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目覚め

 とある知り合いは『勇者の剣』を引き抜き、国有数の手練れ達をパーティーに加えて、魔王討伐へと向かった。


 またとある知り合いは『賢者』の称号を手にするため、山籠りをするのだと早々に町から去っていった。


 そしてまたとある知り合いは……いや、これ以上はよそう。

 今の状況を説明するにはもっと簡潔な言葉がある。


 僕以外はもうこの町には残っていないということだ。

 だがそれは仕方のないことだ。

 なにせこの町の名称は『始まりの町』

 つまりこのゲームのスタート地点でしかないのだ。もちろん初めにプレーヤーが降り立つ町なだけあって初期装備は揃うし、弱いモンスターなら周りにウジャウジャいる。けれどわざわざこのゲームをプレイする人達にとっては通過地点に過ぎないのだろう。高みを目指すのならさっさと去るべき町なのだ。


 ならなぜ僕がまだこの町に残っているのかーー。

 それは外に出る必要性を全くもって感じないからだ。

 僕がこのゲームを始める際、ジョブとして選んだのは『薬師』だ。初期ジョブとして選べるものの一つであり、当然薬師専用のチュートリアルも存在する。

 そしてそのチュートリアルを達成すると、一番レベルの低い錬成釜と低級ポーションレシピ、そして薬草採取セットがプレゼントされる。

 早々にクリアした僕はそれからずっとそのセットを愛用し、一人始まりの町で低級ポーションを作り続けている。

 人はいないと言ってもNPCなら残っているため、売り場に困ることはない。

 ただ低級ポーション以外の物を作るためのレシピも材料も手に入らず、他のプレイヤー達とのコミュニケーションもはかれないというのは難点ではある。


 だがそれでも僕はこの町に留まり続けた。


 その理由はいたってシンプルだ。

 僕はポーションを作るために、複数のゲームの中からこのゲームをプレイすることを選んだのだから。


 何も考えることなく、ただただグツグツと薬草を煮込んでいく。窓から聞こえるNPCや動物達の声は心地のいいBGMのよう。

 何時間もかけてゆっくりゆっくりドロドロに溶けていったそれをろ過して、透き通った緑色の液体を瓶へと詰める。

 そしてキッチリ10本分の低級ポーションをこの町唯一の商店へと出荷して、僕のプレイは終わる。

 メニュー画面の右端の赤いボタン、ログアウトボタンを押して、僕の意識は現実世界へと戻っていくのだった。


 僕のプレイスタイルは一見するとつまらないものに見えるだろう。だが誰も僕のプレイスタイルを馬鹿にする人はいない。

 勇者になった彼も、賢者を目指す彼も、誰もが「楽しめよ」と口にしてくれた。


「おはようございます、山田さん。ゆっくり眠れましたか?」

「おはようございます、先生。今日も最高の目覚めですよ」

「それは良かった」

 なぜならこのゲームは睡眠導入ゲームだからである。

 ストレス社会において、睡眠障害を抱える人間はとても多い。そんな彼らのために作られたのがこのゲームである。

 専用のコクーンの中に入り、事前に患者達が選んだ世界へと意識をトリップさせる。その際、脳に負担をかけないように、ログインからログアウトまでの情報のほとんどを記憶されないように工夫してあるとかで、睡眠障害患者達には好評のゲームである。


 僕はいつも同じことばかり繰り返しているせいか、しっかりと覚えているのだが、旅立った彼らの顔貌や声までは思い出すことはできずにいる。


 だがそれでいいのだ。

 このゲームの目的は睡眠を取ることであり、その時間に夢の中で現実とは違う世界を体感することなのだ。


 先生から睡眠中の脳波をプリントアウトした紙を受け取り、今度のプレイ日の予約を取る。

 この診療科を受診してからというもの、僕の睡眠時間は少しずつではあるものの順調に伸びてきている。

 隔日通わなければいけないほどだった僕が今では隔週くらいのペースの受診で済んでいるのだから嬉しいものだ。


 まだ先の話ではあるのだろうが、ゲームに頼らずともスッキリとした目覚めを迎えることが出来る日も来ることだろう。

 だがその時までは僕はあのゲームの中で、都会の喧騒や人間関係に悩まずに過ごせるあの空間で、ポーションを作り続けるのだ。


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