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とある学園の日常

「よしっ、行け! そのままエンディングまで一直線よ!」

 誰もがお腹を空かせてやってくる食堂の隅っこで、身を隠しながらそう呟くのはこの国の王家に次ぐ権力を持った公爵家のご令嬢である。見事なまでのドリルツインテールを揺らしながら拳を固めるその姿は国有数の貴族が通うこの学園では異質そのものである。

 過ぎ去る人々の視線もモノともせず、彼女が視線の先に捕らえるのは自らの婚約者である第二王子と、とある女性である。


 その女性はこの学園で数えるほどしかいない、平民出身の生徒である。産まれ持った魔力と後に身に着けた学力が国に認められ、特待生として入学を認められたのだ。

 けれど彼女は所詮、平民の出である。貴族がほとんどのこの学園で、彼女を蔑むものは多かった。


 けれど彼女への評価はとある出来事がキッカケで大きく変わることになる。


 それは今から遡ること三カ月前のことだった。

 ドリル令嬢が高熱を出して一週間ほど寝込んだのである。そして学園に戻って来た時――彼女は変わってしまっていた。


「推しが三次元にいるなんて尊すぎる…………」

 周りの人間には到底理解不能な言葉を呟いたかと思えば、あれだけ仲の良かった婚約者を遠巻きに眺めるようになったのである。


 けれど彼女の変化はそれだけではなかった。

 あれだけ平民を毛嫌いして、近づくことすら顔を顰めていたのが嘘のように喜々として平民の少女を追いかけるようになったのである。

 もちろんそれも遠巻きで。


 誰もがそれを不思議に思ったが、初めはただ交流を深めたいのかと思っていた。


 けれど違うと判明したのは彼女が復帰してから一カ月後のことだ。


 使用人に大量のバナナを食べることを強要したかと思えば、そのバナナを物陰から廊下に投げ始めたのである。

 その先には平民の少女――と婚約者の王子様。

 バナナの皮ですってんころりんと転びそうになった少女は、その後方を歩いていた王子様によって見事抱き留められた。

 それだけでもこのご令嬢は何をしたかったんだ? とたまたま居合わせた生徒のほとんどが首を傾げる。そしてその真意を知るためにご令嬢へと視線を戻した。


 ――そして両手で顔を押さえて蹲るご令嬢の姿に驚くこととなった。


「製作者様、バナナの皮ネタとか昭和過ぎんだろとか言ってごめんなさい……。尊いですぅ~」

 その令嬢は『製作者』とか言う相手に謝っているのである。そう、決してバナナの被害にあった王子と少女に向かってではないのだ。


 この日を境に、ドリル令嬢は奇行に走るようになった。

 被害を受けるのはいつだって平民の少女と、彼女の婚約者である。念のために伝えておくが、この2人、決して初めから仲が良かった訳ではない。声を交わすのだってご令嬢の奇行被害にあった時くらいなものだった。


 けれどそれも続くと自然と会話を交わす機会も増えるというもの……。

 その内容と言えば「俺の婚約者がいつも済まない……」だとか「いえ、実は感謝しているのです。これをキッカケに色んな方に声をかけてもらえるようになって……」とかそんなところである。

 少なくとも男女の恋愛関係などではない。

 けれどご令嬢はいつだって拳を固めて「王子ルート以外は全て火消しは済ませたから王子ルートは確実! 後は卒業式に断罪されて国外追放されるのみ!」と呟くのだ。



 その姿に多くの生徒達は王子が不憫に見えて仕方がなかった。

 なにせこの王子、ドリル令嬢にべた惚れなのだ。

 この国に属する者ならば、この王子が幾度となるプロポーズの末、ドリル令嬢の婚約者の座を獲得したことを知っている。そう、子どもなのにプロポーズである。気が早すぎないかとも思うかもしれない。だが毎日愛しい女性の元へ薔薇の花束を手にして通うその姿に誰もがそんなことを口にすることは出来なかった。そして初めは相応しくないと断っていた令嬢だが、それに負けてようやく婚約者になったのは5年前のこと。


 もちろん彼女が寝込んでいる一週間、かかさず足を運んだ。だからこそ、誰よりも早くご令嬢の変化に気が付いた。


 もし彼女が王子を嫌いになっていたら彼は大きく動きだしただろう。

 けれどご令嬢が視線に捕らえる男は以前と変わることなく王子ただ一人。なぜかそこに平民の少女を巻き込むことに疑問を感じはした。これ以上迷惑をかけるべきではないと思いもした。けれどその少女もまたこの国の出身者。王子の愛情は知っていた。だからこそ、彼女はこの茶番に付き合うことにしたという訳だ。


 そして彼らがこんな姿勢だからこそ、王子と仲良くしている平民の少女はいじめられることはない。むしろ以前とは違い、貴族のご令嬢達からも話しかけられるほどである。



 きっとこれからもドリル令嬢の奇行は彼女が飽きるまで続くことだろう。

 けれどいつしか周りの学生は彼女の奇行をこう考えるようになった。


『マリッジブルーなだけだ』――と。

 ドリル令嬢と王子の結婚は卒業式の翌週に予定されている。

 そう、後2年も先のこと。だがこの国の人間にとってはそんなのすぐのことなのである。


 なにせ王子がプロポーズを開始してからすでに10年以上の時が経過しているのだから。


 この国は他国と比べて驚くほど平和だ。

 ドリル令嬢のバナナ大量買い事件が起きてからは学園の食堂にはバナナが加わり、ご令嬢があらごめんなさ~いとわざとらしく紅茶を少女のドレスにかければ紅茶染めのドレスが国内で流行るほど。


 そんなこの国で、ドリル令嬢が国外追放なんてことになる可能性はゼロである。あるとすれば国外ハネムーンくらいだろう。実際、王子のハネムーン計画ノートにはいくつかの海外スポットが名を連ねている。

 

 そしてこの数年後から国外ハネムーンが流行り出すことはほぼ間違いはない。

 なにせそのご令嬢がどんなに奇行を繰り返したとしても、国民は彼女と王子のことが大好きなのだから。

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