前章
それは、ものすごーく昔の事だ。
私達が生まれる前、地球は人間が支配していると言っても過言ではなかった。
強い武器、切れる頭、発展させていく創造力――。
人間は何でも持っていた。
でも、人間というものは欲張りで、何でも手に入れたがった。
やがて、自分たちが作った物を使って、武力で何もかもを手に入れようと企んだ。
そこで目をつけたのが、地球上で増え続けている物――生物だ。
人間という生物の能力の向上を図るため、あらゆる生物の遺伝子と掛け合わせた。
それで生まれてきた人たちは、戦いを有利に進める駒として使われ続けた。
そんな戦争も、終わりを告げる時が来た。
戦争が終わると同時に、人々は動物と人間のハーフを気味悪がるようになった。
姿、能力、全部自分たちと違う。
だから、気味悪がるというより、怖がられることになった。
迫害を恐れたその人たちは、人間の開発途中の設計図を盗み、それを独自で開発して、そこに逃げるようにして住み込み始めた。
あの少女は時に、どんな人よりも残酷になる。
血潮で赤くなったパーカー、爛々と月の光を跳ね返す黄金の目、腰まで伸びた艶のある黒髪。
ピクリと耳を震わせてから、まだ息のあった足元の兵士を思い切り蹴飛ばす。
蹴られた体は向こう十メートルほどまで転がり、ピクリとも動かなくなった。
彼女の頬に一筋の血の跡が付いたが、気にする様子も無くその場を立ち去る。
一部始終を見ていた少年は、怯えているわけでも、怒っているわけでもなく、その後をしっかりとした足取りでついていく。
同じく黒髪の、しっとりとした黒髪が風になびくのを手で撫でつけながら、傷一つ負っていない彼女の顔を見た。
いつもの可愛らしく笑う顔からは想像つかないような、一瞬ぞっとするほどの無表情だった。
真っ赤な爪が伸びている彼女の手を見て、思わずため息が出た。
――やはり、この少女は得体がしれない。
ちらりと後ろを向くと、そこには地獄が広がっている。
頬の血を指ですくってやると、一瞬ハッと目を見開いた。
「……どうしたの?」
口をいっこうに開かないことに焦れた少年は、彼女を急かした。
彼女はゆっくりとこちらを向きながら、こう言った。
「そういえば今日、私の誕生日だ」
そう言ってから、顔にふわりと笑顔が灯った。
少年はゆっくり瞬きしてから、ぱちぱちと乾いた拍手を送った。