分の判断の浅はかさを呪った。
何日も頭を悩ましながら最も安全と考えた案だった。
まさかこんなことになるとは、万に一つも思っていなかった。
『たった…。たった二日のズレが…。』
男は後悔してもしきれないほどの想いに身を焦がしながら自責の念に囚われる。
「ミコト…。」
男はそう言うと静かに目を閉じた。
男の体が小刻みに震え、涙が頬を静かに伝っていく。
「聞こえるか?」
突然、男のヘルメットに老人の声が響いた。
「聞こえている…。」
男は小さく鼻をすすると呟くように答えた。
「無事でなによりだ…。」
老人がそう言うと辺りは沈黙に包まれた。
しばしの沈黙の後、
「何が起こったんだ…。なぜこんなことになった?」
目の前のモニターを見ながら男は呟くように言った。
モニターには真っ黒な噴煙に包まれながら、まるで打ち上げ花火のように光芒が起こり続けている星の姿が映っている。
「暴走…。いや、あの子と言ったほうがわかるか…。」
老人の声は焦燥しきったものであった。
「ALICE…。」
男は無気力にそう呟いた。
「彼女でなければ説明がつかない…。いや、彼女にしか出来ないだろう…。」
「彼女に何があったんだ…。」
男はそう言うと、やるせなさそうに俯いた。
「わからん…。本当にわからん…。彼女に聞くしかない…。」
憔悴しきった老人の声が沈黙の時を呼び戻す。
「今からそっちに戻る。話はそれからだな…。」
男はそう言うと涙を拭い操縦桿を握った。
前奏曲とある通り、過去に繁栄した一つの文明の終わりの瞬間だけを一部抜粋して書きました。
この瞬間から栄華を極めた高度な文明は、星と共に衰退を始めます。
その理由と原因はいずれ本作の中で語られるでしょう。
そして次回から物語の舞台は遙か未来へと飛びます。
果たして剣崎勇児はいかなる時代を過ごし、どのようにその命を全うするのでしょうか。




